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233.確かな約束


まだ半分ほど空に残照があるので、公園内には遊んでいる子供の姿も見える。しかし風は大分涼しくなっているので、木陰に入らなくてもちょうどいいくらいだ。

公園を一望出来る見晴らしの良い四阿が空いていたので、座ることにした。四阿の近くにベンチがあったのでエマがそちらに腰を降ろすと、どこからともなく大きな人影が現れて隣に座った。何か魔道具を使っているのかはっきりと認識出来ないが、体格とエマの態度からフェイだろうとすぐに察しがついた。


「ユリさん、何か飲む…のはちょっとまだいいかな?」

「うん…当分はムリ」

「俺もだ」


お互い苦笑しながら顔を見合わせる。いつもなら何か飲み物でも購入するところだが、さすがに今は水分が入る隙間もない。


「レンさん、今日は…今日も素敵な贈り物をありがとう」

「いや、そんな…俺が勝手に注文したものだから、迷惑じゃなくて良かった」

「迷惑だなんて!あんなに綺麗なガラスペンは初めて見たもの。きっと私もお店で見かけたら衝動買いしてたと思う」

「そう言ってもらえると嬉しいな」


ユリは嬉しそうに微笑むレンドルフの顔を見て、あのガラスペンはレンドルフの手紙専用にしようと密かに決めたのだった。



「ええと…まだ少し先のことなんだけど、今度出向でしばらく王城から離れることになるんだ」

「え…出向!?いつ?どこへ?」

「正式な期間は決まってないけど、場所はエイスの駐屯部隊になんだ。ステノスさんの下にしばらくは付くことになるよ」

「そう、なんだ。じゃあ、今とあんまり変わらずに会える?」

「うん。きちんと決まったら改めて知らせるけど、もう出向は確定してるから家族とか…友人とかにも報告していいって今日許可が出たから」

「今日…その、すぐに教えてくれてありがとう」

「ユリさんに一番最初に知らせたかった。今日会う約束してて良かったよ」

「うん…一番、なんだ」


後半の呟きは小さくてレンドルフの耳には届いていなかったが。少し俯いたユリの口角が上がっていたのは見えていた。レンドルフは自惚れかもしれないが、彼女が一番に報告したことを喜んでくれているのではないかと思うことにした。傍から見ていたエマとフェイからするとレンドルフの内心が分かったら「それで自惚れって!」と突っ込みが入っただろう程にユリの表情は分かりやすかったのではあるが。


「髪の色はどうするの?」

「あー…それ考えてなかった。ちょっと相談してみるよ」


レンドルフはエイスの街で過ごしていた際に「冒険者のレン」として髪だけ栗色に変えて過ごしていたのだ。もともと目立つ体格のレンドルフなので、割と街の住人には栗色の髪の冒険者で認識されている。その為、地の髪色で行くのは騙していたようで少々気まずい。今もユリと会う為にエイスの街を訪問する際は、わざわざ髪色を変えて行っているくらいだ。

もっとも気にしているのはレンドルフくらいで、大抵の者はレンドルフを「お忍びで平民冒険者風を装っている貴族出身の騎士」と正しく認識しているので、髪色を晒したところで「あーやっぱり」くらいにしか思われないのだが、懸命に隠そうとしているレンドルフに悪気がないのは分かっているので敢えて指摘せずにいるのだ。もしそれをレンドルフが知ったら恥ずかしさのあまりしばらく立ち直れないかもしれない、というのも込みでスルーしている優しい住人達なのだ。


「任務の関係であまり人目を引くのも良くないかもしれないから、許可は降りるんじゃないかな」

「それって危険な…あ、そういうの、聞いちゃダメなんだっけ…」

「…ゴメン」


基本的に王城騎士団の任務は他言出来ないものが多い。場合によっては身内などに話して良いこともあるが、それは殆どが任務が終了してからに限られている。任務の内容によっては行動を予測されないように、赴く場所や期間も言えないこともある。今回のレンドルフの場合はエイス駐屯部隊への出向として公表されるので、任務の内容にさえ触れなければ話しても良いと許可は得ている。


「その…レンさんは騎士だし、任務に危険も伴うのは分かってるけど…」

「ユリさんとの約束は守るよ」


遠慮がちに口にしたユリに、レンドルフはそう断言してからフワリと笑う。ユリは一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに思い当たったのか何度もコクコクと頷いた。

以前にレンドルフを攫おうとする目的を持った者がいて、幸いそれは未然に防げた。が、ついレンドルフは身に滲み付いた近衛騎士の心得があるので、本当に自身が攫われた場合味方を不利にしないよう自ら命を絶つことを躊躇うつもりはなかった。それをユリに見抜かれて泣かせてしまったことがあり、その時に必ず助けに行くから生きていて、と強く諭された。その言葉は、レンドルフの中で約束としてきちんと刻まれているとユリに伝えたかったのだ。


「職業柄、怪我は避けられるものじゃないけど、生きて戻るのは諦めないから」

「うん。生きててくれさえすれば、必ず治してみせるよ。どんな怪我でも、絶対。腕の二、三本、再生出来るくらい効果のある回復薬を作っておくから!」

「それは心強いな」


実のところ、近衛騎士だった頃の名残で結んでいる誓約の期限が過ぎていないので、王族の身の安全の為にレンドルフが万一攫われることがあればその場で命が絶たれるようになっている為、生きて帰ることはない。もしその期限が過ぎてもユリに出会ってなければ、騎士の心得の呪縛から逃れることはなく、何の疑問にも思わずに騎士としての役割を全うする為に死ぬことは厭わなかっただろう。多くの人々の幸せの礎になる為なら、命を引き換えに差し出すことは簡単なことだ、とどこか自分の命を簡単に捨てられる道具と見なしているところがあった。

今も絶対にそちらに踏み出さないかと言われると揺れるだろうが、もし自分に何かあればユリを傷付けて泣かせてしまうかもしれない、と思うだけで一瞬でも踏み止まれる気がした。それはレンドルフに取って大きな変化だ。一瞬でも生死を分けることは幾らでもある。その一瞬だけでも、生きる方向へ活路を開いて戻ることは出来るかもしれない。


「駐屯部隊への出向ならエイスの森にも行くだろうし…あそこは魔獣が出るから…」


王都でも最端にあるエイスの森は、年に一度大規模な定期討伐をして間引く程度には魔獣が出没する。奥に行けばそれなりに強い魔獣もいるのは、お互いに定期討伐に参加しているのでよく知っている。


「そういう時は一人で行く訳じゃないし、慣れてる駐屯部隊の騎士と一緒だから。それに何かあったらステノスさんが動くよ」

「そうね。ステノスさんはすごく頼れる人だから!」

「…うん」


レンドルフは自分で話題に出しておきながら、ユリがステノスに全幅の信頼を置いているのが分かると少々胸の辺りがモヤモヤするのを感じた。確かにエイスの駐屯部隊の部隊長のステノスは優秀で信頼も厚く、元はエイスの街の自警団を纏めていたところを国に優秀さが認められて部隊長に任じられるほどだ。レンドルフもそれは認めているし、素直に尊敬出来る人物だった。その為、胸に沸き上がった違和感が妙に殊更不快に思えた。


「じゃあいつでもレンさんが使えるように、回復薬をいっぱい作ってギルドに納めておくね!今は普通のが主だけど、中級とか上級とかも安定供給出来るように頑張るから」

「ありがとう。でもユリさんも無理はしないで」

「大丈夫!」


本当はユリの膨大な特殊魔力を使えば、最上級と言われる特級回復薬も作れる。それこそ聖人や聖女が使う再生魔法並みに、手足が捥げて瀕死の状態でも助けることの出来る強力な回復薬だ。しかし材料が高価すぎるので、回復薬自体も超が幾つも付くほどの高級品だ。その為、需要も年に一度あるかないかで、定期的に納品されるのは王城の王族専用の保管庫くらいだ。そうなると王族専任の薬師が調薬するので、見習い薬師のユリに出番はない。正式に薬師の資格を持っている者でも、知識はあっても作る機会は生涯中ほぼないと言われている。

だがユリは大公家の潤沢な資産と材料を使用して、既に数回は調薬経験がある。きちんとレンザや師匠にあたるセイシューに確認してもらって問題ないとお墨付きはもらっていた。さすがにギルドに納品は出来ないので、大公家の本邸と別邸の金庫に保管している。


ユリは、万一レンドルフの身に何かあったら金庫にある特級回復薬を迷わず出そうと心に決めていた。



話し込んでいると、すっかり日が落ちて公園内の街灯が全て点灯していた。涼しくなった風が柔らかくレンドルフの髪を揺らす。


「もうすっかり日が暮れたね。つい話し込んじゃったけど、ユリさんは冷えたりしてない?大丈夫?」

「全然平気!ほら、今日はカツラも被ってるし」


ユリは青い色をした前髪をチョイ、と触れる。人毛を使用していて職人が頭に合わせて丁寧に手作業で製作した物なので想像以上に軽くて通気性は良いが、やはり帽子を被っているようなのと同じ状態には変わりがない。


「これから暑い間は俺がエイスの街にいるから、ユリさんの負担は少なくなるかな」

「付与がかかっててそこまで大変じゃないから心配しなくても大丈夫。あ、でも暑い時期にエイスにいられるのはレンさんにはいいかも。ほら、一応あの辺りは日帰り避暑地って言われるくらいだから、中心街よりは過ごしやすいよ」

「ああ、それもそうだ。じゃあこの任務に指名されて良かったな」


エイスの街も王都内ではあるが、王城を取り囲むように栄えている中心街は桁違いに人も建物も多い。その為多湿になりやすい気候の王都では、中心街はかなり蒸し暑くなるのだ。特に毛深いタイプの獣人が王都に極めて少ないのは、この気候も大きく影響している。王城内は空調を魔道具などで補っているので比較的過ごしやすいが、場所によっては外と変わらないところもある。さすがに王族などの居住空間などはどの場所よりも快適になってはいる。

レンドルフは近衛騎士で王族の護衛に付いていた恩恵で、夏場は割と快適に過ごさせてもらっていたのだ。しかし今年の夏は近衛騎士を解任されて初めての夏だ。しかも魔獣討伐を主とする第四騎士団なので、体がついて行けるか多少の不安はあったのだ。



「そろそろ帰ろうか」

「うん。ちょっとお腹も楽になったし」

「俺もだ」


クスクスと笑いながら、ユリは差し出されたレンドルフの手を取って立ち上がる。まだ胃に何かが入るほどの余裕はなかったが、動くのも億劫になるほどではなくなっている。

チラリと離れた場所のベンチにいたエマに顔を向けると、彼女の隣にいたフェイの姿が消えていた。二人が動きそうな気配を察して、馬車を呼びに行ったのだろう。


「次の休みはどこに行こうか」

「そうだな…屋内とかの方がいいかな?水族館とか涼しそうだし。ユリさんの見たがってたヒトデもいるし」

「それもいいわね。あ、細かいことは手紙に書くね!あのペンとインクで」

「じゃあ俺もそうしよう」



公園のすぐ外に、既に乗って来た馬車が待っていた。

いつものようにユリを先に馬車に乗せてからエマが乗り込むのを見て、最後にレンドルフが乗り込む。その際に、少し馬車から離れた場所で佇んでいるフェイと思われる人影に視線を向ける。そしてほんの少しだけ彼の背後に視線を向けると、フェイは「承知しました」と軽く頭を下げた。声には出していなかったが、レンドルフに伝わるように口がはっきりとそう動いているのは確認出来た。


店内にいる時は分からなかったが、レンドルフは外に出てから監視されているような視線を感じていた。ただ明確な敵意を向けて来る訳でもなければ、一定の距離を保って近寄って来る訳でもない。もし何故着いて来るのか問い質したところで、「たまたまの偶然」で言い逃れが出来る微妙なところだ。あまり突ついて厄介ごとに発展するのもどうかと思ったが、このまま王城の近くでレンドルフが馬車から降りた後にユリを尾けられるのは絶対に避けたい。その為レンドルフは護衛のフェイに「後は任せる」と視線で告げたのだが、きちんと伝わったようで安堵する。


「レンさん?」

「少しゆっくりで頼むよ」

「畏まりました」


すぐに馬車に乗り込まないレンドルフに何かあったのかと思ったのかユリが声を掛けて来たので、敢えて少し大きめの声で馭者に頼む。そしてすぐに馬車に乗り込んだので、ユリはまだお互い満腹状態なのでゆっくり走らせてもらうように頼んだのだと納得したようだった。


「ありがとう、レンさん」

「もう少しユリさんと話したかったし」

「う…うん…」


サラリと無自覚に甘い視線を向けるレンドルフに、ユリの頬がほんのりと赤く染まる。


異性と二人きりにしない為に侍女が付き添うのはよくあることなので、あまり人としてカウントされないことは普通のことだ。エマとしては職務上、諜報活動の一環で他の貴族の護衛や侍女を務める経験もあるので、存在を無視されて色々相当すごい展開にも居合わせたこともある。それに比べれば目の前の二人は基本的に適切な距離を保っているし、少々接触があっても許容範囲内に収まる程度だ。そんな初々しい二人なのだが、エマは何故かそんな様子を見ていると色々すごかった貴族のやり取りよりもどこか気恥ずかしいような気持ちになってしまう。


エマは二人の向かいに座りながら、ひたすら空気になるように務めていたのだった。



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「これは…」


レンドルフ達を乗せた馬車が走り去った後、見送るように佇んでいたフェイは、離れた場所の茂みに向かって顔も向けずに袖に仕込んでいた痺れ薬を塗ったナイフを投げ付けた。それと同時に茂みの間を駆け抜ける影も二つ。


「魔道具のようです」

「そのようだな」


その影の一つが、茂みの中から両手に収まる程度の大きさの黒い炭のような物体を持って来る。そこには先程フェイが投げたナイフが中心に突き立っていた。確かに手応えはあったが、何か妙だとは思っていたが、まさか人ではない物だとは予想していなかった。


「おそらく何も出んとは思うが、念の為鑑定魔法を使える者に回しておけ。あと、周辺で何か痕跡がないか…まあ、無いだろうから適当なところで切り上げろ」

「は…」


フェイは鑑定魔法は使えないので確実ではないが、あの魔道具は誰かを探る為に特化した使い捨ての物だろうと予測していた。遠隔で操って、バレた時はただのガラクタになるように最初から作られている。形は全く異なるが、似たような機能の魔道具は一度目にしたことがある。確か使い捨ての割に法外な金額だったので記憶に残っていた。あれを一つ用意するくらいならば、暗殺者を闇ギルドで一個小隊を雇う方が遥かに安上がりなくらいだった。しかし高位貴族の中には、その魔道具の金額よりも人を介して情報が漏れることの方を危険視する案件を抱えている場合もあるのだ。


「俺はお嬢様の方に戻る。御前への報告は任せた」


何とも厄介な気配ばかりが漂う状況に、フェイは思わずズシリと重くなった肩をゴリゴリと回して、その場を部下に任せてあっという間にユリの元へ向かってその場から消え去ったのだった。




レンドルフが少々自分の命を軽んじる傾向にあったのは、もし死んでしまったら親兄弟が悲しむのは疑っていないけれど、自分よりもっと大切な存在がいるからいなくても大丈夫と思い込んでいる節がある為です。

それは父が、領地領民の為ならば上に立つ為政者は命を投げ出す覚悟ある、という正しく領主の器だった影響があります。レンドルフの父は先代を早くに亡くして色々と学ぶ前に領主になり、長兄次兄は苦悩しつつ領主として父が成長して行く過程を見ているのですが、レンドルフが物心ついた時には父は「完成された領主」の姿だった為、その影響で自分の身を後回しにする癖が染み付いてしまったちょっと仕方ない部分もあるのです。


あとは、レンドルフの髪色と魔法属性が周囲の血族と違い過ぎるというのも、多少少年時代のレンドルフの人格形成に影を落としています。(家族や領民は一切気にしてないけれど、周囲が色々と色眼鏡で見ていたり)

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