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230.訪問者の目的


時間通りに許可証を首から下げた三名が研究所を訪れた。


疾しいところはないが、あまりあちこち見て回られて機密情報が「悪気なく」漏れることや、まだ実験段階で繊細な環境を整えなければならない植物を「雑菌」に触れさせて枯らせてしまうことを懸念して、彼らは許可証に対応されているエリア以外には入らないよう厳重に注意されていた。その為本日の予定は、入口から転移で直接レンザの待つ応接室へと飛び、団長はそこでレンザから話を聞き、他の調査担当の二名は隣の部屋から保管庫の入口前へと転移させ、調査終了後再び応接室へ戻されるという一切研究所内で自由行動はないことになっていた。しかも途中何があってもトイレの使用も許可しないので、担当者は体調を整えるか、万一の時はそのまま研究所の外に転移させて二度と戻ることは禁ずる、と条件を付けている徹底振りだった。


その厳しい条件に苦情の一つでも入るかと思ったが、ダンカンは「それくらい徹底されてると調査が形だけでいい」と喜んだそうだ。有害な植物である「吸血茨」は、種子が発見されると研究機関が回収している。その取り扱っている研究機関を調査して盗難や横流しがなかったかを確認することが目的なので、厳重な設備であればあるほど疑いも晴れやすい。完璧な防犯対策がされている施設であれば、すぐに調査も終えられるということらしい。


今回調査対象になっている「吸血茨」は、自然界で見かけることは現在ほぼないと言われている。傷口から種が浸入して早ければ数分、遅くても一両日中に発芽して激痛を伴う為、発覚が早いのだ。それに人間以外の意思疎通が出来ない動物でも発症すれば痛みで暴れるのですぐに分かる。そして発症から傷を負ったと思われる場所を特定するのはそこまで難しくない。場所が特定出来れば、専門家や魔法士などが種の回収を行い、周辺には注意喚起の看板が立てられる。危険な植物ではあるが、発見しやすいということですぐに研究機関などに回収、保管されている。

この危険な植物を完全に駆除しないのは、人間には危険だが自然界で何らかの役割を負っているかもしれないという可能性の為だ。人間にとって危険だからとすべて取り除いてしまって、生態系に歪みが出て却って大事になった事例は過去いくらでも出て来る。


実のところ、間諜や刺客などを捕らえた際に情報を吐かせる為の手段として手軽で確実、と物騒な方面で一部に需要があるので根絶やしにしていないというのが最大の理由ではある。



「貴重なお時間をいただき、恐れ入ります」

「こちらこそ、お忙しいのにお時間を調整いただきましてありがとうございます」


応接室でレンザとダンカン・ボルドー団長は表面上はにこやかに挨拶を交わす。しかしお互いの目が笑っていないのは端から見ても丸分かりだった。


ダンカンは、茶色に近い濃い色の金髪を後ろにキッチリと撫で付け、背は高いが細身で目付きの鋭い男性だった。瞳は、王家の血統で稀に見られる淡い紫ではないが、青味の強い紫色をしていた。着痩せするタイプなのかそこまで筋肉質ではないようにみえるが、立ち居振る舞いに隙がないので剣の腕は現在の王城騎士団の中でもトップクラスという話は伊達ではなさそうだった。


その後ろに控えるように立っているのは、ダンカンよりも一回り以上大柄の黒髪の男性と、褐色の肌をした淡い金髪の少年にも見える童顔の男性だった。黒髪の騎士の方は、何度もレンドルフの友人として薬局に訪れていたネイサンだった。ユリも薬局の裏手からチラリと姿は確認していたのですぐに分かった。もう一人はおそらく薬局を利用していないと思われた。これだけ目立つ容姿ならば、ユリの居ない時に来ていたとしてもヒスイが話題にしただろう。基本的にユリのいるキュロス薬局はレンドルフの所属している第四騎士団が使いやすい場所にあって、第三騎士団は王城内の薬局に行った方が近いので、滅多に来ることはない。


「ネイサン・サマルと申します」

「アイルです。よろしくお願いします」

「本日保管庫のご案内をする助手のユリです」


レンザの後ろでユリが頭を下げた。今日は認識を曖昧にするいつもの魔道具ではなく顔立ち自体を別人に見せるものを装着している。薬局開店当初はこんなにもユリにちょっかいを掛けて来る勢力が多いと思っていなかった為に何度かユリ自身が応対してしまい、人伝に小さくて黒髪、緑の目をした女性がいるという程度ではあるがユリの存在は知られてしまっている。そのせいで全くの別人レベルには出来なかったので、大きく意志が強そうに見える目を少し小さめで柔らかい雰囲気になるように設定した。


ネイサンは索敵魔法を使用出来るので、最近保管庫に入った人間の足取りをある程度感知可能だそうだ。研究者達の足取りと全く違う方向に向かう怪しい足跡があるかどうかを確認するらしい。アイルも同じ索敵魔法を使えるそうだが、彼の場合は魔力の流れを感知することを得意としていて、この保管庫に異質な魔力があるかを調べるようだ。どちらの魔法も保管庫に外部からの侵入者がいなかったかを確認するためのものなので、保管庫内の床にだけ使用することは許可している。

もっともこの建物自体が強固な防犯対策が施されているので外部からの侵入者はまずあり得ないのではあるが、敢えて外部から「ない」ことを証明する為に立入りを許可したようなものだ。


「それではユリ嬢、案内を」

「はい。こちらです」


ユリは少し大きめに二人と距離を取りながら、隣の部屋に案内する。特に長身で手足の長いネイサンは、不意に触れられたりしないように用心する。この施設内で団長が直々に連れて来た騎士が何かをすることはないだろうが、騎士の全てがレンドルフのような紳士とは限らないことは承知している。


「ユリ嬢」


応接室の隣に案内して転移の魔石を作動させて、指定されたポイントへ転移する為の魔法が発動する。薄く光に包まれた瞬間、不意にネイサンが声を掛けて来る。一瞬ユリは身体を強張らせたが、転移の最中なので聞こえていなかったことにする。


「今日は随分と顔が違うように見えますね」


そんな声が聞こえた瞬間、転移の為に視界が一瞬だけ真っ白になった。



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レンザは応接室のソファでダンカンと向かい合って座っていた。

先程渡された封筒の中身を見て、知らず知らずにレンザの眉間の皺が深くなっていた。


「…私からの見解をお望みかね?」

「参考までにお伺い出来ましたら」

「典型的な魔力供給過多だな。高魔力の体液を摂取した後、適切な処置を怠ったことが死因だ」



王都、もしくは王都近郊で、行方不明だった四人の女性の遺体が見つかった。身分は平民であったり下位貴族であったりする10代後半から20代半ば程度の若い女性ばかりで、出身地はバラバラでその女性達には何の繋がりもないように思えたが、死因が全て同じということで連続誘拐殺人事件ではないかと第三騎士団が扱っていた。そして一番最近見つかった遺体の二人から、解剖の結果腹の中から美しい花を咲かせた吸血茨が発見されたという報告が上がった。

だがそれは直接の死因ではなく、本当の死因は先に見つかった二人と同じく魔力供給過多により体が保たなかったということだった。高魔力の男性の体液を摂取したことが原因なのだが、それが同意の上なのかそうでないのかの判別は付かず、全ての被害者が未婚のうら若き女性ということで、このことは即座に秘匿扱いとなった。


魔力を有する人間が婚姻をして子を成す場合、ごく稀ではあるがあまりにも魔力の量と質に差があり過ぎると、子供が出来にくくなる上、女性側に著しい負担が掛かると言われている。何とか妊娠まで漕ぎ着けても、その後の生育に影響が出ることもある。その場合は医師などの診察を受けて、男女共に魔力を抑えたり一時的に上げたりする魔道具や薬を用いてバランスを取り、母体の負担を軽減することが一般的だ。

しかし彼女達の検死書を読むと、男性側が高魔力持ちであるのに制御の措置を一切取った様子はなく、相手の女性にも一時的に魔力を上げることをしなかった為に女性側の体が耐えられずに亡くなったことが死因だった。 



「王城魔法士と同じ見解です」

「それなら何故私に聞く?」

「我々では魔力のせいなのか吸血茨なのか死因か分からないものですから。薬草学、薬学、医学に精通する大公殿のご意見を是非ともいただきたかったのです」

「私が耄碌しているのを期待してかい?」

「とんでもない」


ダンカンは感情を全く含めない薄い微笑みを顔に貼り付けていた。


「…これはまだ公にしていませんが、おそらく同じ犯人の被害者は四年ほど前から数えると倍にはなるでしょう」

「第三の団長ともあろうお方が、その繋がりを見逃したと?」

「これについては耳の痛いお言葉です。が、最初の頃は巧妙に隠されていたので、別々の『事故死』と扱われていました為に第三に情報が届くまで時間が掛かりました」


そう言ってダンカンは懐から小さなメモを取り出してレンザに手渡した。小さく「読みましたら処分を」を付け加える。


「…なるほどな。先程の言葉は取り消そう。むしろよく繋がりを見つけたな」

「ご理解いただけて光栄です」


そこに書かれていたのは、四年前と三年前の娼館での事故が二件と、二年ほど前に粗悪な魔道具を販売して引き起こしたものが二件、どちらも魔力供給過多が原因による女性の死亡案件の概要が記載されていた。娼館でも魔力の差が大きすぎる相手を宛てがって娼婦をみすみす殺すような真似はしないので、前もって確認はしている筈なのだが客側が嘘の申請をしていたり、対処しても不運にも質が合わなくて最中に拒否反応を起こしたりして亡くなる事例は年に数件ある。当時もそういった事故死の一つとして処理されていた。そして粗悪な魔道具を販売していた件は、被害者は駆け落ちや異国から流れて来た貧しい者達で、ただ安いからと安易に使用した結果亡くなったということだった。その魔道具を販売した者は、余罪多数で既に裁かれて鉱山に送られている。


「経緯はお話し出来ませんが、死亡した女の体内に残されていた魔力の質が、最近の四名とよく似ていると判明しました。おそらく特殊魔力を持った高位貴族、ではないかと」


何年も前に事故死として扱われた案件をそこまで引っ張り出すのは、おそらく何か違法な手段を使用したか、調査した者が犯罪者だったかのどちらか、或いは両方だろう。レンザはダンカンの言葉に承知したというように頷いて、手元のメモを自身の魔法で消し去った。指先で摘んだメモは真っ黒な物体になってザラリと溶けるように跡形も無くなった。レンザは闇魔法の使い手なので、このようなメモ程度は簡単に処分出来る。


「高位貴族ならば、保管している機関に手を回して密かに吸血茨の種子を手に入れることも可能でしょう。或いは研究者自身が高位貴族であることも珍しくはない…」

「確かにその可能性もあるでしょうね。しかし、残念ながらこちらで吸血茨の研究に携わっているのは女性です。詳細は申し上げられませんが、背後に妙な身内や貴族はおりませんよ。…まあ、別の意味で妙な身内はいますが」

「それは十分承知しております。こちらはオベリス王国にはない最新の技術や魔道具の使用で防犯は国内一と言ってもいいでしょう。むしろ陛下の玉座の間よりも厳重だ」

「それはどうでしょう」


レンザは僅かに目を細めて断言はしなかったが、実際見る人が見ればダンカンの指摘通りなのはすぐに分かる。本来は輸出が許されていないキュプレウス王国の最新の魔道具などが、治外法権を得た為に特別に使用が可能になっているのだ。


「私個人がそう思いましても、国内で吸血茨の種子を保管している施設、機関は全て調査しろとの方針でして。何もなかったと報告する為とご理解いただければ」

「それは理解していますよ。こちらも疾しいところもありませんし、何の問題もありません。…そちらも何ら後ろ暗いところのない()()()調査でしょう?」

「ええ、その通りです」


不意に、レンザの執務机の上の魔道具が、チリン、と軽やかな音を立てた。これは隣室の転移が二回作動したことを知らせるように設定したベルだ。ユリの身に着けさせていた緊急を知らせるベルも鳴らなかったので、無事に保管庫の調査は終了したのだろう。すぐに応接室の扉がノックされる。


「ただ今戻りました」

「ご苦労だったね。調査は恙無く終わりましたかな」

「はい、ご協力ありがとうございました」


ユリを先頭にして、後ろから調査に入った二名の騎士が入って来る。レンザはユリの様子を見て、多少は何かあったのかもしれないが大きな問題はなかったようなので表面には出さないがそっと胸を撫で下ろした。


「調査報告書は後日まとめて、改めてお渡しします」

「特に何もなかったのだろう?それならば不必要だ。無意味なものに目を通す時間も惜しい。ああ、この件の続報も不要だ。関わる気はない」

「…畏まりました」


ダンカンは一瞬の間の後に、笑顔で頷いた。もしかしたら報告書を渡しに来ることを口実に、もう一度この中に入るつもりだったのかもしれない。しかし副所長とは言え実質この研究所のトップのレンザにきっぱりと拒否されては、これ以上食い下がることは出来ないだろう。


最後まで塩対応なレンザに丁寧に頭を下げ、三人は戻って行った。



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「ユリ、何かおかしな真似はされなかったかい?あのサマル侯爵の婿は特にお前を見ている時間が長かったようだ。正式に抗議文を送ろうか?」

「おじい様…そこまでしなくても大丈夫です」


彼らが去るとすぐに、レンザはユリに駆け寄る勢いで近付くと頭や頬に触れる。まるで幼い子を扱うように心配するレンザに、ユリは少しだけ苦笑しつつも嬉しくなってレンザの手を握りしめる。


「ただ、サマル卿は私の顔を知っているようです。薬局で顔を合わせていない筈なのですが、『顔が違う』と言われました」

「…潰すか」

「だ、大丈夫です!聞こえなかったフリをしましたから!それに、何がしたいのか分かりませんので、少し様子を見た方がいいと思います」

「分かったよ。しかし私がユリに危険と判断したらすぐに対処するからね」

「はい、お願いします」



レンザの「対処」の「対」は非常に声が小さかったので、ほぼ「処す」になっていたが、ユリは気にしないことにしたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


評価、ブクマもじわじわ増えているし、いいねもいっぱいいただいて感謝です!

スッキリ構成、スピーディな展開とは正反対で、長くなっても書きたいものを詰め込んで行くスタイルですが、お気に召していただけたら幸いです。

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