226.友人の友人は友人なのか?
「ねえ、レンさん。レンさんのご友人で黒髪に青い目の騎士様って言って分かる?」
「んー、何人かいるけど、他に特徴とかって覚えてる?」
「レンさんほどじゃないけど結構背が高くてガッチリとしてて…多分、身分か役職の高い方じゃないかな」
ユリにそう聞かれて、レンドルフは数人を頭に思い浮かべる。おそらくと思われる人物に心当たりはあるが、何故ユリに聞かれるかの理由が分からずレンドルフは首を傾げた。
「その人が何かしたの?」
「何か…って程じゃないんだけど、何度か来た時にレンさんの名前を出して、『もう一人の方は』って言ってたから。あ、応対してくれたのはヒスイさんなんで、私は直接会ってないんだ。でも、ヒスイさんが言うには、レンさんの知り合いってことで、私を引っ張り出そうとしてるんじゃないか、って」
「もしかして、ネイサン、かな。第三で部隊長をしてる同期なんだけど」
「ネイサン、様」
「前にその…薬局の受付嬢と、つ、付き合ってるのか、って聞かれたことがあったから」
「…レンさんに直接聞くってことは、随分近しい方なのね」
「でも、ちゃんとその時には作戦通りに俺がつきまとって避けられてる、って言っておいたし」
レンドルフが王城の騎士として復帰して会う機会が減ってしまうことに落ち込んでいたユリの為に、兼ねてより大国キュプレウス王国との共同事業を押し進めていたユリの祖父のレンザが彼女を一番下の地位であるが薬局の受付助手として月の半分は王都にいられるように採用した。勿論、研究に必要な実力試験をクリアしての採用なので、完全なコネではないが、大分レンザが手を回してくれたのは否定出来ない。キュプレウス王国は大国故に他の国との同盟を結ぶ必要がないほど圧倒的な国力の差があるので、かの国と繋がりを持ちたいと切望している者は国内だけでなく国外にも多数存在する。その為、身分を隠して一番格下の助手のユリを足がかりに繋がりを持とうとする輩が後を絶たず、そのせいでレンドルフが狙われてしまった為に王都では変装したユリと会うようにしている。表向きは薬局の受付助手のユリに振られて、ユリが変装した三人の女性と平行してお付き合いをしているということになっていた。
今日のユリは、青いストレートヘアに眼鏡をかけた地味な印象の女性を装っている。イメージとしては平民向けの学校の教師だそうだ。膝下丈の黒いスカートに、薄いブルーのシンプルなブラウスに紺色のジャケットで、いかにも教師の仕事帰りといった雰囲気だ。特に顔立ちが分かりにくくなるように紺色の太目の縁の眼鏡を付けていて、前髪を長めに下ろしているので、瞳の色は普段の濃い緑色のままにしている。
「お待たせしましたー。魚介のタキコミと、厚切りカツレツ、タマネギのソイスープです〜。キャベツはお代わり自由ですので、お声をおかけください〜」
「ありがとう」
今日はレンドルフの勤務終わりに待ち合わせて夕食を食べに来ていた。ユリが教師風の変装をしている時は、基本的に平民向けの場所にしている。今回は、大衆食堂と言うには少々割高だがミズホ国風の料理が食べられるという店に来ていた。高級な食材を扱う店ではないが、ミズホ国は遠い島国の為に運送費でそれなりに値が張るのだ。
「レンさん、私は牡蠣は一つでいいから、あとは取っていいよ」
「え、でも…」
「いいのいいの。一つで十分だから」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく。ユリさんは何か好きなものがあれば多く取って」
「じゃあお言葉に甘えて、カツレツの両端もらっていい?パン粉のサクサクしたところが好きなの」
「勿論」
レンドルフは牡蠣が好物なので、幾つか種類のあるタキコミから牡蠣が入っているものをチョイスしていた。他にもエビやアサリ、サーモンなどの魚介が入ったコメ料理で、レンドルフはコメ料理の中では味がしっかり付いているタキコミを好んでいた。コメはミズホ国の主食と言われている食材で、レンドルフはユリに教えてもらった店で初めて食べたのだが、味を付けていないコメはまだ慣れていなかったのだ。
「「いただきます」」
料理をそれぞれの取り皿に取って食べ始める。レンドルフはまずカツレツから手を付けた。普通のカツレツとは違い豚肉が厚切りで、ナイフを入れるとサクリとパン粉の小気味よい手応えの下から皿に流れるほどの肉汁が溢れ出す。多種類の野菜などを煮込んだソースは甘みが強いが、レンドルフはつい好みの味なのでたっぷりと絡めてしまう。表面のパン粉がたっぷりソースを吸って多少歯応えはしんなりするが、最近は暑くなって来て昼間の鍛錬で大量に汗をかくレンドルフには、ソースの甘みと塩味が体に染み渡るようだ。そこに溢れる肉汁とまだ熱を持って透明になった脂身の甘みが合わさると、堪らずうっとりとしてしまう。パン粉が多く付いた両端をもらったユリは、ソースではなくサクサクの歯応えを楽しみたいと軽く塩をかけていた。
「こんなに分厚いのに柔らかい肉だね」
「ホントね。すごく美味しい」
しばらくは料理の感想を交わしながら食べることに集中していたが、最初の注文を平らげて追加を頼む間に少しだけ手を休める。
「レンさん、さっきの話だけど、その、ネイサン様はレンさんのご友人でいいのよね?」
「うん…多分。あ、その仲違いとかそう言うんじゃなくて、配属部署が違うと話すことも少なくなるし、ネイサンは高位貴族に婿入りしたから、身分的にちょっと遠くなった…感じかな。それよりあいつ、何かした?」
「ううん、特に何もないから!ほら、私は会ってないから分からないし。でもヒスイさんが用心した方がいいって言ってたから、ちょっと気になって。ほら、まだレンさんと繋がりがあるのかも知れないと思われてるとか」
「あー…あいつ、ちょっと昔から世話焼きなところがあるから…俺が避けられてるって聞いて、何とかしようと思ってるのかも…」
困ったように眉を下げるレンドルフに、ユリはヒスイから聞いた印象と違うような気がしたが、本当に彼の友人ならばあまり疑って警戒するのも悪いような気がした。ヒスイが何度か応対した際に「蛇みたいに油断のならない気味の悪い男」と評していたのだ。それだけにレンドルフと友人と自称しているだけではないかと思ったのだ。
「今度、ちゃんと『受付嬢にはきっぱりと嫌われた』って言いに行くよ。いや、こっちからわざわざ行くのもおかしいか。…どうしたものかな」
「レンさんのご友人なのに、いいの?」
「俺とは友人でもユリさんが警戒してるなら近付かないように頼むだけだよ?別に俺と友人であることに全然影響はないし」
「そういう、ものなの?」
「うん。俺はそう思ってるけど。友人の友人が全部合うとは限らないから。まあ気が合って縁が広がれば理想的だとは思うけど、どうしても合わないヤツはいるしね」
友情を盲目的に信じるのではなく、きちんとユリの気持ちも汲んでくれることに何だか嬉しいような気持ちが沸き上がって来る。男女で対応が違う人間もいるし、ネイサンが上司から探るように言われて仕方なく探りを入れている可能性もある。特にレンドルフの友人であるなら使えると思われているのかもしれない。しかし、彼自身が積極的に関わっているのも否定出来ないので、今後もヒスイに応対を任せて顔を合わせないように注意すればいいとユリは思ったのだった。ユリ自身はお近付きになる気はなくても、自分のせいでレンドルフの友人との仲を拗らせるのは避けたい。
「今度、何かの機会で顔を合わせた時にでも言ってくれればいいよ。私はなるべく鉢合わせしないようにするし、もし会うことになっちゃったら、私の方からも…『もう顔も見たくないのでお別れしました』って言っておくから。あの!本気じゃないからね!絶対本気じゃないから!」
「それは分かってるよ。ありがとう」
追加で注文した串焼きの盛り合わせと、蒸かしたジャガイモにたっぷりとバターを乗せたものと、ピクルスが数種類が並んだ。そしてレンドルフの前には大ジョッキのエールが置かれ、ユリの前にオレンジジュースで割ったカクテルが置かれた。もう慣れた光景なので、クスクス笑いを堪えながらグラスを交換し合う。あまりにも間違えられるので、先日から回数を数え始めたところだ。そして回数に応じて切りの良い数になったら、レストランで一番高い酒を注文しようと取り決めていた。注文を間違われても、それを楽しみに替えればいいのだ。
「よろしければ、蒸かし芋にお試しください〜」
少し遅れて、店員がジャガイモの皿の脇に小さな皿を置いて行った。その中には、鮮やかな赤い色の形のハッキリしないトロリとした物が乗っている。レンドルフは見慣れない物だったので、何かのソースの一種だろうか、と首を傾げてまじまじと眺めてしまった。
「それ、メンタイコだと思う」
「メイタイコ…?」
「魚卵を辛い汁に漬け込んだもので、味が濃いからお酒のおツマミとか、ジャガイモとかオムレツみたいな淡白な味のものにちょっとアクセントで使うこともあるよ」
「へえ。何だか色からして辛そうだね」
「見た目ほどじゃないと思う。もし辛すぎると思ったらジャガイモに乗ってるバターとかと一緒に食べると少し味がまろやかになるよ」
「じゃあ早速試してみるよ」
小皿の脇に添えてあったティースプーンで掬って、自分の取り皿に乗せたレンドルフはフォークの先にちょん、と付けてそのまま口に入れた。
「ん、確かに見た目ほどじゃないね。これはイモに合いそうだ」
「良かった」
「これもミズホ国の?」
「多分調理法だけ伝わってて、作ってるのは国内じゃないかな。そこまで日持ちはしないし」
「それもそうか」
レンドルフは蒸かした大きなジャガイモを半分ほど自分の皿に取り分けて、熱で蕩けたバターの部分にメンタイコをたっぷり乗せてハクリと口に入れた。少々熱かったのかユリに見えないように口元を手で押さえてはいるが、その向こうからハフハフという息遣いが聞こえる。
「美味しい?」
「うん、すごく!」
「これ、バゲットに塗っても美味しいけど、追加する?」
「しよう!」
レンドルフが飲み込んだタイミングでユリが提案すると、満面の笑顔でそれに乗った。もう何度も一緒に食事をするようになって、ユリは言わなくてもレンドルフが気に入った食べ物は表情だけで分かるようになっている。レンドルフは基本的に何でも食べられるが、やはり好みはある。
レンドルフが上機嫌でグラスを呷ると、その親指に嵌まっている濃い緑色の石の入った指輪がキラリと光を反射した。それが何だか嬉しくて、ユリは自分の手元に目を落とすと、そこには目の前の人物の瞳の色にそっくりな優しい色合いの石が煌めく指輪がある。
「ねえ、レンさん。この前言ってたクレープの食べ放題のお店、時間は夕方なんだけど次のお休みに空きがあったよ」
「そうなんだ。じゃあ少し早い夕食のつもりで行こうか」
「楽しみね」
食事をしながら次の食事の約束をする。そんな小さな次の予定があることが、ユリには随分贅沢なことのように感じた。
メニューは牡蠣入り海鮮炊き込みご飯、トンカツ、タマネギのお吸い物です。追加で焼き鳥とジャガバターです。