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21.飼い主とペットはよく似ると言われている


ギルドカードに記された内容を見ながら、レンドルフはノルドに積み込む荷物の確認をしていた。



その内容は、どこでも購入できそうな保存食が大半だったが、連絡をくれたミスキ曰く、冒険者達が討伐のためエイスの街に集まるのでどうしても品薄になるので、レンドルフに中心街で代わりに買って来て欲しいと頼まれたものだった。親切にも購入品は細かく指定されていて、価格帯も記されていた。これはレンドルフが庶民の買い物には慣れていないだろうとミスキの配慮からだった。ただレンドルフ自身はあまり中心街に出ない方がいいだろうと使用人に頼んだので、その内容を見た彼らは「子供のお使いのように気を遣われている…」と少々複雑な気分になっていた。


「若様、こちらもよろしければお持ちください」

「これは?」

「領地から届いたばかりの薫製肉でございます。それから赤鹿の干し肉も入れております。どうぞご友人方とお楽しみください」

「ああ、ありがとう」


執事が追加で差し出して来たズシリとした包みを受け取る。どちらもレンドルフの好物で、おそらく両親や兄が気を遣ってくれたのだろう。干し肉はそのままでも食べられるので皆で分けても良いが、薫製肉は調理が必要なので先日から色々とご馳走になっているミキタに渡してもいいだろうと考える。


「何かあればギルドカードに連絡を入れてくれ」

「畏まりました。くれぐれもお気を付けて」



ギルドカードの使い方に四苦八苦していたところ、屋敷の使用人にも何人か身分証代わりに冒険者登録をしている者がいたので、練習相手に互いに登録設定をしておいたのだ。すぐ目の前にいる相手とメッセージを送り合うというなかなか不思議な光景が繰り広げられたが、おかげでレンドルフのカードの使い方も大分上手くなっていた。

まさか執事もカードを持っているとは思わなかったが、手の大きなレンドルフが小さなカードで色々と操作をするのに苦戦してたのを見て、老眼対策用に文字を大きく浮かび上がらせることが出来る技を教えてもらったのは非常に有意義だった。



----------------------------------------------------------------------------------



ここ数日何度もエイスの街を往復していてすっかり慣れた様子のノルドは、レンドルフが乗ると手綱を引く前に既にエイスの方向へ足を向けるようになっていた。

王城の任務ではまず騎乗することもないので、レンドルフが休みの日くらいしかこれまでノルドには乗っていなかった。それも翌日の任務に響かないようにタウンハウス内の馬場を回る程度だ。その為、ノルドはここのところ長距離で走らせてもらえることが嬉しくて仕方ないようだ。


その嬉しさのあまり張り切って疾走した為か、今日はいつもよりも荷物を載せているにもかかわらず、予定より早い時間にエイスの街に到着した。



すっかり顔馴染みになった門番の老人と挨拶を交わす。最初の頃は目的や滞在予定などを尋ねられたが、最近では向こうから気さくに軽く片手を上げて来るだけでそのまま通過させてくれる。たまに見覚えのない冒険者が止められてギルドカードを見せて通過しているのを見て、ちょっとやってみたいと思っていたレンドルフとしては少々残念な気持ちではあるのだが。



「今日はお預かりしなくても大丈夫ですか?」


こちらも顔馴染みになった馬や荷物を一時的に預かってくれる場所の前を通りかかると、何度か受付をしてくれた少年が顔を覗かせた。


「ああ、今日は荷が多いからね。このまま街に入ることにするよ」

「そうですか」


一応これまでは貴族だと思われないようにスレイプニルを預けていたのだが、もうそんな気を遣わなくてもいいような気になっていた。それに約束もしたので、一度タイキと顔合わせはしておきたい。

しかし、その前を通り過ぎようとした時、その少年と何故かノルドが少しションボリとしたような表情になったのに気が付いた。


「ノルド?」


いつも預ける時には、餌も水も通常の馬より量が必要になるスレイプニルということで、レンドルフは規定の金額よりも大目に支払っていた。その為に相手がションボリするのも分からなくはないが、何故ノルドがションボリしているのかが分からずレンドルフは首を傾げた。


「あ!あの…すみません!」


その様子を見て、少年が顔色を変えてレンドルフに頭を下げて来た。レンドルフはどうして頭を下げられているのか分からず、ひとまず足を止めて少年の正面にしゃがみ込んだ。


「どうした?」


レンドルフはなるべく威圧感を与えないように少年の目の高さになるようにして、穏やかな声で聞いた。少年は一瞬ビクッと肩を震わせたが、レンドルフがそっと腕の辺りに触れると、おそるおそる顔を上げる。レンドルフは体格は大きいが、顔立ちは優美で目の色も淡く柔らかい。こうして目の前に彼の顔があればそれほど怖がらせずにすむのは、幼い王族を相手にしていた際に学習済みだった。


「あ…あの、前に、そのスレイプニルに、甘い葉っぱを、あげて」

「甘い葉っぱ?そういうものがあるの?」

「は、はい。あの、俺達の、いえ、わたくしどものおやつで」


他の大人が客の相手をしている様子で言葉を覚えたのだろう。必死に言葉を紡ごうとしている少年の姿は何とも微笑ましく感じた。



少年が言うには、裏手の空き地で馬を歩かせたりするのだが、そこに甘い味のする葉を付ける木があるらしい。それを知って、ここで働いている子供達はよくおやつ替わりにその葉を食べているというのだ。そしてノルドがその葉を食べてしまい、いたく気に入ったらしく来る度に数枚食べさせて貰っていたそうなのだ。


つまり、甘い物好きなノルドが子供達のおやつを食べていたということだ。レンドルフはその説明を聞いてチラリとノルドを見上げたが、ノルドは未だにションボリとした顔のままで、全く悪いことをしたという自覚はなさそうだった。


「君達は悪くないよ。勝手におやつを食べたノルドが悪いから」


レンドルフが少年の肩をポンポンと軽く叩いて落ち着かせるように声を掛けると、視界の端でノルドが「エッ!?」というような顔をしてこちらを見ていた。幸い少年の視界には入らなかったようだが、レンドルフは主人として少々恥ずかしい思いをしたのだった。


「おー、誰かと思ったらレンじゃねえか。どうしたどうした?」

「ステおじさん!」


少しは落ち着いたもののまだ恐縮している少年に対してレンドルフがどうしたものかと思案していると、後ろから知った声が聞こえて来た。

レンドルフが振り返るよりも早く、少年がパッと笑顔になった。


「ステノスさん」

「何でぇ、こんな道端でしゃがみ込んで。腹でも痛えか」

「違いますよ」


しゃがんだままの姿勢で振り返ると、ステノスが相変わらずゆるりとした空気を纏わせて立っていた。今日はまだ仕事中なのか騎士服を着てはいるが、襟元のボタンを二つ外して、裾もしまわずに出したままだった。


「んー、どうしたノエル。お前の方が腹痛か?」

「違うよ!」


少年はステノスとも顔馴染みらしい。ステノスが出て来たことで、固くなっていた空気が一気に和らいだようだった。


「俺のスレイプニルが、どうも勝手に子供達のおやつを食べてたみたいで」

「普通の馬は食べないけど、こいつ…こちらのスレイプニルは旨そ、美味しそうに召し上がるので、つい差し上げてしまいました」


貴族相手ということでとにかく丁寧に喋ろうと気を遣っているのか、少年、ノエルは何度も言い直しながら妙な言葉遣いになってしまっている。


「おやつ?クッキーとかチョコとかか?そいつはあんまり良くねえな」

「ううん、甘い葉っぱなんだ」

「葉っぱぁ?そんなのこの辺に生えてたか?ちょいと見せてもらっていいか」

「うん…」

「おう、レン。お前さんは大丈夫か?時間がないようなら俺が食っても問題ないヤツか確認して後で知らせるぜ」

「今日は早く来たので大丈夫です」

「そうかい。ノエル、案内してくれるか」

「…うん」


まさかレンドルフも来るとは思わなかったのだろう。ノエルは少々顔色が悪いまま立ち上がって裏手の方に続く道へと案内する。

ふとレンドルフがノルドを見ると、ノルドはおやつのある場所へ連れて行ってもらえると思ったらしく、明らかにウキウキした表情になっていた。途中で一度休憩を挟んだ時に好物の角砂糖と林檎を与えていた筈なのに、ノルドの甘いものへの情熱を垣間見てレンドルフは気恥ずかしい気分になったのだった。



「おー、こいつぁカーエの木じゃねえか。懐かしいな〜」


裏手の空き地に入るなり、ノエルが示す前にステノスはその木に気が付いたようだった。

その木は随分と細くて、枝が妙に長く垂れ下がっていた。背の高い木ではあるのだが、その枝が葉を付けたまま垂れ下がっているので子供でも取るのは容易いだろう。甘いと言われている葉は、幅が狭く細い形をしていた。


「ステおじさん、知ってるの?」

「おう。俺もガキん時はよく食ったぜ。レン、これなら大丈夫だ。スレイプニルならこの木丸々一本分食ったって問題ねぇよ」

「どっちかと言うと、子供のおやつを奪って食べたウチのノルドの方が問題なので…」

「そっちかよ!」


もし食べて調子が悪くなるようなら、とっくにタウンハウスの厩番が気付いて報告している筈である。むしろ子供達の楽しみを奪ってしまっていたのではないかという方がレンドルフには大問題だった。


「あー、ノエル。この兄ちゃんはな、お前らが勝手によく分からねえ葉っぱを食わせたことじゃなく、このスレイプニルがお前らのおやつを奪っちまったことを心配してんの。別に怒ってる訳じゃねえから安心しな」

「そ、そうなの?」

「ああ。ごめんな。ウチのスレイプニルが迷惑を掛けた」

「そんなことない。あいつ、偉いんだ。俺達と同じ枚数しか食べないし、ちゃんと並んで順番守るし」

「そ、そうか…」


レンドルフは何故だか飼い主的に褒められている気はしなかったが、取り敢えず問題はなかったようなので安心した。

ふとノルドに目をやると、熱い眼差しでジッとカーエの木…というより、ゆらゆらと風で揺れている葉を見つめていた。ノエルの言うように、子供達と同じ数だけ食べていたのなら、ノエルが食べていない状態では食べてはいけないと思っているのだろう。しかし、熱心に見つめるあまり他が疎かになっているのか、口から涎が垂れた。


「あの…もし差し支えなければ、この葉をあげてくれるかな。楽しみにしてるみたいだ」

「え!?いいの?」

「ああ、構わないよ」

「やった!」


レンドルフの言葉に、ノエルは飛び跳ねるようにカーエの木に駆け寄ると、勢いよく葉をブチブチと毟った。その様子を見て、ノルドも明らかにはしゃいでいる。


「…何つーか、表情豊かなスレイプニルだな」

「…ええ、まあ」


人間で言えば「満面の笑顔」とでも表わしたくなるような顔で葉を食べているノルドを見て、ステノスはしみじみと言った風情で呟いた。それを見ていたレンドルフは、言葉少なに答えるしかなかったのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



数枚ほど葉を食べて満足したのか、レンドルフに連れられてノルドは大人しく空き地を後にした。

レンドルフは、これまで彼らのおやつを奪って来てしまった詫びと、もしよければこれからも預けた時には葉を分けてくれるように頼んで、ノエルの手に銅貨数枚を握らせた。彼は随分恐縮していたようだったが、金額としては子供達で一回分のクッキーを買える程度のものだ。



ステノスはさり気なく、何か違うものを間違って食べられてしまった時はすぐに大人に報告することと言い聞かせていた。分かりやすくやんわりとした言い方だったが、ノエルは神妙な顔で何度も頷いていた。おそらく自分が言うよりもはるかに効果があるだろうとレンドルフは感心しながら耳を傾けていた。


「ほれ」


しばらくステノスと並んで歩いていると、目の前に一枚の葉を差し出された。先程のカーエの葉だった。


「これ…?」

「何か食べたそうな顔してたから、ちょっくら毟って来た」

「食べたそうな顔…」


レンドルフは先程のノルドの涎を垂らした顔を思い出して、自分の似たような顔をしていたのだろうかと不安になった。さすがに涎は垂らしてはいないのは自覚はあるが。


「ん?抵抗あるなら後ろのヤツにやっちまうぞ」

「いただきます」


ノルドはさすがにレンドルフに差し出されたものを奪うような真似はしないくらいの賢さはあるようだが、それでも物欲しげにレンドルフの肩越しに鼻面を近付けて来ていた。レンドルフの首筋の辺りに生暖かい鼻息がかかる。

その鼻息を無視して、レンドルフはステノスから葉を受け取って、ほんの少しだけ齧ってみた。


「あ、甘い」


生の葉であるので、多少の青臭さと苦味は感じるものの、それ以上に強い甘みが舌の上に滲み出して来た。砂糖の甘さとは違う、もっとスッキリしたような甘みのように感じた。


「こいつは茶に入れて煮出すともっと甘くなるんだ。でも塩に弱いらしくて、料理に使おうとするとたちまち甘みが無くなる。変わってんだろ?」

「へえ、面白いですね」


サラダ以外で生の葉を食べるのは初めてのことだったので、その感覚が面白くてレンドルフはそのまま残った葉を口に入れて噛み締めた。その途端、肩の辺りの服を強く引かれた。見ると、ノルドがレンドルフの服を齧っていた。


「何かすげぇ恨みがましい目て見てるぞ」

「ノルド…!お前はさっき食べて来ただろう」


そう言うとまさに渋々といった風に口を離したが、今度は何故か目が潤んで来ている。スレイプニルにしては表情が豊か過ぎて、中に人でも入っているのかと疑いたくなって来た。仕方なくレンドルフは腰のポーチから角砂糖を一つだけ口の中に放り込んでやった。するとたちまち機嫌が直ったらしく、ノルドはレンドルフから顔を離して普通に歩き始めた。

その様子の一部始終を見ていたステノスは、レンドルフの隣でゲラゲラと爆笑していた。


「いい主従じゃねえか」

「そうですかね」


ステノスの言葉に、レンドルフはイマイチ素直には頷けなかった。


「ああ、そうだ。あんまり面白くて忘れるとこだったぜ。こいつをレンに、って預かって来てた」


ステノスが懐から一通の手紙を差し出して来た。レンドルフが受け取って宛名を見ると「パナケア子爵」と記されていた。


「パナケア子爵…?」


全く覚えのない名前に、レンドルフは眉を顰めた。封筒も何の変哲もない白いもので、簡単な封はしてあるが封蝋は施されていないため紋章から推察することも出来ず、どの派閥の家門かも分からなかった。


「あの…ステノスさん。これを渡した方は…」

「何かパナケア子爵の執事とかって言ってたぜ。確か、旧友のお孫さんからの依頼、とか何とか」


ステノスの言葉に、レンドルフは暫し考え込む。全く聞き覚えのない名前なのに、どうしてステノスにレンドルフに渡すように依頼したのかさっぱり分からなかった。

しかし不意に、「お孫さん」と言う言葉に思い出すことがあった。むしろそれしか心当たりがない。


「あ…!ユリさんに頼んでユリさんのおじい様に頼んでいたことが」

「あー…それじゃないか?ユリちゃんのじー様は顔が広いからな」

「そうなんですね。俺、まだお会いしたことがないから」

「色々忙しい人らしいからな。おっかねぇから絶対敵に回すなよ」

「えぇ…」


ユリの祖父の話では教師のようなことをしているとだけ聞いていたのだが、そんな多忙な人物に気軽に頼んでしまって大丈夫だったろうかとレンドルフは些か不安になった。


「大丈夫だって!なんせユリちゃんにはベタ甘なじー様だ。ユリちゃんに悪さしなきゃ問題ねえさ」

「…それなら良かった」


不安な顔になっていたのか、ステノスがレンドルフの背中をバンバン叩いて励まして来る。

レンドルフ自身はユリとは良好な関係を築けていると思っているし、今後もそれを壊したくないと願っている。レンドルフは最近必ず外出時には身に付けている魔石の付いたチョーカーに、半ば無意識的に触れていた。


「ま、()()()()()敵に回すかもしんねぇけどな」


ユリに甘ければ甘いほど、ユリが憎からず思っている相手には厳しい目が向けられる可能性が高い。レンドルフに聞こえないようにステノスはそう呟いて、軽く肩を竦めたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



ステノスと別れて、ノルドを連れたまま街中を歩いていると、否応なく注目を浴びる。特に討伐に向けて冒険者達が増えて来ていて、彼らがレンドルフに向ける目は大半が厳しいものだった。中には明らかにレンドルフに絡んで来そうな者もいたが、さすがに昼日中の人目の多い場所でスレイプニルを連れた貴族に因縁を付けようとするのは避けようと、周囲の者が押し止めていた。

そんな風に注目を集めながら、以前にステノスに忠告を受けたことはこれか、とレンドルフは冷静に受け止めていた。



「おぉー!すっげー!!本物のスレイプニルだ!!」


今日の待ち合わせ場所はミキタの店だったのだが、その前に差し掛かった途端に店の中からタイキが飛び出すように出て来た。そして興奮した様子でレンドルフに近寄ろうとしたので、すかさず後からバートンがタイキの体を抱えて後ろに下がった。


「こらタイキ!すぐに馬の前に飛び出すんじゃない!」

「タイキ!ちゃんと周りを見ろといつも言ってるでしょう!」


口々に注意しながら、ミスキとミキタが慌てて店から出て来た。顔はあまり似ていないのだがその口調があまりにもそっくりで、そんなところに親子の血を見た気がした。


「…ゴメン」


バートンに抱きかかえられたままの状態で、左右から母と兄に説教されたタイキは、みるみる萎れたようになって謝る。さすがに自分でもマズいことをしたのは自覚があったようだ。



大抵の動物ははるかに強い力と魔力を持つ魔獣を恐れるものだが、その中で馬は特に竜種を恐れる性質があるのだ。神話では、神の乗り物であったドラゴンが特に馬を好んで補食したからとも言われているが、その理由は未だに解明されていない。その性質から昔から旅人の間では、森で馬が先に進まなくなったら手綱を緩めて馬の判断で走らせろ、と伝えられる。その先には間違いなく人の力では到底叶わない恐ろしいドラゴンがいるからだ、と言われ、それは今も有効な言い伝えとして語られているのだ。


タイキは僅かではあるが竜種の血を引いているため、馬が寄り付かない。それどころかうっかり前に飛び出そうものなら、怯えた馬が暴れ出さないとも限らないのだ。

一応魔馬や、スレイプニルは問題ないとされてはいるが、実際には相性も大きく関わって来る。なので、いきなり初対面のスレイプニルの前に飛び出してしまったタイキに厳重注意がいくのは仕方がないことと言えた。



「レンさん!ノルド連れ来てくれたんだ!」

「うん。一度タイキと顔合わせしておこうと思って」


続いて店から出て来たユリが、レンドルフとノルドに近付いて来た。彼女とノルドは一度会っているし、相性も良さそうだったので何の心配もない。ユリが少し背伸びをして「相変わらず良い毛並みね」と軽く首筋を撫でると、鼻を鳴らしてご機嫌な様子だった。


「ミキタさん、ミスキ、この距離で特に怯えてなさそうだから、多分近付いても大丈夫」


実際、先程タイキが飛び出して来た時もノルドに怯えたような気配はなかった。タイキが乗れるかどうかはともかく、討伐の時にレンドルフが乗って行っても問題はなさそうだった。


「ユリさんは念の為少し離れてて」

「分かった」


ユリが距離を取ったのを確認して、レンドルフが頷く。タイキはまだバートンの腕に抱えられていたが、レンドルフの合図とともにそっと解放された。


「平気かな…?」


今度は落ち着いたのか、タイキもそろそろと近寄って来た。

レンドルフはチラリとノルドの様子を伺ったが、特に警戒や緊張している気配はない。


「ノルド」


レンドルフは柔らかく声を掛けて、ノルドの首筋に手を当てる。その手と反対の手には手綱をしっかりと握りしめて、身体強化魔法を掛けた。もし万一急にノルドが暴れ出した場合は、力づくで引き倒して止められるように準備はして置く。


「ノルド…?ええと、オレはタイキ」


普段の彼からは想像もつかないほどオドオドとした態度で、ゆっくりと手を伸ばして来た。タイキの金色の瞳が、ジッと目の前のノルドを見つめていた。ノルドも真っ黒な目でタイキを見つめている。そして、何故かノルドは伸ばされたタイキの手を、パクリと口に入れた。


「わあぁぁっ!?」

「ノルド!?」


一瞬噛み付いたのかと思って焦ったが、タイキは思わず驚いて声をあげてしまっただけのようで、その後はキョトンとした顔で固まっていた。


「タ、タイキ…大丈夫、か?噛まれた、のか…?」

「いや……何か、すっげぇしゃぶられてる…」

「ノルド!何やってる!」


慌ててレンドルフが手綱を引いたので、ノルドの顔が横を向いて口の端からタイキの手がツルリと抜け出る。その手はノルドの涎でベチョベチョになっていた。


「タイキ、痛むところとかはないよな?」

「あ、ああ…ダイジョブ…」


今まで馬には全く縁がなく、遠くから見ているだけでも逃げられたりしていたタイキだったが、まさかスレイプニルにいきなり手をしゃぶられる事態になるとは思ってもみなかった。何とも生暖かく、妙な感覚だけが手の上に残っていた。


「ねえタイちゃん!シュークリーム食べたままの手、洗わないで外に…あら?どうしたの?」


一番最後に布巾を手にしたクリューが店から出て来た。そしてスレイプニルの前で片手を持ち上げたような格好で立ち尽くしているタイキを見て、不思議そうに首を傾げた。


「…それか」


おそらくタイキはシュークリームを素手で食べていて、手を拭かないまま飛び出して来たのだろう。そしてその手に付いた砂糖やらクリームやらにノルドが反応して、タイキを手をしゃぶったのだ。あまりにも甘いものに向ける意識が強過ぎて、レンドルフは思わず片手で額を押さえた。


「取り敢えず、手、拭いたらどうかな」

「お、おう…」


状況が分かっていないクリューが、タイキの手が何やらベチョベチョになっているのに気付いて、手にした布巾を差し出して来た。



「一応、タイキが近付いても大丈夫みたいだな」

「ああ」


ミスキもあまり慣れていないのか、少し腰が引けたような態度でソロソロと近付いて来る。ノルドはしばらくミスキを見つめていたが、フイ、と顔を背けてしまった。どうやらノルドは彼には興味がないらしい。そして背けた方にユリがいたので、そちらの方に寄って行って頭を下げている。ユリも「可愛いねえ」と言いながら、撫でやすい位置にまで下がったノルドの顔の脇などを撫でてやっていた。


「…ユリからレンのスレイプニルはレンにそっくりって聞いてたんだけど、その通りだな」



その様子を眺めていたミスキがポツリと呟いた。

以前、ユリがノルドのことを褒めてくれていたので、彼女は褒め言葉のつもりで伝えたのだろう。しかし、色々とやらかしているノルドを見てしまったレンドルフは、大変複雑な気持ちでその言葉を受け止めていたのだった。


カーエの木の見た目のイメージは柳です。味はステビア(笑)

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