表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
336/628

301.女傑二人


「ありがとうございます、ナナシさん。本当に助かりました」

「いイえ。わタし、この中デは役立たずなノで」

「そんなことは…」

「誓約、ありマす。この建物なイで魔法、使用禁止と、病室立チ入り禁止です」

「そうなのですね」


言われてみれば、あの令嬢を捕まえようとしていた時にナナシは部屋に入って来なかった。彼ならば魔法で彼女を安全に捕縛することは可能だった筈だ。それが出来なかったのは、ナナシが犯罪者なので色々と立ち入れる場所や能力に誓約魔法で制限が掛かっているからだった。ナナシのような労働を課せられた犯罪者は、個別に様々な誓約魔法で縛られているのだ。


「取り敢えず先程の病室に戻って…」

「レンさん?」


職員用のシャワー室から出て、ナナシと共に先程の場所へ戻って話を聞くなり、別室に移動したなら様子を見に行くなりした方がいいだろう。現状何が起こったのかは混乱していて分かってはいないが、レンドルフは当事者の一人でもある。事情聴取も受けた方がいいかもしれない。

そう思って案内された道を引き返すように足を向けると、その廊下と別の棟を結ぶ通路に見慣れた顔があるのが見えた。


「ユリさん?何でここに…あ、ここは治癒院だからか」


薬師見習いであれば、薬師ギルドだけでなく治癒院や神殿などの繋がりもあるだろう。ここは職員だけが使用する棟なので、ユリがここにいても不自然ではないだろうとレンドルフは理解した。


「あの…」

「ピャッ!」


一歩ユリに近付いたのと同時に、彼女は妙な声を上げて数歩後ずさってしまった。レンドルフの一歩よりも大きく距離を取られてしまったので、最初に気付いた時よりもユリが廊下の向こうに遠ざかる。レンドルフは何か自分の恰好におかしなところがあったのか不安になって、思わず自身の体を見下ろしてしまった。一応体に飛んでいた返り血は鏡を見て洗い流したのを確認した筈だし、着ている服も無駄にはだけさせていたりボタンの留め忘れもない。


「あノ…」


レンドルフは女性に怯えられることは哀しいかなそれなりに慣れているが、ユリにそんな反応を取られたのは初めてなので密かにショックを受けていた。そんなレンドルフにナナシがそっと後ろから軽くシャツを引いた。


「わタしの魔力、合わナいのだと、思いマす。馬車に、荷物を戻シて来ます」

「あ、あの…すみません」


ナナシはレンドルフの持っていた鞄を引き取ると、ユリがいる方とは反対側に消えて行った。

レンドルフは以前に初めて遭難していたナナシを保護した際に、ユリと「赤い疾風」のタイキの二人はナナシの特殊魔力にかなりの拒絶反応を見せていたことを思い出した。


「レンさん…その、ごめんなさい」

「魔力の相性だから仕方ないよ。俺も後で彼に詫びを言っておくから。ユリさんは大丈夫?」

「うん、大丈夫」


ナナシの気配が消えると、ユリが柱の影から顔を出して申し訳なさそうな表情をしていた。レンドルフが近寄って手を差し伸べると、おずおずとした様子だったがユリの小さな手が重ねられた。軽く指を曲げて緩く包み込むように握ってみたが、ユリが嫌がる素振りはなかったのでレンドルフは心底安堵した。


「ユリさんは何でここに?薬の納品でも?」

「ううん。ギルド長から直接の依頼で中毒患者が出たから、解毒が可能なら行って欲しいって」

「解毒…あの令嬢かな」

「まずこの治癒院の知り合いの責任者に会いに行くからこっちに来たんだけど、レンさんがいるとは思わなかった」

「まあ、任務で色々あってね」

「そうなんだ。あの…レンさんが大丈夫なら、一緒に来てもらえる?あ!任務がまだあるならそっち優先していいからね!」


ユリが呼ばれたのは、おそらくあの令嬢が飲んだ正体不明の薬の解毒だろう。令嬢自身は回復薬と信じていたようだが、あれほど血を吐く程だったので相当な劇薬だったのかもしれない。この治癒院にも解毒剤や治癒魔法の使い手は揃っている筈だが、もしかしたらユリが試作品として所持している万能の解毒の装身具を使う必要があるので呼ばれたのかもしれない、とレンドルフは思い当たった。


「多分、俺も関わってる件だと思う。一緒に行くよ」

「ありがとう」


レンドルフはこの治癒院に来るのは初めてだったが、ユリは何度も来ているということでこの職員棟の最上階へと共に向かったのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



最上階の幾つかある扉の中で、一番奥にある大きな扉をユリは迷わず叩く。中から「はぁ〜い」とおっとりした口調の女性の声と共に、すぐに扉が開いた。


「いやぁ〜ユリちゃんが来てくれて良かったわぁ〜」

「お久しぶりです、アキハお姉さん」

「あらぁ、ユリちゃんが男前連れてるわぁ。なぁなぁ、セイナさん、ユリちゃんが男連れとるで〜。後でお祝いせんと〜」

「ちょっと、アキハお姉さん!」

「まあまあ、入って入って〜」


開いた扉からヒョイと顔を出したのは、20代半ばくらいの大きくて丸い垂れた目とふっくらとした唇の可愛らしい顔立ちをした女性だった。蜂蜜色の金髪に濃い紫色の瞳をしている。紫がかった瞳の色は王家の血が混じっていると出ることがあるので、レンドルフは一瞬身構えてしまった。少々間延びしたような喋り方とあまり馴染みのない言葉遣いなので、レンドルフは異国の出なのかもしれないと思った。


「わざわざ来てくれてありがとう。貴女を寄越すなんて、あの赤女狐も耳の早いこと」

「セイナおばさま、ご無沙汰しています」


部屋に通されると、重厚な執務机の前に白衣の女性が立っていた。真っ直ぐな黒髪を一つに束ねて、銀縁の眼鏡を掛けていた。体格は小柄の部類に入るのだろうが、纏っている空気が彼女を随分大きく見せている。ふとレンドルフは、見た目は全く違うが何となくミキタと共通する気配を感じていた。


「そちらの方は?」

「あの、レンさんです。今、私とパーティを組んでるパートナー、です」

「初めまして。レン…と申します」


ほんの少しだけレンドルフは今はどちらの立場で名乗るべきか躊躇したが、ユリが紹介してくれた方に寄せることにした。


「初めまして。私はセイナ・ハイダー。この治癒院の副院長をしております」

「ウチはアキハ・ノーイ言います〜。ここで治癒士長してます〜よしなに〜」

「よろしくお願いします」


セイナは顔は笑っているが探るような目線でレンドルフを眺めた。眼鏡の奥の瞳の色は、ユリよりも心持ち薄いが深い緑色をしている。ユリが「おばさま」と呼んでいたこともあって、レンドルフはこのセイナとユリは血縁なのだろうかと考えて、別の意味で緊張が背中を走った。


「セイナおばさま、レンさんは知ってますから…と言うか、レンさんの為に作ったようなものですから」

「へえ…そういうこと」


少し意味ありげに目を細めて、セイナの笑みが深くなった。そして少々不躾な程にレンドルフを頭から爪先まで何度か視線を往復させた。


「ま、いいでしょう。知ってるなら同席してもらいましょうか」


しばらく無言でレンドルフを見つめていたセイナだが、やがてにっこりと笑って部屋の中央に設置している応接セットに座るように促したのだった。よく分からないが、レンドルフはひとまず何らかの合格を貰えたということだけは何となく感じたので、そっと安堵の息を吐いたのだった。


ソファに座ると、アキハの元に伝書鳥が飛んで来た。それを受け取ると彼女は「ちょっと失礼〜」と言ってすぐに封を開いた。それを読み始めると更に追加で二通分の伝書鳥がアキハの周囲を旋回した。


「やっぱり魔力回復薬やったって〜。しかも五倍希釈のヤツ。厄介なモン持たせたんね〜」

「チッ。で、患者の属性は」

「聖魔法やって〜あああ、一番面倒なタイプ〜」

「はぁ…やっぱりユリちゃんに装身具を借りるしかなさそうね」


どうやら次々と飛んで来る伝書鳥は、先程倒れた令嬢の処置に当たっている職員からの状況連絡のようだ。それを読んでアキハがセイナに報告をしている。アキハはどこか緊張感がない口調なので呑気に聞こえるが、セイナは苦虫を噛み潰したような渋い顔をして眉間に皺を寄せていた。まるきり正反対に見える二人だが、やり取りから察するに気は合っているような印象だった。


「一応言っておきますが、ユリちゃんの持っている『何でも無効化する』装身具は、絶対に存在が明るみになってはならないものです。くれぐれも他言無用でお願いします」

「はい、お約束します。ご心配ならば誓約を結んでいただいても構いません」

「…それは後程考えます」


躊躇なく即答したレンドルフに、セイナは少しだけ目元を緩めたように見えた。セイナの隣で次々とやって来る伝書鳥を受け取っては中を確認しているアキハは「わぁ男前〜」と妙に褒め讃えてくれて、レンドルフは少しだけ照れたように軽く頭を下げたのだった。


ユリが持っている「何でも無効化する」装身具は、以前にレンドルフと参加した商会の創立記念パーティーで禁止されている違法薬物を使う相手が襲って来る可能性があることを考慮して、アスクレティ大公家のお抱えの研究者達が総力を上げて作り上げた特製の物だ。その薬物は健康な人間には害をもたらすが、一部の難病には特効薬になる為に通常の防毒や解毒の装身具では防ぎ切れないものだった。その為、万一使用されたことを考えて現在分かっている毒だけでなく薬でさえも無効化する装身具を開発したのだった。薬も毒も、突き詰めてしまえば根本は同じ類の物だ。それを問答無用で無効化して、通常では防ぎ切れない成分を全て無効化することに成功した。だが、その反面回復薬すら分解してしまうので、常時起動させておくわけにはいかないし、使いどころが難しい為に、一般的に公表は諦めてあくまでも試作品としてアスクレティ家の監視下に置かれている。


この装身具の存在を知っているのは、アスクレティ家当主レンザと開発研究者達と特に忠誠心の高い使用人、「草」「根」と呼ばれる大公家の諜報員達で、大公家以外で知っている者は一応レンドルフ一人だけだった。そして実はこの二人の女性も大公家の諜報員であり、当主レンザの命を受けてユリを守る為にこの治癒院にいるので装身具のことも知っていた。


「まあ後であのギルドが巣穴の赤女狐には誓約を結んでもらいますから、するならその時でも」

「赤…?」

「グランディエ=エヌゥですよ。ギルド長の。装身具のことを分かっててユリちゃんにギルド長権限を出しやがって」

「ほぉんと、耳と手が早い女やねぇ〜」

「は、はあ…」


また一通、伝書鳥が届いたのでアキハが中を確認する。


「胃洗浄が終わって輸血開始したって〜。意識はナシでぇ…何か自発呼吸もヤバそう〜。こりゃやっぱユリちゃんの出番だわ。だいじょぶ?」

「はい、いつでも使えるようにしてあります」

「おおう、愛やね〜」

「アキハお姉さん!?そそそそれは危険がないように…」

「はいはい〜」


この装身具は、件の違法薬物に強い拒絶反応を示して命に関わる可能性のあるユリの身を守る為に作られた物だが、その薬物に触れる危険が最も高かったレンドルフの為にも二つ作られていた。今は一つはレンザが管理して、もう一つがユリが用心の為に起動させずに身に付けている。幸いにもユリ自身が使う機会はなかったが、レンドルフは既にそれから二度も使用されている。ユリが常に身に付けているのは自分の為と言うよりも、職務と性格上前面に立って危険と隣り合わせになるレンドルフの為に持ち歩いている方が大きかった。

ユリの行動は諜報員達の間で共有されているので、アキハにもそれは筒抜けになっているのだ。


「ほら、移動するよ。これから向かうって一筆くらい書いておやり」

「あいよ〜」


セイナに促されて、アキハはヒラヒラと手を振りながら執務机の上にあるペンとメモを手に取って、何か書き付けて伝書鳥で飛ばしたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



セイナを先頭にして、レンドルフ達は再び北棟の病室の前に戻って来た。廊下にいた人間は別室に移されたのか、今は白衣を着た人物が数名二つの部屋を出たり入ったりしているのが見えた。


「あ!この人です!患者の確保に協力していただいた」

「副院長!」

「話は後回し。その中毒患者の処置に当たるから、あたしと治癒士長、それとこの薬師見習いのお嬢さんの三名以外は退出しなさい」

「しかし薬師見習いとは…」

「この子ね〜セイシュー先生のお弟子さん〜。先生が開発中の解毒薬持って来たの〜」

「は、はい!失礼しました!」


セイナ達を見付けて駆け寄って来た職員に、セイナは足を緩めることなく白衣を靡かせて一直線に病室に向かう。そこまで大きくはない細身の女性であるが、圧倒される空気と共に移動していて、廊下にいた職員が次々と道を開けている。


「ああ、そうだ。そこのお兄さんはこのお嬢さんのお守りみたいなもんやから、処置が済むまでここで待たせてやってくれる〜?くれぐれも丁重にね」

「はい!」


彼女達が足を止めたのは、ダリウスがいた部屋の隣だった。急遽そこに倒れた令嬢を運び込んだのだろう。先に話を聞いていた職員がドアを開けて「副院長が来たぞ。全員一度出てくれ」と呼びかけていた。すると中から思ったよりも多くの白衣の人物達が出て来た。中には手袋や白衣に血が飛んでいる者もいた。服毒直後もかなり血を吐いていたが、また追加で吐いたとなれば相当な量だろう。


「レンさん、行って来るね」

「うん…」


全員が退出すると、セイナを先頭に続いてアキハが入室する。その後にユリも続くので、ユリは手を繋いだままレンドルフを見上げて言った。レンドルフは少しだけユリの金の虹彩が揺らいでいるのが見えて、やはり不安なのだろうと何か励ますような言葉を掛けようかと思ったが、咄嗟には適切な言葉が見つからなくて思わずしっかりと手を握り締めてしまった。ユリは驚いたようにほんの一瞬だけ目を見開いたが、完全に包まれているレンドルフの手の中で小さな手がキュッと握り返して来た。そのまま手を緩めるとスルリと抜け出して、ユリはスッと背筋を伸ばしてドアの向こうへ消えて行った。


その小さいが頼もしさも垣間見える背中を見送って、レンドルフは暫し廊下で閉じたドアを見つめていたのだった。



実はセイナとアキハは同い年です。ユリの呼び方が違うのは、本人からのリクエストによるものです(笑)

アキハはオベリス王国の王都から遠い離島出身なので、言葉が少し変わっています。ふんわりエセ方言っぽいのはご容赦を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ