223.宝石商とデザイナーと職人と
「俺の方は大体決まったけど、ユリさんのデザインはどれがいいんだろう…」
「普段使える方がいいんだけど…さすがにレンさんとお揃いにはちょっと出来ないね」
今度はユリの方のデザインを決める段階になったが、女性向けのデザインはカジュアルなものとフォーマルなものの差がハッキリしているので迷うところだった。長く付けていられるのはカジュアルなデザインではあるが、やはり心情としては少し気合いの入った装いの時にこそ付けたいという気持ちもある。それにレンドルフと揃いにするにはユリの方は腕輪くらいにしないとゴツ過ぎて無理そうだ。
「お嬢様は普段はどのような装いをお好みでしょうか」
「え…ええと…仕事をしていますので、基本的には動きやすいものを…」
「若君とお出掛けになる際には本日のような?」
「若君…」
「ユリさん、そこで引っかからないで」
思わずリーズの呼び名に反応してしまったのだが、すかさずレンドルフからの声が挟まる。チラリと真横の彼を見ると、既に顔が赤くなっている自覚があったのか手で半分覆ってしまっていた。
「王都などで人目に付く場所に行く時は、来た時の姿に変装しておりますが、そうでない場所ではこちらで、もう少し簡素な出で立ちです」
「左様でございますか」
さすがにお忍びで高位貴族などが利用する商会なのでそれ以上追求されることはなく、ロンドもシンプルでありながら品のあるデザインを中心に並べている。
「あのぅ、カバーデザインのリフォームを取り外し可能な形にするのはいかがでしょう」
隣で黙ってデザイン画を覗き込んでいた職人ハンナが、遠慮がちに口を開いた。
「カバーデザイン?」
「ええとぉ…現物見てもらった方が早いっすね…じゃなかった、早いですね。ちょっと持って来ていいっすか?」
「ああ、構わん」
渋い顔をして許可を出したリーズとは対照的に、返答を貰うや彼女は良い笑顔で走るような勢いで部屋を飛び出して行ってしまった。ハンナはどうにも客の前に出るのは慣れていないらしく、腕は商会で一、二を争うほどに良いのだが礼儀がまだまだなっていないとリーズが恐縮して頭を下げる。鑑定で国宝級の幻の石と判定された品の細工をあの若さで任されるのだから、多少の礼儀は欠いてもそれを上回る腕前なのだろうとは容易に予測が付く。
「彼女は祖父が腕の良いドワーフでして。その祖父から直々に鍛えられたせいか言葉遣いが独特ですが、腕前は保証いたします」
「気にしませんから。それにそれだけ良い方を付けていただき、ありがとうございます」
「恐縮です」
リーズに次いでロンドも頭を下げた。とは言えデザイナーと言う職務上彼女のことをよく理解しているのか、それとも娘か妹のように思っているのか、ロンドの目は家族を見るような温もりがあった。
ドワーフは非常に手先が器用で、職人として有能な種族で有名だ。人族よりも平均身長がやや低めで平均寿命が少し長いということ以外はあまり見た目も人間と変わらないので人族との婚姻も多く、最も友好関係を結んでいる種族の一つでもある。ハンナは見たところ10代ではあるが、ドワーフの血が強く出ているのなら実年齢はもっと高いのかもしれない。
「お待たせ!…しましたです」
出て行った時と同じように勢い良く戻って来たハンナは、両手に手袋を嵌めて箱を抱えていた。いつもこの調子なのかもしれないが、一応レンドルフが貴族令息であることは知らされていたのを思い出したらしく、レンドルフと目が合うと慌てて言葉尻だけを言い繕った。芸術家気質の人間は変わり者が多いと聞いたことがあるが、彼女もその部類なのかもしれない。しかしあっけらかんとした態度のせいか、レンドルフは特に悪い気はしなかった。
「これがリフォーム前で、これがリフォーム途中のヤツ…品です」
ハンナが持って来た箱を開けて、中から幾つかの指輪と工具を引っ張り出した。出した指輪は、一つは細く繊細な立て爪のリングで、もう一つは男性ものにしては細く女性ものにしては少し太目のもので、台の中に石が半分埋まっているような物だった。
「これは、元はこんなリングだったんす」
彼女はそう言ってパパッと工具を石が埋まった方の指輪に差し込むと、指回りの金具がパカリと外れて下から細身の立て爪リングが出て来た。石の色は違うが、形はほぼもう一つのリングと同じものだった。
「これ、じーちゃんがバングルのリフォームで思い付いて、でもじーちゃんは指がぶっと過ぎて指輪は作れなかったんすよ。だからあたしがそれ引き継いで、勝手に『カバーデザイン』て言ってます。で、ホントはこれくっ付けちゃうんですけど、お嬢様のは取り外し可能に嵌め込み部分の形を変えてみたらどうかな、って」
「あ、それ良さそう。上に被せるカバーの色とか彫金とか大胆に変えたら違う指輪として楽しめそう」
「ですよね!」
ユリの反応に嬉しそうにはしゃいだハンナに、さすがにリーズが咳払いをして諌めると、ハッと我に返ってションボリと小さくなった。確かに貴族相手にするのには少々相応しくない態度かもしれないが、国宝級の石の細工をするにはこれくらいの度胸がなければ務まらないのかもしれない。それにリーズはレンドルフの母の時代からの取り引きのある宝石商であるし、レンドルフがこの程度のことでは咎めたりしないことも分かっている。もしこれで腹を立てると思われているなら最初から同席はさせない気がした。
「それでは、このままの形を生かして艶出しの為の最低限の研磨にして…こういった形で石のお色を引き立たせるシンプルな立て爪リングを基本にいたしましょうか」
ロンドは手元のスケッチブックにサラサラとスケッチを描いた。一見大雑把に描いているようにしか見えないのに、見る間に細かいデザイン画が描き込まれる。
「この場合、中心の偏光色が斜めにはなりますが、むしろ遊び心として活かすのもよろしいかと存じます。もし落ち着かないようであれば中心に縦のラインが来るようにいたしますが、そうしますとどうしても研磨の都合で一回り小さくなりますが…」
「改めて婚約する時とかに磨き直して整えるってのもいいと思うっす!」
「こっ…!?」
「ハンナ!」
「ひぇっ!!」
あまり考えないで口にしたのかもしれないが、ハンナにそう言われてレンドルフが思わず噎せそうになった。そして隣にいたリーズが彼女の頭を容赦なく掴んでガバリと頭を下げた。
「申し訳ありません!本当に腕だけは最高なので!!どうかご容赦下さい!!」
「あ…あの、いえ…その、斜めのままで、オネガイシマス…」
「畏まりました!」
その後幾つか候補のデザインを絞り込んで、ひと月後くらいを目安に再び来店して微調整を行うことになった。ハンナの態度のお詫びということで、何故か非常に細かい細工が施される仕様になっていたが、ハンナ自身が「これは…燃えるっす!」とやたらと張り切っていたのでどうにかなるだろう。
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丁寧に見送られて再び馬車に乗り込み、予約してあるレストランへ向かってもらう。
今日は二人ともフォーマル寄りな服装なので、個室のある高級レストランを予約していた。国内でも有数な漁港のあるトーマ領から直送しているということで有名な、新鮮な魚がメインのレストランだ。
いつもなら普通に会話が弾むのだが、馬車の中は少々ぎこちない沈黙が流れていた。先程のハンナの「婚約」発言が明らかに響いている。レンドルフは自分の伝手で依頼した商会なので、ユリに謝っていいものか、むしろ謝る方が気まずくなるのか判断が付かないままただただ沈黙が流れて行く。本当は何か口にした方がいいのだろうが、焦れば焦るほど失言をしてしまいそうで頭の中は大混乱になっていた。
「あの…」
「ユリさん」
思い切って口を開いたのだが、タイミング悪く言葉が重なってしまう。そして一瞬顔を見合わせたが、お互い次の言葉が出て来なくて再び視線を逸らしてしまった。
「…レンさんから、どうぞ」
「あ…あの…ええと…そろそろレストランに着くから、その、ユリさん、髪を…」
「あ、忘れてた。ありがとう、レンさん」
「どう、いたしまして」
何を言おうか一瞬迷ったが、ひとまずまだユリの髪が黒髪のままだったことに気付いて最優先事項かと思いそう呟く。今日は赤い髪の妖艶美女の設定なので、装いもそれらしく露出は少ないが体のラインがいつもより分かるようなドレスを着ている。普段のシンプルな服装や、可愛らしいタイプの服とは違うのに、髪色がいつものままなので変に緊張していたことにレンドルフは今更ながら気付いた。
「う〜ん、何かちょっと違う…ような?」
ユリはゴソゴソと手首の魔道具をいじって、手元のポーチから出した手鏡で確認しているが、少し暗い馬車の中では瞳の色が確認し辛いようだ。
「レンさん、ちゃんといつもの色になってる?」
「え、ええと…」
不意にユリがレンドルフの顔を覗き込んで正面から視線を合わせて来たので、ただの確認の為だと分かっていながらもつい動揺してしまう。何とか不審な行動にならないように内心努力を要しながらユリの目を見つめ返す。いつもは特徴的な金色の虹彩とほぼ同じ色になっているが、今はまだ色の差が分かってしまう。金色に近いが、少し緑がかっているようだ。
「ちょっと、まだ黄緑色っぽい、かな」
「えー、設定うっかりいじっちゃったのかなあ」
変装の魔道具は、予め設定した色を固定出来るのだが、それがズレないようにあまり触れない足首や服の下の装着することが多い。今回は途中で魔道具を停止していつもの姿を見せる必要があった為に、足ではなく手首に装着していた。
ユリとしては、魔道具を外して調整した方がいいのは分かっているが、外してしまうと本当の色になってしまう。しかし適当にいじり過ぎて全く違う色になってしまうのもまた困ってしまう。
「そのままでもいいんじゃないかな」
「え?でも…」
「こうして近くで覗き込まれるようなことはないだろうし、遠目で見れば金色っぽいよ」
「そう、かな。大丈夫?」
「うん。それにこの色も綺麗だ」
ごく自然にスルリと甘い言葉を言ったレンドルフに自覚はなさそうだったが、ユリは顔があっという間に熱くなるのを感じた。幸いにも、いつもより少し濃いめのメイクと薄暗い馬車の中のおかげでどうやらレンドルフにはバレなかったようだ。しかし正視出来なくてユリは思わず顔を伏せてしまう。
(もう!レンさんは、レンさんは時々天然…!)
「ところでユリさんはさっき何を言いかけたの?」
「え…ええと…」
ユリは完全に言おうと思っていたことが頭から抜けてしまっていた。どうしたものかと悩んでいるのも束の間、馬車は目的地に着いたようで静かに停止した。
「着いたみたいだし、取り敢えず行こうか」
「うん…」
いつものようにレンドルフが先に降りて、ユリに手を差し伸べる。
(このまま食事に突入して、あとは忘れたことにして乗り切る…!)
内心そんなことを誓いながら、ユリは意識して蠱惑的な笑みを浮かべると、優雅にレンドルフの手を取ったのだった。
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「ここにこんな感じの嵌め込みの爪を魔石で作って、持ち主の魔力で外れるようにするとかすればどうっすかね?上から徹底して研磨すれば継ぎ目も見えなくなるっす」
「ハンナ…お前な…」
「え!?ロンドさん、ダメっすか!?」
「違うわ!そういう新しい思い付きは新規意匠として申請出せって言われてるだろうが」
「えー、今、思い付いたのにー?」
「今かー」
ポンポンとやり取りをする二人に、側で聞いていたリーズは思わずこめかみを押さえた。
「ハンナ!お前は顧客と話してると新しい案が次々と湧いて出て来るのはいいが、その口の利き方を直さないとこれ以上は人前には出せんぞ」
「えー、ロンドさんだって」
「ロンドは人前ではきちんと出来るだろうが!」
「まあまあ、副商会長」
「こういう時だけわざとらしく言うな」
ロンドに宥められて、リーズは眉根を寄せる。実のところリーズはこの商会の副商会長という高い役職に就いているのだが、この商会の方針として役職名などを前面に出すことはほぼ無い。何せ商会の規模が大きくなり過ぎて、「長」と名の付く責任者が応対しないと失礼にあたると苦情を申し立てる貴族が一定数いるのに対処し切れないので、商会長がいっそ役職をなくしてしまえはいいと宣言して以来、商会内では役職は存在しない。ただ、公式の提出する書類などにはある程度権限がないとならないということなので、一応名目上役職を持つ者もいる。なので、通常の会話でわざと役職名を呼ぶのは親しい者同士のからかいの意味の方が大きい。
「どうせハンナを同席させたのもわざとでしょ?」
「えっ!?そうなんすか?」
「…まあ、ご当主のご意向だ」
リーズはレンドルフの母親が独身時代王都の実家で暮らしていた頃からの繋がりだ。彼女は辺境領へ嫁いでしまってからは王都に来ることはなかったが、リーズは原石の買付に行った折りなどにわざわざ遠回りをしてでも足を運んで縁を繋ぎ続けた。そこまでの旅費を払ってでも、妻を溺愛していたレンドルフの父が大量に購入してくれるので十分な利益が出たというのもあったが、もともと北の辺境領は過酷な土地に嫁いで来てくれた女性を殊に大切にする土地柄だ。そして歴代の多くの領主が妻を溺愛する一族なのは、商人達の間では有名な話だ。要は、上手く信頼を得られれば妻の物ならば際限なく購入してもらえる超お得意様なのだ。ただし、欲に目が眩んで高価な物を押し付け過ぎると逆に夫人に睨まれて出入り禁止になってしまうが。
リーズは商会初のクロヴァス家との縁が思いもよらない方から転がり込んで来たので、これは次の世代にも何としても縁を繋がなくてはと努力し、その結果今の繋がりがあるのだ。
そして今の当主、レンドルフの長兄ダイスもリーズのいる商会に随分世話になっていた。彼が王都の学園に通っている間、クロヴァス領で護衛騎士をしていた当時の婚約者、現夫人ジャンヌへの贈り物はほぼリーズが用意したと言っても過言ではない。むしろ今でも当主よりも夫人の好みに付いては詳しいかもしれない。更に息子の次期辺境伯も、今の妻への贈り物に関しては全面的にリーズを頼っているくらいだ。
そんな彼らの妻への過剰な愛情の一端を担って来たリーズに、「相手は自由に好いた者を選べばいい」と自由にさせていたら全く浮いた噂一つなく縁遠く育ってしまった末弟に最近女性との縁が出来たらしい、と知らされた長兄ダイスは、その相手が弟に相応しい女性か見極めて欲しいと無茶振りをして来たのだ。
自分の息子と同じくらいの歳の離れた愛らしい末弟を、ダイスだけでなく先代夫妻や次兄、領民や使用人達は幼い頃から溺愛していた。リーズもダイスに連れられて王都のタウンハウスに来ていた、その辺りの令嬢よりも遥かに愛らしい時代のレンドルフを知っている。今はすっかり大きく育ってしまったが、リーズにとっても孫のような存在だった。
「相手の女性の従業員や使用人に対する態度を教えてくれって程度だ。まあ放っておいても失礼なことをやらかすハンナがいれば、嫌でも人となりは見られると思ってな」
「いや、それヘタしたらあたしが無礼打ちされかねない件ですよね!?」
「その時は若君が止めるさ、多分な」
「酷いっすよ!」
昔ほどではないが、今も特権意識を強く持つ貴族はそれなりに存在する。そういった相手にうっかり無礼でも働こうものなら、護衛に命じて問答無用で斬られることもない訳ではない。勿論、きちんとした詮議もなく斬り捨てるのは罪になるが、その場合罪になるのは直接手を下した護衛が被る上に保釈金などを積まれて罪が軽くなるので、斬られた方が一方的に痛い目を見て終わる。
「大丈夫だ。商会だって安全だと分かったからお前を同席させたんだし」
「ロンドさん…」
「それに口うるさい貴族の前にハンナを出してたら、この商会が幾つあっても足りないだろうし」
「そっち!?そっちっすか?」
さすがにむくれてしまったハンナに、リーズがとっておきの火酒を一本進呈すると言うと、たちまち機嫌を直していた。ドワーフの一族は強い酒、中でも火酒を好む者が多く、ハンナの血にもしっかりとそれが刻まれていた。
「取り敢えず若君も変な女に騙されてる訳じゃなさそうだったと報告しておくよ。お嬢さんの身元はあちらでこっそり調査するだろうし」
「それにしてもキレイな人だったっすね!何か、砂漠国風の白い布グルグル巻き付けて、顔回りに色んな石とか金細工とかジャラジャラ吊り下げて派手に飾り立てたいっす」
「そのセンスはどうかと思うぞ…」
「ええ〜飾る面積が大きいからこそ大量に吊り下げるロマンがあるじゃないですかぁ〜」
ハンナの言葉に、リーズとロンドがキョトンとした顔になって互いに目を見合わせた。
「…ひょっとして若君の方か!?」
「当然ですよ!あんなにキレイなご面相は滅多にいないっす!お嬢さんの方はメイク濃い目にしてましたけど可愛い系の顔でしょう。ああいう顔立ちは小さめでシンプルな方が似合いますよ!おっぱい大きいんで体は色っぽかったすけど…って!!」
「思っててもお客様のことをそういう言い方するんじゃない!!」
あけすけな物言いのハンナに、とうとうリーズの手の平が頭頂部に炸裂したのだった。
今後出て来るかは不明ですが、ロンドとハンナの補足。
ロンドは実家が貴族から管理を任された鉱山経営の家の出身。今は兄が継いでいて、その関係で宝石商のリーズやドワーフなどと縁があり、宝飾品デザイナーの道へ。その時に知り合ったハンナの祖父に「孫に洗練された王都の文化に触れる機会をやりたい」と頼まれて預かる形で商会に連れて行ったので、ロンド的にはハンナは親戚の子の感覚です。しかし後日実はハンナはロンドより年上だったと判明したけれど、既にロンドの年下扱いで慣れてしまったので互いに見なかったことにしてそのままの関係です。