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258.想定外に広まる誤解


「事のあらましは馬車の中で頼む。詳細は治療の後で構わないが、裏を取るのに時間が必要だからな」

「はい」


ダンカンはそう言って、美しい所作で優雅に足を組んだ。さすがに王族と言うべきか、この場所は入口のホールの隅に急遽設置された一角なのだが、彼がいるだけでどこかの邸宅の応接室のような雰囲気を醸し出している。この別邸にも高位の来客を迎える為の応接室はあるのだが、いくら位が高くても騎士団の団長がそんな場所で優雅にしている場合ではないとダンカンが断っていた。しかしすぐに移送の準備が済めばそのままでも構わなかったのだが、馬車の到着までしばらく掛かりそうだったので立たせたままにしておくわけにはいかないと気を遣った結果、一番近い使用人の控え室から質素なソファを借りて来ていたのだ。


使用人達は正面玄関から出す訳にはいかないので、裏手の使用人口に回されている。まずは女性の使用人達が騎士の案内で連れ出される。

ゾロゾロと歩いて行く中に最も背の小さい姿を人の間から僅かに確認して、レンドルフは視界の悪い中その背中を見送った。幸いにも顔を隠しているので、割とあからさまに見送っても外からは分からない。後はステノスに任せればきっと大丈夫だろう。


「あのメイド…」


不意にそんな呟きが聞こえて、レンドルフはギクリとその声をした方向へ顔を向ける。その声はレンドルフが座っている正面、ダンカンからのものだった。何か思案するような鋭い眼差しで、軽く口元に手を当てて使用人達の去った方向に目を向けていた。

女性使用人達は何人もいたし、必ずしもユリを見ているとは限らないのだが、レンドルフの動悸が少しばかり速くなる。


「団長…」

「ああ。では行こうか」

「は、はい」


準備が整ったのか騎士の一人がダンカンに声を掛けて来たので、彼はソファから立ち上がってレンドルフとネイサンを促した。ダンカンは特に手を貸す事はなかったが、ゆっくりとネイサンが立ち上がるまでその場に立ち止まっていた。

通常ならば、まだ確定はしていないにしろネイサンは罪人扱いになるので拘束されてもおかしくない。しかしダンカンをはじめ他の騎士達はネイサンに何かすることはなかった。見るからに重傷で、反抗の様子もないので免除されているのかもしれないが、それにしては自由にさせすぎな気はした。所属は違うレンドルフからみても少々疑問に思える対応だ。だが、ネイサンが手荒に扱われないのならそれに越したことはないので、黙ってダンカンについて行く事にした。



----------------------------------------------------------------------------------



使用人口とは違う裏口に案内されると、その正面には貴人用の馬車が停まっていた。ダンカンは馭者に扉を開けさせて、ネイサンとレンドルフに乗るように促す。


「私が同乗するので少々狭く感じるかもしれませんが、騎士の同行は規則ですのでご令嬢にはしばし我慢を強いてしまうことをお許し願えますか」

「え…あの…」

「もし騎士に抵抗があるようでしたら、先程のメイドの中から一人同行を許可しますよ。そうですね、()()()()なメイドならそう狭くは感じないでしょう」

「い、いえ!問題ありません!」


あの使用人の中で一番小柄なのはユリだ。この馬車に同乗させられては、どこかでユリがこっそり抜けることが出来なくなってしまう。レンドルフは慌てて首を横に振った。

あの時にダンカンがメイドを凝視していたのは同行者を選別していたのが理由だったのかとも思ったが、レンドルフはすぐにおかしなことに気付く。この貴人用の馬車にダンカンや保護された令嬢が乗るのはともかく、何の拘束もされないままネイサンが乗せられるのは奇妙な気がしたのだ。むしろこちらには令嬢と女性の警邏隊員を乗せ、ネイサンとダンカンを別の馬車に乗せるのが普通ではないだろうか。

ダンカンは時として任務の為に清濁合わせ呑むことはあっても、非人道的なことには手を出さない人物であると聞いていた。しかしこのまま言う通りに馬車に乗り込んでいいのかレンドルフは躊躇った。隣で支えているネイサンもやはり同じように足を止めていた。



「お、おい!?」


一瞬だけ深く思考に沈んでいたのと、布を被っていて視界も悪かったこともあって、レンドルフは誰かが近付いて来るのに気付くのが遅れた。慌てたような馭者の声と同時に、被った布の裾の辺りに何か影が見えたと思った瞬間、バサリと布が外された。既に辺りは夕刻が過ぎて暗くなりかけていたが、馬車に乗り込む為に周辺には灯りが点されていたので、人の顔を見るには十分な光量だった。


レンドルフがあっと思った時には既に遅く、顔を隠す為に被っていた布は外されていた。



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馬車の周囲には、勝手に入り込んだのか数名の記者らしき男達が潜んでいた。その中には写真を撮る為の魔道具を手にした者も複数いた。


「貴様ら…!」


誘拐された被害者、それも年若い令嬢の顔を暴くなどあってはならない事態に、馬車の傍にいたダンカンが一瞬で殺気を膨らませて腰の剣に手を掛けた。が、その姿を現した人物の美しさに、その場にいた全員がポカンとした顔のまま固まってしまっていたので、ダンカンも鞘から半分程抜いた状態で動きを止めた。


布の下から現れたのは、柔らかな黒髪に翡翠のような緑の瞳、抜けるような白い肌の可憐な少女だった。その整った顔の左側に目元から頬に掛けて赤い傷跡が付いていたが、それがなければ女神か精霊なのではないかと思う程だ。驚いたように僅かに開かれた唇は紅も引いてなさそうなのに赤く艶やかで、妙な色香を放っている。明らかにサイズの合っていない男物のシャツを身に纏っているせいか胸元が大きく開いて華奢な頚と鎖骨が丸見えになっていて、決して肉付きが良い訳ではない薄い体付きなのに見ている側に背徳的な情欲の感情を呼び起こさせた。


「見るな」


一番先に動いたのは、隣に寄り添うように立っていたネイサンだった。布を記者の一人に奪われてしまったので、露になったレンドルフの顔を隠すように残っている片腕を頭に回して胸の中に抱え込むようにして視界から隠す。そして低い声で威嚇するように周囲を睨みつけた。


「こちらへ」


次に我に返った馭者が慌ててネイサン達を誘導して、半ば押し込むように馬車の中に避難させた。周囲を取り囲む記者達は、ネイサンが抱きかかえて守った人物の隠し切れていなかった耳が真っ赤に染まっていて、その胸の中で小刻みに震えていたのをしっかりと目撃していた。


「撮影の許可を出した覚えがないが?」


すっかり毒気を抜かれたようにその場で立ち尽くしていた記者達に、ダンカンが冴え冴えと冷たい笑みを浮かべながら問いかける。夏の気候なのに凍えそうに冷たい殺気に、彼らは自身のしでかしたことに気付いて一気に血の気が引いた。この直前までは、真実を知らしめることが報道の義務だという熱に冒されたような正義感に突き動かされていたが、少し頭が冷えれば自分達がとんでもないことをしでかしたという自覚が芽生えた。


「その撮影の魔道具は壊さずにいてやるが、扱い次第によっては…覚悟しておくように」


この場にいた記者達は背の高いダンカンに見下ろされるようになり、まさに魔王に対峙しているような心地になっていた。布を奪った記者は、それを取り上げられて魔王の波動を誰よりも近くで浴びてしまい腰が抜けたように座り込んでしまった。


「行くぞ」

「は、はい!」


ダンカンが馬車に乗り込むと、馭者が慌てて出発させる。後に残された記者達は、気が抜けたように大きく息を吐いた。この場では命拾いしたと思った彼らではあったが、後で厳しいペナルティを科せられることになって泣くことになるのは、そう遠いことではなかったのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



「俺を殺す気か!」


馬車の扉が記者からの目を遮る為に一旦閉められた瞬間、レンドルフは真っ赤な顔をして容赦なくネイサンの体を押し退けた。


「ぐ…す、すまん…というか、ちょっとは手加減しろよ」

「命の危機だ。それにこのくらいではお前は死なないだろう」


ネイサンも怪我を完治させている訳ではないので、レンドルフが身体強化を掛けて思い切り突き放したのでさすがに堪えたようだ。胸を押さえて苦い顔をしていた。


先程顔を晒されてしまったレンドルフをフォローしようと咄嗟にネイサンが抱きかかえたのだが、相手がレンドルフだったので手加減無しに自分の胸に押し付けてしまっていた。そのせいでレンドルフは息が出来なくてもがいていたのだ。辛うじて記者達の目があるのでその場で突き飛ばしはしなかったが、痛いわ苦しいわで酷い目に遭ったので、多少の意趣返しもあった。


記者達の目にはそのネイサンの行動とレンドルフの反応が、姫を守る騎士と怯えながらも可憐に頬を染めるか弱き姫君のように映っていた。そしてその時の行動が後に、悪意から女性を守る騎士の鑑としてネイサンが賞賛されることになるのだが、この時は全く互いに自覚はなかったのだった。



ダンカンが乗り込んで来て二人の正面に座ると、すぐに馬車が走り出した。貴人用の馬車なので揺れは少なく、怪我をしているレンドルフとネイサンには非常にありがたかった。


「こちらを」

「ありがとうございます」


ダンカンがすぐに回収して来た布をレンドルフに差し出してくれたので、レンドルフは礼を言って手元で軽く畳むと膝の上に乗せた。てっきり顔の傷を隠す為に使うと思っていたダンカンは、あっさりと畳んでしまったので少々片眉を上げて怪訝な顔になった。


「その…違っていたら申し訳ないが、ご令嬢とはどこかで会ってはいないだろうか?」

「あ…それは…」

「私は一度会った人間のことは忘れないという特技があってな。動きや歩き方、僅かな癖などで見分けるのでどんなに変装をしても分かる…と思っていたのだが」


真っ直ぐに見つめて来るダンカンの視線を受け止めかねて、一瞬レンドルフは隣のネイサンに視線を送った。ここまで来たらもう正体を明かすしかないだろうと目線だけで知らせる。ネイサンも軽く頷いて寄越したので、レンドルフは再びダンカンに真っ直ぐ向き直った。


「私は令嬢ではございません。騎士団に所属する騎士を務めております」

「なるほど…しかし貴女のような女性騎士はいたかな…」

「いえ、あの…第四騎士団所属の、レンドルフ・クロヴァスです」


レンドルフもさすがに今の自分をすぐに分かってもらえるとは思えなかったし、成長後の姿しか知られていない相手にこの貧弱な姿を見せるのは少々恥ずかしく感じていた。その為、名乗る時に少しだけ頬を赤らめる状態になってしまい、ますますいつものレンドルフから遠ざかっていることに当人の自覚は一切ない。


「は…!?」


レンドルフが名乗ってからたっぷり10秒以上はダンカンは固まっていたが、ようやく声を出したと思ったらこれが第一声だったのは仕方のないことだろう。



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「こいつは…」


罰せられるのを覚悟で無許可で侯爵邸の敷地まで潜入して、その場で斬られることも想定しながら命懸けでその姿を収めて来た誘拐された令嬢の顔写真を大急ぎで現像させて、彼は急いで新聞社に舞い戻った。明日の朝刊に間に合わせる為に大至急内容を差し替えなくてはならないからだ。

彼は興奮気味にまだ残っていた編集長に写真を差し出した。タイミングを計り切れなかったので多少ブレているが、それでも令嬢の美しい顔と酷い傷跡はハッキリと映っている。これを世間に公表すれば、高位貴族の惨い遣り口に世間の注目と批判が集まる筈だ。彼の所属している新聞社は反体制派であるので、王族や高位貴族にどれだけ傲慢であるかを世に知らしめることが正義だと謳っているのだ。その為、高位貴族の婿の放蕩とそれを金で黙殺していた婚家の闇を暴き出し、その犠牲者を守る為に世論を味方に付けることこそ使命だと信じていた。

しかも相手は驚く程美しい令嬢だった。これが公表されれば、世間の注目を浴びることは間違いないだろう。


しかし彼の興奮とは正反対に、写真を受け取った編集長は妙に渋い顔をして引き出しを探り出した。彼としてはすぐにでも印刷を差し替えて徹夜で刷り直しをしなければ間に合わないのに、と焦燥を隠していない態度で苛々と爪先で床を叩いていた。


「こいつは、ボツだな」

「なっ…!?何故ですか!相手の家が五英雄の一つだからって、日和見するつもりですか!?」


苛立ちをそのまま叩き付けるように激昂した彼に、まるで効いていないかのような平然とした様子でポイ、と写真を机の上に投げ出した。


「こいつは、誘拐ですらない。この写真を公表したところで、お前の言う『正義』とやらはないんだよ」

「ど、どういうことですか!?」

「どうもこうも、この女性は、()()()()()だからだ」



サマル侯爵家の唯一の後継である一人娘は、幼い頃に事故で顔に傷が残ってしまい社交には一切参加せずに領地で後継教育を受けているという話は割と知られている。本来ならば成人の折りに国王主催の夜会に参加して初めて社交界で認められるようになるのだが、様々な事情で参加が難しい者は書面で済まされる。やはり女性の顔に傷があると言うのは嫌でも注目をされるだろうと王家でも彼女を慮り、領地から出ないまま書面で成人を認められていた。

その為彼女の顔を直接知る者は極めて限られているが、それでも全くの引きこもりでない限り容姿の噂は流れて来る。その噂では、彼女は黒に近い焦げ茶色の髪に緑の瞳で、顔の左側、目元に掛けて傷が残っているという話は王都にも伝わっているのだ。

この新聞社は貴族の醜聞などを取り上げるゴシップ紙に近い為、いつでもあらゆる情報を掴めるように編集長は貴族の情報をあちこちから買っている。当然、社交は一切しないが見事な手腕で領地経営を担っている次期女侯爵についても調べてあるのだ。


「し、しかし姿絵は出回っていないのだし…」

「これだけ条件の合った女性が他にいるか?それともこの傷は見せかけだとでも言うのか」

「いいえ…あれは、本物の傷のようでした…」

「だろう?もしこいつを掲載すれば、王家も配慮した傷持ちの女侯爵の素顔を暴いたってことになる。そりゃあこんだけの美貌だ。話題にはなるだろうよ。しかしそこにお前の言う正義とやらはあるのか?」

「ですが、あの令嬢はまだ少女のように若く…」

「庇護欲をそそる可憐な令嬢と思わせて、中身は頭の回転が速く癖のある代官とも真っ向に意見をぶつける女傑。それが領民の評価らしい。顔立ちはいつまでも少女のような童顔、だとさ」


尚も言い募る彼に、編集長は呆れたように手元に開いていた書類束を放り出した。まだ納得が行かない顔のまま、彼はどこかに間違いはないかと何度も書類を捲った。だが、絶対に写真の女性が次期女侯爵であるとは言えないが、否定する材料もないことに打ちのめされるだけだった。


「これは…娘婿ですか…?」

「ああ、こいつは王城騎士団所属だから、姿絵を手に入れるのは簡単だったからな」

「そう…ですか」


書類の間に挟まっていた、短い黒髪に青い瞳のいかにも騎士然とした男性の姿絵を見付けて、彼はあの女性の隣に寄り添っていた男だと気が付いた。放蕩の挙句、無理矢理令嬢を攫った男が、あんな風に妻に寄り添うものだろうか、と彼の中に疑問が生じる。しかも顔を晒された瞬間、真っ先に彼女を庇うように抱き寄せていたのを目の前で見ていたのだ。あの行動に、放蕩と浮気を繰り返している男の印象は一切見当たらなかった。


「分かりました。この写真は表には出しません」

「それは賢明だな」

「その代わり、この案件をしばらく俺に追わせてください」

「まあ、消されない程度にやってみろ」

「ありがとうございます!」


彼は気持ちを切り替えて、編集長に向かって深々と頭を下げた。


その後、彼らはこの時の判断が本当に賢明であったと身に染みて知ることになる。


特にどこの新聞社か名乗っていなかった筈なのに、あの場に居合わせた記者と所属している新聞社、雑誌社の人間が全て王城への登城を禁止されたのだ。王城では真っ先に重要な法改正や外交の予定などが公表される。そして広報部と呼ばれる部署がそこから必要な情報を各地へ回すのだ。それはどうしても情報が回るのに時間が掛かってしまう為、ある程度主観が混じっても素早く市井に情報が回るようにその公表の場に許可を受けた記者も参加可能になっていた。しかし王城に入れなければ場にいられず、鮮度の高い情報を得られない。それは情報を扱う立場の者には死活問題だ。別の業者に頼み込んで安くない金銭を支払って潜入を試みるも、王城の警護をかいくぐることは出来ずに、追い返されて終わっていた。


そのように幾つか出禁になった者達がいたのだが、その扱いと期間に大きな差があった。その場にはいたが、写真の掲載もしなければ記事にもしなかった新聞社などは三ヶ月程度で解除された。しかし記事にした会社は多少の差はあれど一年近く登城を許されなかった。そして写真まで掲載した雑誌社は、出禁を解除されないまま半年程で潰れた。


約三ヶ月、地を這うような売上げに編集長の髪の毛が半減してしまったが、その程度で済んで良かったのだと彼は後によく効くという育毛剤を差し入れながらしみじみと思ったのだった。



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レンドルフの写真が新聞社で思惑外で誤解されていたように、全く別の場所でも誤解をしている人々がいた。


「なあ、これ、入学したてのレンドルフに似てねえ?」

「うわ、本当だ!髪と目の色が違うけど、そっくりだな。え、誰の写真だよ、これ」

「ええと…何か、誘拐に巻き込まれた令嬢って書いてあるな」

「うえー…それはいくらなんでもやり過ぎじゃねえ?引くわー」


数日後、急遽特集を組まれて発売された雑誌を購入して来たのは、王城騎士団に所属する騎士だった。彼はレンドルフと同級であった。昼休みにたまたま立ち寄った書店で掲載された写真を見て、あまりにも見覚えのある顔が載っていたので中身もよく見ないで購入して来たのだった。

そしてそれを見せられて、あまりにも悪趣味な内容に顔を顰めたのも、レンドルフと同級だった騎士だ。


「あれ?この隣にいるの、ネイサンじゃないか?」

「ああ…ぼやけてるけど、そうだな」

「え?誘拐犯?嘘だろ」

「誘拐犯を捕らえた方じゃないのか?あのネイサンだろ?」


雑誌の紙面には、傷のある側をこちらに向けている美しい女性の顔が見開きで載っていたが、別のページには隣にいた男が怒りをあらわにした表情をこちらに向けて、女性を抱きかかえて庇っているような様子がコマ撮りのように数枚続いていた。


「…なあ、これ、ひょっとして夫人じゃないのかな」

「うん…俺もそう思う」


最近はすっかり無くなってしまったが、一目惚れをしたらしい婚約したてから婚姻当初に掛けては嫌でもネイサンの惚気を聞かされて来ていた。その為、彼らは本人も姿絵も見たことはなかったが、ネイサンの妻の容姿や性格、趣味や癖、好き嫌いなどについては夫目線でよく知っているのだ。ネイサンは妻の顔に残る傷のことも、「花が咲いたような」「精霊と人間を見分ける為に必要なもの」と表していた程の溺愛ぶりだった。


「…似てるな、レンドルフに」

「可愛かった頃のレンドルフにな」


彼らはしばらく写真が掲載されているページを何度も見返して、どちらともなくポツリと呟く。


「あいつら、仲良かったよな」

「うん…」



当人達の預かり知らぬところで盛大な誤解があちこちで発生していたのだが、幸いにもそれらはレンドルフとネイサンの耳には届かなかったので、全く気付かないままだった。


「まあでも、今は夫人を溺愛してるならそれでいいよな」

「そうだな。あの時の美少女(レンドルフ)はもうどこにもいないからな」


彼らは少しだけ遠い目をして、パタリと雑誌を閉じた。そしてそれ以上は開くこともなく、廃品回収用のボックスにそっと入れたのだった。



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