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303.残酷な事実と見えない真実


「本当にダリウスは大丈夫なの?目が覚めないのって、あの女に何度も毒を飲まされてたのが原因じゃないのね?」

「ストライト男爵令息の意識が戻らないのは魔獣に襲われた際に負った怪我が原因ですし、あの飲まされていたものも魔力回復薬ですのでお体には問題ありません」


先程から何度も説明しているのだが、納得の行かないマギーはしつこく説明してくれている職員を問い詰めていた。彼を責めてもどうにもならないことはマギーにも分かっていたが、一度気持ちに火が点くと感情があちこちに飛び火してなかなか鎮火出来ない質なのでどうしても言わずにはいられなかったのだ。

マギーに懇々と説明する職員も、内心これ以上言えることはないので早く諦めて欲しいと思ってはいた。だが、家族だと言われて精査もせずに何度もあの令嬢を病室に入れていたことが判明して、もうマギーには平身低頭の姿勢で対応するしかなかった。


マギーの証言でギルドから護衛が付くまでは、ダリウスは魔獣に襲われて重傷を負い一年程意識が戻らないまま昏睡状態になっている患者で、事件性はないと思われていたのだ。だから彼と同じ年代で髪色も似ている貴族令嬢と思われる少女が「家族です」と見舞いに来ても怪しまれることがなかったのだ。

ダリウスは貴族とは言え末端の男爵令息で、養父のストライト男爵は学者に近い立場であったので貴族社会でも重要な地位でもなければ裕福な資産家でもない。確かに治癒院の確認が甘かったことも問題ではあるが、悪意を持った人間とも繋がりはないだろうと思われていたのだ。そして最大の要因が、彼がこの治癒院に入院して以来、本当の家族が誰一人見舞いに来なかったことも理由だった。


病に倒れた夫人の療養の為に、現在はストライト男爵夫妻は地方の領地で暮らしている。男爵はそこで臨時の教師をしながら夫人の看病をしていた。勿論ダリウスのことも気に掛けてはいるが、王都まで来られる余裕がなかった。そして妹のマギーが王都にいるのだから、ダリウスのことは彼女に一任していたのだった。


マギーが見舞いに来なかったのは、ダリウスが倒れてしまってからずっと金策に奔走していたからだ。心配でなかったと言えば嘘にはなるが、ダリウスが昏睡状態になったのも禁じられていた場所へ入り込んで怪我を負った、つまり自分で招いた結果だとマギーは聞いていた。一応作業中の事故ということで、神殿からダリウスへの治療費は出してもらえた。しかしそれはあくまでも治療費のみであって、入院の部屋代や着替えや清拭に使用したタオルの洗濯、食事代わりの栄養剤などの費用はまた別物なので、ストライト男爵家に請求される。マギーはそこまで男爵夫妻に負担は掛けさせたくないと、その支払いはマギーが請け負っていたのだ。

しかしマギーの給金はそこまで高くない。それを補う為に働く時間を増やしていたので、見舞いにエイスの街まで移動する時間も惜しんで費用を工面していた。そんな事情があっただけに、クリスティアが家族と偽って病室に来てもなかなか発覚しない土台が出来ていたのだ。



「あの女はあの薬を飲んで血を吐いたじゃないですか」

「あれは強い回復薬でしたので、あのご令嬢には合わなくて魔力暴発を起こしかけていたからですよ」

「じゃあ何でダリウスは」

「おそらく魔核…魔力の元が傷付いたか壊れたかしているのでしょう。こればかりは鑑定でも判別が付かなかったので原因が不明でしたが、彼が長らく意識が戻らないのもそのせいでしょうね」

「そ、んな。じゃあダリウスは」


魔力を持つ人間には脳の中に魔核と呼ばれる器官がある。それは魔獣の持っている魔石と似たような働きをしていて、そこから魔力が湧き出ると言われている。しかし魔石と違って魔核は実体がないので、鑑定魔法で探ろうにも見ることは出来ないし手術などで見つかった事例はない。長年あらゆる学説が論じられているが、未だにどういった構造になっているのか立証はされていない。だが立証はされなくても、確実に魔核は体内に「在る」のは間違いない。遙か昔、自らを実験台にして魔核の存在証明をした研究者が数名いたのだ。ただしそれはあまりにも非人道的なものであったらしく、模倣者が出ないようにこの世界のどこかに論文は封じられてしまった。一切の方法や論説は秘匿されながらも、結果の魔核の存在だけは「在る」とされているのが現在の扱いだ。


そしてその魔核が何らかの理由で大きく損傷した場合、ダリウスのように意識が戻らなくなることもあるし、場合によっては亡くなることも珍しくはないのだ。ただ存在している場所が場所だけに、通常は脳が損傷しているのか魔核が原因なのか判断が非常につき辛い。

だた他の器官と違って魔核は再生魔法などでも復活させられるものではなく、一度壊れてしまったら二度と戻ることはないのはあらゆる学説の中でも共通認識とされていた。


魔獣に襲われたダリウスが運び込まれて来た際、体の傷も大きく出血も酷かった。そして頭部を強打している跡も見られたのだ。それが脳へのダメージなのか、魔核の損傷なのかは判断が付かなかったが、基本的な治療は同じなので問題はない。だが、魔核が原因であればこの先の回復が絶望的ということだけは確定してしまったようなものだった。


残酷な現実を突き付けられて、マギーは顔色を失ってようやく黙り込んだ。ずっと彼女の見張り役として話し相手になっていた男性は、気の毒に思いつつも少しだけホッとしていた。


この男性は敢えて言わないでいたが、ダリウスが魔力回復薬を何度も飲まされていたのに魔力暴発も起きなかったのはひとえに魔核が破損していたからで、それがダリウスの命を救っていたのではある。もし魔核が無事だったら、最初に飲まされていた時点で弱った体は保たなかったろう。このことを幸と取るか不幸と取るかはマギーや家族次第なので、掛ける言葉がなかったのだった。



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「ねえレンさん、ホライズ伯爵様、って知ってる?」

「うん。あのご令嬢の家だよね。俺も警護で王城を回ってた時に何度か見たことがあるよ。宰相閣下の縁戚だし、伯爵位の中では家格も高い家だよ」

「あのご令嬢も知ってたの?」

「別の人の護衛の時に遠くから見ただけだけどね。俺はこんな風貌だから、ご令嬢の目には付かないように物陰にいるから向こうは知らないと思う」


その言葉を聞いて、ユリは「こんなに頼りになる騎士様なのに…」と令嬢達がレンドルフを遠ざけようとしていたことに不満顔をしていたので、レンドルフは思わず緩みそうになる頬を引き締めるのに少々苦労した。


「すごく大人しそうな印象のご令嬢だったから、こんな騒動を起こすなんて意外な感じだったけど」

「レンさん、その場に居合わせたんだよね?」

「うん、目の前で薬を飲まれた。止められなかったのが悔やまれるよ」

「でも、あの人、自害しようと思って飲んだ訳じゃないんでしょう?それなら咄嗟に止めようとするのは難しいよ」


もし自害の為の毒薬を飲もうとしていたのなら、レンドルフも多少の怪我は負わせたとしても迷わず阻止する為に動いただろう。もしくは動けないダリウスに危害を加えようとしたのなら、それはそれで対処の仕方はよく知っている。自分の喉元に短剣を当てて、毒ではない証明の為に薬を飲んだ彼女は説得する暇もなかったのは事実だが、それでも何かもっと良い方法があったのではないかとレンドルフはつい渋い顔になっていた。


「大丈夫。セイナおばさま達が救ってくれるから」

「あの頼もしそうな副院長の。もしかしてユリさんの親戚?」

「何で分かったの!?」

「いや、殆ど当てずっぽう。ユリさんと髪色が同じで目の色も似てたし呼び方でそうかな、ってだけ。まあ後は医療関係ってとこかな」

「そ、そうなんだ」


セイナの家名ハイダーは、アスクレティ家の末端の分家に当たる。一族の大半が大公家諜報員として仕えているが、表向きはアスクレティ家の広大な領地の一部を与えられて領政を行っている。その為基本的には中央の社交界に出て来ることはない。アスクレティ大公家という後ろ盾さえあれば、十二分に豊かな暮らしができるのだ。その為ハイダーの名を聞いてもすぐにピンと来る者はそう多くないのだ。レンドルフも特にその繋がりは分かっていなかったようだが、ユリは一瞬アスクレティ家と自分の繋がりに気付いたのかと思って思わず挙動不審になってしまった。


「?レンさんなんか面白いことでもあった?」

「え?あ、ああ…その、ちょっと」


ユリの正面に座っているレンドルフの口角が上がっていて、どこか楽しげな表情が浮かんでいることに気付いて、ユリはつい尋ねてしまった。レンドルフはあまり自覚がなかったのか、慌てて口元を隠してしまったが、しばらく視線を泳がせた後に口を開いた。


「ユリさんが、前に良い親戚に囲まれてたって言ってたから、良かったな、って思って」

「え…?」

「いや、あの!俺がそんな偉そうに言うことじゃないんだけど!でも、その…ユリさんにああいう頼りがいのある人が側にいてくれたなら良かったかな、と…」


言っているうちに少々恥ずかしくなって来たのか、レンドルフの顔がほんのりと朱を帯びる。その言葉を聞いて、ユリは過去の自分も丸ごと包まれて甘やかされているような、何だかくすぐったいような気持ちになって、つい釣られて顔を赤くしていた。


「うん、セイナおばさまには昔から随分薬草の鑑定してもらったし、アキハお姉さんは一時期私の主治医を担当してもらってたし。二人ともすごく頼りがいのある憧れの人達なの」

「えっと、主治医?ユリさんどこか具合が悪いとか」

「今は全然。レンさんも私が健康なの知ってるじゃない。アキハお姉さんには、もっと幼かった頃に診てもらってたの」

「え?そんなに幼い主治医?それだけすごい人ってことなのかな…」


どうにも会話が噛み合なくて首を捻るレンドルフに、ユリはあっと気付いた顔になった。


「レンさん、アキハお姉さんとセイナおばさま、同い年よ」

「え…ええっ!?」


セイナの方は、40代くらいに見えるのだが、アキハはどう見ても20代後半、人によってはレンドルフと大差ないと思うかもしれない。だがユリからもたらされた真実に、レンドルフは一瞬固まった後にパカリと口を開けて思わず声が漏れていたのだった。



「どっちかと言うと、アキハお姉さんの方が先に知り合ったの。元は父の…幼馴染み?旧知の仲?って聞いてる。ウチの家…ええと、実はアキハお姉さんって元聖女候補で、薬師だったひいおじい様に才能を見込まれて」

「そ、そうなんだ。元聖女候補が治癒士に…よく国と神殿が許したね」

「そこは本人とひいおじい様が頑張ったって聞いてる」


見た目はともかく、アキハがユリの曾祖父に目を掛けられていたのなら年代はユリの母親世代に近いのだろう。レンドルフからすると兄の年代なのだが、大幅に年齢が離れているので世間一般的には親世代だ。


聖女や聖人は、強い聖魔法の使い手で、最上位の再生魔法が使える者だけがその名を冠することが出来る。現在オベリス王国には五名存在しているがそれでも足りていないので、彼らに再生魔法を行使してもらうには莫大な治療費が掛かる。最上位の魔法で体の欠損や瀕死の重傷であっても完治させてしまう程の強力な効果をもたらすが、その分魔力消費量が他の比ではない。欠損部位や患者の状態によっては魔力を枯渇させても足りないほどだ。魔力を枯渇させてしまうと術者の命に関わるので、数人がかりで治療に当たるように決められている。それでも魔力回復薬を大量に消費するのでその分の費用も含めると、かなり裕福で重要な地位にいる人間しか依頼することが出来ない。


アキハは、確かに再生魔法も重要ではあるが、数人で一人の命を救うよりも膨大な魔力を治癒魔法に使って一人でも多くの人間を助けたい、と主張していた。聖女に認定されてしまうといつ再生魔法の依頼が来ないとも知れないので、日常であまり他の魔法の行使はさせてもらえないのだ。基本的に聖女、聖人認定は拒否は許されないのだが、王族に多大な貸しがあったアスクレティ家の力で強引に捩じ伏せ、アキハは治癒士になることが出来たのだった。


「それだけすごい人達が付いてるなら、きっと大丈夫だね」

「うん。あのご令嬢には何であんなことをしたのか、魔力回復薬の入手経路とか聞き出さないとだし。…持ち出したにしろ誰かが渡したにしろ、経路を突き止めなきゃ」


ユリの言葉の後半は少し声が低くなって、視線にも鋭い気配が混じる。

クリスティアが持参していたのは、通常では手に入らない五倍希釈の魔力回復薬だった。それこそ聖女クラスの魔力量の人間でないと使用許可は降りないし、そんなに簡単に手に入るようでは悪用されて毒薬代わりに使われかねない為に管理も厳重な筈だ。そしてその管理を行っているのは薬師ギルドが殆どだ。薬師見習いのユリとしても「薬の」アスクレティ家としても見逃せない案件なのだ。



そのまましばらくレンドルフとユリは案内された部屋で待っていたが、夕刻近くになってもクリスティアの容態は一進一退で予断を許さない状況を脱することはなく、セイナ達の手が離せないということで結局ユリは先に帰宅することになったのだった。



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