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298.捕縛と言い訳

前回の話より少しだけ時間軸が前の出来事になります。


そっと茂みに紛れるようにしてレンドルフとナナシは彼らの後を追った。神官見習いはともかく、冒険者二人は大分周囲を警戒していたが、彼らにはナナシの闇魔法が効いていて、隠れるのに向いていないレンドルフも見つからずに済んだ。


彼らは濡れた服を着替えさせる為に荷物が積んである馬車へと向かっていたが、不意に周囲に人がいなくなったのを見計らって別方向に走り出した。レンドルフも何かあるだろうと思いながら追っていたので、彼らの動きには別に驚くことなく静かに距離を取って同じ方向に走り出す。彼らが向かっているのは採水地よりも森の奥、より水源に近い上流の方向だった。


「早くしろ!」

「は、はい!」


冒険者の二人が水辺に到着するなり、背負った鞄の中から小ぶりのポーチを取り出し、更にその中から背丈の半分程もある大きな水瓶を取り出した。あのポーチは空間魔法が掛かっているものらしい。そして次々と水瓶を取り出して、全部で六つの瓶が並ぶ。そして最後に桶を二つ瓶の脇に並べると、走ったことでまだ息の整っていない神官見習い二人の肩を小突くように手荒く押し出した。神官見習いの二人は、自分達よりも体の大きな年上の冒険者には何も言い返せないのか、よろけながら足下に置かれた桶を手に取って目の前の流れから水を汲もうとザブリと桶を水に入れた。


「そこまでだな」

「…なっ!?」


神官見習いを手荒く扱った時点でレンドルフは一瞬飛び出しそうになったが、それを堪えてまさに現行犯というタイミングで茂みから姿を現した。ナナシには魔法を解除してもらって、彼は密かに退路を防ぐ為に別方向へ回ってもらっている。

魔法のおかげで認識されていなかった為、彼らには突如見上げるような大男が茂みから現れたように見えたので随分と動揺していた。何か言い訳の一つでも口走るかと思っていたが、ハクハクと口を動かしているだけで声も上げなかった。水を汲上げていた神官見習いがその場に桶を落下させて、足元に水溜まりが広がった。そして神官服の裾が泥で汚れてしまうのも構わずにその場にへたり込んでしまった。


「あ、あんた、さっきの…」

「指定された採水地以外での汲み出しは禁じられている筈だが?」

「いや…そ、その!依頼で…」

「その話はギルドでしてもらう」


やっと我に返った冒険者の一人がヘラリと笑って誤摩化すようにレンドルフに近付いて来た。その陰に隠れるようにして、もう一人がさり気なく腰のベルトに下げている短剣に手を伸ばしているのも見えた。しかし更に後ろではナナシが音も無く近付いているので、何か行動を起こせば拘束してくれるだろう。それにレンドルフも決して油断している訳でも侮っている訳でもないが、目の前の二人には負ける気がしなかったのもあった。


「このまま見逃してくれればあんた達にも報酬の二割…いや、三割は支払うぜ。ど、どうだ?悪い話じゃねえだろ?」

「断る」

「ちっ」


取りつく島もないレンドルフの受け答えに、薄ら笑いを浮かべていた男が舌打ちをして袖に隠していた短剣を手の中に滑り込ませてレンドルフに刃を向けるかと思いきや、足元に座り込んでいた神官見習いに向かった。


「アースウォール!」

「ぐ…っ!」


何となく位置的に危険と思っていたので、レンドルフはいつでも神官見習い達を防御出来るように魔力を練り上げておいた。その予想が的中して、一瞬で強度も十分にある土壁でドーム状に彼らを包み込んだ。冒険者二人もそれなりに腕が立つようで、一撃で土壁に半分程刃が突き立ったが、守っている神官見習いには全く届いていない。幸いその最初の一撃が入っただけで、すぐさまナナシの魔法で拘束されてそれ以上の事は出来なかった。以前にも見たが、この黒い魔力の拘束は相手の意識も奪うように出来ているらしく、彼らはすぐにクタリと地面に倒れ込んだ。


「ありがとうございます」

「れんドるふ殿、も。人命ゆうセん、助かりマした」


周囲の安全を確認してから土壁を解除すると、閉じ込められた二人は気の毒な程震えながら抱き合うように支え合って座り込んでいた。頑丈に作られた壁の為に外の状況が全く分からなかったので、このまま生きたまま埋められてしまうのではないかと思っていたと後から聞いて、レンドルフはもう少し手加減するべきだったと密かに反省したのだった。



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神官見習い二人はすっかり大人しくなっていたが、念の為手だけ拘束して見張りをナナシに任せ、レンドルフだけポートに報告に向かった。森の深度も大分深い場所なのでナナシ一人に見張りを任せるのは申し訳なかったが、拘束した四人を採水地にまで連行するのも得策ではないと判断して、足早にレンドルフが単独で向かうことにしたのだ。


「ポートさん」

「ああ、あんたか…すまないな」


レンドルフだけが足早に戻って来たことに察したのか、ポートはレンドルフの顔を見るなり眉を下げた複雑な表情になった。そのポートになるべく近付いて、レンドルフはごくごく小さな声で囁く。


「彼らは、もう一人が見ています。エイスの街のギルドに引き渡しますので、我々の乗って来た馬車で運びます」

「本当は中央に引き渡したいところだが…安全を考えたらそちらに任せた方がいいのか」

「…後日、ポートさんにもお話を伺っても?」

「ああ。ここじゃさすがにマズいか。あいつらは別のパーティだからご期待に添えるか分からんが。こちとら疾しいところはねえから、分かることは全部話す、と伝えてくれ」

「ギルドにその旨はお伝えします」


水を汲む為の神官見習いが二人抜け、一人は力仕事どころか外での作業に向いていない令嬢。どう考えても今日は必要分の水の確保は出来ないだろう。せめて他の人間が手伝えればいいのだが、聖魔法の属性持ちでないと手が出せないのだ。護衛であるポートを含めた冒険者達の依頼料にどの程度影響があるかは分からないが、ポートが大きく溜息を吐いたところをみるとあまり嬉しくない状況であるようだ。



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レンドルフが再び急いでナナシのところに戻ると、先程の場所で彼は一人で所在なげに佇んでいた。


「ナナシさん、彼らはもしかして…」

「収納済ミです」

「そうですか…」


確かにナナシが一人で拘束しているとは言え四人を見張るのはかなり厳しいだろう。最も安全な手段を選択したというのは理解出来るが、レンドルフはこれなら自分でも収納可能そうだと考えると確認したいようなしたくないような複雑な気持ちになった。


「彼らはエイスのギルドに身柄を預けるとあちらにも知らせておきました」

「ありがトうございマす。わたシは馬車に戻ッています。誰か、来ルかもしれまセん」

「…そうですね、お任せします。俺はあちらの集団を見ておきます」

「何かあレば、すぐニ駆けツけます」

「それは俺が言う立場ですよ」


ナナシは拘束した者達を見張っていることになっているので、ポート達の前に姿を表しては色々と不都合がある。だからナナシの提案は合理的なものではあるが、禁じられている採水地以外の場所の水を持ち帰るように依頼して来た者が彼らが失敗して捕らえられたと知れば奪い返すか口封じに来る危険もある。本当はナナシを一人にしない方がいいのだが、収納した状態でナナシが単独で行動出来るのならば魔法で姿を眩ますことも出来るだろう。

レンドルフの方も神殿関係者やまだ作業を続けている商家の荷運びの者達の中に不審者がまだ紛れていないとも限らないので、彼らを見張らなければならない。それに何故か紛れている伯爵令嬢の動向も気になるので目を離すのも憚られる。


危険度であれば、周囲に人がいるレンドルフよりも本当に人目のない場所で単独になるナナシの方が高い。だがほんの数日ではあったが、レンドルフはナナシの規格外の底知れない実力は幾度となく垣間見ている。今は不安よりも信頼の方が勝っているので、ナナシ一人に任せても大丈夫だろうと判断した。



レンドルフが再び採水地まで戻ると、まだ予定よりもずっと早い時間だったが神官見習い達は帰り支度をしていた。何かあったのかとレンドルフが戸惑っていると、目敏くレンドルフを確認したポートがいい笑顔で近寄って来る。しかしその顔は、どう見ても何か裏がありそうな感じだ。


「やあ、すまねえな。ウチのが迷惑を掛けるが、引き受けてくれて良かったよ」

「だよなあ。馬車の中じゃ四人を隔離も出来ねえし、帰りがエラいことになるところだったぜ。ホントに助かった」

「え、は、はあ。とんでもないです…」


ポートだけではなく、他の冒険者もレンドルフに近寄って来てにこやかに感謝の意を示して来た。レンドルフは何のことか分からないながらも、ポートの目が笑っていないことに気が付いてふんわりと様子を合わせた。どうやらその返答で正解だったらしく、ポートがウンウンと首肯している。


「こっちは予定より早いが、もう戻ることにする。人数が減ったおかげで、これ以上の作業は限界みたいなんでな」

「分かりました」

「あんた達の方はどうする?ウチとしちゃ護衛も減った分、森を抜けるまでは一緒に来てもらえると実はありがたいんだが」

「構いませんよ。すぐに準備をします」

「ああ、助かる。せめて手伝わせてもらうぜ」


本当はレンドルフの方は別に荷物を積み込む必要はないので手伝いは必要ないのだが、ポートにはレンドルフが外している間に周囲に何を言ったのかの擦り合わせくらいはしておきたいし、おそらく彼もそのつもりなのだろう。同じパーティメンバーなのか冒険者の一人に「リーダーが行かなくても」と言われていたが、その辺は上手く言いくるめてポートはレンドルフについて来た。


「あいつらは『香水虫』に噛まれた、って説明しといた」

「ああ…それは上手い言い訳ですね」

「ははは、お貴族様とやり取りしてるうちに口も達者になってな…って、悪いな。あんたも貴族だろ」

「何も継ぐもののない気楽な末っ子ですよ」


レンドルフが尋ねる前にポートの方から言い出した。一緒にいた冒険者達より一回りは分厚い体躯で見るからに腕っ節が強そうだが、それだけではなくリーダー格として彼らを取り纏めているのはその機転の利く部分もあるのかもしれない。それにレンドルフ達にさり気なく上流に抜けようとしたもの達を追うように協力を頼んで来たことも考えると、目端も利く頭の回転の早い人間なのだろう。


ポートが言い訳に使った「香水虫」とは、普段は臆病で大人しい性質だが身に危険が迫ると噛み付いた相手に毒を注入してその隙に逃げるというよくある生態の虫だ。その毒は人命に関わるようなものではないのだが、噛まれた瞬間血液が異臭を放つようになるのだ。正反対の性質であるにもかかわらず「香水」の名を冠するのは、虫の体内にある毒腺だけならば高級な香水の原料になるからだった。

異臭を放つようになる条件はその毒と血液が結びついて反応するものなので、生物によっては仲間に攻撃されたり求愛行動を受けまくったり様々な症状が出る。そして人間が噛まれると、強烈な悪臭を放つ体臭に変化する。幸いそれ以外の変化はなく数日で毒が抜けて収まるものではあるが、毒が抜けるまではどれだけ湯浴みをしても消臭剤を使用しても効果がないという厄介な物でもあるのだ。人体に有害ではないので毒消しはなく、解決策はただ隔離して毒が抜けるのを待つだけということしかない。虫除けは存在しているので、噛まれないようにすることが唯一の対応策だ。


「神官見習い達は水を浴びてたからな。それで虫除けが流れちまったことにさしてもらった」

「分かりました。それなら他と顔を合わせなくて済みますね」

「ああ。それよりもあんたの連れのローブのヤツは大丈夫なのか?」

「実力は確かですよ」

「そ、そうか…いや、ちょっとばかし変わった気配のヤツだったしな。悪いな、あんたの相棒に」

「いえ、ちょっと特殊な人物なのは間違いないですから」


ポートがどう判断したのかは分からないが、ナナシがレンドルフの相棒に見えたらしいことは悪い気分ではなかった。そう親しい間柄ではないものの、レンドルフはナナシのことを思っていた以上に信頼しているようだ。生涯服役を続ける程の罪を犯した犯罪者であったとしても、レンドルフが知る限りのナナシは独特の感性を持つどこか憎めない飄々と達観した人物なのだ。もし彼の過去を知ったら許せないと思う感情も芽生えるかもしれないが、レンドルフは今のところそこまでの悪印象を持ってはいない。


「俺は婆さんが異種族でな。そのおかげで魔力の気配がうっすらと分かっちまうんだ。あんたは良い魔力で、あいつらは何か嫌な魔力だった。だから何か企んでるだろうな、ってことくらいは分かってたよ。あのローブのヤツは…悪い感じはねえが、今までに見たこともねえヘンな感じだった」


ナナシは特殊魔力持ちで、人によってはかなりの不快感を抱かせる魔力を持っている。普段から魔道具でそれを制御して日常生活には影響が出ないようにしているが、それでも相性が合わない者もいる。レンドルフの記憶している限りでは、獣人や異種族の血統が反応しやすいように思えた。レンドルフはナナシの魔法で潜んでいたのに、ポートが正確に居場所を把握していた理由が分かったような気がしたのだった。



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