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294.二つの頼まれごと(一時的更新回数変更のお知らせあり)


「マギーの件は神殿と貴族が関わっているかもしれない以上、証言の裏付けが採れるまで冒険者ギルドで身柄を預かりますが…他の任務中に申し訳ないのですが、出来れば採水地よりも上流の調査赴いた際には何か痕跡などがないかついででいいので確認をしてもらいたいのです」


各ギルドは国とは独立した機関になり、政治的、宗教的な権力とは切り離されている。各国の文化を尊重してそれぞれに柔軟に対応はしているが、基本的に権力を楯に横槍を入れることは許されていない。ギルドはそういった身分や権力などに左右されてはならないものを守る為に存在しているのだ。

もしマギーが警邏隊や自警団に保護された場合、身の安全は保障されない可能性がある。まだ確定ではないが、それを心配してグランディエは冒険者ギルドで一時的に保護しているのだ。


「それは構いません。けれど一年前の事はさすがに何も残っていないと思いますが…」

「そこは承知しています。ですが、ひょっとしたら何かナナシなら感知できるものがあるかもしれないかと思いまして」


レンドルフは離れたところに気配を消すように座っているナナシに大丈夫かと確認の声を掛けると、彼は両手にまだ水の入ったコップを持ったままコクリと頷くのが見えた。


「エニシダ部隊長様には、調査のついでに気付いたことがあれば確認してもらうことをギルドから正式な依頼として出させていただきます」

「よろしくお願いします」

「何も見つからなければ…あまりやりたくはないですが、マギーに神官風の恰好をさせて採水地に向かわせるかもしれません。勿論こちらで護衛は付けますが…任せる者の選別が大変でしょうね…」

「分かりました。彼女にはなるべく大人しくして欲しいところですね」

「同感です」


先日のやり取りやグランディエの話を聞いてみるに、マギーはどうにも直情型であまり深く考えない質のような気がする。何かあったら自分の実力もお構い無しに突っ込んで行く可能性もある。いや、その可能性しかみえない。護衛をするにも最も厄介ないタイプだ。もっと幼いか少年だったらいざとなれば担ぎ上げるなりして押さえ込めるだろうが、いくら幼く見える未成年だとしてもさすがに13歳の少女を押さえ付けるのは護衛も避けたいだろうことは簡単に予測が付く。上手く実力もある女性冒険者が見つかればいいのかもしれないが、ギルド長のグランディエが渋い顔をするということは、なかなか適性のある冒険者は見付けにくいのかもしれない。



「あれから襲撃はないと聞いていますが、何かお気付きになったところはありますか?」

「特には…むしろ何もなさ過ぎて不気味ではありますね」

「そうですか」


まだ完全に分かった訳ではないが、レンドルフ達を襲撃した者達から有益な情報を引き出すのはかなり難しいと王城から報告が来ている、とグランディエは付け加えた。

彼らは情報を漏らさないように誓約魔法が掛けられてはいたが、王城付きの魔法師団団長が自ら上書きを施して喋らせることに成功した。だが入念に誓約魔法が施されていたにも関わらず、拍子抜けする程大した情報は出て来なかったそうだ。幾重にも依頼人を挟んで目的だけを遂行するように命じられていたようで、むしろ時間稼ぎの為に誓約魔法を掛けられていたのではないかという見解だった。


「調査員達を脅して撤退させるだけでいいと言われていたようですけど」

「そうでしょうね。何となく暗殺に長けた者達ではない感じがしました。どちらかと言うと、テイマーの方が殺しに慣れていたと思います」


その後幾つかの確認を経て、レンドルフとナナシは引き続き禁輸の魔道具の調査と囮役をしつつ、可能な範囲でマギーの証言に繋がるような痕跡を探すことになった。勿論、魔道具の案件の方を最優先である。


今のところこれまで発見、確保されている魔道具には、最初から付与されている水の浄化の魔法しか掛かってないと報告がされている。それならば万一見落とした物が源流まで到達して魔法が発動したとしてもそこまで影響はない。これまでも発見、回収された魔道具の中に水源に到達して魔法が発動していたのもあった。その期間が短かったのと、元から付与されている浄化魔法だったので大きな実害はなかった。だが、水辺に咲く花の色に影響があったということは、長い目で見れば何らかの影響がないとは限らない。人間にとって浄化された水はありがたいかもしれないが、本来の水の成分で生きている植物や生物に悪影響が出る可能性もある。それが自然に少しずつ変化して行くのであれば対応も出来るだろうが、人為的な急激な変化は望ましいものではない。


「明日も引き続き調査に入りますが、採水地を中心に奥の方へ向かいます」

「よろしくお願いしますわ、クロヴァス卿」

「ナナシさんも、よろしくお願いします」

「問題、なイです」


話し込んでいたせいで食べるタイミングを逸してしまった焼き菓子がそのまま皿に残されていた。レンドルフは上手く隠したつもりだったが名残惜しい気持ちが透けてしまったのか、グランディエはサムに焼き菓子を包むように申し付けていた。レンドルフの返答も待たずにすぐにサムが皿を一旦引き上げて退室してすぐに紙袋を持って戻って来たので、レンドルフは少々恥ずかしいと思いながらもありがたく受け取ったのだった。



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専属メイドのミリーに持参した魔石を並べてもらって、ユリは目の前の老人の顔を伺うように見つめた。


「ロン爺、どうかしら」

「どれも素晴らしいですが…お嬢様のご希望ですと少々不足かと」

「これ以上のものだとさすがに大きいわよね…」

「大きさと言うよりは質と相性でございます。属性に関わらずサイズで選んでお持ちいただいた方がよろしいかもしれません」

「そうするわ」


ユリは残念そうに眉を下げる。ミリーはすぐに持参して来た時と同じように、ビロードを敷き詰めた箱の中に魔石を収納した。



目の前の老人ロンは、国内一の腕前ともいわれた付与師だった。今は現役を退いて弟子に任せて、古くから付き合いのあるごく限られた相手にのみ趣味のように付与を請け負っている。ロンはユリの祖父のレンザと友人で、息子と男孫しかいないのでユリを殊の外可愛がっていた。その関係で、今も特別に付与を受けてくれるのだ。


付与師は、魔力の方向性を定める特殊な技師だ。魔力持ちは自身の魔力を魔石などに充填することは出来るが、出力の方向を定めていないと魔力補充の為にしか利用出来ない。レンドルフがシャツに自分の魔力を充填した魔石をボタンに加工して付けているのはその為だ。

それを付与師が強化や防御などの方向性を付与することによって、望む出力が可能になるのだ。付与のやり方は人それぞれで、自身の魔力を使って付与を施す者もいれば、魔石から魔力を借りて付与する者もいる。


このロンは魔石の魔力を使って、属性に関係なくどんな付与でも出来る非常に希有な付与師だった。付与師は自身の魔力属性によって得意分野が左右される。武器に向いた付与が得意な者もいれば、防具専門の者もいる。消耗品を少し丈夫にしたり刃物の切れ味を良くしたりする簡単な付与ならば少し魔力のある平民でも比較的簡単に出来るので、小遣い稼ぎ程度の副業で付与を行う者も多い。そんな中で専門的にどんな付与でも自在に行う彼の技術は誰にも真似出来なかった為、現役の頃は数年待っても構わないという程の人気だった。何せ複数の付与を付ける際、それぞれの得意分野の複数の付与師が携わることが一般的だが、ロンは全て一人で行えたのだ。その場合、魔力の質が一定なので極めて強い付与が可能になるのだ。


「お嬢様はこれを何に使うおつもりですか?」

「タッセルに付けたいの」

「タッセル…ですか?」

「この彫金細工に革を組み合わせて…でも小さな物だから、繋ぎ目に魔石をあしらって付与の足しに出来ないかな、って」


座っているソファの後ろで控えていたミリーが荷物の中から小さな箱を二つ取り出して、そっと蓋を開けてロンの前に差し出した。そこにはアスクレティ領産の彫金細工が収められていた。一つは先日音楽祭で買い求めた護符の紋様が刻まれている金の細工物で、もう一つはレンザの為に追加で作ることを決めてから選んだ物だ。後から追加した細工物は、漆黒鋼と呼ばれる美しく艶のある黒い素材で日に翳すと光の当たる場所が深い緑に見える。だからなのか細工の意匠は繊細な蔦が幾重にも絡み合い、コインくらいの厚みしかないのに蔦の中に尾羽の長い鳥が隠れているような立体感のある風合いに仕上がっている。そして鳥の目の部分には青い石が嵌め込まれている。

このレンザに贈る用の彫金細工は、アスクレティ領からわざわざ商人に来てもらってユリが選んだ物だ。くれぐれもレンザには内密で、と頼んではあるがおそらく筒抜けになっているだろう。


「こいつは…お嬢様、これをどこで?」

「こっちはこの前のフィルオン公園で開かれた音楽祭の出店で求めた物よ」

「これは…とんでもねえ石が付いております」

「え!?そうなの?大丈夫?」


レンドルフ用にと思っていた細工を見て、ロンの顔色が変わった。ユリからすると微かに魔力を感じるので小さな魔石を使っているのかも、とは思っていたが、それにしては彼の反応が大きくて心配になってしまった。ロンはポケットから使い込んでくたびれた手袋を取り出して装着すると「直接手に取っても?」と尋ねて来たので、ユリはよく分からないまま許可を出した。


「ううむ…」


細工物をそっと摘むように手にしたロンは、矯めつ眇めつしながら時折唸るような声を上げている。そして懐から作業用の片眼鏡まで取り出して、鼻先が付きそうな程に顔を近付けて凝視していた。ユリは不安そうな表情のまま、邪魔をしないように黙ってロンの行動を見守っていた。


「…素晴らしい」

「え?」

「こんな小さな石ですが、一番少ないものでも三種類の魔石を重ねて合成した物です。それにこの中心の金の石は、細か過ぎてどれだけ重ねたかも分かりません」

「金の石…?」


四色の神獣を表した石は分かるが、金の石を見た覚えはなかった。ユリはロンに示された辺りに顔を近付けて角度を変えて何度か眺めると、金の彫金部分とは違う反射をしている物が見えた。良く見ると同じ色味だったので彫金かと思っていたが、中心に金色の石が確かに埋め込まれていた。それこそ気が遠くなりそうな程小さな粒を組み合わせて、花の紋様になるように並べられている。


「こんなにすごい職人が育っているのね…」


名人と呼ばれる細工師達は受注販売でも年単位で待つ程の人気なので、催事などに持参する品は腕は悪くないがまだ未熟な弟子が制作したものを並べていると聞いている。その分お手頃価格になっていて、実際ユリが支払った金額もそこまで高価ではなかった筈だ。それなのにあらゆる装飾品に付与を施して来たロンが感嘆する程の品であるということは、これを作った職人はあっという間に名人達と肩を並べるようになりそうだった。


「もしかしたら名人の作品が紛れていたのかも知れませんね。この細工は相当年季の入った技術がないと作れません」

「あら。じゃあ安く買い取ってしまったってことかしら。悪いことをしたわ」

「そこはお嬢さんが買い物上手だったということですよ」


ユリは領主の孫であるので、安く買えて幸運だと思うよりも適正価格よりも低く購入してしまったことを申し訳なく思った。領主は領民の為に才能を認めて正しい価格を支払い、経済を回すことも大切な役割だ。そんなユリの様子を見て、ロンは目元の皺をより深くして次期領主候補の彼女を微笑ましく見つめた。


「こちらでしたら魔力の通りやすい金具と魔物素材の革を使用すれば、お嬢様のご希望の付与が付けられそうです」

「良かった!ありがとうロン爺!」

「こちらの方はご当主様に?」

「ええと…おじい様へはこっち、の方を。これは、いつも護衛みたいに守ってくださる騎士様、に」

「なるほど。承知しました」


ロンは少しだけ耳を赤らめて視線を泳がせるユリに、あまり必要なさそうなレンザにタッセルを贈ろうとする理由を何となく察した。レンザは大公家当主であるので、どちらかと言うと文官寄りで、薬師としては研究者で教育者だ。自らが危険に直接対峙するようなことは多くない。タッセルは身の安全や無事の帰還を祈り渡すお守りで、冒険者や船乗り、長い距離を移動する商人などに渡すことが多い。そこには騎士も含まれる。きっとユリはその騎士に先にタッセルを贈るつもりで、レンザに贈るのは後から思い付いたのだろう。


ロンは身分の遥かに高い旧友の顔を思い浮かべて、孫娘の成長を嬉しいと思いつつも絶対に不機嫌で苦虫を噛み潰したような顔をしているだろうな、とすぐに予想がついたのだった。



お読みいただきありがとうございます!

いつも評価、ブクマ、いいねに励まされております。心から感謝です。


現在、書き進めています中編が思いの外長くなってしまい、年末年始の多忙と重なって手詰まりになりそうな気配が漂っております…。

火木土日の週四回更新ですが、2023年12月〜2024年1月の二ヶ月間限定で火木土の週三回更新に変更します。中編の進行と繁忙期次第では期間は短くなるかも知れませんが、その際は改めてお知らせします。ひとまず好きなものを楽しく続けられるようにする為ということで、今後も気長にお付き合いいただけましたら幸いです。

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