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238.追跡と探索

前回の話から少しだけ遡った時間軸の話です。


レンドルフは人気のない森の入口付近までノルドを走らせると、周囲に誰もいないことを十分確認してから腰に付けたポーチから封筒と薄紅色の伝書鳥を取り出した。


指に嵌めていた指輪を外して封筒に入れると、その封筒を伝書鳥に託して空に放った。少し大きめなレンドルフの指輪はちゃんと運ばれるか不安であったが、薄紅色の鳥の形をした紙から、同じ色の本物と変わりない鳥の姿になって空へと羽ばたいて行く。もし大きさで運ばれないようであったらこの場で砕くことも視野に入れていたので、少しだけ安堵する。レンドルフはそれをしばらく見送ってから、ある方向へと顔を向けて目を細める。


レンドルフの目には、自分の左手の親指から微かに伸びている金色の糸のようなものを捉えていた。それを確認すると、レンドルフは別の白い伝書鳥に予め記入しておいた手紙を付けて飛ばした。それは白い鳥の姿になって飛び立ち、空に溶けるように見えなくなった。


「行くぞ、ノルド」


レンドルフが飛ばした指輪は、隠蔽はされていても高価であるので盗難に備えて様々な付与が施されている。その中の一つで、持ち主であるレンドルフの魔力に反応して指輪の場所を特定出来る付与を掛けていた。レンドルフだけに見える細い糸状の魔力の痕跡で、それを辿れば指輪に導いてくれる。その指輪を入れて、ユリの元へ直接手紙を届ける伝書鳥を飛ばしたのだ。それが届けば、その魔力の糸はユリへ直接繋がる。

もし誘拐犯が指輪に気付いて指に嵌めようとしたり破壊しようとしたりすれば、購入店である宝石商直属の警備に知らせが行き、場合によっては警邏隊が派遣される。人が多く動いてしまうと、ユリに危険が及ぶ可能性がある為、レンドルフは専属の宝石商リーズに「任務の関係で指輪を別の場所に置いたので、警備に連絡が入ったら指輪のある場所をエイス駐屯部隊長に知らせて欲しい」という旨を書いた手紙を飛ばしたのだ。ステノスならば、場所さえ分かれば極秘裏に動いてくれるだろう。


レンドルフは人目のない森の中は全力でノルドを走らせたが、人通りのある街道に出ると少し速度を緩めた。本当ならば全力で駆けて行きたいところではあるが、目立つスレイプニルが疾走していれば何か事件でもあったのかと思われる。そこからユリの誘拐に辿り着くことはまずないかもしれないが、少しでも危険な行動は避けておきたい。とは言え、時間が掛かればユリの身が危険に晒される可能性も高くなる。一刻も早く辿り着きたい気持ちと、彼女の為に慎重に動かねばならないレンドルフの葛藤が伝わるのか、途中でノルドが何度も振り返ってはレンドルフに物言いたげな視線を向けて来ていた。


レンドルフはともすれば頭の中が最悪の事態で一杯になってしまうので何とか別のことを考えようと思うが、結局ユリのことに帰結してしまう。誰にも知られることなく、身も心も無傷で保護出来ることが最善だが、他に自分に出来ることがない事実にレンドルフは内心愕然とする。これまで一介の騎士であればいいとしか思っていなかったし、騎士の実力だけで行けばレンドルフは上位に入るだろう。けれど潤沢な資産を有しているわけでもないし、どこかの派閥に属しているわけでもない。もしユリに不名誉な噂が立っても、それを捩じ伏せるだけの力は何もないのだ。


「この崖の先か…」


いつの間にか再び街道を外れて森の中に入っていたが、レンドルフは崖に上に来てしまっていた。しかし魔力の糸はその崖の向こうに続いている。迂回してもいいが、このまま一直線に崖を下ってしまった方が最短だ。


「アースウォール!」


崖に魔力を流して、足場になるように垂直の崖に土の壁が生えるように出現させた。通常の馬ならばこの高さはいくら足場を出したとは言っても怯えるほどだ。だが、ノルドはレンドルフが言うよりも先に意図を汲んで颯爽と飛び降りた。ノルドもレンドルフも巨体ではあるが、レンドルフが硬度を上げて造った足場はビクともせずに安定してノルドの脚力にも耐えている。五枚出した壁だったが、ノルドは三枚だけを使った跳躍を見せ無事に崖下まで辿り着いた。


「ありがとう、ノルド」


レンドルフは土の壁を崩してから、再び魔力の糸を追ってノルドを走らせるのだった。



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「見失った!?…スレイプニルの足じゃ仕方ねえ…仕方ねえ、が、御前はそれで済ませてくれる方じゃないしな…とにかく向かった方向にいる影に確認させろ!」


ステノスはガリガリと頭を掻きながら、目の前に幾つも並べた通信の魔道具のスイッチを切った。ステノスにしては珍しく苛ついた様子に、ムラサキはテーブルの上に栓を開けた炭酸水の瓶を置いた。


「まだ保護出来てないのかい?」

「聞いてりゃ分かるだろ。多分レンは最短で突っ走ってるから、場所を把握してる筈なんだが…くそっ!連絡くらい入れやがれ」

「その様子だと、方向は分かるけど終着点は見えてないんだろうさ。もう少し待ちなよ」

「分かってるよ!けどなあ…」

「けど?」

「御前が怖い」

「ああ」


ステノスは、エイスの街の出入口の門の傍にある酒場に来ていた。


以前にステノスがレンドルフを連れて来たことがある店で、ここには個室があるので密談などに使う際にはステノスはよく利用していた。ここの店主のムラサキも実はステノスの同僚で、アスクレティ大公家の諜報員の一人だ。その為この個室は、見た目は古びた店に合わせて粗末な造りに見えるが、あちこちに最新の魔道具を仕込んで盗聴防止や外部からの干渉が一切出来ないように固められている。逆に内部からの情報も漏れないので、()()()使い道のある部屋だ。

ステノスはレンドルフが出て行った後に「ちょっと見回りに行って来らぁ」といつもの調子でこの店に来ていた。周囲から見れば「また暇を持て余して昼間から飲みに行ったな」と思われている。半分以上は事実なのだが、ステノスは世を偲ぶ仮の姿と言い張っていた。


今回はユリの誘拐を受けて、ムラサキが隠し持っていた通信の魔道具をありったけ並べて、この個室が大公家諜報員達の情報が集まる場になっていた。そこからステノスは地図を広げて指示を飛ばしている。本当はステノス自身も探索に参加したいところだが、部隊長として認知されている以上迂闊に動くとコトが大きくなる。

他の諜報員にはレンドルフを追うようにと指示を出したが、日頃から目立たないように立ち回っている者達なので、スレイプニルに乗ったレンドルフに着いて行くのはほぼ不可能だった。彼の動きや方向を予測して先回りさせた諜報員達が辛うじて情報を繋いでいたが、とうとうそれすら追いつけなくなったらしい。レンドルフが崖を突っ切って南西の方角に向かった情報を最後に、完全に見失っていた。


「他の奴らは御前に擦り寄りたい高位貴族を探ってるんだろ?レンくんが向かった方角に土地やら家やらを持ってる高位貴族に絞ればちょっとは分からないのかい?」

「研究所の件で御前に擦り寄りたいヤツは今や派閥問わずいるからな。それにユリちゃんが見つかった時のことを考えて、子飼いの下位貴族のところに連れ込んでるかもしれねえ」

「幅が広いねえ」

「全くだ」



ユリを攫った状況から、犯人は高価な薬品や魔道具を使用している。相当の資産家か高位貴族でなければ準備は難しいだろう。そこから大公家の諜報員達が探りを入れてはいるが、相手も高位貴族であるので、いくら腕の立つ者でもそう簡単に情報に辿り着けないのだ。

もし大公家やレンザ個人に恨みがあって報復が理由であれば、ユリを攫う必要はない。異変を知らされた大公家の人間が駆け付けるまでには小一時間はあったのだ。それだけあれば、その場で尊厳を奪うなり殺すなりしてしまった方が確実にダメージを与えられる。攫うということは、それだけ足がつくし失敗に終わりやすくなる。そして金銭が目当ての誘拐でもないだろう。準備の為に相当な資金を注ぎ込んでいるのはすぐに分かるし、それだけの資金があれば危険を犯してまで大公女を攫う意味もない。


残る犯行動機は、大公家の権力か、キュプレウス王国との共同研究の利権が狙いのセンが強いと思われた。

その場合はユリの命に関わるようなことはないとは予測されるが、手っ取り早く既成事実を作られて大公女の婿にするよう迫られる可能性が高い。本来なら王命で婚約者がいる筈だが、度重なる失態故か未だに王命はなくユリの婚約者候補も挙がって来ていない。レンザとしては、王家への信頼が著しく低いのでこれ幸いとばかりに催促もしていないのだ。だからこそここで婿に選ばれてしまえば王命に反することもない状況でもあるのだ。

ただ、ユリは外出時は必ず殺意や劣情などを向けた相手が触れようとすると弾き返す防御の装身具を身に付けている。その効果で無事である確率も高い。が、もしユリには指一本触れられなかったとしても、誘拐されたという事実を広めるだけでも大きなダメージにはなる。ただでさえユリは「加護なしの死に戻り」である為、未だに「神に見捨てられた者」という迷信を信じている者も多い。醜聞に塗れた令嬢に、良い条件と引き換えに婿に()()()()()()、と言い出す者もいるだろうし、縁戚の者を担ぎ出して後継者の交替を迫ることも考えられる。それに誘拐されたことを揉み消す代わりに、共同研究に噛ませるように要求をして来る可能性も十分にある。


とにかく今はユリの身柄を迅速で安全に保護することが最優先だった。


「今一番手掛かりに近いのはレンだけか…冷静に行動してくれよ…」


未だに掴めないユリの行方と、見失ったレンドルフに思いを馳せて、ステノスは通信が入るのを祈るように両手を組んで見つめていた。

ユリの誘拐を報せた瞬間のレンドルフは、様々な相手と対峙して来たステノスでさえ背筋が凍るかと思った。あの場面でどうにか落ち着くように宥められたのは、何度かレンザに向けられたことのある殺気の方が僅かに上回っていたおかげかもしれない。どちらを経験していても全くありがたくないが。しかし、ステノスではない領地にいる誰かがそれを浴びているのは間違いない。


この場で苛々していても意味はないので、ステノスはテーブルの上に置かれた炭酸水をグビリと飲む。一気に半分以上を喉の奥に落とし込んで、溜息を誤摩化すように大きく息を吐く。



カツン


不意に小さな音がして、ドアの隙間から白いものが滑り込んで来て、ステノスの目の前で白い封筒になった。


「レンからだ!ムラサキ!」

「あいよ」


ステノスがすぐさまムラサキに封筒を手渡す。既にペーパーナイフを片手にしていた彼女は、すぐに封筒を開いて中に入っている土と小石、木の葉を広げた地図の上に落とした。


ステノスがレンドルフに伝えた場所を特定出来る鑑定魔法持ちはムラサキだった。彼女はその場所にある物から持ち主や周辺状況などを見ることが出来る鑑定魔法を使えた。

そもそも鑑定魔法と一口に言っても、その効果範囲は多岐に渡る。最も多いのが宝石や絵画などの芸術品の真贋や種類、価値などを見抜くものだ。他にも病の原因や毒の種類などを判別する者もそれなりにいる。中には他者の情報を細かく鑑定してしまう者もいるので、鑑定魔法を有していると分かれば魔力の強さや効果範囲に関わらず、必ず国の管理下に置かれる。そして一定の条件下で許可を受けないと使用を禁じる誓約を受けなければならないのだ。

ムラサキは元々アスクレティ領の生まれなので、領主権限で魔法を行使することを許可されている。その領主はレンザであるので、レンザの役に立つためであれば魔法の行使が可能だ。


「方向はレンくんが向かった南西の方角だ。これは近くに随分厳重な防御の付与を掛けているみたいだね。視界がグラグラするよ」

「そこを何とか」

「分かってるよ!ユリちゃんの為だ」


ムラサキは半眼になりながら、地図の上に置いた木の葉などに手を翳している。彼女の魔力はそこまで強くはないので、時間が掛かるし当人の負担も大きいのだ。しかし闇雲に探索するくらいならば、僅かな手掛かりから場所を特定してもらった方が遥かに効率が良いのは分かっている。ムラサキの額には汗が浮かんで、見る間に目が極度の疲労で落窪んで来る。


「何だか…奇妙な形をした塔が見えるね。馬車が通る…紋章が…蛇?ではないね…足がある…蜥蜴?」

「奇妙な塔…蜥蜴の紋章…サマル侯爵家か?」


サマル侯爵家の紋章は二股の尾を有するサラマンダーだ。爬虫類を紋章に掲げている家門は王家と、建国王の時代から王に仕えていたという五英雄を祖とする家柄だ。王家は建国当時は尾に蛇がいる亀だったが、アスクレティ家との盟約を交わす際に王家が亀、アスクレティ家が蛇を紋章として分かつことで盟約を忘れないようにしたと伝えられている。そして他の四家も、王家に倣って紋章の一部に爬虫類を使うようになったそうだ。


「サマル家は、アスクレティ家に繋ぎを持ちたがるような系譜ではないと思ってたが…まあ、高位貴族は腹芸をしてなんぼだからな」


ステノスは顎を撫でながらほんの少しだけ考え込んでいたが、一斉に全ての通信の魔道具を起動させた。


「大公女の居場所が割れた。サマル侯爵家の別邸だ。先行してレンが向かった。迂闊に飛び出して斬られるな」


各魔道具から短い返答が聞こえて来て通信が途切れる。


「相変わらず判断が早いねえ」

「間違っても(タマ)まで取られるわけねぇ…いや、今回はあるかも、か」

「おお、怖い怖い」

「何だよ!ムラサキの能力を信頼した結果だろうが。ちったあお前も責任を負えよ!」

「アタシの魔法は一切責を負わないことが条件だよ!残念でした〜」


ムラサキとは気心も知れた同士なので本気で言い合っているわけではない。こうして少し軽口を叩くことで、張り詰め過ぎる気持ちを緩めることの大切さを互いに分かっている。


「アンタもそっちに向かうんだろ?後片付けはやっといてやるから、さっさとそれ飲んで行って来な」

「悪いな」


ムラサキに少々強めに背中を叩かれて、ステノスは残っていた炭酸水を一気に飲み干したのだった。



ムラサキさんとステノスがいる個室は「12.平民の注意事項」に登場します。あまりにもお久しぶりなので念の為。設定はあったのですが、なかなか活躍の場がなくてこんなに間の開いた再登場です。

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