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299.不可解な伯爵令嬢


馬車はそのままエイスの街まで辿り着き、レンドルフ達はギルドに拘束した四人を引き渡す為にポート達の馬車と別れた。


「じゃあよろしく頼むな」

「はい、お預かりします」


拘束した彼らはナナシに収納中で顔を合わせる訳にはいかなかったので言葉を濁したレンドルフにポートも察したのか、顔を見せることをしなくてもそれ以上の追求はして来なかった。


「れんどルふ殿」


レンドルフが馬車をギルドの方向へ向けて、神官見習い達と水瓶を乗せた馬車が別方向へ向けて走り出すと、後方の荷台からナナシがソロリと小窓を開けて声を掛けて来た。


「街中に、あノ令嬢の護衛がイました」

「こっそりとあの馬車の護衛をしているのでは?」

「いイえ、馬から降りテ、待機しテいる様子デした」

「しかしあの令嬢は中央神殿まで送られる筈では…ちょっと気になりますね。ナナシさん、その、捕らえている彼らは」

「大丈夫。眠らせテいるので、問題アりません」

「では少しだけその護衛の様子を見に行きます」


レンドルフは近くの店に頼んで一時的に馬車留めを使わせてもらうように頼むと、ナナシの案内で察知している件の令嬢の護衛のいる場所まで向かった。エイスの街はギルドや騎士団駐屯部隊と積極的に良好な関係を築いている。その恩恵でこうしてギルドの馬車であれば、店を使わなくても快く馬車を置かせてくれるのだ。



早足でナナシの案内について行くと、通りを挟んだ向かい側に見覚えのある人物が立っていた。確かにあれは採水地で水を汲み作業を行っていた令嬢をさり気なく補助していた人物だった。女性にしては短い灰色の髪をキッチリと後ろに撫で付けていて、顔立ちは中性的なので女性とも男性ともどちらでも取れるような印象だ。冒険者風の簡素な防具に、短剣にしては長く、長剣にしては短い細身の剣を下げている。立っている姿からすると、やはり本職は騎士だろう。


「あれは…」


不安気に一方を見つめていた彼女が、不意に安堵したような顔をしてやって来た人物に足早に近寄った。レンドルフも同じ方向に顔を向けると、向こうから二人の神官見習いがやって来るところだった。一人は水を汲んでいた青年で、もう一人は例の伯爵令嬢だった。一応動きやすい男物の服を着ているし、高位貴族の令嬢に見えないように努力はしているようだが、遠目で見ても滲み出る貴族感は隠し切れていなかった。一緒に来ていた青年は護衛の彼女に令嬢を託すと、彼女から小さな袋を手渡されてホクホクした様子でその場を離れて行った。聴覚を強化していたレンドルフの耳には渡す際に微かに金属音が聞こえたので、あの中には硬貨が入っているのだろう。


「神殿に戻る馬車から抜け出した…?」

「おそラく、しンせいしていたと思イます」

「申請、ですか?」

「神官なドが、神殿の用事デ外出の際、しンせいダせば帰り、買イ物や家族トの面会など可能デす」

「そういうことですか」


ポートは魔力の気配で悪意の有無を何となく察知出来ると言っていた。あの令嬢が何を思って採水に参加して、帰りに馬車から降りたのかは分からないが、明確な悪意がなければポートも止めようがないだろう。それに何かを感知出来たとしても、正式な申請を出していれば一方的に却下することは彼の立場で難しいと思われた。


「どチらを追いまスか?」

「彼女達にします。あの青年は…」

「魔法で印、付ケました。簡単ナ行動ならバ、把握デきます」

「…ナナシさんにはいつもすごい魔法で助けてもらってますね。ありがとうございます」

「恐れ、イります」


次々と聞いたこともないような特殊な魔法を軽々と使用するナナシには毎回感心してしまう。それを素直に口に出したレンドルフに、ナナシにしては珍しく少しだけ口角を上げて答えた。


ナナシがこのエイスの街の中ならば相手の魔力に印を付けて追尾出来るということで、令嬢達にも付けてもらって大きく距離を取ってレンドルフ達は後を追うことにした。令嬢ならともかく、護衛の女性騎士はどの程度周囲を感知出来るか分からない。あまり近寄ってしまうと、レンドルフ達の方が完全に不審者と思われかねない自覚はある。

この国の貴族、特に王族に関わる者や由緒正しい高位貴族などは血統を重んじるところがある。だからこそ未婚の貴族令嬢は入念に庇護されている。まだ候補とは言え王子妃になる可能性のある令嬢に付けている護衛ならば、間違いなく実力者だと思っていた方がいいだろう。しかし今のところ令嬢は少々怪しい行動を取ってはいるが、別に何か悪いことをしている訳ではない。下手に騒動になるのも避けたいところだ。


「あチらは、治癒院があル方角でスね」

「治癒院…どこか体調が悪い、訳でもないでしょうし」


確か彼女が生活拠点にしているのは中央神殿なので、国内で最も優秀な神官が集っている場所だ。何らかの不調があればそこで治療を受けた方が確実だし、そもそも神殿で働く者達はきちんと健康管理がされている。


「用があるとしたら見舞いか、治癒院の職員との面会、ですかね」

「おそラくは」


このエイスの街の北東に位置する最も大きな治癒院で、入院棟の設備も整っている。神殿にも同じように怪我人や病人の治療を行う設備があるが、神殿は急患や治癒魔法で対処出来る患者が運び込まれ、治癒院は後遺症や一度治癒しても再発を繰り返すような症状の患者や魔法が効きにくい者などを診ることが多い。


彼女達が連れ立って治癒院の中に入って行くのを見届けて、レンドルフはそのまま追っていいのか少々悩んで足を止めた。先程採水地で挨拶をした際にあちらもレンドルフの顔を見ているし、建物内では隠れて近付くにはレンドルフもナナシも目立つ風貌をしている。禁じられた場所での採水を依頼した人間があの伯爵令嬢と関係しているかはまだ分からないので、迂闊に近付くのも良い策とは思えなかった。


「ナナシさんの魔法でどこを訪ねたかだけを把握しておいて、後はギルド長に相談して調べてもらった方がいいかもしれません」

「分かりまシた」


レンドルフ達の任務は禁輸の魔道具を持ち込んだ者とその目的を探ることだ。マギーの訴えで浮上した伯爵令嬢の不正疑惑の件は、ギルド長のグランディエには「ついで」と言われている。あまり深入りして主目的を見失うわけにはいかない。

それにいくら眠っているとは言っても、ナナシに収納されたままの四人も少々気の毒だ。



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「あ!あんた…!?」


どうやら伯爵令嬢は誰かの病室に入ったとナナシが確認を済ませてギルドに引き返そうと踵を返したところで、ちょうど治癒院の門を見覚えのあるミルクティー色の髪色の人物が素っ頓狂な声を上げてレンドルフ達を指差していた。その人物はマギーであった。最初の出会いの時は少年のような冒険者風の姿だったが、今は簡素なワンピースと耳の下からお下げに垂らした髪型のおかげで可愛らしい少女に見えた。しかし性別は正しく見えてもやはり幼く見えるのは変わらないので、彼女の可愛さはどちらかと言うと幼子のそれだった。


「あ…ええと…先日は、ありがとうございました、助けていただいて?」


マギーはレンドルフ達の正面に立つと、どこか納得行かないような表情を隠しもしないまま半分疑問系で礼を述べて来た。おそらくギルドで保護している間に、命を狙われていたところを助けてもらってギルドに保護してもらうように連れて来たのがレンドルフとナナシだと聞いたのだろう。しかしその時はマギーの意識は眠らされていたのだから、実感はないらしい。しかしそれでも状況がそれを証明していたので、頭では理解しても心から納得は出来ていないようだ。その態度に幼い故の微笑ましい反発だと、レンドルフはかつて自分も通った道を思い出して懐かしいような面映いような気持ちになっていた。


「レン殿とナナシ殿ですね?あなた方のことはギルド長から聞いています。初めまして、マルセル・リードです」

「初めまして…レン、と申します」


マギーのすぐ後ろに立っていた男性がにこやかに右手を差し出して来た。陽に透けるような淡い金髪に淡い黄緑色の瞳をした男性で、その淡い色と同じような優しい顔立ちをしている。しかし差し出された右手を握り返したレンドルフはその雰囲気に似合わずゴツゴツとした掌の感触に、彼が長年剣を愛用して来ていることがすぐに分かった。これだけ鍛え上げた証しが分かる手はそうそう出会えることはないので、レンドルフもつい背中にピリリとした緊張感が走った。


「今日はお嬢さんの護衛で来たのですが、お会い出来て幸運でした。お強いと伺っていますので、いつか手合わせをお願いしたいと思っていたのです」

「それは光栄です」


マルセルは柔和な微笑みを崩さなかったが、一瞬握り込む手にグッと力が入った。どうやら見た目と違ってなかなかに好戦的なタイプなようだ、とレンドルフもそれに応えるように少し力を込めて握り返した。


「我々はまだ仕事中ですので、またの機会に」

「ええ、楽しみにしていますよ、レン殿」


マルセルは少しだけ笑みを深めて手を放した。


マギーにあれだけ腕の立つ護衛が付いているということは、まだ彼女はギルドの保護下にあるのだろう。ここに来たのは、未だに意識が戻らず治療中という兄ダリウスの見舞いに来たのだと思われた。


そのままレンドルフ達は治癒院を後にしようと外に足を向けたとき、背後から「あれー?どうしたんだ?」と声が聞こえて来た。レンドルフは特に知り合いの声でもないのだが、何となく足を止めて振り返った。見ると今し方治癒院から出て来た冒険者らしき中年の男性がマルセルに声を掛けていた。レンドルフはマルセルの知り合いだったのかと再び向き直って立ち去ろうとしたのだが、不意に鋭い「何だと…!?」と硬いマルセルの声が聞こえて来て、再度弾かれるように振り返った。


「それはどこだ!」

「き、北棟四階の突き当たりだ…」

「このお嬢ちゃんを頼む!」

「マ、マルセルさん!?」


食って掛かるように相手の男性にマルセルが問うと、相手は戸惑った表情を浮かべたがすぐにその問いに答えた。そしてそれを聞いた瞬間、隣にいたマギーを彼に押し付けるようにしてマルセルは治癒院の中に駆け込んで行った。残されたマギーはよく分かっていないが、マルセルの急な様子に不安気な顔をしてその場に立ちすくんでいた。


「れんどルふ殿」

「はい」

「北棟よン階奥は、さッきの令嬢達、向かった場所」

「…!行きましょう!」

「こチらです」


何があったのかは分からないが、ギルドから護衛に出されているマルセルが血相を変えて走って行った先には、不可解な行動をしている疑惑の伯爵令嬢がいる。これだけ状況が重なっているのだから、何か不測の事態が起きたと判断するべきだろう。

レンドルフもナナシに先導されて北棟の方へ向かった。治癒院の中には患者や職員が多くいたが、人と接触しないことだけを気を配ってレンドルフは人との間を器用にすり抜けるナナシを必死で追った。途中、治癒院の警備員らしき人物が怒鳴りながら迫って来たが、掴まれた腕を少々強引に外してレンドルフは構わず階段を駆け上った。



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「どけ!」

「させるかっ!!」


数段飛ばしながら駆け上がった先の廊下の奥では、マルセルとあの令嬢の護衛がもみ合っていた。あまり広くない廊下なのでマルセルの長剣は不利に働いているらしく、対する護衛の方は短剣の二刀流だった。しかも長さの違うものを扱っているので、早さと手数でマルセルが防戦に回らされていた。レンドルフは走りながら腰の大剣の留め具を外して床に落とし、身動きの取りやすい状態になって前を走っていたナナシを追い抜いて一気に距離を詰めた。大剣が落ちた瞬間、通常では有り得ないような重たい轟音が響いたので、一瞬だけもみ合っている二人の視線がレンドルフに向いた。

その隙を突いて、レンドルフはすぐさま護衛の左手に握られている少しだけ刃渡りの長い短剣を掴みに行く。おそらく彼女は左が利き腕で、短剣よりも少しだけ長い攻撃範囲と変則的な動きでどこから一撃を喰らうか分からない厄介さがあると判断した。それに自身の被害を少なく剣を折るのは少しでも長い方が確実だ。

押さえ込むならば腕か柄の上から掴んで来ることを想定していたのだろうが、いきなり割り込んで来たレンドルフが躊躇いなく刃を掴んで来たので彼女はギョッとして一瞬固まった。これを暗殺者に対してやるのは即座に指を落とす方に切り替えて来るので危険だが、護衛を専門にして来た者ならば僅かながら判断の為に動きが鈍る。彼女も予想通り一瞬動きが鈍ったので、レンドルフは即座に刃を掴んでいない方の手を重ねるようにして親指を刃の腹に当てて、瞬時に身体強化を最大に掛けて親指の支点に集中した。


「…なっ!?」


手元でバキリ、と鈍い音がして、次の瞬間には彼女の左手に握られた短剣が根元から折れていた。ほんの刹那であったが、まさか飴細工のように剣を素手で折られるとは思わなかったのか彼女が呆然とした様子で固まったのを見定めたマルセルが、素早くまた短剣を持っている右腕を素早く抱えて後ろ側に回して床に引き倒した。


「離せ…!」

「患者の家族と偽って入り込んだのはそっちだ」


捩じ上げられた腕では剣を握り続けているのは困難だったのか、彼女の短剣がカラリと音を立てて床に転がった。いつの間にかマルセルは彼女の手首に黒い金属のアンクレットを装着している。あれは装着者の魔力を遮断して魔法を使えなくなる魔道具だ。レンドルフも近衛騎士の頃に持たされていた物だ。魔力を遮断するので身体強化も使えなくなるので、襲撃者を無力化するのに有効な魔道具だった。


「レン殿!中の患者を!」

「分かりました!」


魔力を封じられてしまうとさすがに女性の力では振り解けないが、それでも必死に抵抗する彼女を押さえるので手一杯になっているマルセルがレンドルフに向かって叫んだ。レンドルフは手にしていた折った短剣の刃を投げ捨てると、いくら身体強化を最大に掛けていても無傷という訳にはいかずに点々と床に血が飛び散った。しかしそれでも表面だけに留まっていたのでレンドルフは手当は後回しにして、すぐに目の前の病室の扉に手を掛けて一気に開け放ったのだった。



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