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296.互いの認識と確認は大事


レンドルフとナナシは、いつもよりも早い時間に採水地に赴いていた。


ここ数日は重要な調査の為と周知して付近の立入りを禁止していたのだが、これ以上は制限をするのは難しい為に見張りは置くが通常通りに戻したのだった。本当ならば人目が少ない時に調査員を狙って犯人に繋がる者が襲撃、或いは接触して来ると期待していたのだが、すぐに切り捨てられるような末端の者しか来なかったのだ。

レンドルフ達もただ囮役をしていただけではなく、きちんと調査も行っていたが、そちらもあまり芳しい成果は出ていなかった。


「ナナシさん、何か仕掛けられていたりしませんか?」

「いいエ、何もなイです」

「では周辺はひとまず安全ですね」


制限が解除された採水地には、早速神殿から神官見習い達と護衛の冒険者が水を汲みにやって来ることになっている。昨年に神官見習い五名が作業中に魔獣に襲われて重軽傷を負った事件以来、護衛の冒険者を倍に増やして対処に当たっているので、それ以降は特に被害に遭った者はいなかった。

それでもレンドルフ達も何事もなく彼らが採水が出来るように、いつも以上に念入りに周囲を調べた。


「他にはあの元作業小屋に物資の補充に商家の者が来ると言うことでしたね」

「冒険者モ、来ると、思いマす。封鎖ちュう、何度か抗議しテ来た冒険者、イたそうです」

「分かりました」


聖水の原料となる採水地の水は、余程大量でなければ誰でも汲むことが出来る。それなのに何故危険を冒してまでわざわざ戦闘には向かないような神官見習いが月に何度も魔獣の棲息する森に水を汲みに来るのかと、以前から度々問題視はされていた。ここの水は僅かではあるが聖魔法を含んでいるのだが、時間が経つとその魔力が抜けてただの水になってしまう。それは川から汲上げると更に加速するのだ。保存の付与が掛かった容器に入れれば多少は保つが、それでも魔力が抜けるのは抑えられない。それもあって、かつてはこの採水地の近くに小屋を作って、交代制で神官が泊まり込みでここで聖水を製造する作業を行っていたのだ。

しかしほんの20年程前に、何故か聖魔法の使い手が汲上げると、他の属性のものが汲上げるよりも遥かに長く魔力が抜けないことが判明した。それに加えて聖魔法に特化した保存付与が掛けられた水瓶が開発され、聖水を作れる魔法を使える神官達はより安全な神殿内で作業が行えるようになったのだ。だからこそ、不慣れであっても聖魔法を持つ神官見習いが水汲みを担当しているのだ。その為の護衛を雇う手間や資金は掛かるが、それを差し引いても聖水が重要な収入源の一つである神殿にしてみれば惜しんでいられない部分なのだ。


そうして作業をすることのなくなった小屋は、魔獣から大切な神官を守る為に頑丈に作られていたので、今は採水に来る者達に必要な物資を保管する倉庫として使われている。入口には特殊な魔法が掛けられていて、ギルドカードを翳すと中に入れ、必要な品物を持って外に出るとカードに紐づいている口座から支払いが行われる仕組みになっている。強引に入ろうとしたり、不正をしようとすると厳しい罰が設定されている。

神殿関係者は支払いは全て神殿が請け負っているので、採水に来る者達にはすべて神殿からカードが貸与される。



水を汲みに来る神官見習いは、若い男性が多い。それは力仕事を任せる為ということもあるが、それは決して平等ではなく、担当させられるのはほぼ平民か下位貴族出身の嫡子以外の者で、高位貴族はその労働からは外されるのが暗黙の了解となっていた。

神殿側も仕方ないと思いつつ、表向きは自ら望んで志願したと体裁を整えるためにこの作業には特別手当が付けられている。その財源は、我が子に危険な場所で力仕事をさせないようにと高位貴族からの多額の寄付が一部当てられているのが実態だった。それでも少しでも給金を増やしたい者もそれなりにいるので、危険であっても望んで行く者は少なくなかった。ある意味需要と供給は存在していたので、そこまで問題視されていないのだ。



「これ、ぎルど長かラの、報告書です」

「ありがとうございます」


一通り周囲を見回って、採水地の上流と下流には怪しい者や不審物などは見当たらなかった。今日は採水に来る神官見習い達と護衛の冒険者に挨拶をすることになっている。一応少し離れた場所で調査をしているという名目ではあるが、マギーが言っていた不正をする為に本来立ち入っては行けない水源に近い場所での採水が行われないかを見張る目的もあった。近くでレンドルフ達が調査をしていると知れば、何らかの反応を示すかもしれないという目論見も含んでいる。


確認を終えて後は彼らを待つだけとなったのを見計らって、ナナシが封書をレンドルフに差し出して来た。封を開けて書類を取り出すと、流麗な手蹟でギルド長グランディエからの報告と注意事項が簡潔に書かれている。


そこには、遡ってここ二年程採水を担当した神官見習いや護衛を担当した冒険者の足取りが掴めなくなっている事案が少々多い、と記されていた。冒険者は職業柄危険も伴うので、ある日を境に全く行方が分からなくなることは珍しいことではない。最悪の場合亡くなっていることもあるが、怪我や病などで続けられなくなったがギルドに引退の報告をしないまま放置している場合も多い。きちんと引退した場合、ギルドから積み立てていた資金や保証金などが支払われ、ギルドカードの代わりに同じような使い方の出来る身分証も貰える。しかしそれを煩雑と思うのか手続きせずに自然に遠ざかる者も一定数存在するのだ。

しかし冒険者と違って、神官見習い達は神殿に仕える際にきちんと身元を調査されている。そして様々な理由で神殿を辞する時も去就を記録されている。それからかなりの年月が経てばその後の行方が分からないというのも仕方がないが、わずか二、三年ばかりであれば、ある程度の足取りは把握している筈だ。今のところ、不明者は不自然な程多くもなく少なくもなく怪しいと断じるには微妙な数なので、どこまで調査をしていいものか彼女自身も線引きに苦労している様子が文章から滲み出ていた。


まだ引き続き行方を確認すると書かれてはいるが、グランディエからの報告書はその不明者が何らかの不正に関わっていた為に行方が分からない可能性も十分考えられるのでくれぐれも注意を怠らぬように、と締めくくられていた。


「ナナシさんも読みます…読み上げましょうか?」

「いいエ、大丈夫デす。ぎルど長より、受け取るサい、聞いてイます」

「分かりました」

「燃やス、よろシくです」


ナナシは一切の視力はないが魔力を使って感知することで通常と変わらない行動が出来る。しかし文字だけは特殊なインクでも使用していない限り詳細を認識することが難しいそうだ。紙は分かるが、その上に乗ったインクの文字は細か過ぎて読み取るのに時間が掛かる。だから手紙や書類などは読み上げてもらった方が早い。それを考慮して、グランディエはナナシには先に報告書の内容を口頭で伝えていたようだ。


レンドルフは手の上で小さめの火魔法で炎を出すと、持っていた書簡を封筒ごと燃やした。控えはグランディエの方で保管している筈なので、こうして焼却してしまっても問題はない。レンドルフの手の上で、あっという間に灰になった紙が細かくなって消えて行った。



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程なくして、採水する為の神官見習いと冒険者が到着した。どうやら道中で合流したのか、元作業小屋に必要物資を補充する商家の馬車も同時にやって来た。普段は静かな採水地が、一気に賑やかになった。


馬車から降りて来た神官見習い達は、レンドルフの目には随分と幼い者ばかりに見えた。彼らが一様に顔色が悪いのは、いくら護衛がいると言っても魔獣が出るかもしれない場所に来ることは酷く恐ろしいと思うのだろう。レンドルフはあまり力仕事や荒事とは無縁そうな少年と言っても差し支えなさそうな彼らに、少々不安を覚えた。護衛で来ている冒険者達は慣れているようだが、魔獣に全く免疫のない者が万一出くわしてしまって恐慌に陥ると、ベテランの冒険者でも想像もつかないような行動に出ることもある。しかも今は商家の者達も荷運びをしているので命令系統が混乱しやすい状況でもある。特にこの場に来ている神官見習い達はそうなりそうな気配が全体的に漂っている気がした。それはレンドルフが近衛騎士を務めて来て身に付いた勘のようなものだ。


一応少し離れた場所で調査する予定だったが、いっそ協力を申し出て共に護衛をした方がいいだろうか、とレンドルフは考え始めていた。彼らが馬車から必要なものを降ろして一息つくタイミングで挨拶に向かうことになっているので、提案を持ちかけるならその時だろう。しかし話の仕方や相手の受け取り方によっては反発を呼ぶことになりかねないので、レンドルフはあまり凝視しない程度に護衛の様子を伺った。協力するにしろしないにしろ、ひとまずリーダー格の人間の様子を見極めておいた方がいい。万一、今回の禁輸の魔道具のことや暗殺者の黒幕と繋がっていたらことである。


少し離れた場所で眺めていると、ふとレンドルフは彼らに違和感を覚えた。


「れんドるフ殿」


一瞬密かに眉根を寄せて違和感の正体を確かめようとしていたレンドルフの服を軽く引いて、ナナシが声を潜めて囁いた。


「あノ中に、おカしな者、少シ居ます」

「おかしな者?」

「一人、少女、一人、どちラでもなイ者」


見たところ、護衛の冒険者達はそれなりに使い込んだ防具や実践的な武器を所持している。神官見習い達も、通常神殿で着ている神官服ではなく、動きやすい服に使用感のある防具を身に付けていた。これは採水に来る者達が寄付などで購入したものを共有しているのだろう。そこまで粗悪な装備品は見当たらないが、素材もデザインもバラバラで全員の体に合っているとは言い難かった。ただ、護身用に持たされているのか腰に下げた武器は所有者の体に合わせて多少の違いが見受けられた。

冒険者達は、全員平均よりも体格の良さそうな男性が務めている。反対に神官見習い達は平均的から痩せ形な者ばかりだった。レンドルフは採水は力仕事なので男性の神官見習いしか選ばれないと聞いていたが、彼らは中に少女が入っていても不自然ではなさそうな見た目だった。


「どちらでも、とは?」

「神官、でもなイ、商家ノ者でもなイ」

「やはり部外者が混じっているということですか?」


レンドルフの言葉にナナシもコクリと頷く。遠目で眺めていたレンドルフが覚えた違和感は、報告を受けていた人数よりも神殿関係者が多く見えたからだった。レンドルフがすぐに確信を持てなかったのは、商家の者達も近くで馬車から荷を降ろしたり物陰になったりして動き回っていたので判断が付きにくかったのだが、ナナシの感知は視覚に頼らないものだ。彼がそう言うのなら、レンドルフの違和感の元はそれで間違いないのだろう。


「そうでス。互いに顔、知らナいので、違う、属すル者だト思ッてる、ようデす」

「…大胆ですね」


さすがに互いの護衛達は自分の護衛対象の顔は把握している筈だ。しかし、偶然一緒になった別の団体の顔までは分からない。どちらの陣営にも属していない人物がいたとしても、何となくあちら側の人間だと勝手に判断しているのかわざわざ確認はしていないようだ。彼らの動きを見ていると、それぞれの護衛の冒険者達の中に数人の顔見知りがいるようなので、その隙を突くように全く見知らぬ者が混じっているという状況を許してしまっているのだ。もしかしたら潜り込んでいる者が、馬車が合流するようにさり気なく誘導した可能性もある。それが誰かは分からないが、随分と度胸があると良くはないが感心せずにいられなかった。


「該当者は分かりますか?」

「右三番、左五…六バん……上手く、説明デきません」


全員が動き回っているので指定がし辛いようだ。ナナシは後天的に視力を無くしたので、目が見えていた時の記憶にあるものは分かるが、失明以降に出会ったものの色や外見は判別出来ないのだ。対象の魔力や気配などで視覚とは違った感覚でナナシには該当者が判別が付くが、それを表わす外見的な特徴をレンドルフに伝えることは難しい。


「迂闊に突ついて人質でも取られたら騒ぎになりますから、しばらくは相手の目的を見極めましょう。もし誰かに害を及ぼすような行動をしたら、ナナシさんの魔法で拘束をお願い出来ますか」

「承知し、マした」


ナナシが頷いたところで、ちょうど彼らの準備が終わったようだった。



お読みいただきありがとうございます!


本日より二ヶ月間更新回数が週3回になります。次回更新は火曜日です。よろしくお願いします。

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