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270.魔王の微笑み


ネイサンの妻の代理を務めて離縁が成立した翌朝、レンドルフは朝目覚めたら元の体に戻っていた。


レンドルフの体の鑑定をしてくれていた神官の予想通りだった。ネイサンの心境の変化の理由は分からないが、昨日のうちに間に合ったのは僥倖だったろう。本当は体が元に戻る前に色々と対処が出来るように知らせてくれる魔道具を着けていたのだが、どうやら昨日は色々とあり過ぎて疲れ切っていたせいか全く気付かずに熟睡していたようだ。いくら安全な王城内で疲れていたとしても、騎士としてはあるまじき失態だ。

一応緩めの夜着を着ていたのだが、レンドルフの成長には追いつけなかったらしい。起きたら辛うじて体に引っかかってはいたが、ほぼ服の形態を為していなかったので実質全裸だった。


毎朝様子を伺いに事情を知るメイドが朝食と共にやって来るのだが、いくら分かっていてもこの状態で出迎えるのはよろしくない。レンドルフは慌ててシーツを体に巻き付けて、戻った時の為に準備してもらっていた服をクローゼットから引っ張り出した。



ちょうど着替えを終えて一息ついた瞬間、扉をノックされる。どうやらギリギリのタイミングだったようだ。

返事を返せばすぐに男性の声だと察してくれたようなので扉を開けても驚かれるようなことはなかったが、着替えている最中に対応する事態にならなくて良かったとレンドルフは胸を撫で下ろしていた。


運ばれて来た朝食は、これまでよく足りたものだと自分でも思ってしまう程少なかった。体が大きくなって、運ばれて来た皿もこれまでの記憶のものよりもずっと小さく見える。しかしこれまで通りの朝食を運んで来てくれている筈なので、体とともに胃袋も小さくなっていたから足りていたのだろう。もう役目は終えたし体も元に戻ったので、今日くらいは我慢出来る。そう思っていると運んで来てくれたメイドもレンドルフの体格では全く足りないと一目で理解したようで、すぐに追加を手配すると言い残して部屋を後にした。一瞬レンドルフはそこまでしてもらうのは忍びないので辞退しようかと口を開きかけたが、それよりも素早く彼女は出て行ってしまった。

レンドルフは一瞬で食べ尽くしてしまいそうな少量の朝食を食べながら、ありがたく追加を待つことにしたのだった。



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レンドルフは朝食後に荷物をまとめるとすぐに移動出来るように準備を整える。私物の持ち込みはユリとの手紙のやり取りに必要なものくらいで、肩から掛ける鞄一つに収まる程度だった。何せレンドルフはほぼ身一つでサマル家別邸からここに連れて来られたようなものだ。増えたものと言えば今着ている服とユリからの手紙くらいだ。

しかし勝手に辞去しようにも、準王族の居住空間なので色々と手続きが必要らしい。それはダンカンが最後まで面倒を見ると請け負ってくれているので、レンドルフは荷物をまとめてしまうと特にすることもない。昼食を済ませてもまだダンカンが来る気配はなく、レンドルフはユリの手紙をひたすら読み返していた。そこまで時間は掛からず辞去出来るものと思っていたので、朝食後に借りていた鍛錬用の模造剣を返さなければ良かった、と後悔し始めた頃、ダンカンが部屋を訪ねて来た。


「待たせたな」

「いいえ。お手数をおかけして申し訳ありません」

「お前には随分協力してもらったからな。この程度の事くらいして置かないと、第四から抗議が来る」

「ノマリス団長はそんな方ではありませんよ」

「…まあ、あの団長では気に留める暇もないだろうな」


ダンカンの返答にレンドルフは苦笑するだけに留めたが、実のところレンドルフが第四騎士団に異動になってから未だに第四騎士団長のヴィクトリアとはロクに顔を合わせていないので反論も出来ないのは事実だ。



現第四騎士団の団長ヴィクトリアは団長職に就く前は近衛騎士団で女性王族の護衛、殊に王妃の専属護衛のような立場だった。レンドルフが入団するとほぼ入れ替わりに異動したので、彼が近衛騎士団に居た頃はお互いの顔は知っていても個人的に話をしたことはなかった。女性王族の側にいる為の身分も腕前も問題のない女性騎士の存在は、男性が入れない場所での護衛をする為には絶対に必要ではあるが、何せ慢性的な人手不足なこの国はそもそも平民出身を含めても女性騎士の数が極めて少ない。その為近衛騎士団を外れたヴィクトリアは今でも特例として、王妃の指名があれば護衛として出向するように、と王命が下されている。そして王妃はヴィクトリアを大変信頼しているため、ほぼ毎日のように護衛として側に置いている状態だ。

しかしそれは、第四騎士団の団長の任を蔑ろにしていると取られかねない。実際、彼女は就任から数年経った今も、団員達の間で信頼を築くことが出来ずにお飾りの団長と揶揄されている。しかしそれでも団長職を解かれて近衛騎士団に戻さないのは、様々な政治的要素が絡んでいるからだ。



「ところで、まだ時間は大丈夫か」

「はい。既に荷物はまとめてありますから」

「そうか。少しばかり内緒話をしたくてな。もうしばらくつき合ってくれ」


この部屋は通常よりも厳重な付与が施されていて、防音や、索敵魔法などを防ぐ為に弾く防御壁が付けられている。内密な話をするのにはうってつけの場所だ。ダンカンは可愛らしく「内緒話」と言ったが、おそらく内容はそんなものではないだろう。レンドルフはダンカンの正面に座って、緊張した面持ちのまま姿勢を正した。その様子にダンカンは何か言いたげに軽く口角を上げたが、彼の人となりを知らなければどう見ても魔王の微笑みだった。


「サマル家別邸や、遺跡の塔から大量の違法薬物が出て来た為に、薬師ギルドに調査の協力要請をしているのは教えたと思うが、敷地内にあった使用人用の墓地にも捜査の手が入った」

「墓地…ですか?」

「ああ。ネイサンの証言でポーラニア夫人が自死した後、その頃仕えていた使用人達がいつの間にか消えていたという話は覚えているか?」

「はい。…まさか、その使用人も…?」

「その当時事故や病などで亡くなったと届けられた使用人と、雇っていた使用人との数があまりにも合わないのでな。当人の希望で領地の方に行かせた、となっていたが、領地の屋敷で受け入れた形跡がない。おそらく厄介な身内などがいない者は密かに消された可能性が高いと判断された。まあ、毒物には事欠かない環境ではあったからな」


貴族の家で働く使用人は、亡くなった場合家族の元に返されることが基本だが、代々一族で主家に仕えている者や、引き取り手のない者は雇っていた家で葬儀を行い墓を建てる。それなりに大きな家になると、領地などに使用人用の墓地を持つ貴族もいるのだ。家令や執事長などの重要な地位に就いた者は個別に墓標を与えられることもあるが、そうではない者は共同墓地と同じ扱いになることが一般的だ。

調査の結果、密かに処分された使用人達はその共同墓地に埋められているのではないかと思われた為、墓を掘り起こして成分分析が可能な鑑定魔法を扱える魔法士を数名派遣し、遺骨の鑑定に乗り出した。毒殺された者の遺骨から、通常では有り得ない成分が出る場合もあるのだ。そこからどの程度不当に使用人が消されたかを調査することになった。


「その魔法士の手配には、ギルド経由ではあったがアスクレティ大公家の協力が大きかった。元々薬師ギルドは大公家と繋がりが深いからな。しかし、それと同時に大公家には別の目的もあった」

「別の目的?」

「ポーラニア夫人の()()()()()だ」



成分分析を請け負った魔法士達は、それとは別口でポーラニアの遺骨の選別も命じられていた。それを命じたのは、大公家当主のレンザであった。しかし既に一年以上も前に埋葬され、その上から他の使用人の遺骨も追加されているので、発見は困難かと思われた。何せ成分分析が出来ると言っても、ポーラニア自身の痕跡が一切残されていなかったのだ。せめてネイサンが遺髪でも保管していれば違っていたのだろうが、突然の最愛の妻の死に混乱していた隙に、元侯爵の手の者が隠蔽する為に徹底的に処分してしまったようだった。

しかし、魔法士達が交替で昼夜問わずに鑑定を続けた結果、半分砕けたような大腿骨の中に、石灰化はしていたが骨の中に茨の刺が埋まっているものを発見した。密かにこれまでのポーラニアの身体的特徴の詳細を知らされていた魔法士達は、兄に興味本位で茨の上に落とされて後遺症の残ったポーラニアの骨であると断定した。そこから同じ成分を持つ骨を最優先で選別し、全ては無理だったが、大腿骨の半分と数個の指骨、そして下顎と頭蓋の一部を回収したのだった。


「そうですか…遺骨を…」

「そうだ。そしてそれを引き換えに、大公家はネイサンに取り引きを持ちかけた。遺骨をバーフル領に送ったので、脚本通りに演じ切れ、と」



ネイサンは、誘拐されて殺された女性の名誉と尊厳を守る為に、穏便な形で嘘の筋書きを仕立てることは概ね同意した。しかしポーラニアとの離縁だけは断固拒否をして、サマル家の罪の一端を被ることを強く切望していた。しかしネイサンをサマル家に籍を置いたままにすれば、血を引いている訳ではない彼は親族の恰好の贄にされることは火を見るより明らかだ。遠くない将来、可能な限りの罪を被せられて妻の後を追って自害したと公表されるだろう。ネイサン自身も、早く妻の待つ場所へ行きたいと望んでいたので、それを期待していた節もあった。だがそうなれば実家のバーフル家が黙っていない上に、要らぬ血が流れる可能性も高かったのだ。

勿論、ネイサンにはバーフル家の報復の話もしていたのだが、彼は「書簡を父に送って最期の願いとして呑んでもらう」と言い張っていた。その為、離縁の話が膠着状態に陥っていたのだ。


「昨日我々が面会をする前に割り込んだ者がいただろう。それがどうやら大公家の使いの者だったそうだ。昨夜、陛下経由で大公家から報せがあった」


さすが国王と同等の権力を許されている大公家だけに、国王を完全に仲介者として使っていた。昨夜詳細を書いた手紙を国王から直々に渡されたダンカンは、どうせ中を確認するだろうからついでに国王への報告にもなるという合理的理由だったと聞かされて、危うく白目を剥きそうになったのだった。


「それで離縁を急に受け入れたということですか」

「そのようだ。おかげでバーフル領に送られることも素直に従ってくれそうだ」


あくまでも妻のいるであろう神の国に行きたいと考えるネイサンは、自分の実家では正しく服役をさせられるだろうが、それ以上にならないことを分かっていて送られることを渋っていた。いっそ被害者の縁がある領地に引き取られれば、()()()()()はいくらでも起こることを分かっていたからだ。

しかし、彼女の遺骨をバーフル家に送ったとなれば、その命にも進んで従うだろう。


「じゃああの時…」

「ん?何のことだ?」


ユリが大公家の使いとしてネイサンを訪ねたのはそのことだったのだろう。思わず声に出てしまったが、ダンカンに尋ねられてレンドルフは、ユリが来ていたことは内密に、と言われていたのを思い出した。


「あの…ネイサンの目が赤くなっていたので…何があったのかと思っていたので」

「そうだったな。嬉しさなのか悔しさなのかは…ネイサンにしか分からんが」


レンドルフとしては、ネイサンには罪は罪として償って、その先も生きて欲しいと願ってしまう。ネイサンにとっては酷な願いかもしれないが、そう思わずにはいわれなかった。深い絶望の先に少しでも光が見つかって欲しいと、せめて願うことはしたい。


「まあ、生きてさえいれば、いずれ良かったと思うこともあるだろう」


ちょうど似たようなことを考えていたので、思わずダンカンの言葉にレンドルフは目を丸くしてまじまじと見つめてしまった。ダンカンはレンドルフの視線に少々居心地の悪そうな表情になって、「私とて部下は可愛いと思っているのだぞ」と言い返していた。その顔は全くそんな風には見えなかったが、一切の嘘は含まれていないことくらいはレンドルフにも分かるようになっていた。



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レンドルフは、現時点でほぼ確定している関係者の処遇を聞かされた。


サマル元侯爵は、取り調べの後に領地の中でも特に僻地に幽閉されることになった。主犯ではないので死罪にはならなかったが、被害者家族の感情を慮って、国内でどのような慶事があろうとも恩赦は一切与えられないことになった。おそらく人々から忘れ去られた頃に、本家になった伯爵家から毒杯が送られることになるだろう。

主犯であった元嫡男は、捕縛前に既に亡くなっていたことが分かれば各方面からの責任追及と反発で騒動になることを見越して、速やかに毒杯で処刑を行ったと公表することになっていた。公開処刑にして極刑を、と望む声も多かったが、死後は研究施設で実験やサンプルとして扱われて、遺体は恒久的に正式な墓に埋葬されることはないということで何とか溜飲を下げてもらった。実際、変異種の吸血茨に寄生されていたので、徹底的に解剖されて今後の研究の礎になってもらうのだ。

ユリアーヌはどちらかと言うと被害者の立場となるので、実家のシーブル家と協議中ではあるがどこかの修道院に入れて、今後は神への祈りと奉仕の為に生涯を捧げてもらうことになっている。今のところ、シーブル家が寄付金を用立てるが、祖国には帰さずにオベリス王国内の修道院に入ることになりそうだった。


ネイサンは、罪は犯したものの()()()()()()()()()()()()、妻の為に死も厭わない態度が非常に世間受けが良かった。それに利き腕を失って騎士の資格も失い、更にその妻から離縁を言い渡されている。ネイサンの本心はともかく、世論は彼に同情的で、もはや彼は罰を受けているのも同然だというのが大方の見解だった。おそらく彼は最初に出される判決に控訴することはなく、長めの強制労働が科せられるだろうが、数年で恩赦が出て半分以下になることも見込まれての年数になる筈だ。


そしてあれから一度も姿を見ていないアイルは、未だに治癒院から動かせない程の重傷だったので、治療が終わってから改めて事情聴取をされ罪状が決まるらしい。ただダンカンの感覚では、彼は少し長めの服役期間な軽犯罪者の範疇で収まるだろうと付け加えた。これは最後までネイサンが、アイルとは共犯関係ではなく部下として命じていたと主張したからだった。身分の高い貴族で上司という立場からの命令を断り切れなかったと考慮されるということだった。



その話の後、レンドルフはこれ以降はもう関わり合いにならない方がいいだろう、とダンカンから忠告された。

基本的にこの案件を主導で取り扱っているのは第三騎士団で、中心街の火消しをしているのは第二騎士団だ。レンドルフの第四騎士団は要請がない限りあまり関わる立場にない。今回はエイスの街に住む女性が誘拐されたと通報が入った為に駐屯部隊が調査に赴き、ちょうど出向で来たばかりのレンドルフもそれに参加した、ということになっている。しかし誘拐は誤情報であり、たまたまネイサンが幽閉されていた妻を救出する為に義父と義兄と交戦していたところに居合わせたと記録に残された。


今のレンドルフは、捕縛の際に未知の毒を使用されて、命には別状はないが念の為完全解毒が完了するまで王城で隔離されていることになっている。本来は第四騎士団で面倒を見るところなのだが、重要人物であるネイサンとは同級の友人であり、事情聴取も必要ということで、所属は違うが第三騎士団の団長ダンカンが直々に身柄を引き受けたという態なのだ。実際ほぼ間違いではないのだが。


「もしどうしても気になるようなら、ネイサンの服役が終わった頃に手紙でも出すくらいは許されるだろう。そのタイミングは、ユリ嬢にでも聞くんだな」

「はい、そうします」


ダンカンはユリが大公女だと分かっているので情報はいくらでも集まるだろうと思ってレンドルフに告げたのだが、レンドルフからはユリは巻き込まれた当事者で、大公家当主がトップを務めている研究施設で働いている部下だと思っているため、きっと頼めばそれくらいは教えてもらえるのだろうなと考えた。

そこに微妙な認識の齟齬があったのだが、幸いにも互いにそれには気付いていなかった。



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しばらくすると部屋の扉をノックする者があり、ダンカンが入室を許可すると全身を覆うローブにフードを被った二人の人物が入って来た。顔が見えないので見るからに怪しげだが、ダンカンは分かっている様子なので彼が手配した者なのだろう。一人は背が大分高いが細身な女性のようで、もう一人は護衛なのか見上げるような大男だった。


「この方達は…」

「初めまして。ボルドー閣下直属の魔法士のアイヴィーと申します」


軽やかな少女のような声と共に、女性の方がフードを取って顔を見せた。レンドルフよりも濃く鮮やかな色のピンク色の長い髪が零れ落ちた。瞳の色は冬の晴天を思わせる青色で何とも華やかな色合いだが、顔立ちは理知的な印象で非常に中性的だった。声を聞かなければ性別に悩むかもしれない。レンドルフが立ち上がって挨拶を交わしている間、彼女の隣に立つ男性は全く動こうとしなかった。


「ああ、この者はいわば、幻影のようなものです」


レンドルフが気にしていたのに気付いたらしく、アイヴィーはサッと手を向けると。男性の姿は消えて被っていたローブだけがパサリと彼女の腕の上に落ちて来た。そこには支えのようなものは一切なく、何らかの形でローブを着ているように見せていたということだろう。本来実体のない幻影に本物のローブを着ているように見せかけるなど、仕掛けは分からないが余程すごい技術が使われているのはすぐに分かった。


「風魔法で中身が入っているように見せかけていただけです」


顔に出ていたのか、レンドルフの様子に彼女は少しだけクスリと笑いを漏らしながら説明してくれた。仕掛けが分かっても、微細な制御が必要な魔法なのですごいことに変わりはなかった。


「レンドルフがここから出る際は、このアイヴィーがポーラニア夫人の幻影を出しておくので、先程の大男の護衛として外に出てくれ。そのまま()()()王城内の神殿に向かい、最終的な健康確認をした後、ポーラニア夫人は療養の為に王都を出て治癒院併設の修道院に向かう。お前はそのまま騎士団に戻るといい」

「ありがとうございます。あの、追加で他言無用の誓約魔法は…」

「お前なら喋らないだろ?それに、重要な案件は既に誓約済みだ。追加する必要はない」

「…ありがとうございます」


ダンカンとはこれまで一介の騎士として一方的に知っていただけで、ここまで近しい距離感で話すことはないと思っていた。しかしこうして短い期間でも信頼を示してくれたことは、レンドルフにとっては大変な喜びだった。



「それから…これは私から個人的な礼だ」

「いえ!そんな色々とご配慮いただきましたし…」


ダンカンの後ろに気配を消して控えていた専属の侍女が、抱えていた紙袋をテーブルの上に置いた。外から見た限りではそれなりに大きさはあるが、軽そうな品のように見えた。目線だけでダンカンが「開けてみろ」と告げていたので、レンドルフは恐縮しながら封をされていない簡易な袋の口を開けて覗き込んだ。


「服…ですか?」


何やら折り畳まれた紺色の布地が見えたので、引き出すと出て来たのは騎士服だった。しかも式典用の騎士には最上位の正装で、首や肩に縫い付けられているラインは緑のものが三本だったので、レンドルフが口を開きかけたまま絶句する。


王城の騎士団の制服は、近衛騎士以外は所属の団の色がついた襟章を着けていれば特に細かい規定はない。あまり風紀的に問題があるようなら上官から注意を受けることもあるが、騎士団から補助の一環として服も支給されているので、大抵団員は同じものを身に着ける為に自動的に制服のようになっている。しかし式典に参加する際の正装だけはきちんと決められて、これは個人に合わせて国から与えられている。

近衛騎士団は黒の騎士服に、王族の色とされる金と淡い紫が編み込まれた装飾が襟や袖に入る。他の王城騎士は紺色で、団によって装飾の色が違う。そして縫い付けられるラインの本数によって、一目で地位も分かるようになっていた。

レンドルフが所属している第四騎士団は茶色のラインで、今は特に役職に就いていないので本数は一本の平騎士のものを所持している。


ダンカンから渡された騎士服のラインの色は第三騎士団を表す緑で、二本のものは部隊長クラス、そして三本は副団長職のものだ。いくら団長と言っても、個人的に渡すにしては程がある。

戸惑ったように手にした騎士服とダンカンの顔を交互に眺めているレンドルフに、ダンカンはニヤリと悪い顔で笑った。


「冗談や酔狂で準備させた訳ではないぞ。何せお前のサイズでは他の者が着られる筈がないからな」

「いや…ですが…」

「無理強いはせん。その気になったらそれを着て私の執務室を訪ねて来い。その場で異動届を書いてやろう」

「しかし、その、俺は…」

「対人が苦手とは聞いている。が、お前は後ろに守るべき者がいれば、斬れるだろう?」


これまでのレンドルフは、余程のことがない限り相手を無力化はするが自分から斬りに行くようなことはなるべく避けていた。全く経験がない訳ではないが、その際に毎回胸にのしかかるような重く黒い岩のような感覚が抜けなかった。しかし以前にユリを狙って襲撃して来た盗賊を斬るのに、驚く程躊躇いがなかったことに気付いた。むしろ直前で意識しなければそのまま容赦なく真っ二つにしてたところだった。そしてそれに気付いた後も、胸にのしかかるような感覚は覚えなかったのだ。

どうしてそのことをダンカンが知り得たのか分からないが、やはり王族に名を連ねるだけに彼は油断ならない相手だと実感した。


「繰り返すが、無理強いはしない。ただ第三(ウチ)の副団長は、とっとと領地で隠居したいと口癖のように言うやつなので、お前が来たら大喜びで迎えるだろうな」

「その…お気持ちだけ、ありがたくいただきます」

「ああ。()()それでいい」


騎士服を丁寧に袋に戻しながら、この場ではありがたく受け取るも、後はクローゼットの奥にしまって見なかったことにしようと必死に自分に言い聞かせた。その為「今は」とダンカンが言った瞬間、ここ最近では最高に悪い顔をしていたことにレンドルフは気が付かなったのだった。



ひとまず最後に大きな爆弾を渡されたものの、レンドルフはひっそりと暮らしていた王城の部屋を後にして、神殿経由で無事に自分の寮の部屋に戻ったのは夕刻の頃だった。



またしてもレンドルフの全裸が続いた!(笑)

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