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257.絡み合う思惑と混迷する真実


「お初にお目にかかります。エイスの駐屯部隊部隊長を拝命しておりますステノス・エニシダと申します」

「王城騎士団第三騎士団のダンカン・ボルドーだ」


サマル侯爵家別邸の正面門でダンカンを出迎えたステノスは、平民が頑張って貴族に礼を尽くしています、といった風情で頭を下げた。ステノスも元は異国とは言え高官に長年仕えていたし、こちらの国に来て貴族と関わることも多かったのでやろうと思えばそれなりの所作も出来るのだが、今回は出来る限り下手に出て丸く治める方向にしたので敢えてそうしていた。

ステノスは表向きは騎士団の末端に当たる駐屯部隊に所属しているが、真の仕える相手はユリの祖父であるレンザ・アスクレティ大公だ。その主家から直行でユリの誘拐の一報と身柄の保護の命が飛ばされたのだ。事実確認をしつつ王城の騎士団、そして団長までに伝令が伝わるよりは遥かに速い。その為、サマル家へ事情聴取という名の制圧に彼らが到着した頃には全てステノスが率いる大公家の影達がそれを完了してしまっていたのだ。立場上駐屯部隊より上である騎士団の面子を潰さないように、空気を読めなかった脳筋な平民上がりとでも思ってもらった方がいいのだ。

それに、正門前には多くの記者が待ち構えていた。明らかに平民の騎士へ苦情を申し立てる騎士団長、という構図は避けてもらえる筈だという目論見もあった。


もう一つ、ステノスと対面したダンカンは非常に不機嫌そうな表情で、既に到着までに数人は道すがら屠って来たような目付きの悪さだった為に単純に怖かったのもあったのだった。



(にしても、記者の数が多いな。こりゃあどっかの貴族が絡んでるな)


誘拐事件などの細心の注意が必要な案件では大半の新聞社は報道規制を協定として結んでいる筈なのだが、その顔ぶれは小さなゴシップ紙を取り扱うような記者だけではなさそうな数だった。おそらく誘拐された令嬢の将来よりも、卑劣な誘拐犯への義憤と真実を明らかにする義務感を誰かに上手く煽られたのだろう。その中にはステノスも見知った別の貴族に仕えている「影」の顔も見える。向こうもステノスが大公家に仕えていることを知っているので、ほんの一瞬だけ目が合うとさり気なく後ろに下がって行った。ステノスが出て来たと言うことは、大公家の絡んだ案件である可能性が高いと判断して、手に負えないと降りたようだ。懸命な判断だと心の中で敬意を表する。


「既に別邸の制圧は完了していると報告を受けているが」

「完全かどうかは分かりませんが、邸内の使用人と護衛騎士は話を聞く為に集めております。その、目的が()()()でしたので、発見した時点である程度は終了しておりますので」

「その探し人と共に居た者の捕縛は」

()()済みです。かなり重傷ですので、応急処置を済ませてこれから治癒院へ運ぶところでした」


ステノスは、ユリやレンドルフからネイサンの目的をざっくりとは聞いていた。確かに誘拐の実行犯はネイサンではあったが、それを指示したのはサマル侯爵だ。それも協力するように見せかけて、事件が発覚するように動いていたと言う。ステノスの部下が把握した話では、サマル侯爵は婿のネイサンに娘とこれから産まれる子を盾に取られて誘拐を仕方なく黙認していた、という方向に持って行こうとしているらしい。

ネイサン当人から話を聞いてはいないが、主犯はサマル侯爵だと説明してくれたのは誘拐された被害者当人なのだからそんな嘘を吐く必要性はない。それに仮に嘘を言っていたとしても、ユリはステノスが仕える主家の直系だ。信じないという選択肢はない。

このダンカンと直接会うのは初めてだったが、なかなかに食えない男と聞いている。それなりにサマル侯爵の裏を取らせているかもしれないが、どこまで知っているか分からない。ステノスは少々探るように、敢えてネイサンを犯人扱いではない言い方をした。


「その者は()()()の団員だろう。共に居た者と二人、確認次第こちらで身柄を引き受け王城所属の治癒しに預けるが、よろしいな」

「はっ」


このやり取りで、ステノスはこのダンカンはサマル侯爵の言い分を鵜呑みにしていないことを理解した。もしネイサンを誘拐犯の主犯だという方向に流れるならば、既にここに来る前に騎士団を解任されているだろうし、あからさまに記者が聞き耳を立てている場所で自分の部下だと明言はしないだろう。


(これならレンも大丈夫そうだな)


ステノスはこれならば身代わりのレンドルフを引き渡しても安全だと思い、表には出さないがホッと胸を撫で下ろしていた。


本来ならばあってはならないことだが、高位貴族の罪を被って平民や下位貴族などが捕らえられ、取調中に病死することがたまにある。更に被害者や証人なども、表沙汰になるのを避ける為に消される危険性もゼロではないのだ。勿論、ユリの身代わりを買って出たレンドルフにそんな危険な目に遭わせることがないように尽力はするが、相手が王族な上に切れ者の団長とあっては、敵に回った際に何が起きるか分からないという不安も多少あった。しかしダンカンを見る限り、秘密裏に行方不明にされるようなことはないとステノスは長年の経験から確信していた。もっとも、レンドルフが元の姿に戻ればあの儚く庇護欲をそそる謎の美少女は消えてなくなるのだが。



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ステノスに案内されてダンカンが屋敷の中に他の騎士も連れて入ると、屋敷の規模にしては少ない人数の使用人達が集められていた。護衛騎士は念の為武器は取り上げられて両手を拘束されていたが、メイドや従僕などは周囲にステノスの部下が張り付いている以外は自由にされているところを見ると、既に武器を隠していないかの身体検査は終えているのだろう。ダンカンはステノス達の手際の良さに少しだけ感心するとともに、期待していた荒事の気配が全くしないので大分ガッカリしていた。使用人達はどの程度知っているのかはこれから調書を取ることになるだろうが、表情を見たところよく分からず不安がっているだけのように思えた。


「赤子もいるのか」

「はい。父親が捕縛の際に負傷しまして。既に治癒院に運びましたので、今は子守りに慣れた者が面倒を見ております」

「他に怪我人は」

「護衛騎士が抵抗しましたので数名。いずれも軽傷でしたので治療済みです」

「そうか。ご苦労だったな」

「恐れ入ります」


ユリアーヌが産んだサマル家の血を引く赤子は、この場にいないアイルの子で通すことにした。アイルには伝えていないが、もし伝える前に話を聞いて否定されたところで、肌の色が似ていたので血縁かと思った、とひとまず現場が混乱していたせいにしてしてまおうと思っていた。ステノスとしては何ともこめかみの辺りがキュッとするような複雑な出自の赤子の話は、もっと上の当事者達に任せると決めていた。一介の雇われ隊長にはさすがに荷が重い。



「団長、馬車が到着しました」

「分かった」


制圧をして王城に移送するつもりでいたので、ダンカンは先に馬で先にここに乗り込んで来ていたのだ。しかし来てみればやることは全て終わっていたのであるが。仕方なくステノスから制圧の報告と、まだ探索していない遺跡の塔などの話を聞いていた。それからしばらくして、後発の馬車が到着した。


使用人達を男女別に移送する大型の馬車が四台と、この場にはそぐわないような妙に豪奢な馬車が一台、サマル家別邸の敷地内に入って行った。


邸内で移送の準備を整える為にダンカンが連れて来た騎士達を中心にステノスの部下達も忙しなく動いていると、奥から少しざわめいたような声が上がった。


「…!」


ダンカンが視線を向けると、奥から一目で重傷を負って満身創痍と分かる男が、隣に立つ誰かに支えられるようにしてゆっくりと姿を現したところだった。常に冷静に見えるように振る舞っているダンカンですら、思わず息を呑んで座っていたソファから腰を浮かせた。男は片足を引きずるようにして歩いていて、隣に寄り添う人物に肩を借りていた。


「ネイサン…」

「団長…申し訳ありません…」


ダンカンの側にゆっくりと歩み寄ったネイサンは、掠れた声で頭を下げた。本当はこの場で床に伏して叩頭したいくらいではあったが、他人の手を借りなければ立っているのも困難な為に仕方なく出来る限り首を下に向けるだけに留まった。


頭を項垂れたネイサンの姿を見て、さすがにダンカンもしばらく絶句していた。


サマル侯爵家側の言い分では、ネイサンは表向きは真面目な騎士だったが婚家では妻を蔑ろにした挙句放蕩三昧で、気に入った女性を何人も連れ込んでいた、ということだった。そして今回は、嫌がる令嬢を攫って来て監禁しようとした為に、止めようとした侯爵が重傷を負ったそうだ。しかしそんな凶悪な誘拐犯とは思えない程、目の前のネイサンは傷付き、憔悴し切っている。

何よりもダンカンが言葉を失ったのが、支えられている方とは反対側の彼の利き腕が、二の腕の半ば辺りから先が失われていたことだった。そして遠目には錆色のシャツだと思っていたものが、近くに来て普通の白シャツが全て染まる程の夥しい出血の跡なのだと理解した。今は応急処置がされて出血はしていないが、よく死ななかったものだと苦いものを飲んだような気持ちでダンカンは視線を落とす。


「その姿勢では辛かろう。座れ」

「ありがとう、ございます」


ネイサンは隣にいる人物に支えられながら、ゆっくりとソファに腰を降ろした。彼を支えている人物は、頭から顔を隠すように大きな布を被っていて姿は分からないが、体格からして細身の女性のようだ。布の間から補助の為に覗く肌の白さと、全く荒れていない華奢な手を見ればメイドなどの使用人ではないのはすぐに分かった。


「そちらのご婦人は」

「私が攫っ…」

「協力者です」


ダンカンの問いにネイサンが答えようとするのを割り込むように、布の向こうから可愛らしい声がした。ネイサンと並んでいるからか小柄に思えたが、実際近くで見るとその人物は平均的な成人女性か、少し小さいくらいの身長だった。その為ダンカンは成人済みの女性だと考えていたのだが、予想よりも幼い声色に一瞬面食らった。


「このような姿で失礼致します。その…傷がありますので、警邏隊の方がこのように…」

「承知致しました。ただ、事情聴取の為には後程確認をさせていただきます。勿論、貴女のことは外部に知られぬように手配致しますし、聴取には女性を担当させます」


ダンカンは、これまでとは打って変わった柔らかい口調でネイサンの隣の人物に語りかけた。元々自覚がある程目付きが悪いので、女性や子供には大抵怯えられる。そうなると色々と拗れて面倒なことになる場合も多いので、顔はどうにもならないので雰囲気だけでも優しい紳士の皮を被ることにしているのだ。相手の女性も、声はなかったが了承したことを示すようにペコリと頭を下げた。その際に胸元に流れる黒い色の髪をしっかりと確認していた。



正直なところ、顔や態度には全く出ないがダンカンはかなり困惑していたのだ。

当主側の言い分では、婿のネイサンが合意も無しに令嬢を攫って来たのでそれを咎めたところ、言い争いになって侯爵に怪我を負わせたという。ネイサンは今までも気に入った女性を連れ込んでは手荒く扱うことも多かったのだが、一応その女性達とは同意の上であったし、彼に一途に思いを寄せている娘の願いもあってこれまでは金銭で解決していた共犯状態であったそうだ。しかしさすがに嫌がる令嬢に手を出すのは看過出来ないと止めようとした結果、今回の傷害事件に至ったのだ、と。

そしてその攫われた令嬢の特徴は、黒かそれに近い濃い色の髪色で、緑の目をした小柄な体格、と聞き及んでいた。


小柄という情報は、側にネイサンがいたので相対的にそう見えただけの可能性もあるし、あくまでも情報提供者の主観だ。一応ネイサンの隣にいる人物は布を被ってはいるが細身で華奢なのははっきり分かるので、小柄の部類と言ってもいいだろう。日に焼けていない透き通るような白い肌、傷のない滑らかな手という僅かな情報ではあるが、おそらくそれなりに裕福な資産家か家格の貴族令嬢だろうと察しがつく。そしてそのような令嬢を誘拐すればさすがに侯爵も止めに入るだろうという予想と、先程見えた濃い色の髪など、総合的に判断するならばネイサンが誘拐した令嬢と一致する。

しかし誘拐されて来た令嬢が、まるでネイサンを補助するように寄り添っていることがどうにもおかしいのだ。普通ならば、目に入るところにいることすら拒否してもおかしくない。しかも当人が自ら「協力者」と告げている。


ダンカンはもう一つの密かに調べさせていた案件の方が真実に近いのではないかと、無意識に喉をゴクリと鳴らしていた。



彼が執務室で直前まで目を通していた報告書。

それはサマル侯爵家で密かに入手している違法薬物や危険生物の情報だった。「吸血茨」が使用された遺体が発見されてから、どうやら別件だと思っていた変死事件に同一人物が関わっている可能性が浮上した。確定しただけでもここ数年で五名の女性が、同一の体液を摂取したことが原因で魔力供給過多症で死亡していた。まだ結果は出ていないが、疑わしいと思われる案件を入れると倍以上になる。そこで吸血茨の流通経路を探らせていたところ、サマル侯爵家で密かに購入していたという事実が浮かび上がって来た。

勿論それだけで疑うことは出来ないが、吸血茨の種を入手したと思われる時期と、吸血茨を使用した痕跡のある変死体が発見された時期は非常に近いのだ。

そしてそれを調査する中で、まだ何の根拠もない噂レベルの話ではあるが、実は次々と女性を連れ込んでいるのはサマル侯爵で、婿のネイサンはその仲介ではないかという話もあった。これに関しては、確かに年齢は上だが客観的に見ればネイサンよりは義父の侯爵の方が女性受けはいい。わざわざネイサンを仲介しなくても、侯爵の後妻になりたいという令嬢は数多いる。そういったこともあって、ダンカンはただの噂に過ぎないと思っていた。

しかしその噂が本当であり、主犯と共犯が侯爵の言い分と違っているのなら、それこそ国内がひっくり返るような騒動になるだろう。



こうして誘拐した者とされた者が、互いに躊躇なく寄り添うように座っている状況を目の当たりにして、ダンカンは脳内のあらゆる可能性を引っ張り出して恐ろしい勢いで思案していたのだった。


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