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28.割れても末に会わないようにする


「ううう…ミス兄のバカ…」

「悪かったってば」


少しだけ回復したタイキを騙し騙し運んで、拠点の家に到着した時はすっかり日が暮れていた。

ミスキ達も既に戻っていて、明日の準備を整えているところだった。



そこで、明日は早朝に調査の騎士達を連れてナナシを救助した場所まで案内することを知らされた。

ぐったりしているタイキは、その時間を聞いた時点で半泣きになっていた。いつもなら勢い良く文句を言うのだろうが、いまだにその元気もないらしい。そのタイキに、ミスキはずっと平謝りをしている。


「もうレンくんとユリちゃんは帰った方がいいわよぉ。言った通り明日は早いし、日暮れまで森に入るつもりだから」

「でも…」

「タイちゃんを説得するのはミスキの役目。気にしないで〜。それよりも、ユリちゃんは朝早いの平気なのは知ってるけど、レンくんは大丈夫?」

「毎日朝食前に鍛錬するのが日課なので慣れてます」

「やっぱり出来る子は違うわぁ…」


半ばクリューに追い出される形で、まだ解決には程遠そうな兄弟を横目にレンドルフとユリは帰宅することになった。



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空はすっかり暗くなっていて、よく晴れた群青色の空に星が瞬いていた。


街中は酒場が多いせいか、色とりどりのランプが店先や看板を照らしていて、昼間よりも賑やかな印象だった。今日は討伐初日だったこともあって、冒険者らしき人々が今日の成果とこれからの英気を養うためか、ご機嫌な様子で乾杯を交わしている様子があちこちの窓越しに見られた。



レンドルフがチラリと隣を歩いているユリに目線を送ると、白い頬にランプの光が反映して、いつもよりも陰影が濃く妙に艶っぽい表情に見えた。レンドルフだけの錯覚ではないのだろう。いつもならスレイプニルを連れたレンドルフが隣にいると遠巻きにしているのに、今日はそれにもかかわらずすっかり出来上がっている酔客がすれ違い様にちょっかいを掛けようとして来るのが一度や二度ではなかった。

ただそういった酔客らは、レンドルフが止める前にサッと間に入り込んだ男性が上手く躱して、別方向にさり気なく誘導していた。よく見るとその男性達は皆揃いの腕章をしていて、エイスの街のマークが入っていた。おそらく彼らが自警団なのだろう。単に止めるだけでなく、さり気なく揉めないように誘導している手腕が見事だとレンドルフは感心しきりだった。


「ユリさん、暗いから家の近くまで送るよ」

「えっ!?え、ええと、その…」


いつもユリと別れる辻の近くまで来て、レンドルフは思い切ってそんなことを口に出す。これまでにも何度か言いかけ、明るい昼間だったので遠慮していたが、今日は既に暗くなっている。共に討伐に行く仲間にはなれたし、それなりに信頼は築けたかと思ってユリに申し出てみたのだが、ユリは慌てたように口ごもってしまった。全力でさり気なさを心がけでみたのだが、やはりどこか不自然さが出ていたのだろうかとレンドルフは少しだけ落ち込む。


「近くの安全な場所までにするし、家とか絶対詮索しないから…って、ごめん、こうやって言葉に出すと却って怪しいよね」

「レ、レンさん遠回りにならない?」

「ノルドに乗って戻るから大したことないよ。遠いならユリさんも乗せて行くけど…」

「大丈夫、大丈夫!そんなに遠くないから!」


本当は同じ敷地の隣同士の場所へ帰るのだが、ユリとしてはまだレンドルフに自分の身分を明かすのには抵抗があった。

かといって、暗くなっているのに女性一人で帰すのはレンドルフの性格では抵抗があるのだろう。ユリがごまかそうとすればするほど、レンドルフは目に見えて消沈して行った。


「……えと、ギルド前まで送ってくれる、かな。今日は遅いし、そこから巡回馬車で帰るから」

「それで大丈夫?」

「巡回馬車の停車場近くだから!人通りも多いし、全然大丈夫!」

「分かった」


ノルドの手綱を引いて、ゆっくりと並んで歩いた。ユリの足でもギルドまでは10分程度の距離だ。

巡回馬車は、エイスの街と近くの街を決まったルートで回っている馬車だ。馬車を持たない人々の足として一日中運行している。



「レンさん、初の冒険者での討伐だったのに、中途半端になっちゃったね」

「ああ、そうか。すっかり忘れてた」

「体調は平気?何かやりにくいところとかなかった?」

「あれくらいなら全然。騎士とは戦い方が違うけど、手合わせの時にきちんと試せたし」

「騎士とはそんなに違うの?」


ユリが首を傾げて見上げると、レンドルフは少し遠くを見るように思い出してているような顔をしていた。


「うーん、俺はこっちに来てからは護衛任務が主だったから、基本的に守りの姿勢だったし、実家の方では…みんな一斉に突っ込んでく、かな」

「ご実家って、すごいのね…」

「やっぱり直接攻撃の方が手っ取り早いからかな。騎士同士の連携はするけど、よっぽどの新人じゃない限り細かい作戦とかは決めてないんだ。個人がその場その場で判断する、って感じで」


魔獣は人間の理屈では動きを予想できない。一般的に生態を知られている魔獣であっても、その時によって有りえないことの連続だ。クロヴァス領専属の騎士は、単独で動くことはなく小さな集団で行動はするが、大きな隊で動くことは殆どなかった。人が多いとそれだけ臨機応変に動くことが難しくなるからだ。


「それって一人一人の技量が高くないと出来ないことよね?」

「そうなるのかな」

「うん。だからレンさんもあんなに強いのね」


率直にユリに褒められて、レンドルフは少しだけ照れながら小さな声で「それほどでは…」と呟いた。それでも嬉しかったらしく、軽く口角が上がっていた。


「そうだ。明日は駐屯部隊の騎士を案内するって言ってたよね?その…タイキは大丈夫かな。帰りに『好きじゃない』って言ってたし」

「ああ…ちょっとピリピリすると思う。タイキもだけど、どっちかって言うとミス兄の方かな」

「ミスキが?何かあったの?」

「……えーと…私の口で言うより、ミス兄からちゃんと聞いた方がいいと思う。もしかしたらクリューさんが教えてくれるかもしれないけど」

「分かった。そうするよ」


ユリの口調から、レンドルフは何となく「赤い疾風」と騎士団で何かあったのではないかと予想した。それならば正式メンバーではないユリからは言い辛いこともあるだろう。



そうしているうちに、ギルド前に到着した。


この時間帯は日帰り組が戻って来るピークなのか、ギルドの建物内から持ち帰った魔獣の査定待ちの列が外にまで伸びていた。まだ初日ということもあるのだろうが、並んでいる冒険者達の表情はそれなりに明るい。レンドルフは、数日に渡って死に物狂いで戦って、傷だらけで疲弊し切って討伐から帰って来るクロヴァス領の騎士達とは随分違うものだな、と少々羨ましく思って眺める。このエイスの街は自然がまだ残っているとは言え、王都の領内だ。人も物資も豊富であるが故に、こうして恵まれた環境で討伐が出来る。


辺境のクロヴァス領のギルドでも定期的に討伐は行っているが、このように人は集まらず、参加者の大半が領専属の騎士になる。ここよりもはるかに多い日当も出るし、保証も手厚くしていても、だ。


そもそも環境が違うのだから比べても仕方のないことだと分かっていても、レンドルフは複雑な思いになるのはどうしようもなかった。



「レンさん、ありがとう」


そうユリに声を掛けられて、レンドルフはハッと我に返った。もうギルド前から出発する巡回馬車の停車場に到着していた。ここから行き先の違う馬車が何台も出ている。


「気を付けて」

「レンさんもね。また明日も頑張ろうね」

「うん。また明日」


互いに軽く手を振り合って、ユリは近くに止まっていた大きな荷台の付いた馬車の一台に乗り込む。変に勘ぐられないように、レンドルフは敢えて行き先を確認しないようにすぐにその場を離れた。


その後街の入口まで徒歩でノルドを引いて外に出てから、レンドルフは騎乗してパナケア子爵の別荘に向かったのだった。



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ユリはしばらく巡回馬車に乗っていたが、ちょうど建物が途切れたところの停車場で素早く降りた。


馬車に乗り込んですぐ、空いているのにわざわざ元から座っていた座席を移動して不自然なほどユリの近くに座って来た若い男性がいた。そしてユリをチラチラと横目で見ていたので、用心の為に彼女は直前まで降りる素振りを微塵も見せずにいきなり降車したのだ。向こうはまさかこんなに何もないところでユリが降りると思ってなかったのか、男性が座席の上に広げていた荷物を慌ててまとめている。その隙に、ユリはそのまま急いで明かりの届かない方向に向かって走り出した。


身体強化魔法を掛けて走ったので、あっという間に停車場から距離が開き、暗がりの中を紛れるように移動する。そして、既に従業員が帰宅して明かりを落としている工房の脇で足を止めた。


「悪いわね、急に変更して」


その工房の近くに、一台の小さな馬車が止まっていた。


彼女は馭者にそう声を掛けると、その馬車に素早く乗り込む。静かに馬車が走り出すと、ユリは大きく溜息を吐いて分厚い背もたれに身を沈めた。


いつも大公家別邸からエイスの街に行く際に使っている馬車である。レンドルフといつも別れる辻から二度ほど曲がった場所に待たせているのだが、今日はレンドルフの申し出に合わせて待つ場所を変更したのだ。

小さく質素な外見に見せかけているが、実は色々な安全策が仕掛けられた高級車で、この馬車自体が最新式の魔道具そのものとも言えた。


走って来た道を引き返すように馬車が進むと、先程降りた停車場の近くに男性の姿を見かけた。すれ違う一瞬だけだったので先程の馬車の中でユリを見ていた男性と同じ人物かは分からなかったが、服と髪の色はよく似ていた。ユリの乗る馬車の窓には認識阻害のカーテンが掛かっているので外から見えることはないが、ユリはブルッと身震いをして自分の二の腕の辺りを擦っていた。


「…これは、何か対策を考えないとね」


馬車に揺られながら、屋敷に到着するまでずっとユリは難しい顔のまま考え込んでいたのだった。



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「お帰りなさいませ」

「ただいま」


レンドルフはアスクレティ大公家の厩舎にノルドを預けてから、そのまま裏手から繋がる通路を通ってパナケア子爵別荘の方に戻った。新人ばかりの使用人の中で、唯一の再雇用で経験者のキャシーが真っ先に帰宅したレンドルフに声を掛けて来た。美しく伸びた姿勢は、15年もブランクがあったとは思えないほど板に付いている。


まだここに来てから二日なので、何となく「ただいま」と言うのは少しだけ気恥ずかしいような心地がした。


「夕食の準備は整っておりますが、先に湯浴みをなさいますか?」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「お手伝いは…」

「自分で出来るから大丈夫だ。…そうだ。明日は早朝に出発することになったので、朝食の支度は不要で頼む」

「畏まりました。お時間は何時でしょうか」


レンドルフはエイスの街までの時間を逆算しながら、それでも少し早めに到着しておこうと考える。

定期討伐の期間はギルドは無休で開いているので、ギルドの中の食堂も開いていると聞いていた。さすがに深夜と早朝は職員はいないが、作り置きされた軽食と飲み物を購入出来る魔道具が設置されている。レンドルフは早めに行って、そこで朝食を済ませてしまえばいいと思っていた。


「そうだな…ここを五時には発つつもりだ」

「承知致しました。では…」

「起きるのは自分で起きるよ。皆はいつも通りで構わない」

「…お気遣い、ありがとうございます」


キャシーのキビキビとした立ち居振る舞いは、クロヴァス家のタウンハウスのメイド長と通じるものがあり、見ていて頼れる安心感を覚えた。


実は今朝の朝食の席で、使用人に対しても敬語を使っていたレンドルフに「短い期間でもあってもお仕えする主人なのですから、そのように振る舞ってください」とキャシーはきっぱりと告げて来たのだ。

キャシーの言い方はハッキリしていたが、職務に忠実な印象だったのでレンドルフは特に不快とも思わなかったし、一理あると納得した。ただその厳しくも聞こえる物言いに、レンドルフの機嫌を損ねてしまったのではないかと心配したのか、彼女の後ろでいかにも新人という雰囲気のメイドと従僕が緊張を隠せないまま青い顔で立っていた。



幼い頃、タウンハウスに初めて連れた来られた時に、父から女性には丁寧に接するもの、と教え込まれていたレンドルフに対して、メイド長に似たようなことを言われたことを思い起こさせた。まだ身分や人によって態度を変えなければならないことがあることをよく理解していなかった頃の思い出だ。



今朝のことがあってか、キャシーと共に迎えに出て来て後ろで控えているメイドはどこかおどおどしている。確かあの幼い雰囲気の丸顔のメイドはキャシーと朝食の場にいた筈なので、無理もないとレンドルフはなるべく視線を向けないように務めることにした。

レンドルフの荷物と上着を受け取った若い従僕も、心なしか表情が固い。背は高い方だがヒョロリと細身の彼も、また同じように朝食の時にいた筈だ。それだけでなく、レンドルフが片手で軽く扱っていた荷物を彼が受け取った瞬間足元がふらついて、慌ててレンドルフが荷物を支えてフォローしてしまったこともあるかもしれない。

まだ不慣れなこともあるだろうし、やはり自分の体格はただでさえ威圧感を与えるので、当分はなるべく距離を取っておいた方がいいだろうとレンドルフは判断する。



「そうだ、キャシー」

「はい」


レンドルフは渡した荷物を従僕から一度戻してもらって、その中から一番上に乗せるようにしておいた紙袋を取り出した。そしてそれを近くにいたキャシーに手渡した。一瞬だが、常にキリリと隙のない表情だった彼女が、面食らったように目を丸くしていた。


「こちらは…?」

「貰い物だが、休憩時間にでも皆で食べてくれ」


ユリから貰ったパンだったが、思ったよりも多く入っていたので半分ほど食べて持ち帰ったのだ。まだレンドルフの食事量を把握しされていないので、もし夕食が足りなかった場合は密かに夜食にしてもいいかとも思っていたが、翌朝早いので必要がなくなってしまった。このまま残してしまうよりも、と考えてキャシーに渡すことにしたのだった。


主人らしく振る舞うようにと言われても、レンドルフ自身もすぐに出来るものではない。あまり下手(したて)に出ないように気を付けつつも、やはり皆とは良い関係を保ってはいたいのだ。


「ありがとうございます」

「本当に貰い物だよ。早めに食べて欲しい」

「はい、そのようにいたします」


キャシーはすぐに表情をいつものものに戻し、紙袋を抱えて綺麗なお辞儀を返して来たのだった。



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