277.幻の美少女の後遺症
レンドルフは先頭でノルドに騎乗して、その後ろに魔馬に乗ったソージュ、更に後ろには大型魔馬一頭立ての幌馬車でイルシュナとサンノが続いた。全員馬には乗れるのだが、日帰りではあるが万一に備えて四人分の道具を揃えるとそれなりの大荷物になる為だ。特に新人が二人なので不測の事態に備え過ぎると言うことはない。
「あの、レン先輩」
「ん?何かあったか?」
「いえ、その…個人的に伺いたいことがあって」
「俺で答えられることなら」
しばらく進んですれ違う馬車が途絶えると、ソージュがススッとレンドルフの脇に魔馬を寄せて話しかけて来た。手合わせをしていないせいかこうして近くで話す機会は今までなかったが、こうして見るとやはり騎士には見えないほっそりとした体格で繊細な印象を受けた。癖のない水色の髪を無造作に括っているが、髪を下ろしたらもっと中性的な見た目になりそうだった。
「先輩、デュライ伯爵様のお身内ですよね?」
「あ、ああ。母がデュライ家の出だが」
「僕の曾祖母が、デュライ家の分家の出身なんです」
「そうなのか!じゃあ俺とは縁戚になるんだな」
「いえいえいえ!もうほぼ無関係くらいに遠ーいご縁ですから!」
デュライ伯爵は、レンドルフの母の実家になる。伯爵家と言えどその中でも家格は高く、代々水魔法の使い手として有名で王城の専属魔法士として仕えている者も多い。水魔法は、聖属性以外で唯一治癒魔法が使用出来る属性の為、どこでも引く手数多なのだ。聖属性の治癒魔法には及ばないのではあるが、軽傷であれば十分効果はあるし、飲み水の確保や浄化など役立つ魔法が多いので、水魔法を望む者は多い。レンドルフの母も、深窓の令嬢だったので機会がなかった為に攻撃魔法は使うことは出来ないが、治癒や浄化はお手の物だ。今でも父が討伐に出る時は母の魔力を込めた水の魔石を持たせて、父の毛並みを清潔に保てるようにしている。
「それに僕の実家はキリー高原で牧場をしている平民ですし」
「それでも縁戚には変わりないだろう。第一、その髪色や水属性ならデュライ家の特性を受け継いでるじゃないか」
思いもかけずに縁戚の者が近くにいたことに、レンドルフは何だか嬉しくなった。デュライ家の血を引く者は、青系の髪色が出やすい。そして大半の者が水属性の魔力を有している。今も当主を務めている伯父や、次期伯爵の従兄は濃紺の髪色をしていたし、レンドルフの母は白に近い水色をしている。皆、治癒魔法を含めた上位の水魔法を使えた。レンドルフは髪色は受け継がなかったが、弱いながらも水魔法が使えるのはその血のおかげだろう。
「僕は曾祖母に似たらしいです。家族でこの髪色が出たのも僕だけで。でもおかげでこうして騎士団の所属になれたんで感謝してます」
ソージュは牧場を営んでいる一家の次男で、兄と妹がいるそうだ。兄妹全員水魔法が使えるが、最も魔力が強いのがソージュだった。しかしその分細かい制御が苦手で、浄化や治癒ではなくほぼ攻撃魔法一辺倒だった為、実家では放牧前の草刈くらいにしか役に立てなかったそうだ。時折家畜を狙う熊や魔獣を撃退することもあったが、制御が下手だった為にまとめて家畜まで攻撃してしまうことも度々あった。その為、実家では草刈以外の魔法は禁止になっていた。
しかしこのままでいけないと、ソージュは一念発起して王都に出て来たそうだ。王都で魔法の制御を学んで、良い職を探そうと思ったのだ。おかげで以前よりも随分と制御は上達したのだが、水属性の攻撃魔法はあまり需要がなかった。やはり水魔法の使い手には浄化や治癒を期待する。それに同じ程度の魔法ならば、火魔法か風魔法の方が攻撃の威力は高いのだ。
地元にいた頃はそれなりに実力もあったと思っていたが、王都に出て来て多くの人の中に入ると騎士になるには剣術は自己流で大して強くなく、魔法士になるにはそこまで魔力が強いわけでもなかった。中途半端な自分に半ば心折れて地元に帰ろうかと思っていた時に見付けた駐屯部隊の隊員募集のチラシを見て思い切って応募したところ、このエイスの部隊に合格したということだった。
駐屯部隊と言っても、王城直属の騎士の身分だ。まだ新人なのでそこまで給与が高いわけではないが待遇は極めて良い。それに王城で働くよりも、平民が大半の駐屯部隊の方が却って良かったかもしれないとソージュは思っていた。
「それで先日実家の方に呼び出されて帰省していたことなんですけど…」
「何かあったのか?」
「ええと…その、レン先輩は、年の近いデュライ家の血縁のご令嬢に心当たりはありませんか…?」
「ご令嬢?」
レンドルフは考えてみたが、伯父一家に同じ年頃の令嬢は思い当たる節はない。分家も筆頭分家とその次くらいは知っているが、その中にも該当者はいなさそうだ。もっと末端の分家や寄子になると、さすがに辺境からは遠い領地で暮らしている母方の縁戚なのでそこまでの知識はなかった。
「うーん…申し訳ないが心当たりはないな」
「いえいえいえ!急に変な話を振った僕の方が申し訳ないです」
「そのご令嬢が何か?」
「ええとですね…」
ソージュは少しだけ視線を泳がせて声を潜めた。
「もしかしたら本家が把握してない庶子がいるかもしれないってことで、確認の為に探してるみたいなんです」
「庶子が?」
「僕の妹も一つ下だから一応顔を確認したいってことで、実家まで迎えに行って王都の伯爵家のタウンハウスに同行して来たんです。ウチの妹は間違いなく両親から産まれてるんですけど、貴族と違って届け出が結構いい加減だったものですから。それに他の家族は牛の出産が続きそうで動けないからって僕が呼び出されて」
おかげで貯めていた休暇が無くなってしまった、と口では残念そうに言いながらも、ソージュはどこか嬉しそうだった。結局彼の妹は該当しなかったようで、わざわざ来てくれたのだから、と色々と手土産を貰い、旅費や王都観光の支払いまでしてもらってホクホク顔の妹を再び実家まで送って行ったそうだ。そんなことを説明するソージュの口調は弾むようで、妹と王都を巡れたことが楽しかったのだろうと伝わって来た。
貴族の場合血統を重視しているので、どこの家の誰の子供かというのはきちんと確認の上に届けが出される。しかし平民は役場が近くになかったり、農作物の収穫時期に重なったりして届けが遅れることが地方では多々ある。更に読み書きがあまり得意ではないと間違って記載してしまったりして、出生があやふやになってしまうこともたまにあるのだ。その為、相当遠縁で平民だったソージュの妹の出生を調べ切れずに、顔合わせしてしまった方が早いということになったのだった。
「庶子か…デュライ家には縁のないことかと思っていたが…」
「ですよね!噂でも聞いてましたけど、ご当主様もそんな感じで」
デュライ家の一族は、夫婦仲が良好なことで有名な家門なのだ。その大半が政略による縁談でも、恋愛結婚だったのではないかと思われるのは珍しくない。そういった家門だからかデュライ家の紋章は生涯一羽の番のみで生きる背の高い鳥の意匠で、端的に一族の気質を表していると言えるだろう。その為、死別したとしても再婚をすることもレンドルフが知る限りでは覚えがない。だからこそ、庶子という存在には縁がないと思い込んでいたのだ。
「もしかしたら俺の方にも連絡が来ていたのかもしれないな」
しかしレンドルフは王城でしばらく外部との連絡が取れない状況にいたので、もしかしたらクロヴァス家の方で返答していたのかもしれない。世情に疎いレンドルフよりは、タウンハウスの使用人達に聞いた方がよほど有力な情報が得られるだろう。
「しかし、何故そんな話が出たのか聞いているか?」
「僕も実際に目にはしていないんですけど、ご当主様の幼い頃に瓜二つのご令嬢の写真が雑誌に掲載されたとかで…」
「っ!?」
「髪色は違ってたらしいんですけど、それくらいなら染めるなり魔道具なりでいくらでも変えられますからねえ。でも他人というにはあまりにも似過ぎていたから、伯爵家で調べているそうです。もし困った状況にあるならきちんと伯爵家で保護をしたいと」
「そ、そうなのか…」
レンドルフは心当たりがあり過ぎて、一瞬でどっと汗が出て来た。
雑誌に掲載された令嬢とは、間違いなくレンドルフのことだ。母に似た顔立ちと言われているが、母と伯父も良く似ていたと聞き及んでいる。今は伯父の方はさすがに年齢を重ねた紳士然とした風格だが、それでも今もレンドルフと並べばすぐに血縁であることは分かるくらいだ。
先日、謎の若返りを果たしてしまったレンドルフは「誘拐された悲劇の令嬢」として雑誌に掲載されていた。自分でもその写真を見て伯父や従兄に似ていると思ったのだから、誰かがそれを目にして教えたのかもしれない。そして年若い令嬢が誘拐されたと雑誌に顔が晒されてしまったことで今後のことを考え、血縁の令嬢であればデュライ家が責任を持って守ろうと判断したのだろう。
この時のレンドルフについては、正体不明ということで通している。そしてすっかり元に戻ってしまった今、あの写真の令嬢はこの世に存在しないのだ。
さすがに伯父でも重大な秘匿案件なので話すわけにはいかない。近いうちに諦めてくれることを祈るばかりだ。
この時に年齢的に令嬢の父親ではないかと最も疑われたのは次期伯爵の従兄だったのだが、幸いにも彼の妻が全面的に信用してくれたので問題にならずに済んだと後日聞かされて、レンドルフは心底安堵した溜息を吐いたのだった。
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ダンジョンの入口に到着するまでに、ホーンラビット数体とサギヨシ鳥二羽を仕留めた。どちらもそこまで強い魔獣ではないのでほぼ新人二人に任せてレンドルフはサポートに回ったが、サギヨシ鳥の一羽だけは状態の良い肉が欲しかったのでレンドルフが一撃で首を落とした。
ダンジョンに入る前に少し腹ごしらえをしておこうと、馬車に積んであった携帯食をイルシュナとソージュが準備する。サンノは食べ物の匂いに釣られて魔獣が出て来ないとも限らないので、馭者台に乗って周囲を警戒していた。レンドルフはその間に仕留めたサギヨシ鳥の解体を行い、胸肉辺りを切り分けた。レンドルフが一撃で仕留めたものと、ソージュが水魔法で羽根を落として、イルシュナが三度程体に突き立てて魔石を割って絶命させたものだ。胸肉だけ削ぎ切りにして厚みを揃えると、その場で塩焼きにして固い保存用のパンに挟んで二種類を並べて提供する。この胸肉サンドがなければ、塩漬けの干し肉と干したキノコを水で戻した塩味のスープとパンのみだったので、少しだけ豪華になる。
「全然味が違う…」
「話には聞いていましたけど、ここまで変わるんですか…」
「何これ、高級店のお肉じゃん」
移動する途中で、魔獣の話から仕留め方によって肉の味が変わるという話題になった。レンドルフは幼い頃から経験的に知っていたが、他の三人はあまり実感がなかったらしい。レンドルフの生まれ育った辺境領は、肉になる獲物は自分で狩って来て解体して食べる。しかし他の三人は、近所にきちんと専門家が解体した肉を仕入れて売る肉屋が存在していた為、そういった味に大きく差がある肉とは馴染みがなかったのだ。肉の味の違いは、牛と豚とのような種類の違いと調理法くらいだと思っていたらしい。そんな話をしていると、ちょうどサギヨシ鳥が出て来たので試してみようということになったのだ。そして結果は、一口食べた後に皆一斉に声に出ていた。
レンドルフも大きく頷いて自分の仕留めた方の肉が入ったパンをガブリと大きく齧り付く。保存が利くように水分が少なく固めに焼かれたパンだが、胸肉とは思えない程に染み出して来るたっぷりの肉汁を吸い込んで柔らかくなり、美味しさが詰まった状態になっている。他に挟んであるのはピクルスだけのシンプルなものだが、肉の味が濃いのでピクルスの酸味と振った塩だけなのに驚く程複雑なソースでも掛かっているような味わいになっていた。
魔獣は基本的に激しい戦闘になって著しい恐怖を与え過ぎると体内の魔力が全身を巡るので、生命の核と言われる魔石の質が落ちたり肉の味が悪くなることが多い。特に小型の魔獣はそれが顕著なのだ。大型の魔獣の場合は恐怖よりも攻撃的な怒りの方が強いらしく、そこまでの影響は出ないと言われる。
影響が出ないように仕留めるには、ホーンラビットは気付かれない内に、サギヨシ鳥は一撃で行うのが最も望ましい。現実にはそう上手く行かないのだが、今回はイルシュナ達が他の個体に攻撃をしているのに気を取られていたらしく、レンドルフが狙った個体の隙を突くことが出来た。魔獣討伐の経験値の高いレンドルフでも、ここまで上手く行くのはそこまで多くない。おかげで美味しい肉にありつけた。
食事を終えるとレンドルフはソージュに手伝ってもらい残った部位をある程度血抜きをして大まかに解体を進め、イルシュナは後片付け、サンノは見張りと役割に分かれた。
サンノは部隊の中でも逃げ足の速さで有名で、危機察知能力が異常に鋭いそうだ。その為、彼が任務に就く時は必ず見張り役を担当する。彼は見た目に反してベテランの騎士だが、ほぼ無傷での生還率が九割を超えると言われている。あるとすれば、魔獣から逃げきって安心した瞬間ギックリ腰になったというのが一番の重傷だったそうだ。だからこそ、サンノが逃げる場合はその後を追って行けば生き延びる可能性が非常に高い。ステノスなどが新人には真っ先に周知するので、駐屯部隊の隊員達はサンノが任務を放棄して逃げ出しても捕まえて制止せず、一緒に逃げるという選択をすることになっている。
騎士になった者達は、皆それなりに腕は立つので矜持が邪魔をして実力以上の敵を前にしても撤退することが難しく、それが原因で最悪部隊が全滅する危機に陥ることもあるのだが、ベテランのサンノが真っ先に遁走するので他の隊員達も続きやすい。おかげでエイスの駐屯部隊は、魔獣討伐の機会の多さの割に死亡者が少ないのだ。
「じゃ、俺は殿を務めるから、前はよろしくな!」
馬車の周辺に魔獣除けの結界を施し、いよいよダンジョンの入口に立つ。サンノは真っ先にススス…と後ろに下がってレンドルフの背後に着いた。
新人の二人は他の小さなダンジョンには行ったことはあるが、今回の迷宮ダンジョンは初めてと言っていた。そのせいか少しばかり緊張した面持ちになっている。ソージュは攻撃魔法を中心にするので魔石を埋め込んだ短剣、イルシュナは金属を仕込んだ手甲と右手にはナックルを装着している。このナックルは魔道具で、場合によっては鋼の爪が出て来る攻撃力の高いものだ。
彼らは初めて出会った時は見習いから正規の隊員になったばかりの頃で、まだ汎用的な長剣を使っていた。しかし少しずつ経験を重ねて、自分の得意分野を活かせるように所有する武器が変更になっていたのだ。
「入ってすぐの通路にはコウモリ系の魔獣が棲んでいる。作戦はどうする?」
「俺が行きます」
コウモリ系の魔獣はそこまで強い種類はこの辺りでは棲息していない。ダンジョンの中に出るのは生態系に関係ないこともあるが、ここはそう厄介なものは出ないと調査済みだ。ただそれでもごく稀に例外はあるので、気を緩めることは命取りだ。
レンドルフは新人二人に作戦を任せると、躊躇いなくイルシュナが手を挙げた。
「俺は『人狼』の固有魔法の『畏怖』が使えるので、それで麻痺させたところを仕留めます。届かないところは」
「僕が水魔法で落とします」
「分かった。そこまで数は多くないから二人で大丈夫だと思うが、何かあれば俺が後ろから補助する。しかし油断はするなよ」
「「分かりました!」」
「二人とも、頑張れ〜」
イルシュナとソージュが作戦を説明すると、レンドルフは頷いた。そこから距離を取った後ろの方からサンノがすっかり他人事のような呑気な声援を掛けて来たので、少しだけ二人の肩の力が抜けたようだった。一見不真面目に見えるが、ちゃんと人を見ているところはやはりステノスに近いものがあると、レンドルフは改めて思ったのだった。