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22.赤鹿の干し肉と薫製肉のクリームパスタ


その後持参した薫製肉はミキタに日頃の礼と言って渡し、レンドルフは購入して来た荷物をノルドに乗せたまま、「赤い疾風」が借りている拠点の家まで運ぶことにした。その後は再びミキタの店に戻って食事の後、タイキがノルドに騎乗できるかどうか街を出たところで試してみようということになった。



タイキは馬だけでなく基本的に動物には懐かれにくいので、嬉しげな表情ではあるが少々おっかなびっくりした態度でノルドの側を行ったり来たりしていた。

ただでさえスレイプニルを連れたレンドルフは人目を引いているのに、割と派手な出で立ちの部類になるタイキがウロチョロしているので、ますます目立っているようだった。


「あいつ…」

「上手くやりやがったな…」


大丈夫だとは思うが、万一に備えてノルドの手綱を引きながら身体強化魔法を掛けたままにしているレンドルフは、聴覚の能力も普段より格段に上がっている。遠巻きにしながらこちらをチラチラ見て、何か揶揄するような小さな呟きも拾ってしまう。もっと耳に強めに魔法を掛ければ会話の全て拾うことも可能だが、それを聞いたところで気分が悪くなるだけだと思ったので、レンドルフは何も聞いてないという態度で一瞥もしないで通過した。



「レンが買って来てくれたものは、一旦全額ウチのパーティ資金から支払っておくから、あとで領収書を渡してくれるか?途中で補充するものとかもあるしな。必要経費は全部纏めておいて、それで討伐終了後に支払われる報酬から引いて、ユリ以外の頭数で支払うことになってるんだ。レンもそれで構わないか?」

「ああ、大丈夫だ」

「もし倒した魔獣の素材が欲しい場合は、ギルドの設定した買い取り価格を支払ってもらうよ。金のことは揉める元だから、ウチでは一応しっかり貰うことにしてる」

「うん。その方がありがたい」



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道中ミスキに色々と討伐に関するこまごまとした話を聞きながら、拠点の家に到着した。

場所は小さいながらも一軒家で、似たような家が幾つか連なるように並んでいる。あまり大きくはないが、普通の馬なら二頭くらいは繋いでおける馬小屋も設置されていた。ここはギルドが保有している借家で、最長半年まで冒険者パーティに貸し出しているそうだ。定期討伐のようなギルドからの依頼の場合、通常より更に安価で借りられることになっており、人気が高いので毎回抽選になるらしい。


「荷物はこの辺でいい?」

「ああ。悪いな」


ノルドから下ろした荷物をレンドルフが担いで家の中に運び込んだ。大きなものはレンドルフが持ち、細々したものはバートンとミスキが運び込む。家の中のことはバートンが担当しているらしく、予想以上にきちんと整頓されていた。バートンの指示のもとダイニングの隅に種別ごとに積み上げる。

家は一階にダイニングキッチンと居室が一部屋あり、二階にも居室が二つあるそうだ。本当は一人一部屋に出来る家を申込んだそうなのだが残念ながらそちらは外れてしまい、一番広い一階の居室にミスキとタイキの兄弟で使用しているということだった。



「なあ、これ、なんかすげぇ旨そうな匂いがする」


タイキが紙袋の一つに向かって、鼻をひくつかせていた。


「ああ、それ、実家から送ってもらった干し肉。大量に貰ったからみんなでどうかと思って」

「え!やった!」

「こいつは酒が進みそうじゃのう」


レンドルフの言葉に、タイキとバートンがすぐさま反応する。特にバートンの喜び方は、酒豪の元上司のウォルターを彷彿とさせた。ウォルターにもクロヴァス領から干し肉が送られて来た時は、よく強請られていたものだった。次に送られて来た時には団長室にこっそり送り届ける方法を考えていた方がいいかもしれない。


「なあなあ、レン、これ味見していい?」

「いいけど…これからミキタさんのところで食べるだろ?」

「干し肉なら腹に溜まらねえから大丈夫!」


既に紙袋を抱えてしまっているタイキに苦笑しながら、レンドルフはチラリと他のメンバーを見た。どうやら他のメンバーも中身が気になっている様子で、期待を込めた目でレンドルフに視線を送っている。まあ味見くらいなら問題はないだろうと、レンドルフは笑いながら頷いた。


「おお!旨そう!」


袋の中に顔を突っ込むような勢いで覗き込むタイキに、バートンが袋を取り上げる。タイキに任せていると際限なく食べてしまいそうな勢いだったからだ。


「ほれ、一枚だけにしておけ」

「ええー!」


バートンがガサゴソと袋の中から一枚だけつまみ出してタイキに手渡す。タイキは不満そうだったが、それでも一般的に売っている干し肉よりも大きめな一切れに目を輝かせる。どうやら嬉しいとタイキの縦に長い虹彩が少し大きくなるらしい。その辺りの反応は猫のようだった。他のメンバーには袋の口を向けてそれぞれ一枚を取り出してもらう。多分タイキにはそうやって袋ごと向けると鷲掴みするからだろう。持って来たレンドルフも一緒に取り出す。

干し肉と言ってもしっとりとした表面に、艶のある深い赤身が鮮度の良い肉そのものの見た目を保っている。


「へえ、綺麗な色ね。レンくん、これ何の肉?」

赤鹿(レッドディア)です」

「高級肉じゃねーか!」


レンドルフの答えに、ミスキが目を剥いた。



レッドディアは外見は普通の鹿とあまり変わらないが、立派な魔獣だ。その肉が名の通り赤く、加熱や加工でもあまり色が変わらない。色の美しさから繊細な盛りつけに拘る有名な高級レストランなどでは必須の食材とされているので、王都では高級肉として扱われている。

肉食ではないので人を襲うことはあまりない。だが驚くほどの大食漢で、一つの群れだけで山が丸ごとハゲ山になるとすら言われている為、彼らの生息地では増えすぎないように頻繁に間引く必要がある。魔獣であることの証拠に、体に属性魔法を纏わせて身を守る性質を持ち、罠か直接攻撃以外で仕留めるのはなかなか難しい相手だった。気配を感知して素早く逃げてしまうので、弓矢か遠距離の魔法で仕留めたいところだが、それでは弾かれてしまうほどに防御力が高いのだ。


クロヴァス領でもレッドディアの被害は毎年深刻で、季節ごとに領内で罠用の畑を作ってわざわざ作物を育て、そこに群れごとおびき寄せてから一気に囲み込んで強力な火魔法で殲滅するという大胆な討伐を行っている。



「実家の方ではかなりな数を狩るし、そんなに高級じゃないよ。特に上位の火魔法で倒してるから、高級店に卸すような肉質にはならないんだ。だから大抵こうやって干し肉にしてる」

「ほう!こりゃ旨いな!」


早速口にしたバートンが思わずといった声をあげる。


レッドディアの干し肉はあまり脂が乗っているように見えないが、単に赤く見える肉質のせいなだけで、実際にはキメの細かいサシが入っている。その為あまり固くならず、サクリとした歯応えと甘い脂の味が特徴的だ。少しばかり独特の香りはするが、干す時に使用するスパイスのおかげで殆ど分からなくなっている。顎の力の強くない子供や老人でも比較的食べやすいので、そのまま食べることが多い。


「これ、最初に個人の取り分を分けた方がいいな。朝起きたら全部無くなってそうだ」

「分かるー。これ、止まんないわぁ」

「もう一枚食いたい!」


どうやら皆にも好評なようだ。レンドルフは、帰ったらこれを持たせてくれた執事に伝えて礼を言わなくては、と思いながら懐かしい味を噛み締めて皆の顔を眺めていた。隣にいるユリも、ニコニコしながら少しずつ大事に食べてくれていた。両手で持って少しずつ齧っている姿は、どう見ても小動物感があって微笑ましい。


「そういや、さっきオフクロに何か渡してたけど、あれも旨いモン?」

「あれは薫製肉。調理が必要だから、ミキタさんに渡し方がいいと思って」

「すぐ行こうぜ!」


タイキは干し肉を真っ先に食べ終わって、脂の付いた指をペロペロと舐めて名残惜しそうにしていたが、先程ミキタに渡していたものがあったことを思い出したらしい。すぐに立ち上がりかけて「ちゃんと手を洗え!」とミスキに怒られていた。



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「ああ、そろそろ戻ると思ってたよ」


レンドルフ達は、ノルドにはまた戻るからと水と飼葉を用意してから庭の馬小屋に置いて再びミキタの店に戻って来た。あのギルド管理の借家は、きちんとギルド側が防犯の為に監視しているそうなので、ノルドを置いて来ても大丈夫なのだそうだ。もっとも、人慣れしているとは言えスレイプニルも魔獣である。もし怪しい輩が連れ出そうとすれば手痛い反撃を喰らうだろう。



ミキタの店に入ると、レンドルフには嗅ぎ慣れた薫製肉を焼いている香りが漂っていた。昼を少し回ってはいるが、店内には数人の客が残っている。


「レンさんはいつものとこね」


ユリがそう言って、レンドルフをいつも座っている奥のソファ席に引っ張って行く。見ると、テーブルの上には「予約」の札が置いてあった。


「何だかすいません」

「いいのよぉ。レンくんはそこ以外は狭いでしょ」


確かにミキタの店の椅子は、通常サイズではあるだろうが少々年季が入っていて、レンドルフが座るには小さいし強度に不安が残る。ゆっくり寛げるであろうソファ席を占領してしまって申し訳ないと思いつつ、椅子に万一のことがあってはもっと申し訳ないと思い直して素直にレンドルフは席に着いた。そしてその隣には当然のようにユリが座る。


「早速いただいたお肉使わせてもらったよ。美味しいねえ、あのお肉」

「えー!オフクロ抜け駆け!ってぇ!」

「味見だよ、味見!」


ミキタが水の入ったピッチャーとスープを運んで来て、テーブルの上に並べながらレンドルフに礼を言った。その言葉にタイキが反応して、スープを並べ終わったミキタにすかさずデコピンを喰らっていた。


「そういう訳で、今日はレンくんに貰ったお肉をたっぷり使ったクリームパスタ一択だよ。いいね?」


店内に充満する薫製肉の香りに抗える筈もなく、勿論誰も異を唱えなかった。



今日のスープは、青菜とコーンの入ったコンソメスープだった。色鮮やかな青菜は軽く火が通っているだけなので、シャキシャキとした歯応えが十分に残っている。同じくいい歯応えのコーンを噛み締めると、コンソメの塩気で甘みが引き立っていた。


「ああ…今日も美味しい」


思わずレンドルフの声が漏れる。それをカウンターの方から耳聡くミキタが拾って「やっぱりダンナか息子に欲しいわ〜」と呟いていた。本当の息子二人に目を向けると、慣れてるといった風情でいつもと変わらぬ様子でスープを飲んでいた。


「は〜い、お待たせ」


運ばれて来たパスタは、レンドルフが持参した薫製肉がゴロゴロ入っていて、大振りに切られたタマネギとキノコと一緒にクリームソースが幅の広いパスタにトロリと絡まっている。上に振られた胡椒が良い香りを立てて、薫製肉の香ばしい匂いが更に引き立つ。

レンドルフとタイキの皿は、普通の皿の三倍くらいのパスタがこんもりと山を作っていた。


「「「いただきます」」」


全員意図した訳でもないが声を揃えて手を合わせると、一斉にカトラリーを手に取った。

とろみのあるソースのたっぷり絡んだパスタをフォークに巻き付けると、もったりと重みが手に伝わる。もっちり巻かれた白いパスタの中に薫製肉の淡い桃色が一緒に絡み取られる。芯まで熱いパスタを口に頬張ると、滑らかなクリームと薫製肉の塩味がよく馴染み、肉を噛むとまだ十分に中に閉じ込められている濃い旨味と脂の甘みが溢れて来る。一緒に炒められていたタマネギの甘さとキノコの旨味も混じり合って、噛む度に美味しさが増して行くようだ。


「んー美味しい!」

「いい味ねえ」


ユリとクリューが口々に歓声を上げる。タイキは巻き付け過ぎたパスタを一気に口の中に詰め込んだので、熱さで目を白黒させながらも何とか呑み込むと、また次も懲りずに大口で詰め込んでいた。口の周りにソースが付いているが、そんなことお構い無しに手が止まらない様子だ。レンドルフもいつもより一口分が多めと分かっていても、コシのあるパスタと具材の歯応えが美味しくて次々と口の中に吸い込まれてしまうようだった。途中、行儀が悪いとは分かっていても口の端に付いたソースをナプキンで拭かずに舌で舐めとってしまった。


気が付くと、全員がほぼ無言のまま皿が空になっていた。


「はい。必要でしょう?」


まるでタイミングを見計らったようにミキタが軽く炙ったバゲットを籠に入れて持って来た。それを見て、全員が示し合わせたように一斉に手を伸ばした。それがあまりにも同時に出揃ったので、一瞬動きを止めて互いの顔を見合わせてしまった。

そして、次の瞬間には皆笑い出した。


「もー、みんな同じこと考えてた!」

「こりゃミキタの作戦に嵌められたの」


ケラケラと笑いながら銘々がバゲットを手にして、皿の上に残っていたソースに浸した。薫製肉やタマネギ、キノコの旨味がたっぷりと溶け出しているソースを、皆勿体無いと思っていたようだ。夢中で食べていただけに、バゲットに浸したソースはまだ温かかった。レンドルフは大盛りだけあって、バゲット一切れではまだ吸い切れなかったソースが残っていたので、二切れ目に手を伸ばす。見ると同じ大盛りだったタイキも一切れでは足りなかったようだ。

結果的にレンドルフとタイキは四切れ目までソースを楽しみながら完食したのだった。


「あー…旨かった…」


うっとりとした顔と声で、タイキが腹を擦る。その言葉に同意するように、他のメンバーもうんうんと首を縦に振った。


「レン、旨かったよ。あれも実家から?」

「ああ。俺の好物だったからたまに送ってくれる」


タウンハウスでも、レンドルフの好物と知っているのでよくメニューに出て来ていた。勿論屋敷の料理長の作る食事も美味しいのだが、レンドルフにはこうして他の人達と笑いながら美味しいものを共有する食事も、別の意味で美味しかった。


「レンくん、レンくん。貰った薫製肉、まだ残ってるんだけど、お店のメニューで出してもいいかな?」

「構いませんよ。ミキタさんに差し上げたものなので、お好きに使ってください」

「ありがとう。……だってさ。追加注文は?」


ミキタがレンドルフの返事を聞いて礼を言うと、まだ店内にいた他の客に向かって声を掛けた。すると、店内にいた全員がサッと手を挙げる。


「兄ちゃん、ありがとな!」

「あれだけ良い匂いさせといて、食えないなんてどんな拷問かと思ったぜ」

「ご馳走さん!」


どうやら薫製肉の匂いと彼らの食べっぷりに、店内にいた客は羨望の眼差しで見ていたらしい。はしゃいだように礼を言われて、レンドルフは少し照れながらペコリと頭を下げた。これはクロヴァス領で作られたものだし、手土産に持たせてくれた執事の手柄だ。それ故に気恥ずかしさがあったが、それを真面目に言い出して水を差すようなことはない。

レンドルフは、執事には礼だけでなく何か彼の役に立ちそうなものを贈ろうと心から思ったのだった。



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相変わらずミスキとタイキが一緒だということでミキタに奢られてしまったレンドルフは、また機会があれば薫製肉を持参すると告げて店を後にした。あれだけ食べて会計をせずに出て来てしまうことに、何となく落ち着かない気がしたが、レンドルフは何か別のことで返して行こうと強引に自分を納得させていた。



この後は軽くタイキのスレイプニルの騎乗訓練をする予定だ。

タイキは楽しみ過ぎるのか、あれだけ食べた直後なのに先に行ってノルドと親睦を深めたいと走って行ってしまった。一応、絶対に無理に近付かないことを約束させて、念の為幾つか角砂糖も渡しておいた。



「ユリさん、パナケア…様、って知ってる?」

「う、うん。ええと…昔、おじい様が、パナケア夫人が足を悪くした際に治療薬をお譲りしたことが」

「そっか。良かった、知り合いなんだね」


ステノスから受け取った手紙で、ユリの祖父からの宿泊場所の件だろうとは思っていたが、やはり確信はなかったのでレンドルフはユリの言葉にようやく安堵する。


「さっき手紙をいただいて。宛名に見覚えがなかったからちょっと確認したかったんだ。多分討伐中の宿泊場所についてだとは思ったんだけど」

「手紙には、何て?」

「まだ確認してないけど…」

「す、すぐに確認した方がいいと思うわ!」

「そう?そうだね」


歩きながらだったが、レンドルフは懐から先程の白い封筒を取り出して、軽く封をしてあるだけだったので隙間に指を差し入れて開封する。本当に軽い糊付けだったので、封の部分があっさり外れる。


中から出て来たのは、封筒と同じように何の飾りもない白い便箋だった。開くと、お手本にしたくなるような流麗な文字が綴られている。


レンドルフが手紙に目を通している間、少しだけ歩調が緩くなる。彼の長い睫毛が文字を追うごとに揺れるのを、隣でユリが心配そうな顔で見上げていた。


「うーん…」

「何かあった?」


それほど長い内容ではなかったのだろう。すぐにレンドルフは便箋を畳んで封筒に戻した。


「ユリさんのおじい様の紹介で、パナケア様が使ってない別荘を貸してくださるそうだよ。自分でも探してみたけどなかなか見つからなくて。ありがとう、ユリさんのおかげで助かったよ」

「そ、そう?それなら良かったわ」

「うん…でも、いいのかな。あまりにも良くしていただき過ぎてないかな。俺、どこか近い街の宿とか下宿先みたいな感じだと思ってたから。どんなお礼をしたらいいのかな…」


困ったように眉を下げるレンドルフに、ユリは「大したことない」と言いかけて口を閉じる。レンドルフからしてみれば、知り合ったばかりの薬師見習いの身内に伝手をお願いしたら、貴族の別荘を借りる話に及んでしまった訳だ。


「ええと…おじい様は、この前貰ったみたいなホーンラビットの角とか、そういうのが喜ぶと思う、けど」

「そうなんだ!そういうのでよければいくらでも狩るよ。もし希望の獲物とかいたら教えてくれると嬉しい」

「うん。聞いておくね」


他にはパナケア子爵にどうお礼をするべきか色々頭を悩ませているレンドルフを見て、ユリは気軽に祖父に相談したが、却って大事になったのではないかと思い始めていた。


(もともとウチの離れだから気楽に使ってー、何て言えないし!)


レンドルフが言うには、パナケア子爵の執事という人物から説明を受けると手紙に書かれていたと教えられ、それが祖父の手配してくれた人物なのだと分かった。祖父が危惧していた通り、これ以上自分が首を突っ込むとおかしなことになると思い、ユリはその手配してくれた人物に丸投げすることに決めた。


「レンさんも、その別荘がどんなところか聞いたら教えてね」

「分かった。お借りするんだからあんまり汚さないように気を付けないと。掃除はあまり得意じゃないからな…」

「自分で掃除するの!?」

「学生の時は寮生活だったし、職場では独身寮にいたから身の回りのことは一通り。でも俺、見ての通りの体型だから、掃除しててあちこちぶつかって壊すことが多くて…」


作り付けの棚に頭をぶつけて棚板を割ったり、廊下に飾ってあった置き物を落としたり、悪気はないがレンドルフの周辺であまりにも破損が多いので、部屋や生活圏内がどんどんシンプルになって行ったことをレンドルフは振り返っていた。


「わあ…何か想像がつく」

「あんまり想像しないでくれる?」


レンドルフは少し恥ずかしげに言いながら、懐に封筒をしまい込む。


「でも正直ありがたいよ。自分で調べたんだけど、やっぱり討伐が近いせいか、あまり空いている宿がなかったから」


エイスの街から近い場所の宿も、大抵は埋まっていたし、うまく空きがあってもせいぜい数日分の予約が出来るだけだった。魔獣の数や討伐の進行度で多少の前後はあるが、定期討伐の期間は一ヶ月ある。数日ごとにあちこちの宿を転々とするのも、最終手段にしたかった。


定期討伐は、国策の一環でもある為に補助金が出ている。魔獣の討伐数に応じた報酬とは別に、参加するだけで日当が出るのだ。あまり強くない冒険者パーティでも実力に相応した地域を指定されるので、比較的安全に稼ぐ絶好の機会でもある。こういった定期討伐は人気が高く、人が集まりやすいのだ。


「慣れない宿生活で体調が万全じゃないと危ないもんね。レンさんは冒険者としては初参加なんだから、無理しないでね」

「気を付けます、先輩」


ユリの言葉に、レンドルフは少しおどけたように言ってペコリと頭を下げた。



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その後、タイキのノルド騎乗訓練が行われたが、結果的に壊滅状態であった。


普段はあれほど動けるし怪我をすることも恐れないようなタイキが、何故かノルドに騎乗すると高さが怖いらしく、ガチガチに固まってしまっていた。その緊張がノルドにも伝わり、更に手綱を引く力加減が上手く調整できず、二時間も経たないうちにお互いにヘトヘトになってしまった。


タイキ曰く「自分の意志じゃない方向に体が動く」のが不得意らしい。今まで馬とは無縁だったし、乗る機会が来るとは夢にも思っていなかったので、まさかの新たに知った自分の不得意分野にタイキは少々落ち込んでいたのだった。


また機会があれば様子を見つつ騎乗訓練をするとしても、今回の討伐はいつもの魔馬の引く馬車で行くことにし、レンドルフだけがノルドに乗って行くことになった。魔馬の二頭立てで馭者としてバートンが乗り、馬車の中は他の四名なのだが、そこにレンドルフが入るには広さが足りないし、どうしてももう一台馬車が必要になってしまうからだ。


しょげるタイキを励ましながら、街のあちこちで必要な物を買い求め、次に顔を合わせるのは討伐に向かう当日ということになった。それまでに何か必要な物や何かあった場合などはカードで連絡を取り合うことになる。

買い物を終えて、彼らは家の中に置いてあるレンドルフの持参した干し肉を分配すると言っていたので、レンドルフは先に帰参することにした。討伐中の拠点となる宿泊場所も手配してもらったことなので、少なくとも数日分の着替えなどは準備しておかなくてはならない。


帰りがけに、一時預かりどころの前を通りがかった際、ノルドが急に「もう…疲れて歩けません…」と言いたげな顔で立ち止まってしまった。しかし、そこは長年の付き合いのあるレンドルフなので、すぐにノルドの要求を察した。


仕方なくレンドルフは、まだ受付にいたノエルに頼んで、カーエの葉を数枚取って来てもらった。

裏の空き地から数枚の葉を取って来るだけでお駄賃を再びもらってしまったノエルは恐縮していたが、ノルドはたちまち元気になってそんなことも気に留めずにご機嫌で葉を咀嚼していた。



その姿を見て、レンドルフはユリに言われたらしい「そっくり」という言葉に、再度大きなダメージを受けていたのだった。



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