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219.鳥見台からの奇跡


ランチを終えて空になったバスケットを持ったまま移動していると、係員が入口の受付で大きな荷物は貴重品でなければ預かってくれると教えてくれた。いくら軽いと言ってもそれなりに嵩張るので、一旦預けに行こうと入口の方まで戻ることにした。


「まだ結構並んでるのね…」

「全然短くなった感じがしないな…」


行く道すがら、キュールスの花の温室に入る為の列はまだ伸びていた。朝に来た時と変わらず、というよりも更に長くなっているようだった。それを見て、さすがに二人とも「今日は無理かな」と同じことを考えていたのだった。



「帰りにここでお土産を選んで行こうか」


入口でバスケットを預けると、すぐ隣にある売店が目に付いた。園内にも売店があるが、こちらの方が品揃えは豊富そうだ。やはり植物園らしく、花をモチーフにした商品が多いようだ。


「あ、あそこの棚にレンカ茶もある。うちで飲んでるのとは違う種類みたい」

「ああ、前に貰った甘いお茶だね。幾つも種類があるんだ」

「うん。レンカの葉だけとか実だけとかだとちょっとクセがあるから、飲みやすくする為に他の茶葉を混ぜたりするの。ああ、エリザベスさんのお土産にちょうどいいかも」

「レンカ茶が?」

「不眠とか血圧を下げる効能があるし、妊婦さんでも飲めるし」

「ユリさんといるとお土産を選ぶのも心強いな」

「そ、それは褒め過ぎじゃない…?」


土産は帰りがけにしようということで、ざっくりと眺めてもう一度並んでいる人を横目で眺めながら、レンドルフ達は先日訪れた方とは正反対の丘のようになっている林のような場所へ行ってみることにした。


「丘の上に『鳥見台』があるって書いてるけど、それらしきものはまだ見えないわね」

「この絵程高くないのかな」


手元のパンフレットに描かれている図には、背の高そうな櫓のような絵が記載されている。が、こういったパンフレットは分かりやすいように大きく表わしているだけで、実物の縮尺ではないのでたいして大きくないのかもしれない。


「ユリさん足元は大丈夫?辛かったら抱えて行くけど」

「大丈夫。歩きやすい靴を選んでもらったから」

「でも疲れたらいつでも言って。ユリさんなら冬装備の討伐荷物より軽いから全然負担にならないし」

「例えがすごいんだけど」


丘になっているので、緩やかではあるが上り坂が続く。普通の貴族令嬢ならばキツいかもしれないが、ユリは薬草採取に山にも入るので整備されている道ならば大したことはない。ビーシス伯爵家で用意してもらった時は少しヒールのある華奢なデザインのストラップのサンダルだったが、植物園に行くということで柔らかな革のショートブーツに交換してくれたのだ。丈の長いワンピースなのでいつものような機動力はないが、その分レンドルフがゆっくりと歩調を合わせて手を引いてくれているので、普段よりも楽なくらいだった。



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「この辺…だと思うんだけど、櫓らしきものは見当たらないな」

「そうね。途中の看板からは一本道だったけど」


道なりに来て、周囲が少し開けた場所まで出て来た。途中に分かれ道があり、立っていた看板の「鳥見台」と書かれた方向へ進んで来たものの、それらしきものは周囲には見当たらなかった。


「あ!レンさん、あれ!」

「あれは…手すりがあるな」


その開けた場所の隅の方に、背の高い木が一本生えていたのだが、どうも周囲の植生と違うような気がしてユリがしばらく見つめていて気が付いた。その木の上の方には足場が組んであって、周辺には手すりのようなものが設置されていた。

近寄って木の幹に触れてみると、その感触は明らかに石で出来ていた。


「これ、木に見せかけた建造物だったのね」

「鳥が近寄って来やすい…ってことなのかな」


くるりと周囲を回ってみると、ウロのように見せかけた入口と看板が掛かっていて、中を覗き込むと内部には螺旋階段があった。これを昇って行くと外から見える足場に出るようだ。


「これ、俺が乗っても大丈夫だよな…」

「またレンさんたら…結構頑丈そうだから大丈夫だよ」


妙な心配をするレンドルフに、ユリは笑いながら階段の手すりをペシペシと叩いてみた。ユリの手で叩いたところで頑丈さが証明出来るものではないが、レンドルフは「俺が階段を踏み抜いたらユリさんは全力で逃げて」と割と真剣な表情をしていたのでユリはうっかり笑い飛ばせずにコクコクと頷いたのだった。



レンドルフが先に立ってユリの手を引くように昇って行く。階段は多少の軋みはあるもののしっかりとした作りで、レンドルフが乗っても危なっかしいことはなかった。だが、外見が木のようになっているせいか、内側も綺麗な空洞ではないので、レンドルフからすれば随分狭い場所もあったようだ。途中、高さがなく首を低くしようとしても屈むだけの幅がない場所があって、レンドルフは一旦ユリとの手を放し、ヒョイ、と手すりにつかまって階段の外に体を出してしまった。


「レンさん!?」


体格は大きいが、その体を軽々支えるだけの腕力を誇るレンドルフは、まるで猿が木の蔦を伝って横に移動しているように、手すりの外側から狭い場所を避けて通り、数メートル先の内側の足場に降り立った。階段は下から五メートル以上は昇って来ている。万一手を滑らせたりしても、レンドルフならば身体強化魔法で無傷で地面に降り立つことは出来るだろうが、見ていてユリは心臓が一瞬縮み上がった。


「ユリさんなら普通に通れると思うよ」

「そうだけど!あんまり心臓に悪いことしないで!」


狭い場所をくぐるようにしてレンドルフに追いついたユリは再び手を繋いだが、先程の衝撃のせいで一瞬で指先が冷たくなってしまっていた。手袋越しではあったがレンドルフにもそれが伝わったようで、眉を下げて「心配させてゴメン」と素直に謝って来た。そのしょげた顔を見てしまうと、ユリもそれ以上は責めることは出来ずに「今度は前もって言っておいて」と小さく呟くだけに留めたのだった。



外側からは木に見えるが、内側から見ると完全な人工物であるこの鳥見台は、一歩中に入ると外からは想像もつかない別世界の様相をしていた。


「これ…宗教画みたいに見えるけど、あんまり見たことがないな」

「もしかしたら大地母神シビューノじゃない?左右の目の色が違うし。ほら、ここ植物園だから」

「あー、言われてみれば。でもこうやってハッキリと女性の姿で描かれるのは珍しいね」

「シビューノ様は画家の趣味が出るから…」


大地の豊穣などを司る大地母神シビューノだが、諸説が多過ぎて「母」と冠されていても実際は性別すら定かではない。原初は大地と海を司っていたが、あまりにも治める範囲が広すぎる為に長男の海神トセツワに海の領域を任せたと言われる。他にも神の眷属や精霊などは全てシビューノから産まれているというのが、現在の神学では主流だ。産まれているという割に性別不詳なのは、どの文献や伝説にもシビューノの伴侶となる存在が見当たらない為である。

主神キュロス、女神フォーリの二柱に対し、シビューノは伝説が多過ぎて姿形も各地域で異なっている。多く伝えられているのは、体のどこかに主神キュロスの眷属の証しとして金色を纏っていることと、左右の目の色が違っているということくらいなので、目の色の違う神が出て来ると大抵それはシビューノであることが多い。


壁面に描かれた絵は、白や黄色のツルバラに囲まれた長く豊かな金髪の女性が微笑んでいる。その瞳は緑と青でそれぞれ彩られていて、元々大地と海を司っていたという伝説から最も多い組み合わせの色合いだった。


「少しユリさんに似てるね」

「え!?わ、私?」

「うん。ほら、あの目。よく見ると虹彩に金色が入って見える」

「あ、そ、そうね」

「に、似てるのは目の色だけだから!」


思わずレンドルフは口に出してしまったのだろうが、描かれている女性は顔立ちは若いが体型は随分とふくよかだった。画家の腕が良いのか、壁面に描かれているのに触れればムッチリとした弾力が返って来そうな程肉感的だ。その為「似てる」と言われて一瞬ユリの戸惑いが顔に出てしまったらしい。ユリもどちらかと言うと肉付きは良い方だが、描かれている女性ほど全身ふっくらはしていない…と思いたかった。レンドルフも言ってしまってから誤解を与えるような発言だったことに気付いて慌てて訂正する。悪気がないのは分かっているので、ユリもそのまま流すことにした。


「あの鳥の絵のところに扉がある。そこから出られるのかも」


ふっくらとした女性の手に留まっている白い鳥の体の部分に、よく見ると四角い線が見える。そこまで昇って行くと、目立たないように鳥と同じ白い色のドアノブが取り付けられている。そこを押して開けると、フワリと涼しい風と明るい光が差し込んで来た。



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「わあ…思ったよりも高い」

「丘の上にあるからかな。ユリさんは大丈夫?」

「平気平気。千年樹だって一緒に行ったじゃない」

「そうだった」


外に出てみると、眼下には歩いて来た林と、広々とした芝生の庭園が広がっていた。木々の間からは池も見える。


鳥見台は思ったよりも広いウッドデッキのような足場と、レンドルフよりも高い柵で囲まれていた。端に近寄って真下に視線を向けると、網が広がっている。これならばうっかり何か落としてしまっても下に居る人に被害が及ばないようになっているようだった。目を凝らしてみると、枝の部分に巣箱や餌台のようなものが設置されているのが見えた。ユリ達の居る場所から少し離れているが、その中の餌台一つに小鳥が留まっているのが分かった。ユリは目線だけでレンドルフに知らせると、彼もそっと近寄って来る。


鳩よりは一回り小さなブルーグレーの鳥で、長い尾羽が濃い緑色をしている。光の加減によっては黒い色にも見えた。そしてその鳥の隣に、少しだけ色が薄く二回りほど小さな鳥もいた。クチバシの脇に黄色い部分があるので、もしかしたら親子なのかもしれない。大きな方は餌台の上に置かれた小さな種を摘んでいるが、小さい方は食べられないのかまだ食べ物と認識していないのか、小首を傾げて眺めているだけだった。その首を傾げる仕草が何とも可愛らしい。微笑ましい気持ちで眺めていると、やがて二羽はパッと飛び立ってしまった。


「飛んでちゃった」


少々名残惜しい気持ちでふと横を見ると、すぐ隣にレンドルフの整った横顔があった。レンドルフの身長で近付いては鳥がすぐに逃げてしまうと思ったのか、ユリのすぐ隣でしゃがみ込んでいた為に思いもよらぬ位置に顔が来ていたのだ。滅多にない距離感で見る顔立ちの美しさに、ユリは改めて感心してしまった。


「さっきのはなんて鳥だろう。魔獣じゃないのは全然詳しくないからな」

「う、うん。私も鳥はあんまり…」


ユリが顔を向けたのに気付いていないのか、レンドルフは鳥が飛び立ってしまった方向を見ていた。その顔がそのままこちらを向く前に、ユリはパッと再び顔を正面に向けた。さすがに触れるほどの距離ではないにしろ、普段並んでいる時の身長差よりも遥かに近い距離でレンドルフの顔を正面から浴びるのは刺激が強過ぎた。


「ああ、あっちには千年樹が見える。こうして見ると近く感じるな」

「天気が良いとキュリアス公も見えるんだって。残念、今日はちょっと無理そう」


台を取り囲む手すりには小さな看板が付いていて、その正面に何があるか風景の説明書きが添えられていた。「キュリアス公」とはオベリス王国で最も高い霊峰キュリアスで、人々は親しみを込めて「公」と敬称を付けて呼ぶのだ。常に冠雪を頂く山なので、今日のように空全体が白い薄曇りだと紛れてしまってよく見えなかった。


「あ!ユリさん、あっち!」


不意にレンドルフが下方を指し示した。ユリはその方向に目を向けたのだが、ちょうど視線上を木の枝がせり出していて全く見えなかった。少し横にズレてみたり、背伸びをしてみたものの、今度は別の枝が邪魔をして視界を遮る。背の高いレンドルフからはよく見えているのだろうが、ユリの身長ではさっぱり見えなかった。


「ユリさん、抱えて持ち上げてもいい?今なら誰もいないし」

「え…う、うん。いいよ」


少し焦ったようなレンドルフに、ユリは思わず気圧されるように頷いていた。冷静に考えれば他の人の目のない場所で抱きかかえられるのはあまり褒められた行為ではないが、そこは信頼と実績のレンドルフである。すぐにしゃがみ込んで広い肩にユリを座らせるように乗せると、膝の下辺りに腕を巻き付けるようにして立ち上がった。幸い今日は丈の長いワンピースなので、ユリに直接触れるようなことは一切ない。


「俺の頭を掴んで支えても大丈夫だから」

「そこまでじゃなくても大丈夫」


安定感があるので全く不安はなかったが、自分の体を安定させる為にユリはレンドルフの首の少し後ろ辺りに軽く手を添える。


「見える?」

「見えるわ…すごい…!」


レンドルフに担ぎ上げられる形になって彼の頭一つ分程度視線が高くなったユリの眼下に、黄色一色の濃淡で描き上げられた絵画が一枚置かれていた。正確には、ずっと長蛇の列が続いていたキュールスの花で描かれた温室が、この鳥見台から一望出来たのだ。さすがに距離があるので詳細までを見ることは出来ないが、神話を描く際によくモチーフにされる「神の剣を霊峰キュリアスに突き立てる主神キュロス」が描かれているのは一目瞭然だった。それが花の色の濃淡だけで表現されているのだ。こうして遠目から見ると、言われなければ花で出来ているとは夢にも思わないだろう。

どうやら空調の関係で温室の天井が開閉されるらしい。時間にすれば二分程度だったろうが、その天井がスルスルと完全に閉じてしまうまでレンドルフと抱えられたユリは言葉もなくその花で作られた絵画を堪能していた。


「…ありがとう、レンさん」

「すごかったね」

「あれなら並んででも見たい気持ちが分かるわ」


温室が閉じると、レンドルフはそっとユリを降ろした。


「並んでないのに、特等席で見ちゃった」

「そうだね。ここから見えるならもっと見物人が来てもよさそうなのに」

「んー、多分、この鳥見台の枝が、自然に目隠しになるように作られてるんだと思う」


あの特別な温室に入る為には、高額ではないが別途入場料を支払う必要がある。それだけの価値はあるし、また次の年の制作費にも充てられるのだろう。だから、別の場所から無料で見られないように設計されているのではないかとユリは感じたのだ。


「多分、レンさんが想定よりも背が高かったから見えちゃったんじゃないかな」

「…それは悪いことをしたかな」

「うーん…でも私は見られてすごく嬉しかったんだけど…」


見られて感動したという気持ちと、悪気はなかったにしろ覗き見してしてしまった罪悪感の結果、二人は帰りに土産を多めに買おうということで意見を摺り合わせたのだった。



鳥見台は太陽の塔のイメージです。

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