【一周年記念番外編】もどかしい二人(前編)
いつもありがとうございます!
この物語を書き始めてちょうど一年になりました。こうして続けられたのも読んでくださる皆様がいてくれたからだと思っています。
今回は記念の番外編。久しぶりの人達も出て来ます。時間軸としては本編よりも少し先、年末年始記念に書いた「【番外編】桃色ウサギと金の花」の少し後くらいです。
前後編同時更新です。ご注意ください。
「ねえねえ、ミキタさん、クリューさん、このクッションの使い心地の感想を教えてください!」
冒険者パーティ「赤い疾風」は、北の森から今度は南方にあるダンジョンを目指すために王都を通過するので、少しだけ休暇がてらエイスの街に滞在していた。
ちょうどこの時期は王都の建国祭に当たるので、中心街は非常に盛り上がっている。そこから少し外れてはいるが王都内のエイスの街もその客を見越して出店などが並びいつもよりも賑やかさを増す。とは言っても、このエイスの街は酒場が多いので、本格的に賑わうのは夜からだ。ランチタイムの過ぎたミキタの店は、いつもと変わらず客足が途絶えてゆったりとしていた。残っているのはクリューだけで、旧知のミキタにちょっとしたツマミなどを作ってもらって軽めのカクテルを昼間から楽しんでいた。
そこに、両手に大きな紙袋を掲げたユリがやって来て、いきなりそんなことを言い出したのだった。
「何だい?随分派手なクッションだねえ」
「これ、枕にしたらすごい夢を見そう」
ユリが紙袋から取り出したのは、やたらと派手な色をした小さめの枕くらいの大きさのクッションだった。目に痛い程の蛍光グリーンや、発光しているような真っ黄色、人食い花でもイメージしているのか血のような真紅の柄が無作為に散りばめられている。
「これは仮の布だから!感触を体感して欲しいんです」
カウンターの上にポスリと置かれた派手な塊に、ミキタとクリューは顔を見合わせたが、他ならぬユリの頼みであるので互いにそっと手に取った。
「っ!」
「こいつは…」
手にした瞬間、二人の顔が変わった。そして色合いから少々引いていたとは思えない程、二人ともほぼ同時に豪快にクッションに顔を埋めた。
「これ、気持ちいい〜」
「こいつは吸い込まれるようだね」
色はともかく、触れた瞬間手に吸い付くような感覚の布地に、中身は何を使用しているのかは分からないがゆっくりと押し付けた顔の形に沈んで行く程良い弾力と固さに、二人はあっという間に蕩けるような顔になっていた。沈めた顔を引き剥がすと、ゆっくりと戻って元の形に戻る。柔らかすぎず、かといって固すぎず、何度でも押して感触を確かめたくなるようなクセになる感覚だ。
「じゃあ、次はこっちをお願いします」
二人を一瞬にして虜状態にしたのをまるで分かっていたかのようにユリはニヤリと笑って、別の紙袋からまたしても南国の鳥のような派手な塊を取り出した。今度は二人とも躊躇せずにすぐに手に取った。
「ほう…」
「こっちもいいわね〜。馬車に乗ってる時に欲しいわ〜」
後から渡した方は、最初のものよりもクッションが固めだ。少し力を入れるとゆっくりと沈むが、完全に沈み切らない。試しにミキタは軽く拳を握って、ボスン、と殴りつけていた。少々強めに力を込めたのだが、クッションを置いたカウンターには一切衝撃が伝わっていないようだった。カウンターの上に置いてある皿やグラスはカタリとも音を立てなかった。
「こっちもいいね。衝撃吸収が抜群だ」
「ちょっとミキティ、何に使う気よ」
どちらのクッションも反応が良く、ユリは少々得意気に頬を紅潮させた。
「ねえユリちゃん、このクッション欲しいんだけど販売してる?」
「まだ生地のデザインを開発中なんですよ。でもクリューさんならお試しで持って行っていいですよ」
「ホント!?やったあ。最近馬車移動が長くなると腰がきつくって」
「あたしもいいのかい?」
「勿論です!他にもこれを使ったいい案があれば教えてください」
ユリはニコニコとしながら自慢げに色々なサイズのクッションを並べてみせた。形も丸いものから細長いものもある。どれもこれも目が痛くなるような極彩色なのを我慢すれば、なかなかに使い勝手が良さそうなものばかりだった。
「これは、固さは二種類なんですけど、大きさとか形とかは色々展開出来そうだって」
「これはアスクレティ家で販売するのかい?」
「生地はビーシス商会のものなので、専属契約するかいっそクッション部門を共同で立ち上げるか話を詰めてるところです」
「これは売れそうだね。…もうちょっと地味だと尚いいが」
「これは売れ残った在庫を試作品として使わせてもらってるんですよ。だから色はすごいですけど、ここまで手触りと伸縮性の良い素材は他にないですから。一応正式に販売する頃には、無地とか地味な染色をしてもらうつもりなんですけど…でも前ビーシス伯爵様は、最初は派手なのを売った方がいいって言ってるんですよね…」
前伯爵家当主だったアリア・ビーシスは、夫亡き後に小さな娘を抱えて商会を立ち上げ、女性用の服飾を中心に特殊な生地と染色を最大の武器にのし上がった女傑だ。今の母親世代に一世を風靡した流行を作り上げたが、その分今は少々時代遅れとオベリス王国内では若い世代にはあまり受けていない。しかしアリアの審美眼は天性のもので他の追随を許さず、独特の感性で根強いファンも多く異国での評価は高い。商会長を引退した今は、特別顧問としてあちこちの国を飛び回っているそうだ。商会は娘に跡を譲り、優秀な婿と共に伸縮性のある生地を生かして騎士服や防具などに手を広げてから国内でも安定した売上げを出していた。
ユリが持参したクッション生地には、売れ残って倉庫で眠っている異様な存在感を発揮していた素材を使わせてもらっていた。
「前伯爵って変わり者で有名だけど、鼻が利くんだろ?」
「そうなんです。あの感性だけは何度お会いしても理解出来ないですが、助言を貰うとたちまち見違えるんですよねえ」
ユリがこのクッションを作ろうと思ったのは、ビーシス家の婿のテンマが、欠損してしまった自分の肩回りの保護の為に防具の裏側に付けていたものがヒントだった。それは伸縮性のあるビーシス商会の生地を何重にも貼り付けたものだったのだ。見せてもらったものはそれも必要以上に派手だったが、衝撃の吸収性や形に合わせて自在に変化する伸縮性に富んだ生地の使い勝手は良さそうだと思ったのだ。
「これはユリちゃんが考えたの〜?」
「私は『こういうのが欲しい!』って口を出しただけです。そうしたら色々とおじい様が職人を手配してくれて。小さくすれば義肢の接触部分の保護にも使えるって」
「さすが御前だねえ」
二人とも余程感触が癖になっているのか、話ながらもずっと手元でクッションを揉んでいる。ユリも試作品をもらった時に同じことをしていたので気持ちは分かる。この伸びて吸い付くような滑らかな生地と、程良い固さのクッションが堪らないのだ。
「私の希望は固い方だったんですけど、ちょっと柔らかい方もいい感触だったのでどっちも商品化出来るんじゃないかと思って」
「どっちも良いわあ〜ありがとう〜ユリちゃん」
クリューは余程気に入ったのか、固さの違うクッションに顔を挟み込むようにして完全にカウンターの上に突っ伏している。
「ユリちゃんはこっちの方が欲しかったのかい?」
「そうなんです!レンさんの胸筋みたいな良い固さのクッションが欲しくて!」
「ゴフッ…!」
クッションに顔を当てていたクリューが思わず噎せた。しかしユリはどうしたのかと思って「大丈夫ですか?」と心配げに首を傾げていたのだった。
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「そう言えばミス兄達はどうしたんですか?ここに来れば会えると思ったのに」
「あいつらはちょっと懐があったかいらしくて、祭に繰り出したよ。今頃屋台の食べ歩きでもしてるだろうさ。バートンは昔馴染みの解体屋に特殊なヤツの解体を覚えたいとかで習いに行ったよ」
「すごいですね、バートンさん。ホントは今日は休暇なんですよね?」
「すました顔しているけどああ見えて負けず嫌いだもの。この前捕まえた魔魚が捌けなくて、買い取り価格がすごく低くてね〜。捕まえたその場で締めると倍以上の金額になるらしくて。それが悔しかったみたいよ〜」
ここに来る前に依頼を受けた魔魚の駆除は、かなりの数を捕らえたにも関わらず、一日分の食費程度にしかならなかった、とクリューは身振り手振りで面白くユリに聞かせてくれた。クリューは比較的珍しい雷属性の魔法士なので、水場では無敵を誇る。しかもその時の依頼は、養殖池に棲み付いて他の魚を全て補食してしまった魔魚の殲滅だった。クリューは手加減無しに強力な上位の雷魔法を撃ち込んで、他のメンバーは浮いている魔魚を掬うだけと言う美味しい依頼だったのだ。しかしその魔魚も食用にはなるのだが腐りやすく、その場で締めないとどんどん味が落ちて最終的には肥料にしかならないそうだ。しかしメンバーの中で誰も正しい締め方が分からず、大漁ではあったがあまり儲けには繋がらなかったのだった。
「何かね〜細かい骨がビッシリあって、上手く締めないと時間が経つとすご〜く固くなって可食部が減るし、味は落ちるしで。やっぱり簡単な依頼は駄目ね〜」
「もしかしてハモニアですか?あれの扱いは熟練の職人でも難しいって聞きますけど」
「ああ、そうそう、そんな名前〜。でもバートンならどうにかするんじゃない?」
ハモニアは王都では獲れない魔魚なので、滅多に入荷しない。余程上手く締めておかないと送料の高いだけの肥料と化してしまう。しかしきちんと処理した新鮮なものは、どんなに遠い現地に赴いてでも食べたいと食通の間では有名だ。ユリは大公家の伝手で別邸で何度か食べたことがあったが、それでも多少味落ちを補う為に濃いめのソースが掛けられていた。現地では、あっさりと塩焼きで食べるのが主流らしい。
「上手く締められたら氷漬けにしてウチに送ってくれないかい?あれは熱を通すと骨が溶けるから揚げ物か濃い目のバターソテーにすると旨いんだよ」
「ええ〜あたしもミキティのソテー食べたい」
「じゃああんたも送ってもらいな」
「凍っちゃうじゃない」
ミキタの素気ない答えに、クリューはプッと頬を膨らませて口を尖らせた。しかし実際冒険者パーティとして各地を旅する彼女には、ソテーの為だけに戻って来るわけにはいかない。渋々「バートンに作ってもらうからいいか…」とブツクサ呟いていた。
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「おふくろっ!!」
しばらくすれば帰って来るだろうと、ユリも店で待つことにしてミキタに軽めのカクテルを作ってもらっている時に、血相を変えたミスキが飛び込んで来た。その後ろから弟のタイキも駆け込んで来るが、頭からシーツのような布を被っていた。
「何だい、急に」
「ちょっと、ちょっと、これ!」
見ると、ミスキは両手に何か布に包まれた塊を抱えている。
「いやー」
「!?」
「っかっわ…」
「ええっ!?」
ミスキが抱えた布がモゾリと動き、まるで息を継ぐようにピョコリと子供が布の間から顔を出した。二、三歳と言った年頃だろうか。着ているものは古着なのかやや大きめで、体に合ってはいない。丸くクリクリとした目に、上に向かってカーブを描く長い睫毛。ふっくらとした子供らしい柔らかな曲線の頬は、透けるように白く中心は健康的なピンク色が滲んでいる。布に包まれていたせいか、フワフワの髪は少々クシャリとなっていたが、それすらも愛らしい。ミスキが抱えていた見たことのない非常に可愛らしい幼児の姿に、それを目の当たりにした女性陣が全員声にならない悲鳴を上げた。
「どうしたんだい、この子。あんまり可愛いから攫って来たんじゃないだろうね」
「ないないない!絶対無い!」
ミキタの息子三人は、次男だけが堅実にパン屋を営んでいて、妻子もいる。長男と三男はそういった話はカケラも聞かない。一瞬、ミキタはそっちの趣味じゃないかと胡乱な目を向ける。個人の趣味にとやかく言うつもりはないが、未成年に手を出すとあっては教育的指導が必要だ。思わず拳を握りかけたミキタに、血相を変えてミスキが全力否定する。
「こいつはレンだって!うっかり誰かの目に付いたら本気で危ねーからミス兄が包んで連れて来たんだよ!」
「レンさん!?」
「この子が?」
布を被ったタイキが思わず、といった風に吠えた。その言葉に、ユリ達は目を見開いてその愛くるしさしかない子供を見つめた。栗色の髪にヘーゼル色の瞳は、確かに言われてみればレンドルフと同じものだ。
「小さすぎない?」
どう見ても通常サイズか、推定年齢よりも少しばかり小柄な部類に入る幼子を眺めて、クリューは首を傾げながら当たり前のことを呟いた。
魔魚ハモニアのイメージは、鱧とカスベの中間くらいの感じです。