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290.ナナシの収納術

戦闘、流血表現あります。ご注意ください。


目の前にいた少女が掻き消すようにいなくなったことで、レンドルフは思わず目を見開いてポカンと口を開いてしまった。ほんの一瞬、強い魔力の揺らぎを感じたが、それだけだった。


「あ、あの…今…」

「問題なイ。わたし、保護しタ」


ナナシがローブの前を開いた瞬間レンドルフに背を向けたので、何をしたのかはっきり見えなかった。彼はまた元通りにサッとローブを羽織りなおすと、レンドルフに向き直って森の方向を指し示した。

色々と問い質したいことはあるが、今はこちらに向かって来ているナイトウルフに対応しなくてはならないと、レンドルフはその方向に剣先を向けた。


木々の合間から、複数の黒い毛並みが見え隠れしているのが肉眼でも確認出来た。ナイトウルフは夜行性で、その真っ黒な毛を生かして闇に乗じて狩りを行う。しかし今は昼間で天気もよい。採水の為に手入れされた明るい森の中では逆によく目立っていた。しかしそれなりに頭が良い魔獣なので、木に隠れながら距離を詰めて来ている。最初にナナシに五体と聞いていなければ、正確な数を把握し辛かっただろう。


「ファイアーボール!」


真っ先にレンドルフに到達した二体が同時に左右から飛びかかって来た。レンドルフは敢えて剣の腹で打ち据えるように振り抜いて、一体を地面に叩き付けた。本当は首を落とした方が確実ではあるが、飛びかかって来た勢いで後方に首が落ちればすぐ後ろのナナシに最期の抵抗で噛み付きかねない。すかさず剣を持っていない左手で火魔法を発動して、もう一体を一瞬で焼き尽くした。ナイトウルフの毛は脂を多く含んでいるので、火が点くと一気に燃え上がるのだ。弱くする方の制御が得意でないレンドルフの火魔法は、容赦なく一体を炭化させるに十分な火力を持っていた。


燃えるところの無くなった炭の塊が地面に落ちるのと同時に、地面に叩き付けられて致命傷を負っている一体の心臓部に一度剣を突き立てて確実に止めを刺す。レンドルフはそこで動きを一切止めることなく、流れるように遺骸から剣を引き抜いて少し姿勢を低くして横薙ぎに払う。その剣の軌道に吸い寄せられるように低木の茂みから飛び出して来た一体が、声も無く血飛沫を上げながら顎から下が裂けて倒れる。その倒れた一体の姿に一瞥もくれず、レンドルフは振り抜いた腕の形そのままに大きく一歩踏み込んで剣の軌道を更に延ばす。レンドルフの長い足の一歩は脇を駆け抜けて後ろのナナシを狙っていた一体の首筋を的確に捉え、剣が突き抜けて向う側に切っ先が飛び出した串刺しの状態で体ごと引きずられた。

あっという間に四体を殲滅し、残る最後の一体はその群れのボスだったのか体が一回り大きかったが、それでもレンドルフの敵では無かった。彼の首に食らい付こうと宙を飛んで鋭い牙を向けたが、すかさず開いた口に手を突っ込まれて瞬時に顎を外された。これは長兄の妻直伝の技で、魔獣にも通用した。鋭い牙が身体強化した皮膚に僅かに傷を付けたがそれ以上は刺さることはなく、最後の一体は地面から足が浮いた状態で持ち上げられて死に物狂いでもがいた。


火弾(ファイアーバレット)


口の中に手を突っ込んだまま、レンドルフはゼロ距離で火魔法を発動する。容赦なく高熱の炎に凝縮された無数の弾丸が、最後の一体の内も外も一瞬で貫いて燃え上がった。レンドルフは勢い良く燃えるナイトウルフの火が自分の手を焼く前に手を放したので、既に絶命した体がボトリと足元に落ちる。ナイトウルフを焼く火は、すぐに燃やす体がなくなったので延焼はせずにプスプスと僅かな音を立てて燻る黒い塊になった。


「他にはいますか?」

「ナい、です」


ナナシに確認してから、レンドルフは倒したナイトウルフ五体を一カ所に纏めるといつものように穴を作って埋める。素材目的ではなく殲滅させるだけなら一人でもそこまで難しい相手ではなかった。雨の日なら火魔法で燃やしにくくなるので、天気が良かったのも幸いした。微かに左手の甲がチリリとしたので目をやると、赤いミミズ腫れが数本とそれに重なるようにうっすらと血が滲んでいる。このまま浄化の魔石を使って洗うくらいで済みそうな程度のかすり傷ではあったが、一応魔獣の牙なので用心して回復薬を振り掛けておくことにした。


「アれは、ていマーが、いました」

「ああ、それで隷属の魔道具はなかったんですね」


野生動物や魔獣を従えることの出来るテイマーの魔力は、個人差が大きいが比較的群れを作る習性の動物に効きやすい。先程のコカトリスは完全に支配下に置けなかったので、隷属の足輪を使用して支配を強化して操っていたのだろうが、ナイトウルフにはそれらしき魔道具は装着されていなかった。


「やはり禁輸の魔道具を仕掛けた犯人が…」

「イや、あの動物は、このむスめを狙ッた、ようデす」

「あの少女を?…ところで彼女はどこに…」

「ココ」


ナナシはそう言って、スルリと自分の胸の辺りを撫でた。レンドルフがよく分からず首を傾げると、ナナシは先程少女が消える寸前にしたのと同じようにヒラリとローブの前を開いた。


「!…これは!?」


そこには、あるべき筈のものがなかった。



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ナナシのローブの下は、普通のシャツではなく異国風の前合わせを重ねて帯で留めるだけの簡素なものを来ていた。そして今は留めていた帯がほどけて胸から腹に掛けて完全にはだけていた。が、そこには人の肉体ではなく、何か黒いものが存在していた。黒い痣などではなく、何か得体の知れない不定形の物体、としか言いようがなかった。攻撃的な意志や、毒素をまき散らしているわけもないのに、その黒いものを見ていると心の中に何故か根源的な不安が沸き上がって来る。


「わたし、のココ、異界に繋がッてます。空間マ法の、よウなもの」

「異界…ええと、彼女は無事、なんですよね?」

「問題ナい。一瞬、いシき途切れる、くらいです」


ナナシは自らの手をその胸の辺りに差し入れた。その黒いものは実体はないらしく、何の抵抗もなくナナシの手が中に吸い込まれて行く。差し入れられた手は、その空間には日の光が届かないのか指先すら見えなく、黒で塗り潰されているかのようだ。


「試シ、ます?」

「…いいえ、遠慮します」


つい凝視してしまったレンドルフにナナシが胸の辺りを指し示したが、そこは慎んで辞退してしまった。ナナシはレンドルフの反応に関しては特に何の感情もないらしく、すぐに服を着直してローブの前を閉じた。


「ええと、あの少女は」

「安全なとコろに、出る、解放しマす」

「…はい」

「大丈夫」


不安が顔に出ていたらしいレンドルフに、ナナシは少しだけ口角を上げただけの笑顔とは思えない表情を向けたのだった。



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捕らえた襲撃者を合流した部隊に引き渡して、まだ姿を現していないテイマーがいる可能性を知らせておく。どうやら襲撃者は雇い主に誓約魔法を掛けられているので、すぐには情報は引き出せそうにないらしい。王城の魔法師団の上位の闇魔法の使い手に上書きが可能か調べてもらう必要があるので、そのまま連行まで任せることにした。


誓約魔法は精神に干渉する闇魔法の領域で、様々な条件を主従に結ばせることが出来る。守秘義務などを結ばせておけば、仮にどんな拷問や自白剤を使われたとしても情報を漏らすことが出来ないのだ。しかしその魔法を掛けた使い手の力量に差があると、強引に上書きを施して情報を引き出すことが出来る場合もある。ただそれは非常に繊細で難しい技量と膨大な魔力が必要であるし、一つ間違えば掛けられた方だけでなく術者自身も最悪廃人になる。その為、余程確実性がない限り上書きをしてまで危険を冒すことはない。彼らから情報を引き出せるかどうかは、誓約魔法の行使者よりも強い闇魔法使いがいるかどうかに掛かって来るだろう。

もし誓約魔法を上書き出来なければ、せいぜいレンドルフ達を狙った強盗未遂の罪に問える程度と言ったところだろう。レンドルフ達が怪我をしていたらもう少し罪が重くなるだろうが、全くの無傷だ。



彼らを連行して行くのを見送って、レンドルフはチラリと隣に立っているナナシに視線を向けた。ナナシは先程保護したらしい少女のことは一切話さなかった。レンドルフは本来ならば彼女の存在も教えるべきだと思ったのだが、何となく今は言わない方が良さそうだと判断した。ナナシが襲って来た魔獣の狙いが彼女だというのも気になったし、その魔獣を操っていたテイマーを捕らえていないので、そのまま少女を引き渡すのも危険な気がしたのだ。


「あリがとう、ごザいます」

「いえ…彼女はまだ無関係かもしれませんから」

「本日は、こレで終了しましョう」

「大丈夫でしょうか」

「ぎルどに戻ッて、確認すルべき、ことある。そレに…」


一旦言葉を切って、ナナシは手にしていた杖を頭上に掲げた。幾つも不規則に埋め込まれた魔石が数個、光を放つ。


「周囲に、敵意、ナい。魔道具モ、流れテ来ていないです」

「分かりました。では馬車まで戻りましょう」

「ヨろしく、お願いスる」


どうやらナナシに収納されている少女はここではなくギルドに戻って解放するようだ。一体どうなっているのかは分からないが、ここは彼の言うことを信じて彼女は無事だと強引に納得させる。もしテイマーが少女を狙っているのであれば、初対面で斬り掛かって来て拘束されても尚暴れる様子ではいくらレンドルフと言えども守りながら戦うのは大分難しい。気を失わせれば大人しくはなるだろうが、小柄とは言っても意識のない人間一人を抱えるのもそれなりに厄介だ。正直ナナシが収納してくれたおかげで、レンドルフは心置きなくナイトウルフに立ち向かえたのだ。


(ああ、あれだから食事が特殊なのか)


少なくとも見た限りだと、ナナシの胸から腹に掛けてはまともな体は存在していなかった。あれでは内蔵がどうなっているのか全く想像もつかない。水分もどうなるのかの疑問も残るが、あの体では確かに通常の食事は不可能だろう。異国の生まれなので使用する魔法がレンドルフの知るものと違うのは何となく理解出来るものの、あの体はいくらなんでも異様過ぎた。そのことについてレンドルフは聞きたい思いに駆られたが、彼が罪人である以上何らかの制限は掛かっている。もしかしたらあの体も、その制限に引っかかるかもしれないのでおいそれとは問うことも憚られる。


何となくモヤモヤしながら、レンドルフは再び馬車に乗ってエイスの街までの帰路を急いだのだった。



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