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285.楽器の利用法


曲が終わると、ワッとあちこちで歓声と拍手が起こった。皆が息切れをしているが楽しそうに笑っている。舞台を見ると、踊り手達も勿論だが演奏者の彼女も肩で息をして、額には汗が光っていた。


「楽しかった!」

「俺も楽しかった。夜会が全部これならいいのに」

「あはは、それならレンさんといつでも踊れるね」

「そ、そうだね」


ユリも勢いよく跳ね回っていたので少し息が上がっている。けれど余程楽しかったのか、興奮状態でレンドルフの腕にしがみつくように抱きついて来た。腕の半分に柔らかい体が密着して来て、レンドルフは思わず固まってしまった。しかしユリはそんなレンドルフに全く気付いていないのか、少しだけ試しに音を出させてもらえると言われて並んでいる人達の方に顔を向ける。


「ねえ、あの列に並んでもいい?」

「うん、行こう」


皆不思議な楽器に興味があるのか、かなり長い列が出来ていた。ユリも楽しそうにレンドルフの手を引いたので、体が離れたことに安堵する。しかしほんの少しだけ心の片隅に残念にも思う気持ちもあって、レンドルフは慌ててそれを打ち消すように軽く頭を振った。


長い行列だったが、演奏者が話しかけて上手く誘導していたおかげで思ったよりも人の列は早く進んで行く。レンドルフ達も10分程度で箱のような形の楽器エアーリスの前に来ていた。念の為手袋は外してくださいと言われたので、レンドルフは素手になって準備しておいた。


「お待たせしました。こちらに手を翳してみてください」


近くで見た彼女は、喋らなければ細身の男性にしか見えなかった。分かっていてよく観察すれば、喉仏がないくらいだが、きちんと燕尾服を着込んでいるのでそれも近くでないと分からないだろう。こうして演奏旅行をして人と関わることを生業にしているのか、物腰は優雅でどこか人を安心させるような空気を纏っている。


「わっ!」


ユリがワクワクした様子で手を翳すと、少々大きな濁ったような音が出た。近くで聞いているから大きく聞こえたのかとも思ったが、少し離れたところにいた人も振り返ったので、予想以上に大きな音だったようだ。その音にビックリして慌てて手と一緒に身を引いたので、背中がレンドルフの体に当たってしまう。しかしレンドルフはその反射神経でユリの肩の辺りに軽く手を添えてやんわりと受け止めていた。


「ご、ごめん。驚いちゃって」

「俺はいいけど、ユリさんは大丈夫?」

「うん、平気」

「お嬢様は、もしかして強い風魔法の使い手ではありませんか?」

「え…あ、はい。そこそこ、使えるかと」


ユリが出した音を聞いて、演奏者の彼女は少し考えるような顔になって尋ねて来た。ユリが肯定すると「やはりそうでしたか」と微笑みながら片手で箱の側面をカパリと開いた。中を見せてしまっていいのだろうかとユリもレンドルフも思ったが、確か演奏前に簡単な構造で魔道具に詳しい人ならすぐに作れると言っていたので問題はないのだろう。魔道具は使用することは多くても造りまでは分からないレンドルフからすると、その内部は十分複雑に見えた。


「こちらに使用している魔石の半分は風属性のものなのです。ですから風の魔力が強い方ですと共鳴しやすくなるようです。驚かせてしまい申し訳ありません」

「いえ…相性の問題ですから」


同属性の魔力と魔石は非常に相性が良いので、魔石を使って通常は使えない上位の魔法を使用したりする補助に利用したりする。しかし相性が良過ぎて、魔道具などが通常よりも出力が強くなってしまう場合もごく稀にあるのだ。基本的にはそうならないように魔道具には制御の付与や仕組みが施されているが、この特殊な楽器は演奏者さえ問題なければそこまでの制御が必要がなかったのかもしれない。


「そちらの…騎士様でしょうか?貴方様も?」

「いや、俺は風魔法ではないから大丈夫…だと思う」


レンドルフは片手でユリの肩を軽く支えたまま、そっと反対の手を伸ばした。また大きな音が出るかもしれないので、手を広げて近付けるのではなく指一本だけを翳してみる。


シャララララ…


レンドルフが指を差し出すと、鈴の音のようなハープのような高く澄んだ美しい音が発せられた。もし音に色があるとするならば、間違いなく金色で光が舞うようなきらびやかな音色だ。今度は軽く握っていた手を開いて、箱の上を横に滑らせるように動かしてみた。すると、最初よりも複数の楽器を奏でているような厚みが加わり、更に美しい音色が生まれた。


「…素晴らしい」


何だか自分の手でその音を出しているのか全く実感のないレンドルフが自分の手を見詰めていると、彼女が溜息混じりの声を漏らした。


「貴方、エアーリスの演奏家になりませんか?」

「え!?い、いや、俺は音楽とか、芸術方面はさっぱりなので」

「この音は天性の才を持つ者だけが奏でられるものです!惜しい、実に惜しい」


彼女は少し興奮したような早口でレンドルフの側まで来ると、その手を握り締めた。彼女の細く長い指が、レンドルフの大きな手や指に絡み付くように重ねられる。女性にしては大きな手だが、レンドルフと比べてしまうと華奢で優美さが際立つ。自分の頭上でそんなやり取りをされて、ユリは少しだけ顔が険しくなってしまったのを自覚しながらも取り繕うことが出来なかった。レンドルフに背を向けているので見えていないと分かっているのもあるからかもしれない。


「その…私は今の環境に満足しておりますので」

「そう…ですか」


レンドルフがやんわりとではあったが少し硬い口調になって拒否の姿勢を伝えると、彼女もそれを察したのか残念そうではあったがすぐに引き下がった。そしてすぐに何事もなかったかのように爽やかな笑顔になって、「また機会がありましたら演奏会にお越し下さい」と優雅な所作で頭を下げた。


「素晴らしい演奏でした」

「またどこかで」


何となく気まずくなってしまった空気をなかったことにして、レンドルフはユリの手を引いてその場を後にした。野外劇場を出て、しばらくは足を止めずに遠ざかるように無言で歩いた。


「あ、ごめん、手袋を外したままだった。汗で気持ち悪かったよね」

「あの!大丈夫だから…しばらく、このままで…」

「そ、う…?」

「その、何か飲まない?喉乾いちゃった」

「じゃあユリさんオススメのペアーマン領のところへ行こうか」


先程動いたせいか体温が上がっているのでレンドルフの手は明らかに湿っぽくなっている自覚はあるのだが、ユリがこのままと言っている以上無碍に振り解くことは躊躇われた。しかし意識してしまうとますます手汗が染みて来るような気がしてしまう。先程の初対面である演奏者の彼女に手を握られたときは全く意識しなかったのに、ほぼ一緒にいる時は手を繋ぐことが習慣化しているユリの方に妙な緊張を感じてしまう。

レンドルフはユリの歩幅に合わせてゆっくりと歩きつつ、急かさず早く目的に着くにはどうしたらいいかという矛盾した思いをグルグルとさせながらどうにもならないまま手を繋いでいたのだった。



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「今の季節はリンゴが旬ですよ〜。どうぞ試飲をしてお好きなものをお選びください」


目的のペアーマン領の特産品が並ぶエリアに来ると、大量の果物が山積みになっていて周囲は甘い匂いで包まれていた。その中で完熟の果物を絞ってジュースにしたものも売っていた。数種類のジュースがあったが、売り子の言葉通りリンゴだけで五種類も並んでいる。保冷の付与付きのピッチャーに入れられた黄金色の液体は、微妙に色は違うが味は分からないので小さな紙コップに入れて試飲出来るようになっていた。


「こんなに味が違うのね!見た目からじゃ分かりませんね」

「そうですね〜。こちらの一種類だけ皮が黄色いのですが、他の種類は見慣れていないと判別は付きにくいですね」


ピッチャーの前に実物も展示されているのだが、確かに一つ以外は全てツヤツヤとして真っ赤な皮なので見分けはつかない。しかし絞ったジュースを口元に近付けただけで、ハッキリと香りに違いが分かる。一口程度の試飲を口に含むと、驚く程味に違いがあるのも新鮮な発見だった。


「私はこの酸味の強いのにするわ。レンさんはどれにする?」

「そうだな…この皮が黄色いのと香りが柔らかいのと迷うな…」


レンドルフが悩んでいるのは、黄色い皮のものは最も甘みが強く、香りが柔らかいものは味も酸味が少なく優しい味わいだった。そして少しだけ悩んだ結果、レンドルフは両方注文していた。そこまで大きなカップでの販売ではないので、二つあってもレンドルフの手なら片手で持っても安定していた。


いつの間にか手袋を嵌めなおしてしまったレンドルフに少しだけユリはガッカリしていたが、それでも片手を空けてくれた彼の大きな手を繋いで、どこか空いているベンチを探して人の間を抜けて行ったのだった。



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「さっきのエアーリスだっけ?レンさんの音、綺麗だったね。羨ましいな」

「多分魔力との相性が良かっただけじゃないかな。それに、俺がいくらいい音が出せても宝の持ち腐れだし」

「だけど私の時なんて泥蛙(マッドフロッグ)の断末魔みたいだったし」

「マッドフロッグ…」


比較的すぐに空いているベンチを見付けて、二人並んで腰を降ろした。思っていたよりも喉が渇いていたのか、レンドルフは片方のリンゴジュースをあっという間に飲み干してしまった。甘い果汁ではあるが、後味がさっぱりとしていて爽やかだったのもあるだろう。

何となくひと心地付いて、ユリは先程の楽器のことを話題にする。レンドルフは妙に的を射ているユリの表現に思わず笑いそうになってしまったが、そこは笑っては行けないと全力で腹筋を総動員した。


マッドフロッグは、主に沼に棲息している大型の蛙型魔獣だ。通常は大型犬程度の大きさでそこまで害を及ぼさないが、ある程度大きな群れを為すと人よりも遥かに大型になる。そうなると家畜を丸呑みにしてしまうし、不運が重なると人も補食される。その為ある程度増えると間引きが必要となる魔獣だ。そこまで厄介な性質ではなく騎士科の学生の演習などに選ばれることも多いので、レンドルフも大分馴染みがある。そしてマッドフロッグは最後の止めを刺された際、濁った断末魔を上げることが多い。その声は、言われてみれば先程ユリがエアーリスで発生させた音にそっくりだった。


「あ!でもあの音が出せればマッドフロッグを追い払うのとかに使えないかな。大きな群れになりそうな場所に定期的に聞かせるとか」

「楽器を魔獣避けに使うってこと?」

「ほら、断末魔みたいな音だけが出るように調整すれば…」


マッドフロッグの断末魔は周囲の仲間に危険を知らせるという意味もあるので、その声が響き渡ると小さな個体は逃げ出すことが多いのだ。そして逆に大きな個体は向かって来るので、間引く際には最初の一匹に声を上げさせた方が手っ取り早いという者もいるくらいだ。ただより強い個体が連続して出て来る場合もあるので一長一短である。


「それ、自在に狙った音が出せるなら畑の害獣避けとかに使えそうだね」

「どうやって?」

「ほら、直接触れなくても空気の振動とかで音が出るなら、害獣が近くを通りかかったタイミングで狼の声が出るとかに出来れば、鹿とかは追い払えるんじゃないかな」

「ああ、それいいかも!ねえ、レンさん、それ職人ギルドに提案してみない?」

「似たようなのはあるんじゃないかな。それに考えついたのはユリさんだし」


レンドルフの故郷クロヴァス領でも、畑の周囲にロープを張って鈴や鳴子をぶら下げている。どちらかと言うとこれはやって来る魔獣に気付いて、いち早く農作業をしている人間が迎え討つ為という方が主な目的だ。他の領地では鳥避けなどに風で鳴る笛などを畑の脇に設置している地域もある。


「じゃあ『レンリの花』名義で出してみようよ。書類は私が揃えるから」

「ユリさんの負担にならない?」

「書類仕事は得意だから!」


何か役に立ちそうな魔道具のアイディアなどを思い付いても実際製作することが難しい場合、職人ギルドに仕様を書いた書類を提出すると、精査されて類似品がなく実用性が高いと判断されれば専門の魔道具職人の手で商品化することがあるのだ。今までになかったものを一から考え出すことに限らず、既存の魔道具の改良なども受け付けている。そしてそれが採用されると、効果や実用性に応じた報賞が出ることになっていた。それこそこれまでの常識を覆すような画期的なものを思い付けば一攫千金にもなるが、大抵はどこかしらに似たような魔道具が存在していて小遣い程度の報賞が大半だ。


「任せちゃっていいのかな…」

「うん!もし報賞貰えたらそれで美味しいもの食べよう」

「そうだね。よろしくお願いします」

「お任せください!」


わざと畏まってレンドルフが胸に手を当ててお辞儀をしてみせると、ユリも同じようなポーズを取って胸を張ってみせた。一瞬の間の後に、お互い顔を合わせて声を上げて笑い合った。



後日、ユリが書類を揃えて提出した案件は、元からある楽器を利用して少しだけ改造すれば作れるものだったので思ったよりも早く試作品を作製して、一部の領地で実用化に向けて実験が進んでいるとの連絡を受けた。元々、音で害獣を追い払う魔道具のアイディアは数件提出されていたのだが、エアーリスの仕組みを利用すれば毎回違う音が出るので頭の良い魔獣などに効果的だということが評価されて、思ったよりも報賞を貰うことが出来た。

その報賞金で二人で祝杯を上げて、揃いの冬用の手袋を仕立てるのはもう少し先のことである。



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