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255.迎えと干しウメ


永遠に終わらないのではないかと思った階段を降りきって、レンドルフ達は先程入って来た場所に辿り着いていた。途中、怪我を治療して引き返して来たサマル侯爵と鉢合わせることも考えて用心はしていたが、どうにか最悪の事態にはならずに済んだ。


「これ…この石に触れさせればいいのかしら」


重厚な扉の前をユリが赤子を抱えて往復すると、扉の脇に通過する度に微かに光る石があった。赤子を近くに寄せると更に強く光る。この石にサマル家の血統の者が触れれば開く仕組みかもしれない。

レンドルフは階段に座らせるようにネイサンを下ろすと、扉の向こうからすぐに攻撃を仕掛けられないような位置に潜む。ユリとは目で合図をして、赤子の手をそっと石に触れさせてもらう。やはり読み通り、光る石に触れると扉が開くようだ。


ゆっくりと軋みながら扉が開く。


「…誰かいる」


この扉の外は、最初に塔に入って侯爵と顔を合わせたエントランスがある。あのまま事切れていたらアイルの遺体があるかもしれないが、それとは違う複数の人間の気配にレンドルフはユリを背に庇うように身構えた。


「誰だ。両手をあげてゆっくりと出て来い」

「この声…」


扉が半分開いた辺りで、向こうから声を掛けて来た。その覚えのある声に、ユリとレンドルフは顔を見合わせて微笑んでいた。


「ステノスさん!」

「だ、誰っ!?」


扉の隙間から、顔に大怪我をしている美少女が顔を出していきなり名前を呼ばれたので、ステノスは思わずひっくり返った声をあげて叫んだのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



「ネイサン様は中級一本と…」

「通常のは三本飲んでたよ」

「んー…ひとまず上級を半分飲ませて様子見しつつ、鑑定次第では追加お願いします。あ、その前に全員の毒物反応を診てください」


運んでいる途中に意識を失ったのか、もはや虫の息であったネイサンを最優先に治療に当たってもらった。色々と聞きたいことはあるだろうが、まずは人命救助が最優先だ。


この場では最も怪我人の対処の知識があるユリが指示を出す。ステノスを始めとして同行していた者達は、普段は警邏隊や自警団、駐屯部隊などに所属しているが、全員大公家の諜報員だったのでユリとは顔見知りだ。その中に、あまり得意ではないが鑑定魔法の使い手がいたので迷うことなく指名してすぐに確認してもらうよう頼んでいた。その様子を見てステノスはレンドルフに隠す気がないユリを内心ハラハラした思いで眺めていたが、レンドルフは全く気にしていないどころかユリを頼もしげに目元を緩めて見つめていたので敢えて考えないことにした。


それよりも、直接会っていないにしろユリの護衛でいつものレンドルフを知っている者達ばかりなので、本当にこの儚い美少女がレンドルフなのか全員がチラチラと見ていた。ステノスもその一人で、彼の本当の髪色を知っているのとユリの証言もあって辛うじてレンドルフだと飲み込んでいるが、何度見しても同一人物には思えない。むしろユリがレンドルフだと分かったことの方がそもそもおかしい気がしていた。


「本当に男だ…」


鑑定魔法で毒物を確認していた諜報員が、レンドルフのことを鑑定した後に当人に聞こえないように残念そうに声にせず呟いていた。しかしそうと分かっていても頬を染めてレンドルフを見ている者もいたので、筋肉を脱いだレンドルフはもしかしたら何やら色々と新たな沼に誘い込むセイレーンの一種なのかもしれない。


鑑定の結果、ムカデの毒に冒されていたのはネイサンで、ユリはごく微量が肌に触れただけだった。レンドルフは装身具のおかげで解毒されて毒物の反応はなかったので、すぐに外してもらってユリに装着してもらった。ユリは怪我も打ち身や擦り傷と軽傷だったので、通常の回復薬を飲んで回復も済んでいる。解毒もそこまで時間は掛からないだろう。


「石が体内に入ってるから、上級じゃなくて中級二本…今は体が小さいし一本半にして。一度治癒院で摘出してもらってから、改めて回復させましょう」


体に異物が入った状態のまま回復薬で傷を塞いでしまうと、後から再び摘出の為に切らなければならない。当人が痛みに耐えられない場合や、急いでその場から離脱することが必要な際などには一旦その状態で治し切ってしまうこともある。が、二度体に負担をかけるので場合によっては後遺症が大きくなるのであまり推奨されない。特にレンドルフは右腕だ。今後の為にも後遺症はあってはならないとユリは判断した。


「あの赤子もちっとばかし衰弱してたが、問題はねえそうだぜ」

「良かった…」


鑑定を終えて、一番命の危機だったのはネイサンで、それ以外は命に関わる状態ではなかったと聞いてユリが安堵の声を漏らした。

連れ出した赤子は、今は四人子供がいて自称子育て名人という中年男性が抱えている。自称と言う割に抱き方も慣れているし、彼に抱えられてから赤子はスヤスヤと眠りだしたので名人というのは伊達ではなさそうだった。


「ところであの子の父親か?ここに瀕死で倒れてたヤツがいたんだが」

「!どうなりました!?」

「神の国の門、半分くぐったところで引き戻せたさ。そいつが中から開けてくれなきゃ、俺達も此処には来られなかった」


胸を深く斬りつけられていたアイルは瀕死ではあったが、最後の力を振り絞ってこのエントランスに続く道を開いてくれたらしい。そうでなければ開けるのに時間が掛かってステノス達は別の場所にいたかもしれないので、すぐにレンドルフ達が治療を受けることはできなかっただろう。そうなればネイサンの命は確実になかった。

それにステノス達がここに待機していたので、一旦別の出入口から外に出たと思われるサマル侯爵も戻って来られなかったのかもしれない。


アイルは死の直前にステノス達に発見されて、すぐにその場で回復薬が与えられ、動かせる状態まで落ち着くのを待って治癒院に運ばせたそうだ。今頃は一番近い治癒院に担ぎ込まれて適切な治療を受けているということだった。まだよく事情を知らないステノスは、アイルと赤子の肌の色が同じ褐色だったので親子と思ったのだろう。


「しっかし、お前さん、本当によく育ったんだな」

「この感じですと10年くらいは戻った感じですね。多分一時的なものだと思うんですが」


全くの別人状態のレンドルフを見て、ステノスがしみじみと溜息を吐いた。

レンドルフが何故華奢な美少女時代にまで戻ってしまったのかは不明だが、おそらくあの繭状の魔道具に閉じ込められた影響だと思われた。今のところそれについては時間が戻った以外は体に異常は自覚されていないので、ここを出て神殿で調べてもらう必要があるだろう。

この状態が一過性のもので体が戻ればいいが、もし戻らなければまた一から体の鍛え直しだな、などとレンドルフはそこまで悲観せずにそんなことを考えていた。


「レンさん、少し火傷の跡が残っちゃったね」

「ああ、でもきちんと他を治療してもらったら改めて治してもらうから。この程度なら全部消えるよ」


顔に付けられた火傷は思いの外重かったようで、他の部分は白い肌に戻っていたが、目元から頬に掛けて赤い跡が残ってしまっていた。とは言え腫れも引いているので、片目の視界に問題はなくなっている。色々と怪我を体験して来ているレンドルフからすると、この程度なら完治すると感覚的に分かっているのでそう心配することはない。ただこの分だと眉も焼けてしまっているだろうから、きちんと生え揃えばいいのだが、と思ってはいた。


「ユリさんの顔に一時でも傷が付かなくて良かった」

「その代わりにレンさんが傷付いていいって訳じゃないから…」

「うん。心配かけてごめん」


レンドルフは眉を下げて、肩の辺りまで短くなってしまったユリの髪に指先だけ触れる。レンドルフの隣に座っているだけなのだが、身長も小さくなっているので随分と距離が近いように感じられた。

長さが不揃いになっていたユリの髪は、後できちんと揃えるということで、今はざっくりと整えてもらっていた。髪を切ってしまうと変装の魔道具の効果がなくなってしまうので、髪を切るのを担当したカナメがレンドルフに「女性の身を整えるところは殿方が見ていいものじゃありませんよ」とやんわり忠告して、レンドルフは素直にそれに従って切っている間完全にユリに背中を向けていた。


「レ、レンさんは、昔は髪長かったのね」


姿が変わっても過保護が加速したままのレンドルフに、ユリは少しだけ顔を赤らめてレンドルフの胸元に視線を落とした。以前のユリ程ではないが、今のレンドルフの髪は背中の半ばくらいまで伸びている。


「これは実家を出るくらいの頃かな。故郷では、長く離れる民にも変わらぬ土地神様の加護がありますように、って出発前に髪を捧げる風習があるんだ」

「だから伸ばしてたのね」

「本当は長くなくてもいいんだけど、俺の髪色は珍しいから沢山奉納した方がいい、って周囲に言われて。だから二年くらい伸ばしてた。結構面倒だったよ」


(…それは、似合うから周りがそう言ってたんじゃ…)


レンドルフの顔立ちなら短髪でもそれはそれでもうとてつもなく愛らしいだろうが、長い薄紅色の柔らかい髪は更に儚さを上乗せして威力を増す。実際のところ、レンドルフが気付いていないだけで周辺は単に髪を伸ばした姿が見たかっただけなのは事実だった。もしこの事実をユリが知れば、間違いなくクロヴァス領の住民と固い握手を交わしていたことだろう。



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「あっちがもう少し回復したら移動するが、自力で動けそうか?」

「はい」

「大丈夫です」


ネイサンはある程度怪我を回復させてからでないと、何でも毒を無効化する特製装身具を装着することが出来ない。何せ強力な毒を解毒する代わりに、回復薬などの薬効成分も分解して無効化してしまうからだ。今は鑑定魔法の使い手が側に付いて、怪我の回復状況と毒の回りのギリギリの点を見極めている。あのムカデの毒が遅効性であったことが幸いした。だが、回復中に毒が回るのは止められないので、それなりに後遺症は覚悟してもらわなくてはならないだろう。


隅の方で邪魔にならないように体力回復に努めているユリとレンドルフの元に、ステノスが水筒と小さなカップ二つと紙袋を持って来た。それを受け取って紙袋の中を確認すると、赤いドライフルーツらしきものが入っている。


「あ…これ、干しウメですね」

「疲労回復にはこれが一番だ。一気に食うなよ」

「分かってますよ」


覗き込んだユリは、それが何か分かったらしく少々苦笑している。


「これ、すごく酸っぱい実を塩漬けにして干したものなの。疲労回復に効果があるのは確かなんだけど…とにかく酸っぱいから気を付けてね」

「分かった」


ユリの忠告を受けて、レンドルフは恐る恐る小さな赤い実を一つ摘んで、パクリと口に放り込んだ。


「!?」


最初は塩味がすると感じたのだが、次の瞬間、ガツリと来る酸味に口の中どころか顔全体がキュッとするような感覚に陥っていた。これまでに、未熟なものは酸味が強いことで有名なリモネラや、レモンなどの果物は食べたことはある。しかしこの実は、そういったものとは一線を画した力強い酸味だった。あっという間に口の中が唾液で大洪水になった。


「レンさん、これ飲んで。その実は飲み込まないように口の中に残して、飴をなめるようにして食べて」


レンドルフの反応が分かっていたかのように、すかさずユリがカップに水筒の中身を注いで差し出して来た。レンドルフは口を開くと大変なことになるので、口を閉じたままコクコクと頷いてカップを受け取った。

中を見ると、水ではなくほんのりと薄い色のついた飲み物だと分かった。茶の一種なのか鼻に抜ける香ばしい風味で、大混乱に陥ったレンドルフの口の中を一気に爽やかにしてくれた。ユリもレンドルフが落ち着いたのを見計らって自分の口にもその実を放り込み、眉間に皺を寄せながら同じようにカップの飲み物を飲んだ。


「これ…干し、ウメ?すごい味だね…」

「ミズホ国の郷土料理の一つでね。特にこれは保存用だから塩気も酸味も強いの。その分効果は大きいんだけどね…」

「そうなんだ…」


衝撃的な味だったのだろうが、ユリのお墨付きとあってレンドルフは頑張って食べることにしたようだ。ユリも慣れている方ではあるが、やはり保存用のものは思わず眉間に皺が寄ってしまう。自覚がないのか半分涙目で口の中で転がしているレンドルフの姿は、干しウメが原因と知らなければ思わず肩を抱きしめて慰めたくなるような可憐さだった。


「もっと食べやすいものはコメに合って美味しいから、今度レンさんに紹介するね」

「う、うん…よろしく…」


しばらく二人は無言で並んだまま、カップのお茶を飲みつつ静かに口を動かしていたのだった。



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