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279.ミノタウロス再戦

戦闘あります。ご注意ください。


休憩の出来る場所に結界の魔道具を置いて臨時の安全地帯を作り、持って来ていた道具で湯を沸かす。


「サンノさん、お好きなのをどうぞ」


レンドルフはポーチの中に入れて置いた袋を取り出して、中から色の違う薬包を差し出した。その包みの隅にはコンソメ、コーン、ミルク、などと小さく書かれている。


「友人から譲ってもらったんです。お湯の中に入れるとスープになります」

「へええ〜、そいつは便利だな。じゃあ…コンソメ貰っちゃおう〜」


直前までまだブツブツ文句を言っていたサンノだが、レンドルフが差し出した粉末スープを見てたちまち相好を崩した。


この粉末スープは、ユリが開発して作ったものを分けてもらっていた。他にも海藻を砕いて塩などと混ぜた粉末なども定期的に渡してくれる。甘いお茶などもあるが、携帯用の飴などもあるので討伐や遠征などに甘味は準備しやすい。が、塩気と栄養のあるスープはなかなか現地ではすぐに用意できないこともあるので、これは非常に助かっている。少しでも安全に任務が遂行できるように、とユリの気持ちが籠められているので、レンドルフからすると実際よりもずっと価値のあるものだ。


「ほら、二人も」

「ありがとうございます」

「いただきます」


イルシュナとソージュも各々包みを手にして、湯の入ったカップの中にサラリと投入してかき混ぜる。レンドルフは、最近粉末化に成功したという新作のミルクスープを湯に溶いた。渡される際に、溶けたらすぐに飲まずに少しだけ混ぜ続けているとポタージュのようなとろみが出て来る、と聞いていたので、レンドルフは素直にそれに従ってクルクルと混ぜ続けた。しばらくすると、明らかに混ぜている手に重みの感覚が加わる。何とも不思議なものだと思いながら一口啜ると、溶け込んだタマネギとチーズの風味がコクのあるミルクの中にたっぷりと溶け込んでいる優しい味わいが広がる。


「これ、どこで買えるかご存知です?」

「友人が趣味で作ってるものなんだ」

「趣味!?一体どういう趣味なんですか…でもそれなら売り物じゃないんですね」

「商品化の話も出ていたみたいなんだが、大量生産は難しいらしい」

「それは残念です…」


イルシュナはトマト味のスープを選んでいたが、一口飲んで余程気に入ったのか目をキラキラさせながらレンドルフに尋ねて来た。が、レンドルフの答えを聞いてあっという間にションボリとした様子になり、その場にいた全員が幻の犬耳を見たような錯覚に陥った。

この粉末スープを流通させるレベルで大量生産するにはかなり大型の魔道具と魔石が必要になるらしいので、商品化をするとかなり単価が高額になってしまうらしい。調薬の合間に趣味で少しずつ作る分にはそこまでではないとユリは言っていたが、レンドルフは専門家ではないのでそうなのかと思うしかない。


「でもこれ、部屋においてあったらすぐになくなりそうだな〜。こんなに手軽に旨いスープ飲めるなら、毎日飲むだろ」

「あー確かに。レン先輩、ここまで持って来られるってすごいですね!」


サンノの言葉にソージュも賛同する。確かにレンドルフもたまに小腹が空いたときなどに使ってしまうこともあるが、それはユリから追加を貰ったばかりで数に余裕がある時だけで基本的に遠征などに持って行く分は残している。それが当然だと思っていたので、尊敬の眼差しで見つめられて複雑な気分になった。



少し落ち着いたところで、これからどうするかの話し合いに入る。

レンドルフとしては、報告通りのランクのミノタウロスであるなら十分討伐可能だとは思っているが、その判断を新人二人に任せることにした。撤退を選ぶならそれでもいいと考えている。護衛対象や救出者などがいるなら多少の無理は押し通すが、今回は討伐ではあるが新人の実戦演習なので経験を積んで安全に帰還することが最大の目的だ。実力を過大評価して突き進むよりも、用心深く行動する方がずっと良い。その判断を任せることも新人の大切な経験だ。


「俺は最奥まで行っても大丈夫だと思います」

「僕は…その、魔力回復薬の使用許可をいただければ可能かと」

「いいんじゃないの〜。君の攻撃魔法も期待してるからね!」

「サンノ先輩が言うと褒められてる気がしないんですけど」

「はーはっはっはっ。気ノセイダヨ?」


サンノはいい笑顔で答えたが、どう見ても胡散臭かった。とは言っても、自分の身は自分で守れるし、避難経路を確保する要員としては実に正しい活躍をしている。変に隠蔽や偽装されるよりはいっそ清々しい。


「じゃあこのままソージュの回復を待って、ミノタウロスに挑戦するか」

「「はい!」」

「頑張れよ、若人達!」


確かに最年長だが見た目は一番若いサンノに言われて、他の三人は何とも言えない乾いた笑いを浮かべるしかなかった。



「ミノタウロスは武器を持っている場合もあるから、指か腕を狙って武器攻撃を封じることが最優先だな。武器がなければ脚とかを攻撃して動きが鈍ったところでイルが急所を狙う…が、無難なところだが、行けそうなら一気に急所を狙ってもいいと思う。動きを封じる為の援護は俺が請け負う」

「俺に出来るかな…」

「イルの身体能力なら行けるんじゃないか?確か急所って頭の角の間だろ?」


魔力回復薬を飲めばすぐに魔力は戻るが、少し安静にしていた方がより大きな回復効果がある為、その間に作戦を考えることにする。しかしまだ経験値の少ない新人にキッチリとした策を授けてしまうと上手く動けなくなる場合もあるので、ある程度は臨機応変に出来るように簡単な内容にする。

レンドルフの提案に不安そうなイルシュナだったが、ソージュも後押しするように勧めたので何度か自分の手を開いたり握ったりしながら心の中で確認をしたのか、力強く頷いてみせた。


「やってみます。レン先輩、援護をお願いします」

「ああ、任せてくれ」

「僕は周囲にいるのを請け負おうと思います。とは言ってもサラマンダーならいいんですけど」


ミノタウロスが出現する最奥のエリアは、一緒にトカゲ系の魔獣がいることが多い。ギルドの調査では火属性のサラマンダーが大半だが、ごく稀に岩石蛇(ロックスネーク)鎧亀(アーマータートル)などの土属性や水属性の魔獣が出現する場合もある。これは完全に運になるので、いざ対峙してみないと分からない。

水属性のソージュには、火属性の魔獣は相性が良く攻撃効果が高くなるが、土属性はあまり相性が良くない。そしてどの属性でも同属性の相手とは攻撃力が激減するのだ。その場合は通常の倍の威力を当てて力技で捩じ伏せるしかない。


「その時は無理はせずにイルの援護に回ればいいだろう。ミノタウロスを倒せば外への転移陣が出て来るからな。無理に殲滅させる必要はないよ。遠距離攻撃を防いでくれるだけでも十分助かる」

「分かりました」

「じゃあ俺は出口の近くで応援してるな!」

「「「よろしくお願いします」」」


サンノの言葉に、全員の声が揃った。レンドルフとしてはサンノとこうして任務に行くのは初めてだったが、詳細を説明してくれた担当事務官からサンノの対応については取り扱いを一覧にした表まで貰っていたおかげで慣れるのは早かった。その表を目にした時は、これは悪口ではないのか?とレンドルフは少々悩んだのだが、僅かな時間一緒に行動するだけでその表は正しかったのだと納得した。ちなみにその表の一番上に書かれていたのは「基本、放置」だった。

騎士としてはどうかと思われるが、自分が生き残ることに特化しているサンノの価値は想像以上に高いのだ。もう本能的に瞬時で味方と敵の実力を計り、勝ち目があるときは後方で応援、戦況が不利ならば一目散に退路を見極める。魔獣の討伐では大切なことだ。


その時説明してくれた事務官は「でも対人になると強い方にすぐに寝返りまくるんで、魔獣相手にしか出せない人なんです」と苦笑していた。レンドルフは一瞬頷きそうになったが、さすがにそれは先輩に対して失礼かと思ってその場では「適材適所と言いますから…」と誤摩化したのだった。ただ、今ならば笑って賛同出来そうな気がする。



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イルシュナの嗅覚から、ミノタウロスのいるエリアに入る前から周辺にはサラマンダーがいると自信を持って断言していた。数までは分からないが、そのエリアからは二種類の魔獣の匂いしかしないと言っているので、サラマンダーはある程度ソージュに任せても良さそうだった。


「無理はするなよ」

「大丈夫です。厳しいと思ったらサンノ先輩の側に行きますんで!」

「何だよ〜そんなに俺が頼もしいのか〜困るな〜」


レンドルフがソージュの背中を軽く叩くと、何ともちゃっかりした答えが返って来た。それを聞いたサンノは全く欠片も困っているような顔をしておらず、何だかニコニコと上機嫌な様子だった。突っ込みどころはあるかもしれないが一概に違うとは言い切れないので、レンドルフとソージュが少しだけ眉を下げて軽く顔を見合わせて笑うだけだった。



最奥のドーム状になっている広いエリアへに一斉に駆け込むと、その一番奥で座り込んでいるような姿勢の二足歩行の牛型魔獣ミノタウロスが真っ先に目に入った。それは侵入者を見咎めると、ギロリと真っ赤な目を向けて来た。その視線を受けて、レンドルフの背中に隠れるようにしていたサンノが「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。


「……小さいな」


ユラリと立ち上がったミノタウロスを見て、レンドルフは思わず口に出して呟いてしまった。

正面に対峙する個体は背の高さは三メートルくらいあり、最も長身なレンドルフでも見上げるような大きさではあるが、以前にここに来たときのミノタウロスは倍近く大きかった。あのときの個体の方が完全な想定外のクラスの魔獣であったのだが、つい感覚的に初めて見た時の強烈な印象がレンドルフの中に残っていたようだ。その声を拾ってしまったのか、すぐ背後でサンノの「嘘だろ…?」という震えた呟きが聞こえた。しかし見れば武器を持っていないし、纏っている威圧も軽いものだ。油断は禁物ではあるが、レンドルフからすると全く負ける気がしなかった。


「イルは頭の位置まで一気に飛べるか?」

「行けなくもないですが、一回どこかを経由した方が確実です」

「じゃあ頭を下げるか。ちゃんと狙えよ」

「え…?」


イルシュナの返事を待たずに、ズシズシと足音を響かせて迫って来るミノタウロスに向かってレンドルフは走り出した。最初は身体強化を掛けずに少しゆっくりと。そしてミノタウロスの歩幅を確認してから一気に速度を上げた。強く蹴った足の下で、僅かに石の床がひび割れる音が聞こえる。そしてその後から追って来る靴音もレンドルフの耳はしっかりと捕らえていた。


「うおおおおぉぉっ!!」


攻撃の間合いに飛び込んで来たレンドルフにミノタウロスは腕を伸ばしたが、見た目よりも遥かに速く動けるレンドルフの動きについて行けずにその腕が空を切る。レンドルフは一気に低い体勢になって大剣を真横に構え、渾身の一撃がミノタウロスの脚の付け根に刺さる。ミノタウロスの引き締まった太い筋肉と骨に一瞬だけ刃が止まったが、レンドルフが吠えると同時に更に強い力がかかったのか、足元の石が砕けるように沈み込んで、防具の上からでも彼の丸太のように太い腕の筋肉が一気に盛り上がったのが見て分かる。そして次の瞬間には、レンドルフの大剣が振り抜かれてミノタウロスの片足が血飛沫をまき散らしながら宙を舞った。


「イル!」

「はい!」


ミノタウロスが片足を失って倒れたところを、レンドルフは振り返って叫ぶ。足音で分かっていたが、臆せず良い位置に付いて来ていたイルシュナの装着したナックルから、鋭い鋼の爪が既に伸びている。ちょうど倒れたミノタウロスの傷口から噴水のように吹き出した血がレンドルフの半身に降り注いで来たが、頭から血まみれになるのもお構い無しに倒れた体の脇に走り込んで、正面から向かって来るイルシュナに伸ばしかけていたミノタウロスの腕に剣を突き立てて地面に縫い止めた。


「ぅおりゃああぁぁーーーっ!!」


ガアアアァァァァーーーー!!


イルシュナが狙い違わずミノタウロスの角の間に爪を突き立てた。ミノタウロスは皮膚が硬く、特に頭部は角や骨などで特に刃が通りにくい。しかし弱点とも言うべき角の間はちょうどその部分に頭蓋の隙間があるのであっさりと刃が通り、その真下には脳がある為ほぼ一撃で絶命するのだ。倒す際はその弱点を狙いたいところであるが、二足歩行で巨体の為に非常に難易度が高い。それくらいならば力押しで削って行った方が時間は掛かるが安全で確実と言われているくらいだ。


今回はレンドルフが一撃で脚を落としたため、倒れたところをイルシュナの爪が弱点の頭に根元まで突き刺さった。その見事な連携の前にミノタウロスは壁がビリビリと震えるような断末魔を上げて、二度程体を大きく痙攣させるとぐったりと動かなくなった。


「早っ!嘘だろ!?」


ほぼ瞬殺だったミノタウロスを見て、天井に五体程張り付いているサラマンダーの討伐に向かったソージュが思わず叫んでいた。


「わっ!ウォーターカッター!」


思わず足を止めてしまったので、ここぞとばかりにサラマンダーが口から小さな炎の玉を落として来る。ソージュは慌ててそれを避けて、攻撃魔法を撃ち込んだ。二体は見事に首を落として落下して来たが、残りの三体は致命傷には至らずに、ペタペタと壁を伝ってバラバラに逃げてしまった。ソージュはどの個体を追うか一瞬迷う。その隙を突いて、死角から炎が飛んで来て、付与を掛けた短剣で払いのける。しかし至近距離になるので、手袋越しに熱と軽い痛みが走った。


「アースランス!」


レンドルフが壁に魔力を流して、サラマンダーの貼り付いている壁から土槍を出現させて動きを止めようとした。しかしサラマンダーの動きは速く、体をくねらせて次々と出て来る土槍を避けてしまう。それでも避ける為に多少動きは鈍くなったので、そこにすかさずソージュの魔法で二体、残り一体は天井から大分下の方まで降りて来ていたので、槍を足場にして壁を蹴って跳躍したイルシュナが仕留めた。


「フッ、終わったな。口程にもない」


戦闘が始まると同時に物陰に隠れていたサンノが堂々とした様子で腕を組んで、片頬を上げてニヒル風に微笑んで呟いた。彼は全く何もしていないのだが、あまりにも「らしい」物言いなので何だか面白くなってしまって、レンドルフ達はうっかり笑ってしまったのだった。



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