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281.四日後の約束


「アイヴィー殿…?」


レンドルフの呟きを耳聡く拾ったのか、彼女がこちらに顔を向けた。その鮮やかなまでの晴天を思わせる青の瞳が訝し気な色を孕んでレンドルフを見ていた。先日、王城から怪しまれずにレンドルフが出る為に紹介された魔法士アイヴィーと同じ顔立ちなのは間違いないが、ローブの下の服はきちんと首元まで詰まったシャツに革のベストにトラウザーズという男性のような出で立ちだった。先日はローブの下には飾り気のないドレスを纏っていたので女性に見えたが、今の姿は細身の男性のように見える。


「ああ、妹の知り合いですか」

「え…妹…?し、失礼しました」


一歩レンドルフに近付いて少し長い時間顔を見上げて来たが、何故か納得したような表情になって頷かれた。その声は、先日会ったアイヴィーの声よりも少し低めだった。レンドルフは、その言葉で人違いをしていたのだと悟って慌てて頭を下げた。彼女を「妹」と言うのなら、この目の前の同じ顔をした人物は兄になるのだろう。


「構いませんよ。双子なのでよく間違われます」

「申し訳ありません…」

「アイヴィスと申します。妹と所属は同じ…でお分かりになりますよね?」

「はい。レンドルフ・クロヴァスと申します。妹君は…ボルドー団長の紹介でお目にかかりました」

「見合い…ですか?」

「い、いいえ!違います!任務の関係で…」

「でしょうね」


慌てて首を振るレンドルフに、アイヴィスがクスリと笑った。その顔は別人と分かった今でもアイヴィーと全く同じにしか見えない。男女の双子で成人以降もここまで似ているのは珍しいのではないだろうか。が、淑女らしい感情を読ませない曖昧な微笑みをたたえていた彼女よりも、彼の方がよく表情が動くせいか大分快活な印象を受けた。


「ご当主様はあまり家の関係者に騎士を入れたがりませんからね。すみません、揶揄うような物言いを」

「いえ…こちらも無遠慮に声を掛けてしまって…」

「クロヴァス卿は本日は休暇でこちらに?」

「?はい」


アイヴィスの問いの意図が分からず、レンドルフは一瞬だけ言葉に詰まったが、別に隠すようなことでもないので素直に首肯する。


「ああ、休暇中ならお尋ねするのも申し訳ないかと思ったのですが、却って誤解を招きましたね。ちょっと人を捜していまして、お心当たりはないかと」

「どなたをお探しでしょうか?分かることでしたらお答えします」

「ありがとうございます」


レンドルフはそこまで明確に線引きをしているわけではないし、休暇中でも騎士として必要なことが起これば躊躇いなく行動するつもりだが、人によっては休暇中は完全に騎士を忘れたいと言う者もいる。大半の者はレンドルフと同じ考えなので人探しくらい何とも思わないが、アイヴィスの周囲には切り離したいタイプの騎士がいるのかもしれない。


「探しているのは妹なのですが…ああ、アイヴィーではありません。二歳下の妹です。王都で見たと聞いたので、僕らと同じ色合いだからすぐに見つかるだろうと思ったのですが…やはり王都は人が多いですね」


アイヴィスは、家を出て働いていた妹がいつの間にかそこを辞めていて連絡が取れなくなった、と説明した。レンドルフとしては、警邏隊などに捜索依頼を出した方がいいのでは、と思ったが、既に依頼済みでそれでも見つからないので自身で探しているのかもしれないと考え直して口に出すのは止めた。アイヴィスがあまり詳しく語らないところをみると、少々訳ありの可能性もある。レンドルフは初対面の人間にそこまで首を突っ込むようなことはしない方が賢明かもしれないと思う。


「そうでしたか。以前に髪色が似たような女性は見かけましたが…」

「それはどの辺りですか!?」

「ええと…中心街の…」


以前、変装したユリと人気のバルに行った際に、無遠慮な女性の酔客に絡まれたことがあった。本当に酔っていたのかは分からないが、明らかにレンドルフに粉を掛けて来ていたので困惑していたところを、同じ部隊の後輩ショーキが機転を利かせて追い払ってくれたのだ。その時の女性の髪色は派手なピンク色をしていた。夜の店内の照明なので印象は違うが、何となく目の前のアイヴィスと同じような髪色の気がした。

しつこく絡まれたことを言うのもアイヴィスの妹だとすると不快に思うかもしれないと、バルで一緒に飲まないかと声を掛けられたが連れがいたので断ってそれきりだ、とぼかして伝えた。


「魔道具で色を変えていたりすれば分かりませんが…ああ、目は緑色でしたから、別人かもしれません」

「いいえ、貴重な情報をありがとうございます。何かお礼を…」

「とんでもない!ただ似たような女性を見かけたと言っただけですから」

「それでは、いただきました情報が妹に繋がるものでしたら、改めてお礼をさせていただきます」

「は、はあ…その、お気遣い、なく…」


そこまで感謝されるようなことを教えた訳ではないのだが、妙な圧をアイヴィスから感じてしまい、レンドルフは引き気味に頷く以外なかった。最初に出会ったアイヴィーは女性だったので互いに適切な距離を保っていたが、一転同じ顔をした人間に距離を詰められると別人で性別も違うと分かっていても感覚的に戸惑ってしまっていた。



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上機嫌な様子のアイヴィスと別れて、レンドルフは再び思考を戻してユリへの贈り物を何にするか思考に沈んだ。


以前にミニブーケを購入したことのある花屋の前を通りがかり、何とはなしに目を向けると、店先に不思議な物がぶら下がっていた。大きさはユリの手くらいの丸い金具で出来た網状のもので、その網部分に植物が絡んでいる。蔦植物のようで複雑に絡み付き、小さな織物のようになっていた。そして飾りなのか、ビースのようなちいさな光る石が点々と付いているのが見える。幾つか種類があるらしく、それぞれ石の色が違う。風を受けてクルクルと回る度に太陽の光を反射して、何とも美しい。思わず足を止めて見入ってしまったレンドルフに気付いた店員が、にこやかに「お近くでどうぞ」と声を掛けて来た。


「こちらは最近品種改良で発売された鉱石蔓草なんですよ。小型の物ですので窓辺にこうしてぶら下げるとお部屋のインテリアとして最適です!」

「鉱石蔓草か…じゃあこれが花なんだ」


レンドルフが知っている「鉱石蔓草」は主に巨木に巻き付いて共生している植物で、根元近くはレンドルフの腕くらいの太さにまでなることがザラだ。その名の通り、花が鉱石のような透き通った硬い石状の形をしている。とは言っても、本物の鉱石ではないのでそこまで硬度もなく、そもそも花なので枯れると散ってしまうので長持ちはしない。ただ見た目は美しいので、小型化させたものを鉢植えにしたり庭に植えたりして観賞用として育てている者もいるが、こまめに水を与えないといけないので園芸好き以外の人間には難易度の高い植物だった。


「こちらは上の留め具に水の魔石を入れておくと、この金属の内部に水が勝手に回るように出来ているんです。月に一個程度を交換するだけなので育てやすいと評判なんですよ!」


勧められて手に取って眺めてみると、吊り下げる紐に見えたものは細い針金を寄り合わせたもので、ぶら下がっている蔓草を絡めた網状の部分も同じ物で出来ていた。網状の部分と吊り下げる部分の境目に留金のような小さな球体があり、その部分に触れるとパカリと開いて小さな魔石が入っていた。これは実用に向かない僅かな魔力しか入れられない屑魔石と言われるようなサイズだ。これ一つで一月も保つなら、随分と手軽な観葉植物だろう。絹のような光沢のある蔓が、下の金属の網に合わせて編み込まれたようになっているので、何とも複雑な紋様で絡み合っている。そして点々と光る小さな花も角度を変えると印象が変わって見えるので、いつまでも飽きずに揺らして眺めていたくなる。


「これは…人に贈っても大丈夫なものかな」

「勿論です!贈答用として開発された物ですから!もし枯れてしまっても、ここの魔石入れに一緒に種を一粒入れて置けば、三日程でほぼ元通りになりますし」


これだけ手軽な観葉植物ならば、ユリに贈ってもそう負担にはならないだろうかとレンドルフは考え込む。ユリのことだから枯らすようなことはないと思うが、あまり世話に手間がかかるようなものは避けたい。


「試しに一つもらおうか」

「ありがとうございます!花の色はどれになさいますか?」


レンドルフはひとまず自分で買ってどんな感じか試すことにした。ユリに会うのは四日後になるので、短い間でも何となくは分かるだろう。幾つかある色の中からレンドルフは少しだけ悩んで黄色の花を選んだ。鉱石のように光る花なので、見ようによっては金色にも見える為だ。ユリの持つ色は黒と緑なので、さすがにその色の花はない。彼女の虹彩の金色に近い色を選んだ。


サービスとして店員が丸い蔓草の金具の下に好みの飾りを着けてくれると言われたので、レンドルフは幾つかの見本の中からシンプルな鎖が二本組みで垂れ下がる物にした。その鎖の先に金属細工の小さな鳥が付いていて、二羽の鳥が飛び交っているかのように揺れ動く。他は花をモチーフにしたものや淡い色合いのフリンジなどだったので、自身の部屋に下げるには少々可愛らし過ぎる気がしたのだ。


商品が傷まないように専用の硬い紙を筒状にした手提げに入れてもらい、花屋を後にした。試しでも自分の花を買ったのは生まれて初めてかもしれない。それは少しだけ気恥ずかしいような気もしたが、手にした包みが何故かフワリと温かいような心地がして悪くない気分だった。


時間を確認すると、既に昼時は過ぎている。そろそろミキタの店もピークは過ぎているだろうと、レンドルフは来た道を引き返して行ったのだった。



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ミキタの店に行くと、本日のランチを書いている看板がしまわれていて、その代わりに「本日ランチ完売」と貼紙があった。何度ももっと遅い時間に訪ねたことがあるが、ランチが完売していたのを見たのは初めてだった。あのスジ肉のカレーを思い出して、レンドルフは遠慮して出直さなくて良かったとしみじみ思った。あの香りを嗅いでしまった後に食べられなかったとなったら、少なからずガッカリしていただろう。


「おかえり、レンくん」

「た…度々お邪魔します…」


店の扉を開けると、ゆったりとカウンターの中で座っているミキタに声を掛けられた。「おかえり」に対して「ただいま」と返すべきか一瞬悩んだが、つい違う言葉が出てしまった。

店内には客がおらず、まだほんのりではあるがカレーの香りが残っていた。


「何か甘いカクテルでも飲むかい?」

「酒精のない甘いものをお願いします」

「はいよ」


本当はカウンターに座れればいいのだが、レンドルフが使うには少々不安のある小さめの座面だ。ミキタもそれを分かっているので、視線だけでいつものソファ席を示してくれる。レンドルフが腰を落ち着けるとすぐに背の高いグラスに白い色の飲み物が提供された。真っ白な中に、層のように鮮やかな赤い色が混ざっている色合いの美しい飲み物だ。そして珍しくミキタは琥珀色のグラスを持ってレンドルフの正面に座った。


「これはヨーグルトに、ユウキのところから貰って来たベリーのコンポートを入れた物だよ。好きに混ぜて飲んどくれ」

「ありがとうございます」


グラスに刺さったストローをマドラー代わりにしてクルクルとかき混ぜると、思ったよりもヨーグルトがサラリとしていてすぐにピンク色の可愛らしい色合いになった。ジャムとは違って鮮やかな果肉がそのまま見える。一口飲むと、ヨーグルトの酸味とベリーの酸味が程良く、一緒に口に入って来た果肉を噛み締めると中から甘みが滲み出して来る。飲んだ印象はミルクのような液体の感覚だが、味はしっかりとヨーグルトだ。


「美味しいです」

「それは良かった」


ミキタは嬉しそうに笑いながら、自分の前に置いた琥珀色のグラスを傾けた。その見惚れるような慣れた仕草は蒸留酒をストレートで飲んでいるかのような印象だが、一瞬漂って来た香りはジンジャーで酒精は感じられなかった。


「それで、ユリちゃんにはどこまで内緒なんだい?」


フッと一息つくと、ミキタは前置きなしにいきなり確信を突いて来た。元々目つきの鋭い彼女に正面から見つめられると、悪いことをしている訳ではないのにどこか気圧されるような気になってしまう。


「え、ええと、四日後に一緒に出掛ける予定なので、そこから移動してディナーはこの店で、とは伝えてあります」

「じゃあメニューは秘密にするんだね」

「はい。ミキタさんの料理なら間違いないですから」

「嬉しいこと言ってくれるね。こりゃあ重大責任だ」


ミキタはカラカラと愉快そうに笑いながら快諾した。


「じゃあいっそ貸切にしようか」

「こんな直前ではご迷惑では」

「いいっていいって。どうせ少し早いディナーにして遅くならないうちに帰すんだろ?二人が帰った後に店を開けても常連客はもっと遅くに来るからさ」

「…大丈夫ですか?」

「勿論だよ。貸切料も格安にしとくよ」

「よろしくお願いします」


話がまとまると、ミキタはカウンターの奥からメモとペンを持って来て、レンドルフの希望を聞き取り出した。ミキタも一通り畏まったコース料理も作れるが、やはり気楽にメイン以外は軽く摘めるようなアラカルトを並べた方がいいのではないかと勧められた。せっかくユリの好物の肉を用意したのだから彼女には思う存分食べてもらいたかったので、レンドルフもその案に賛同する。基本的にユリも好き嫌いはないようだが、これまでの傾向だとトマトやチーズを好んでいる。やはりメインの肉の他にトマトとチーズを使うようなメニューをミキタは幾つも挙げて行く。ユリの好みを中心に作ってもらうのだが、レンドルフも話に聞いているだけで食べてみたいと思うような内容ばかりだった。レンドルフの反応を見て、ミキタは目元を緩めて「食の好みが似てるんだねえ」と笑っていた。


「腕によりを掛けて作るからね」

「はい、楽しみにしてます!」



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その後も特に予定がなかったので、ミキタと取りとめのない話をしていると、あっという間に夕刻近くになっていた。


「すみません、夜の支度もあるのに」

「大丈夫だよ。もう下拵えは終わってるんだ。今日のメインはカツレツにカレーを掛ける予定だったんだけど、思いの外カレーが好評でカツレツだけになったからね。お客の注文が入ってから焼くから、今はすることがないんだよ」

「それならいいんですが」


レンドルフは今度お礼も兼ねて良い肉が手に入ったら持参すると告げて、ミキタの店を辞去した。


ふと帰り道、昼に食べたカレーをまた思い出して「あれをカツレツに掛けたら素晴らしく美味しいだろうな…」と想像して、完売してしまったことを少しだけ残念に思ったのだった。



鉱石蔓草の形はサンキャッチャーのようなイメージです。


アイヴィーとアイヴィスのエピソードはもうちょっと先になりますので、再登場時にチラリと覚えてくれていたら嬉しいです。

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