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246.それぞれの落としどころ


「もしかしてシーブル嬢はサマル侯爵に…」

「ああ。あの男の子を産ませる為に侯爵が身請けした。魔力量が多かった為に、あの男とでも拒絶反応は起こらずすぐに懐妊した。が、最初の子は月足らずの死産だった。しかしその後すぐに再び子を授かったと聞いている」

「以前、近いうちに子が産まれると言っていたのはそのことか」

「そうだ。あの男の、子供がな」


吐き捨てるような憎々しげな声を絞り出しながらネイサンが答える。


「アイルはそのシーブル嬢を助けたいんだな」

「まあ、そうですね。籠の中で幸せ…とまでは行かなくてもそこそこ平和に暮らしてた小鳥を野に放ったのは僕な訳だし。それに…もし産まれた子供にコルディエの特徴が出たら、母子ともに命はないでしょうね」


突然の先祖返りで肌の色が両親とは違って産まれついたとは言え、ユリアーヌはコルディエ皇国貴族の血を間違いなく引いている。父親がオベリス王国貴族だったとしても、どちらに似るかは分からないのだ。それは目の前のアイルが証明していた。

どうして侯爵程の人間がそれを確認しないまま身請けしたのかレンドルフは少々疑問に思ったが、アイルはそれを表情で読んだのか「肌の色でまさかコルディエの出身とは思わなかったから、国内のめぼしい貴族だけしか調べてないんじゃないですかね」と付け加えた。


アイルのように最初から入国した時期が分かっていれば、ユリアーヌの足跡を辿ることはそう難しいものではない。だが当人が出自を話せない程おかしくなっていたら、国内のそれらしき女性の調査をして正解に辿り着くには相当な労力と時間が掛かる。一刻も早く娘が産んだことにした子供を作る為に、侯爵はユリアーヌの背後に自分でも対処が難しいような厄介な存在さえ付いていなければそれでいいと判断したらしい。魔力量や所作などから考えると彼女は貴族の娘と予想はつくが、めぼしい国内の貴族の中に行方不明になっている令嬢はいない。そうなると貴族の庶子で秘匿された存在であることが高い。もし実家が極秘裏に探させていたとしても、娼館に売られて気が触れている状態なので、そのことを盾に侯爵家で保護して表沙汰にしないようにしていたと言って黙らせればいいと、侯爵は彼女の出自が判明しなくても構わないと考えたようだ。

侯爵も当初は外見だけでなく血統にも拘っていたが、あまりにも息子の魔力と合わずに次々と死体が増えて行く状況に、とにかく外見さえ条件が合えば多少出自が怪しくてもどうにかなると切り替えていたのもあった。真っ先に候補にした縁戚の令嬢は全員亡くなってしまったし、直系に次ぐ血統の分家は、息子の身代わりに侯爵自らの手で絶やしていた。今や侯爵自身も自分の手で追い詰められていたのだ。


「あいつらがいる塔はサマル家の血を引く者しか出入口を開けられないようになってるので、そのおん…そのお嬢さんを連れて行って、塔を開けさせるつもりだったんですよ」

「その場で侯爵を押さえるにしろ、中に入って嫡男を引っ張り出すにしろ、ユリさんを危険に晒す計画なのは間違いないな」

「私を交換って言ってたわよね?私をそこに置いて、その隙に元婚約者のご令嬢を連れ出すつもりだったんじゃないの」

「う…そ、そうならないようにするつもりだったけど、最悪の時は…ちょっと考えたから、否定はシマセン…」


レンドルフとユリに口々に言われて、アイルは拘束された芋虫状態でどうやっているのか分からない程体を小さく竦めた。特にユリの発言を聞いた直後のレンドルフの威圧に、再び涙目になっていた。


「ネイサン、様、はちょっと違ってましたよね?私を引き渡す気はないみたいでしたし」

「大差ない。罪深いことには変わりはないさ」

「女性を誘拐して、脅して髪を切り落とすのはその通りだな」


レンドルフはそう言って、足の上にちょこんと座っているユリを痛々しい顔付きで眺めた。頭から上着を被せているので目立たないが、かなり髪が不揃いになっているので見た目は確かにひどいことになっている。ユリとしては確かにショックではあったが、普通の女性よりもはるかに受けたダメージは軽いと考えていた。髪の手入れをしてくれていたミリーを始めとするメイド達は怒り狂いそうだが、短い方が軽くて動きやすいかもしれないとさえ思っていた。とは言え、自分よりも辛そうな顔をするレンドルフには言えないことだが。


「まあ、少々焦って強引なことをしたのは分かっている。少しでも罪を重くしたかったからな」

「重くって…」

「一刻も早く、この罪を暴いて欲しかった。無事に子が産まれたら、俺はサマル家から離縁という形で追い出されるか…妻の後を追って神の国に行ったと公表されるかだったろうからな。そうなったら、このことを表に出すのは不可能になる」

「そんなの…」

「有り得ない話じゃないでしょう。直系の血筋を守る為に、分家一つ冤罪被せて潰した侯爵閣下ですからね。侯爵サマはどこまで自覚してるか分かりませんが、あの親にしてこの子あり、ですよ」


さも当然のように語るネイサンの言葉にユリが絶句すると、アイルも軽い口調で追随する。確かにあまり肯定はしたくないが、子供が実子ではないと知っている上に父親として侯爵の望まない教育をされては、ネイサンの存在は邪魔にしかならないと思うのは侯爵の立場からすると当然かもしれない。


「しかし、レンドルフのおかげで俺の目的は果たされた。少なくとも俺がサマル家とは無関係とはもう言い逃れは出来ないだろう」

「だからそれじゃ困るんですってば!ネイサン様はユリアを引き取ってもらわないと」

「それは出来ないと言っただろう。俺の妻は、ずっとポーラニアだけだ」


確かにここに来る前にレンドルフはステノスに場所を報せている。おそらくステノスのことだから、情報を漏らさない信頼出来る者を引き連れて乗り込んで来ているか、もう既に静かに潜入しているかだろう。これでレンドルフがユリを伴って合流すれば、誘拐犯のネイサンとアイルの身柄は確保される。そこからサマル侯爵の責任を問われることになり、どの程度まで暴かれるかは分からないが、理由が理由だけに軽くて無期限の重犯罪者扱い、悪ければ毒杯は免れない。既に亡くなったことになっている息子の存在をどう扱うかは未知数だが、そちらも決して軽い刑では済まされないだろう。


「ねえ、貴方。アイル。もしかして自分が罪を被ろうと思ってない?」

「え?ええと…」

「自分が誘拐を主導したみたいになって、ネイサン様は巻き込まれた?ううん、違うな。そのユリアさん?彼女を人質に取られて仕方なく従った、みたいな方向に持ち込もうとしてない?」

「その通りだ、ユリ嬢」

「ちょっと!」


ユリに指摘されたことをあっさりとネイサンが頷いたので、アイルは抗議の声を上げた。しかしユリはそんなものはものともせずに、キッと眦を吊り上げて睨み返した。


「ネイサン様に、運命の相手と思い込んでいるユリアさんを保護してもらうつもりなんでしょ。だからネイサン様が罪人になって捕まっちゃうと困る。でも、ネイサン様は妻以外の女性の世話を焼く気はないしさっさと裁かれたい、と。一回勝負の誘拐を実行するなら、もうちょっと互いの思惑をすり寄せなさいよ、お互いの!そんなだから失敗するのよ!」


攫われる側からの苦情に、言われた二人は何とも言えない表情になって押し黙った。



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「ユリさんは、どうしたい?」


言いたいことを言い放って、ムゥ、と口を引き結んで不機嫌そうな顔になっているユリに、柔らかな口調でレンドルフからそう尋ねられた。ユリは少しだけ考え込み、質問に質問で返すのは良くないと思いつつ、答えが分かってしまっているのでついレンドルフに口を開いた。


「レンさんはどう思う?」

「俺はこのままユリさんを保護して安全な場所に連れて行きたい。だけど…」

「だけど?」

「ユリさんはその女性と赤子を放っておけないと思ってるよね」

「…うん」


薬師は医師や治癒師と比べれば直接患者の治療と関わるのではなく、薬草を研究して作った薬を調整して最適解を提供することが主な仕事だ。だが時と場合によっては応急手当など医師と似たようなことも請け負う。まだ薬師見習いであっても、気持ちとしては怪我人や病人がいれば助けたいと強く思ってしまう。怪我を負ってまで助けに来てくれたレンドルフに悪いと思う気持ちもありつつ、放っておけないという思いはやはりレンドルフは汲んでくれていたようだ。


「ユリさんの意思は尊重したいと思うけど、俺としてはこれ以上危険には近付けたくない…何か良い手立てはないかな」


真剣に考え込むレンドルフを、ユリは温かい気持ちで眺めた。彼の立場ならば、もうユリを保護するという目的は果たしているし、すぐにユリの意見など聞かずにこの場から撤退しても構わないのだ。むしろユリの身の安全を最優先にするのなら、一刻も早くこの敷地内から出てステノスに報せるべきだろう。おそらくレンドルフ自身もそれが分かっていながらも、それでも出来る限りユリの気持ちに寄り添おうとしてくれることが分かって、ユリはつい嬉しくなってしまった。


「ユリさんの代わりに変装させるとか…」

「僕は駄目だよ。僕とネイサン様は協力者としてどんなに姿を変えても判別が付くように侯爵に分かる魔法紋を刻まれてる」

「周到だな」

「今までは侯爵自身が闇ギルドを使って手配していたんだが、焦ったのか数が多過ぎたのか、綻びが出て来た。完璧に隠される筈だった遺体が発見され、更に共通点が見つかり、第三が乗り出した」

「前に研究所に調査に来た、あれ?」



以前に第三騎士団の団長と共にネイサンとアイルが「吸血茨」の保管庫を調査に来ていた。彼らが帰った後に、ユリは団長から話を聞いていたレンザに調査内容の概略程度は聞いていた。吸血茨を使用され魔力供給過多で亡くなった女性だけではなく、過去に関係がないと思われていた魔力供給過多が原因で亡くなった女性に共通点があった為、同一人物が関わっているのではないかと不審を抱いたらしい。

魔力供給過多での死亡事故は、相手の魔力が高く、その高魔力を含む体液を多量に摂取した場合に起こる現象なので、貴族の男性と平民の伴侶の組み合わせで起こることが多い。家同士の政略であれば、縁組みの時点で魔力量に問題のない者同士が選ばれるし、差があってもきちんと医師などの診断を受けて適切な魔道具を使用すればそんな不幸な事故は起こらない。魔道具は、使用者の負担を考えて魔力の高い者が一時的に押さえるものを選ぶのが一般的だ。しかしその弊害として、次の世代の子供に低い魔力の者が産まれることがある。極稀な程度の事例ではあるのだが、貴族は魔力が平民よりも遥かに高いことを矜持としている者も多いので、恋愛結婚などを望むのでなければ魔道具を使わないで済む伴侶を捜そうとすることは多い。


「ああ。侯爵が騎士団を辞めたから誤摩化せなくなったのもあったのだろう。だから一応身内であり、まだ騎士団に籍を置く俺を引き込んだ方が得策と思ったようだ。特に第三は広範囲に人と関わることが多いからな」

「アイルは…身内でもないのによく信頼されたわね」

「あ、僕は加護で効力底上げした惚れ薬を侯爵に盛って…って、そういう冷たい目で見ないでくださいよ〜。僕の加護なんてちょっとだけなんですから、ほんの少しだけ僕の好感度を上げた程度ですよ」

「お前、加護持ちだったのか」

「あ、そう言えばレンドルフ先輩聞いてませんでしたね。僕、少しだけ薬の効能を上げることが出来るんです。とは言っても最大一割ってとこですし、効果が永続する訳じゃないです。でもそのおかげで、侯爵サマにあまり疑われずに短期間で信頼を獲得しましたけど」


加護とは、魔法とは少々違う生まれつき持っている特殊能力のことを差す。これは神からの気まぐれな贈り物と言われているので、国によっては「ギフト」と呼ぶところもある。世界一の大国であるキュプレウス王国の国民の大半がその加護を持っているが、他国では数千人、或いは数万人に一人しか持たない稀少な能力で、各国では加護持ちが産まれると大抵国が保護をしていた。それだけ国の役に立つか、脅威になるような強大な能力者が多かったのだが、ここ数十年は強い加護の者が少なくなっていた。加護の研究をしている神学者達は、保護の名の下に当人達が望まぬ監禁を繰り返した為に、神が加護を取り上げようとしているとの学説を発表して以後、国の脅威になり得ない程度の弱い加護を持つ者は、当人が保護を望まない限り通常の暮らしが出来るようになっていた。


「ユリさんは連れて行きたくないけど、ユリさんの身代わりで…」


レンドルフはしばらく口の中でブツブツと思案に耽っていたが、程なくして顔を上げて真っ直ぐな目でネイサン達に向き合う。



「俺が、黒髪に変装するのはどうだろうか」

「無理だ」

「無理です」

「無理でしょ」


レンドルフの提案に、ネイサン、アイル、ユリが一斉にきっぱりと否定した。



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