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27.早起きは自業自得


「ま、座って楽にしてくれ」


ギルド内の会議室で、ステノスはいつもの軽い口調で目の前の三人に声を掛けた。彼の後ろには、騎士服をきちんと着込んだ背の高い騎士と、少々横幅の広い年嵩の騎士が立っている。


ステノスと机を挟んで立っているのは、ミスキ、クリュー、バートンであった。彼らは保護したナナシをギルドに運んで事情を話したところ、エイス駐屯部隊より事情聴取をしたいと申し出があって、この会議室に赴いていた。



「ミスキ」

「…分かってる」


会議室に入る前から不機嫌な顔を取り繕いもしていないミスキは、正面に座っている部隊長のステノスを睨みつけていた。席を勧められても動こうとしないミスキに、隣にいたクリューが小声で名前を呼んだ。


ミスキはそれでもしばらく見下ろすようにステノスを睨んでいたが、やがて大きな溜め息と共に椅子に座った。彼が座ると、それに続いてクリューとバートンも席に着く。彼らもミスキ同様難しい顔をしているが、もっとも厳しい表情のミスキの様子を伺って心配そうにチラチラと視線を送っていた。


「討伐の途中で引き返させて」

「さっさと用件を言って下さい」


ステノスが口を開きかけると、それを遮るようにミスキが被せた。その対応にステノスは全く気にも留めていないようだったが、彼の背後にいた部下の騎士二人は明らかに眉間に皺を寄せた。


「こっちも討伐が始まったばかりで忙しいんです。用件は手短にお願いします」


ミスキは騎士達の様子は目に入っているのだろうが、それでもお構い無しに言い放つ。少し微笑んでいるような表情のいつものミスキの姿はなく、ただ刺々しい態度で両腕を組んでステノスを睨んでいた。


「ま、そいつもそうだな。じゃ、手短に。明日、あの男を拾った場所まで我々を案内するように。以上だ」

「なっ…!」

「何だよ、手短だろ?もっと色々聞きたいこともあるが、それはあの男に聞くことにする。あんたらはウチの部隊の調査員を連れて行くだけでいい」


余裕のある態度を崩さないステノスに、ミスキは何か言い返そうと口を開きかけたが何も言わず、ただ膝の上でギリリと拳を握りしめていた。


「…時間は」

「そっちに合わせるぜ。そこまでこっちの都合に合わせてもらっちゃあ申し訳ないからな〜」

「早朝6時だ」

「ちょっとミスキ」

「6時にギルド前。そっちが遅れても関係なく時間になったら出発する」


少々煽るような口調のステノスに、ミスキは低い声で答えた。その声は感情を抑えているように聞こえたが、ほんの少しだけ語尾が震えていた。クリューが小さく咎めるように口を挟んだが、ミスキは隣を一瞥もせずに正面のステノスだけを見ていた。


「分かった。よろしくな」


ステノスが笑いながら軽く手を上げると、ミスキは勢いよく立ち上がって会議室のドアを乱暴に開けて出て行ってしまった。クリューとバートンも続いて立ち上がり、軽く一礼だけすると急いでミスキの後を追って会議室を後にした。


パタリとドアが閉じられると、ステノスの後ろに立っていた背の高い方の騎士が溜息を吐いた。


「隊長、よろしいのですか」

「構わんさ。何にでも噛み付きたいお年頃ってヤツだろうさ。大目に見てやってくれや」

「はあ…」

「全く、遅れて来た思春期、ってことかねえ」


ステノスの言葉に納得行っていないようではあったが、彼は渋々頷いた。年嵩の騎士の方は無言を貫いているが、眉間に皺が寄ったままなところをみると、こちらも不満ではあるらしい。


「ま、早い時間を指定されちまったのは俺の責任だ。明日は俺も同行するから、そう伝令しといてくれ」

「分かりました」


立ち上がったステノスは全く普段の通りで、ヒラヒラと手を振りながら会議室を出て行った。



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「ちょっとミスキ。あんな簡単に煽られてどうしたのよ、あんたらしくもない」


足早にギルドを出るミスキの後を追いかけて、クリューはやっと彼の袖を掴む。それでも立ち止まろうとしないミスキを、クリューは半ば引きずられるように小走りについて行く。


「タイちゃん起こすの、あんただからね!」


少々息切れをしながらクリューが大きな声を出すと、やっとミスキは立ち止まった。


「やっぱそうなるよなああぁぁぁ〜」


そう言ってその場にしゃがみ込んだミスキは、やっといつもの口調に戻っていたのだった。


「言っとくけど、協力はしないわよ」

「そんなぁぁ」

「知らないわよ!あたしはあたしで手一杯!」


しゃがみ込んで眉を下げた顔で見上げて来るミスキに、クリューはフン!と鼻であしらう。


「クリュー様、そこを何とか」

「そんな顔しても可愛くないからダメ!ミキティの半分にも及ばない!」

「オフクロと天秤に掛けんな!」


泣き落としも効きそうにないと分かって、仕方なくミスキは立ち上がった。そして気まずげにクリューから視線を逸らして、焦げ茶色の髪をワシャワシャと掻きむしる。そんなことをしてもごまかされないとばかり、クリューは腕を組んだままミスキを無言で眺めて圧を掛けていた。


「…すみませんでした」

「簡単に転がされ過ぎ。あいつがムカつくのは分かるけど、もっと効果的な仕返しをしなさい」

「返す言葉もございません」

「反省してるなら、タイちゃんを起こすのはミスキがやんなさいね」

「うう…」


タイキは寝付きは良いが、寝起きが悪い。毎朝起こすのに一苦労で、今まであらゆることを試しても良い効果が得られず、最終的にクリューに軽い雷魔法を掛けてもらって起こすのが常になっていた。つまり朝早ければ早いほど、クリューの起きる時間が早くなるのだ。そのクリューの協力を得られないということは、タイキが起きるまで同室のミスキがひたすら努力を強いられることになる。

ミスキは嫌がらせのつもりで朝早い時間を指定して同行の騎士を困らせてやろうとしたつもりが、思い切り墓穴を掘っていた。


クリューは、ミスキがらしからぬ態度になっていた原因を薄々理解はしていた。訳あって駐屯部隊、殊にステノスとは最悪の相性なのは以前からであったが、常にタイキが同席していた為に、兄の矜持でまだ冷静な対応が出来ていたのだ。しかし今回はタイキが不在のままの面談となった。それでつい気持ちの制御が利かなかったのだろうとクリューは判断していた。クリューとてステノスに思うところがない訳ではない。とは言うものの、ミスキの気持ちは理解しても迷惑を掛けたことは反省してもらわなければならない。



「ミスキ、クリュー、ここにおったか」


バートンが付与付きのポーチを手にやって来た。ギルドからそれほど離れた場所ではなかったのですぐに見つかったようだ。


「バートン、取り敢えずあたしが説教しといたから追撃はしなくていいわよ」

「そんなのミスキの顔見りゃすぐ分かるわい。今は窓口が空いてるから、もう査定終わったぞ。レンの絞め方が良かったらしくて思ったより良い値が付いとった」

「わあ、レンくんどこまで出来る子なの」



定期討伐が行われる際、該当のギルドでは中央や別の地方から魔獣の査定用の魔道具を借りて来ているのですぐに査定を終わらせてくれる。あまり査定に時間を掛けていたせいで、魔獣の腐敗が進んでしまっては苦情の元になる。とにかくギルドでは次々と持ち込まれる魔獣を処理しなければならない。それでも時間帯によっては混雑して翌日に回されることもある。

そして窓口の混雑緩和の為、いつも行っている有料の魔獣解体は休止している。もし素材が欲しい場合は冒険者自身で解体して確保する必要があった。



「そうじゃ、タイキ達はやっと森を出たようだぞ。ユリから連絡が来とった」


バートンに言われてクリューも確認すると、ギルドカードにユリから連絡が入っていた。森を出たところで一旦休憩を入れて、その時に連絡を寄越したらしい。本気で走れば魔馬よりもはるかに速いスレイプニルではあるが、慣れないタイキの為に随分ゆっくり走ってくれているようだ。さすがにタイキがへばっているようなので、ギルドには寄らずに直接拠点の家にタイキを送り届けると書かれていた。


「タイちゃんへの説明もミスキがしてねぇ」

「ええー…絶対文句言われる…」

「そりゃそうじゃろ。ミスキの自業自得じゃて」


二人に口々に言われ、一度立ち上がったミスキは再び頭を抱えてしゃがみ込んでしまったのだった。



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森を出たところで、タイキが限界に近かったので一旦休憩を挟むことにした。ノルドをゆっくりと止めると、半ば滑るようにタイキが落ちかけたので、慌ててレンドルフが体を捻って片腕で抱きとめた。


「タイキ、大丈夫か?」

「だいじょばない…」


タイキはかなり体力はある筈なのだが、慣れない乗馬に緊張を強いられた為にごっそり体力を削られたらしい。ついでに揺れに逆らうように身体を強張らせてしまっていたので、ひどい乗り物酔いの状態になってしまっていた。


「うええぇぇ…ぜってぇ明日はまともに起きられる自信がねえ…」


タイキを抱えたままレンドルフはノルドから降りて、なるべく柔らかそうな草の上にそっと寝かせた。もうタイキは成すがままの状態になっていて、転がったまま呻き声を上げていた。

ユリだけがノルドの背に残った状態になったので、ノルドは以前のように前脚を折り畳んで上体を下げ、降りやすい体勢になった。


「ありがと、ノルド」


片やユリの方は全く疲れた様子もなく、ヒョイとノルドの背から降りる。ノルドはすぐに立ち上がらず、何か期待したような表情でユリをチラチラ見ていた。


「いつも紳士だし賢いわねえ」


要求を察したユリにそう褒められて頭を撫でられてから、ノルドはご機嫌で立ち上がった。それを見て、レンドルフは飼い主的に恥ずかしいので出来れば止めて欲しいと切実に思っていたのだった。


「タイキ、回復薬飲む?」

「絶対ヤダ」

「…だろうな」


あまりにもへばった様子にユリが提案したが、タイキは即答する。激しく不味いタイキ用の特殊回復薬を味見で数滴舐めただけで懲りているレンドルフも、こればかりは納得せざるを得なかった。


「何か腹に入れるか?」

「今食ったら吐く…」

「そうか…しばらく休憩するから、そのまま静かに休んでろよ」

「…そうする」


まだ日が高いせいか眩しそうにしているので、レンドルフがそっと目元にタオルを掛けてやると、声にならずに口の動きだけで「悪い…」と呟いてそのままぐったりとした様子で身動きをしなくなった。少し心配になってじっと観察したが、呼吸は乱れていないのでただ乗り物酔いと体力切れなだけのようだ。



見晴らしのいい場所なので、少しタイキから離れてそっとしておくことにした。静かにノルドの手綱を引いてユリと移動する。何かあったらすぐに駆け付けられる程度の位置に座れそうな岩が転がっていたので、そこに腰を下ろすことにした。

レンドルフが岩の上にハンカチを敷こうとしたのを見て、ユリは「今は冒険者だから」と笑いながらやんわりと断った。


「レンさんはおやつ食べられる?」


ユリは圧縮の付与が掛けられた魔道具から紙袋を取り出した。出した瞬間、フワリと甘い香りが鼻をくすぐった。


「貰ってもいいの?」

「うん。これはレンさんの分だもの」

「え…ありがとう。わざわざ買って来てくれたの?支払いは…」

「いいのいいの。レンさんにはこないだから美味しいもの貰ってばかりだから」


そう言いながら、ユリは紙袋ごとレンドルフに手渡した。その紙袋に印刷されているマークは、以前に訪れたミキタの次男が店主をしていたパン屋のものだ。


「じゃあお言葉に甘えてありがたく。ユリさんもどう?」

「一つだけ貰っていい?」

「うん」


魔道具で手を清めてから袋の口を開けて中を見ると、小さなパンが幾つも入っていた。上から覗いただけでは何のパンか分からなかったが、先日購入したものは全て当たりだったので期待しかない。

ユリに向かって紙袋を差し出すと、中から一つだけ取り出す。彼女が手にすると、小さなパンも普通サイズに見える気がする。普通サイズを手にしてもミニサイズに見えてしまうレンドルフは、何だかお得だな、などと思ってしまった。


「もっと食べる時は声かけて」

「一個で十分だと思うけど、その時はそうするね。ありがとう」


早速レンドルフも袋に手を差し入れて最初に触れたパンを摘む。網のようにパイ生地を交差させたもので、表面がツヤツヤと輝いていた。


「いただきます」


レンドルフならば一口でも余裕で入るサイズではあったが、やはり中身をしっかり確認して味わいたいので半分ほどの場所を齧る。サクリとした歯応えと同時に、中からトロリとしたマーマレードが溢れて来た。甘さだけでなくほろ苦さも丁度良く、噛み締めているとほんのりとミントの香りがした。思ったよりもたっぷり中身が詰められていたので、齧った断面から零れ落ちそうになり、レンドルフはすぐさま残りを口の中に入れた。時間は経ってもサクサクしたパイ生地の食感が嬉しい。


「んー、イチゴジャムが入ってる。美味し〜」


ユリが手にしているのは、今レンドルフが食べた物とよく似た形をしていたが、中身が違っているらしい。ユリの口は小さいので、齧られた跡も小さかった。レンドルフが二つ目を平らげるのとほぼ同時にユリが食べ終わる。


「もう一つ食べる?」

「ううん、一個で満足。あとはレンさんが食べて」

「分かった。ありがとう……あ、口元…」


まだ寝そべったままのタイキにユリが顔を向けた時、彼女の口元に小さなパイの欠片が付いていたのに気付いた。レンドルフは思わず彼女の顔に手を伸ばしかけ、ハッと我に返って慌てて手を引っ込めた。


「…ユリさんの口元、欠片が付いてる」

「え!?やだ、子供みたい」


ユリがこちらに視線を向けてなかったのと、ほんの一瞬のことだったので幸いにも気付かれなかったらしい。レンドルフはユリに声を掛けて、自分の顔の口元を指し示した。ユリはその指摘に慌ててハンカチを取り出して恥ずかしそうに口元を拭った。レンドルフは内心、すぐに赤くなったのが分かってしまう自分の顔色が変化していないように祈りながら、なるべく平静を装って袋の中に手を差しれたのだった。


「あ、そうだ。ミス兄達に連絡入れておくね。もうとっくに街に着いてるだろうし」

「うん、よろしく」

「タイキがあの状態じゃ、直接拠点の家の方に送り届けた方がいいよね…」

「そうだね。ギルドに寄るよりそっちの方が近いし」

「今回は用意してなかったけど、次は酔い止めも持って来るわ」



ユリが連絡をしている間も、タイキは全く身動きをしないまま横になっていた。

今回はイレギュラーな出来事ではあったが、またタイキがノルドに騎乗する機会がもう絶対ないとは言い切れない。今後も無理が掛からない程度に騎乗に慣れてもらう必要がありそうだとレンドルフは考える。そしてその為には何かいい方法はないものか、と色々を思考を巡らせるのだった。


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