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268.暗闇の再会

お読みいただきありがとうございます!


閑話含めトータル300話目になりました!もうすぐ書き始めて一年にもなります。


自分の為に自分の好きを詰め込んだ物語を、というスタンスではありますが、読んでくれる方、反応を下さる方、誤字脱字を教えてくれる方、多くの方の支えがあったからこそここまで続けられました。


まだまだこの物語は続きますが、ゆるりとお付き合いいただけましたら幸いです。


「時間だ」


数分前から睨むように懐中時計を眺めていたダンカンが、時間ぴったりになるのを待ち構えて立ち上がった。先程案内してくれた文官は知らせに来る様子はなかったので、宣言通りダンカンはネイサンのところに向かうようだ。レンドルフをエスコートして部屋を出ると、少し離れたところからあの文官が血相を変えて走って来るのが見えた。あの様子だとまだあちらの準備が整っていないようだが、それならばもう少し前に声を掛けに来ればそれで良かっただろうに、どうにも文官の体質なのか彼個人の性質なのかルーズなようだ。色々な案件を抱えていて人手が足りないのかもしれないが、少なくともダンカンは後回しにしていい相手ではないのは分かっている筈だ。レンドルフは職務は違えど高貴な身分の者に仕えて来た経験上、何か言い訳しようとしてダンカンに射殺されそうな程の視線を浴びせられて口をハクハクしているだけの彼にあまり同情する気にはなれなかった。

あの悪意だらけの部屋に通されたことも影響しているのかもしれない。



罪人が収監されている区域の入口に行き、既に連絡は行っていたのか警備の門番がすぐに扉を開ける。


そこは幾つかの建物があり、罪状や身分などによって入れられる場所が異なっている。ネイサンが居るのは、その中でも最も高い建物の中の最上階と聞いている。そこは身分が高い政治犯などが主に収監されているところで、外部からの浸入によって万一のことが起こらないように最も警備が固いとされている。逆に身分の低い重犯罪者は、出るのは難しいが潜入するのはそこまで難しくないので、よく()()()が起こる場所である。



----------------------------------------------------------------------------------



複雑な回廊を抜けて、幾つかの門番のいる扉を通過し、レンドルフはようやく貴人牢のある建物の入口に到着した。ここから先は侍女を連れて行くことは出来ない。


身体強化魔法を掛けて来ていたので以前よりは遥かに足の痛みは軽減されているが、それでも慣れない靴で長い移動距離はそれなりに影響があった。

階段を上がっている時に、本当に僅かな石段の高さの差に対応出来なくて、躓いてよろけてしまった。咄嗟に掴まっていたダンカンの腕から手を放して壁に手を付いたのだが、一瞬だけ壁の感触がしたかと思うと、支えが消えてあっと思った時にはそのままレンドルフの体は真横に倒れてしまった。


()…」


強かに石畳に体を打ち付けたが、反射的に受け身を取ったので軽い痛み程度で済んだ。足元がドレスのせいでもつれてしまったので随分と不格好な受け身だったろうが、怪我をするよりはマシである。手袋を外していたので少しだけ手を擦りむいたかもしれないが、余りにも暗くてよく分からない。


「ここは…?」


体を起こして周囲を見回したが、全く明かりの差さない場所に倒れていた。目を凝らしてしばらく動かずにいると、ほんの微かだが狭い通路のような場所だとぼんやりと分かった。先程までダンカンと階段を登っていたのだが、一瞬でよく分からない場所に出てしまった。手探りで壁に触れると、ヒヤリとした感触がある。


「確か罪人を収容する施設にする前は側妃の離宮…だったか…?そこの隠し通路か?」


レンドルフは記憶を引っ張り出して、この辺りはかつて多くの側妃や愛妾などを住まわせていた区域だと聞かされたことを思い出した。今はここまでの敷地が必要になるほどの妃は居ない。しかしそのままにしておくのも対外的に良くないとして、当時は男子禁制で妃達も出入りがままならなかったという監視、警備のしやすい環境を利用して、罪人の収監施設に変更していた。確かその提案は大臣達から猛反発を受けたが、国王が強く押し進めたと言われている。

近衛騎士だった頃に、万一の時の為に王族の居住区の隠し通路は把握していたが、そこ以外の地区は教えられていない。今も王城の全てを知っているとすれば、国王と王妃くらいだろうか。側妃と言っても王族に連なる者がかつて暮らしていたので、隠し通路くらいは存在しているだろう。ひょっとしたら、躓いて壁に触れた時に隠し通路に落ちてしまったのかもしれないと考えた。


昔は貴族の当主は多くの夫人や愛妾を囲うことが権力と財力の証とする風潮が強く、今の王城を拡張したのもその時代だ。今もそれなりに数名の夫人を抱えている貴族もいるが、未だに高位貴族の女性は絶対数が少ないため、あまりにも一人に集中し過ぎると無駄な恨みを買うこともある。それを避ける為に、後継問題がない限りは正妻が高位貴族出身だった場合は第二夫人以降は下位貴族や異国の令嬢、裕福な商人の娘などを娶ることが多いと言われている。レンドルフとしては一人で十分だと思うのだが、貴族の血を残す政略とは無縁な立場なので、その辺りの感覚はよく分からない。



「進めばいいのか、それとも動かずに待つか…」


幾ら目を馴らしても、これ以上周囲を見ることは無理そうだった。辛うじて自分の目の前で手を動かすと、色の白いレンドルフの手がぼんやりと動くのが見えるくらいだ。起き上がった時に特に段差はなかったが、このまま平らな道が続いているかも分からない。いつもならば携帯用のランタンなどを入れたポーチを持ち歩いているが、今はドレスに着替えさせられてしまったので持って来ていない。万一に備えて折りたたみのナイフと回復薬をスカートの裏側に仕込んではあるが、今の状況では役に立ちそうにない。


(僅かに風を感じるな…匂いも揮発性や引火するようなものはなさそうだ)


少し強めに身体強化で嗅覚を上げて、周囲の匂いを確認する。おそらく隠し通路ならばどこかに繋がっているので、レンドルフの火魔法で周囲を照らせば視界の確保は出来る。しかし燃やすものはなさそうなので、火力を調整しなければ自分が危険になってしまう。


レンドルフは少しだけ周囲を照らせるくらいに魔力を極力絞るように集中して、軽く目を閉じて何度か深く呼吸をする。火魔法の調整はあまり上手くない自覚があるので、手の上に溜まって行く魔力を細く細く放出するようにイメージを繰り返す。



「レンさん?」


今まさにレンドルフが火魔法を発動しようとした刹那、レンドルフは幻覚を聞いたのかと思った。集中していた魔力が手の上から発動しないまま霧散する。


手紙のやり取りで互いの無事は知っていたけれど、あのサマル家別邸で別れてから一度も顔を見ることの出来なかった、レンドルフの一番会いたかった相手の声。その耳に心地が良い声と同時に、フワリと慣れた香りが鼻をくすぐった。


「え…!?」


レンドルフが確認しようと問いかける前に、胸の辺りに柔らかい感触が飛び込んで来た。


「え…ええ!?」


レンドルフは、ユリに抱きつかれている、と認識すると同時に、何故こんなところで再会したのか、それ以前に暗過ぎて顔も見えないのに何故自分のことが分かったのかと色々なことが頭の中に渦巻いて、言葉にならない声を上げることしか出来なかった。それに体が小さくなっている今のレンドルフの感覚では、元の体格でユリを抱きかかえたときの感覚と認識がズレているので余計に混乱に陥っていたのだ。いつもならば胸の下に来る彼女の頭頂部が顔の脇にあるのか頬の辺りをサラサラと髪がくすぐり、回されても辛うじて背中に届くくらいの小さな手は完全に真後ろに回っていた。


「ユ、リさん…?」

「ああ、やっぱりレンさんだ」


今はドレスを着ているとは言っても、中身はレンドルフなのには変わりがない。真っ暗な中でいきなりユリに抱きつかれて、しかも全く意識外なのか感極まった様子のユリにギュッと背中に手を回されているので、すっかり筋肉を脱いでいるレンドルフにはいつもよりダイレクトに柔らかく豊かな感触が胸を圧迫して来る。これはマズいとばかりに、レンドルフは思わずユリの手に添えかけていた自分の手を真っ直ぐ上に掲げた。暗さでうっかり妙なところに触れてしまってはいけない。


「ちょ、ちょっとだけ、離れてくれると…」

「レンさん?」


レンドルフとしては色々とよろしくない状況になるのは避けたいので何とかそう言ったのだが、ユリには拒絶されたと思われたのだろう。全く表情は見えないが、声だけでユリが眉を下げてションボリしたような顔になっているのが容易に想像が付いた。


「お嬢様!」

「その声はエマさん?」

「誰!?」

「レンさんよ、レンさん」

「はあぁぁぁっ!?」


レンドルフはもう一つの近寄って来た足音と声からユリの側にいる侍女のエマだと思って呼びかけると、当然と言えば当然な反応が返って来た。ユリが何も言わずに分かってくれたことは嬉しいが、これが普通の反応だよな…とレンドルフは妙なところで納得していたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



取り敢えずいきなり現れたどう見ても美少女なレンドルフに混乱しながらも、エマは抱きついているユリを容赦なくベリッと引き剥がした。その有能さは大変ありがたかった。


「ええと…こんなに暗いけど…ひょっとしてユリさんからは見えてる…?」


ようやく落ち着いたレンドルフは、一番肝心なことに気が付いた。レンドルフからすればほぼ自分の手も見えない程の暗闇だが、ユリもエマも普通にレンドルフの声を掛けて来ていた。


「うん。暗い中でも目が利く魔道具を」

「う…うわあああぁぁぁ!」


サラリと告げられた事実に、レンドルフは真っ赤な顔をして両手で顔を覆ってしまった。あまり顔を擦らないように、とダンカン付きの侍女から厳重注意を受けていたが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。こんな思いもよらなかった場所でユリと遭遇して抱きつかれたことですっかり頭から抜けていたが、今のレンドルフは完璧な女装状態なのだ。それを思い出して、レンドルフは少しでもユリの視線から逃れようと無駄な努力をしていた。


「ええと…レンさん、可愛いよ?」

「頼むから見ないでぇぇぇ」


ユリからはそんな風に身悶えているレンドルフも丸見えで、大変可愛らしかったので素直に励まそうとしたのだが、却って傷を抉ったようだ。隣に控えていたエマもあまりにもレンドルフが気の毒になって、次にユリが失言しかけたら不敬とか主従とか関係なく強引にユリの口を塞ごうと思っていた。



「な、何でユリさんはこんなところに?」


ひとまずこのままここにいるわけにはいかないので、レンドルフは様々な羞恥心を脇に押しやってユリに尋ねる。


「んと、ネイサン様にお届け物を」

「ネイサンに?じゃあ団長とネイサンのところに行く前にいたのって」

「多分、私」

「どうして…」

「アスクレティ大公閣下のご指示でございます」

「ちょ…エマ!?」

「ああ、ユリさんはあの共同研究施設の大事な職員だから、大公閣下が後ろ盾になったんだね」


レンドルフにはユリがアスクレティ大公の孫とは教えていないのでエマの言葉にユリは一瞬動揺したが、レンドルフは別の方向ですぐに納得したようだった。共同研究とは言ってもキュプレウス王国の所長は来ることはないので、実質副所長のレンザが最高責任者なのは共通認識として王城にいる者は大体知っている。


「ボルドー団長の面会に割り込める人物なんてそうそういないと思ってたけど、大公閣下なら分かるよ。団長経由だけど、あの塔の中には違法薬物が大量に保管されてたって聞いてるし、『医療の』大公家なら必ず関わるだろうし」

「う、うん」



アスクレティ大公家は、当主は国王と同等の権限を持つことを許されているのは建国王からの褒美だと言われる。建国王と初代大公とは親友で、対等であることを永劫確約する、と誓いを交わしたそうだ。初代アスクレティ大公はミズホ国で暮らしていた神獣とも崇められる程の力を有した獣人で、その番と呼ばれる妻は優秀な薬師だった。アスクレティ大公家はだからこそミズホ国との交易も、国内の薬草や回復薬製造なども一手に引き受けていたのだ。今は各領地に薬師ギルドを開設したおかげで役割分担が出来るようになり、国のどこに居ても一定水準以上の治療を受けられるようになったが、昔はアスクレティ領そのものが巨大な治癒院のような状況だったと伝えられている。



「でも、ユリさんは大丈夫だった?事件の直後は平気でも、後から冷静になって恐怖に囚われる人も少なくないから」

「大丈夫。お…た、大公閣下に、お返しをして決着をつけたいなら行っておいで、って言われて、自分から志願したの」

「大公閣下が…うん、ユリさんならのその権利はあるね。お返しは出来た?」

「…どうなんだろ。ホントは殴ってやろうかと思ったけど、何か、顔を見たら出来なくなっちゃった…」

「そっか…」


あんなに怖い目に巻き込まれてもお返しに殴ってやろうと思うのも、結局顔を見たら出来なかったのもどちらもユリらしいと思えてしまって、レンドルフは少しだけ笑ってしまった。


「じゃあ俺が代わりに殴っておこうか?」

「ふふ…多分レンさんも顔見たら出来ないと思うけど、出来そうならお願い」

「分かった」


そう言いながらも、レンドルフ自身も多分出来ないだろうと思っていた。きっとそれはユリも分かっている。ネイサンのしたことを許す気はないが、彼がそこまで追い詰められた事情を知ってしまうとそれはそれとして同情心を抱かずにはいられなかったのだ。



「あ!レンさんはこれから面会に行くのよね?すぐに向かわないと」

「そうなんだけど…どうやって行けば…と言うか、ここはどこ?」

「昔王族の離宮だった頃の隠し通路って聞いてるけど、許可を取れば魔道具を貸してもらえて使えるようになるよ」

「そうなんだ!初めて聞いた」

「え!?そ、そうなんだ。私は…ほ、ほら、大公閣下から誰にも見られない通路を使うように言われて」

「…それ、ひょっとして俺が聞いたらいけないヤツなんじゃ」

「…内密でオネガイシマス」


ユリがネイサンに届け物を渡す為にここに出向いたのは、先日レンザが来た時と同じように非公式だ。特にユリは王族の前では「死に戻り」の目立つ姿を晒さなくてはならない。その姿は、迷信だと言われても未だに多くの人に忌避され、揶揄されるものだ。そんな悪意の目からユリを隠す為にレンザは敢えて非公式で王族の同行をさせず、出入りも他の者から見えないような隠し通路を使わせたのだ。しかしこれは本当は使えることを言ってはならない。

レンドルフが察してくれたので、うっかり口にしてしまったユリが見えないとは分かっていてもペコリと頭を下げた。



----------------------------------------------------------------------------------



ひとまず道も分からなければ真っ暗で全く見えていないレンドルフは、この場でしばらく動かないでいてユリを送って行ったエマが引き返して来て案内してもらうことになった。魔道具を借りて入り組んだ通路を行くと、ちょうど貴人牢の建物の裏手に出た。途中かなり狭いところを通過したので、レンドルフは今の体型で助かったと安堵した。いざとなれば土魔法で壁を破壊して強引に出ることも出来るが、それはあくまでの最終手段だ、

ユリに今の姿を見られてしまったことへの羞恥もあるが、道案内をしてもらえて良かったとしみじみと思った。


「わたくし共の存在はどうぞご内密にお願いします」

「はい、勿論です。助かりました」


魔道具をエマに返し、レンドルフは丁寧に頭を下げた。そして彼女が去ってから、支え無しで歩き回る為に靴を脱いでいたので履きなおして、正面の入口に向かった。


そこには今までに見たことがない程顔色を悪くして焦った様子のダンカンがいて、レンドルフの姿を見るとちょっと引きたくなるようなものすごい形相と勢いで走って来たのだった。

思わず逃げ出したくなる気持ちをグッと抑えて「ご心配をおかけしました」と謝罪したのだが、ダンカンから地を這うような低い声で「後で覚えてろ」と囁かれてしまい、レンドルフは何となく解せない気持ちになったのだった。




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