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211.複雑な恋愛事情に種族はない


「まあ…その、すまなかったな。人それぞれ、だしな」

「いえ…俺も傍から見たら適切でない対応なのが分かりましたし」

「い、いやいやいや!レンくん達はそれでいいと思うぞ!互いに嫌じゃないなら何の問題もない!それに二人とも別の婚約者がいるわけではないだろう?」

「え、ええ、まあ、そうですね…」


ユリには以前に婚約者のような相手がいるか問われて、いないと答えていたが、レンドルフからユリに確認したことはない。しかし昔よりは少なくなったとは言え、未だにこの国は女性には貞淑さを求められる。もしユリにそんな決まった相手がいたとしたら、少なくともレンドルフとは二人であちこちに出掛けようとしないだろう。


「ほらそれに!こういうことは個人の問題だからな!ゆっくりでいいぞ、ゆっくりで!」

「は、はい…恐れ入ります」


テンマは内心、余計なことを言って真面目なレンドルフが本当にユリと距離を取ろうとしてしまって、その原因が自分の不用意な発言のせいだとなることをどうにか避けようとしていた。レンドルフは気付いていないようだが、ユリが魔力を乗せて圧を掛けて来るとかなり怖いものがあるのだ。もっとも、これまでに掛けられて来た経緯は全て自身が原因であるのは分かっていたが。それにユリに限らず女性が良い笑顔で圧を掛けて来るのは、絶対に避けるべき事項の一つだとテンマはこれまでの経験で知っている。


少しぎこちない空気は残りながらも、パスタに取りかかる頃には話題がレンドルフが手土産にした肉の塩漬けとなめし革のことに移行したので、レンドルフは内心安堵していた。レンドルフとて好ましいと思う女性との将来を考えないわけではないのだが、今はその時期ではないのも理解していた。変に意識して気持ちが滲み出てしまえば、ユリの方も警戒してしまうかもしれないと思うと、その気持ちには強引に蓋をして気付かないようにしている。


彼女と出会ってから、レンドルフも薬師の資格に付いて少しだけ調べたことがある。資格を取得するのは知識や技術が基本なので男女差はないようだが、妊娠や出産などが関わって来ると女性はどうしても制限が発生してしまう。胎児に影響がある薬草などに触れる恐れもあるからだ。その為、女性は見習いの時点では婚姻を望まない場合が多い。資格さえ取得しておけば、一時的な制限があっても薬師であることは続けられる。

ユリは何年も、それこそレンドルフが出会うより前から薬師を目指して勉強をしている。やっと最近その夢に手が届くことが現実味を帯びて来たところなので、それを妨げるようなことはしたくなかったのだ。勿論、レンドルフの中で彼女を守りたいという気持ちは揺るがない。だが、守ることと囲い込むことは違うと思っていた。



サーブされたパスタは大人の親指程の太さで穴が開いていて、表面には溝が刻まれていて濃厚なトマトソースが良く絡むようになっている。トマトソースには、よく煮込まれた牛肉と野菜が細かく刻まれていて、肉と野菜の旨味がたっぷりと溶け込んでいた。白い深皿に盛られたパスタは、レンドルフとテンマの皿が盛りが良いので、通常の量のトーマの方の皿が極端に少なく見えてしまった。

隣にサーブされたメインの肉料理はチキンのグリルで、パリパリに香ばしく皮目を炙った上に香味野菜を刻んでレモンで風味を付けたさっぱり系のソースが掛かっている。ナイフを入れるとパリッと心地好い感触の下からジュワリと透明な脂と肉汁が流れ出して来る。それをソースの酸味と合わせると、いくらでも食が進みそうだった。


「レンくんが持って来てくれた塩漬け肉は、何かおすすめの食べ方とかあるのか?」

「そうですね…通常ですと塩抜きをして普通の肉と同じような食べ方です。人が大勢集まる時はわざと塩抜きをしないで大鍋で塊ごと野菜と茹でて、肉とスープをそれぞれ食べる感じですね」

「豪快だな」

「簡素ですけど、大鍋だと妙に美味しい気がしますね」

「いや、それは分かる」


レンドルフの言葉に、テンマは大きく頷いた。祭などで、食べ慣れている筈の煮込みなどが妙に美味しく、家で再現しようとしても全く別物になるあの感覚だ。

この料理は、クロヴァス家にいた料理長曰く「ほぼ放っておくだけで一食分出来る」とよく笑っていたものだ。野菜たっぷりの塩スープに茹でた肉、そこにパンを添えれば十分な食事になる。冬場は食べ物も薪も貴重品であったクロヴァス領では、何かあると冬には皆で集まって食べて厳しい季節を乗り切っていたのだ。


「あのなめし革は鹿だと聞いたんだが、随分大きくないか?複数を繋ぎ合わせているとか?」

「あれは大角黒鹿で、一枚で一頭です」

「あれでか!?そんなにでかくなるものなのか?」

「なるべく大型のものを用意したので、あれだけ大きいのは地元でも珍しいですが、通常の個体でもあの半分くらいの大きさの革は取れますね」

「半分でも相当だな…」


やはり自身でも革製品を取り扱っていたテンマには、元の個体の大きさが分かるようだ。鹿系の魔獣は、北上すればする程体が大きい種類が多くなる傾向にある。クロヴァス領はオベリス王国の最北の国境に接している領地だ。国内で捕獲される鹿系の中でも最大級の個体が仕留められることも珍しくない。


「一見しただけだが、あの厚みだとかなりな保温力があるだろう?」

「最北の地で生き抜いている魔獣ですから。逆に通気性が悪いことが難点です」

「なるほどな…それなら」

「父上。あの革については私に任せるのではなかったのですか?」

「あ、ああ、そうだったな。すまない。つい…」


国内最大の革製品を扱う商会の一つであるミダース商会をここまで大きくしたのはテンマなので、跡をトーマに譲って間もないので色々と自身でやりたくなってしまうのだろう。けれど商会を長く続けていくには後継を育てることも大事なことだ。


「どのように使うかを決めたら確認していただきますし、迷うようなら遠慮なく相談しますから」

「トーマ…すっかり立派になったな…」

「…そういう台無しなことをお客様の前で喋るのは遠慮してくださいよ」


感慨深い顔をしているテンマを、トーマが渋い顔で返す。そのやり取りが、レンドルフと長兄のやり取りを思い出してしまって、つい懐かしさのあまり無意識のうちに口角を上げてしまったようだ。すこしだけ恥ずかしそうに眉根を寄せたトーマに、小さく「失礼しました」と呟かれてしまった。



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食後にしばらくコーヒーと共に焼き菓子を摘みながらレンドルフの持参したなめし革から話が広がり、これまでに討伐した魔獣の話で随分と盛り上がった。トーマは物心ついた頃から商人として跡が継げるように育てられたので、荒事には関わらずに暮らして来たが、テンマの武勇伝を聞いて育って来たので討伐の話も楽しんでいたようだ。

その中で、クロヴァス領で日常的に使っている革製品にも反応を見せていたので、トーマは商人としての感度も十分に備わっているようだった。


「そろそろ二度目の見合いの準備が整った頃だな。今回はシャクヤだけを準備してもらっているが…レンくんは立ち合うか?」

「はい、我が家のスレイプニルですから。一応様子を見させていただきますが…場合によっては外そうと思っています」

「そうだな。文字通り『馬に蹴られる』のは避けた方がいいだろうしな」

「馬に…?」

「ああ。東方の国の言い回しで『他者の恋路に割り込んだ者は馬に蹴られても文句は言えない』…という意味だったかな」

「俺は好んで割り込みたいわけじゃないんですけど」


前回の顔合わせで、ノルドが一目惚れをした魔馬の名はシャクヤという。スレイプニルとの混血で、種族問わず面食いだということで、先日はノルドよりも確実にレンドルフの方に目が行っていた。レンドルフとしては、馬との三角関係に参加したいわけではない。


厩舎番に案内されて、少し離れた場所で世話をされていたノルドを連れて、見合い用に設けられた馬場の一角へと向かう。


「お前、随分磨き上げてもらったんだな」


ノルドを見上げると、いつも以上に青黒い艶のある毛並みが輝かんばかりになっていた。タウンハウスでもきちんと手入れをしてもらっているが、今回はそれ以上の特別な手入れをしてもらったらしく、長めの鬣がサラサラと揺れている。以前の見合いにも同じ場所に連れて来られているので、既に彼はこれから何をするのかを悟っているらしく、レンドルフが褒めると分かりやすく鼻の穴を広げて顎を上げた。もう完璧なドヤ顔というやつである。


「気持ちは分かるが…そういう顔は先方には見せるなよ…」


多少の贔屓目は否定しないが、ノルドとて鍛えられた肉体と艶めく毛並みの良い若いスレイプニルだ。キリリとして佇んでいれば、かなりの美形なのではないかとレンドルフは思っていた。ただ、少々お調子者の性格と食い意地が帳消しにしている感は否めない。だからと言って、あの年上の人間でも分かるような色香漂う美しい魔馬の前では、その場で誤摩化しただけではすぐにバレてしまうだろう。レンドルフは、そのままのノルドを彼女が気に入ってくれることを祈るしかなかった。



二度目の顔合わせで、最初はレンドルフも立ち合っていたのだが、あまりにもシャクヤがノルドよりもレンドルフを見つめて来るので、これ以上邪魔は出来ないとレンドルフは結局ミダース家の担当者に任せることにした。彼らも何度となく馬の見合いに立ち合っているベテラン達であるし、ノルドもスレイプニルにしては珍しく誰にでも懐く性質だ。万一何かあったら駆け付けられるように遠くから見守ることにした。


「ノルドくんもいい顔をしていると思うんだがなあ」

「魔馬基準では分かりませんが…」


レンドルフは建物の中から身体強化で視力を強化して、馬場の柵越しで顔を合わせている二頭を見守っていた。その隣には、テンマとトーマも来ている。テンマはリハビリ中で素早く動けないし、トーマも何かあって暴走するスレイプニルの傍にいたら対処が出来る程鍛えられていない。


遠目で見ていると、ノルドは鬣を逆立ててシャクヤの前を弾むような足取りで何往復もしている。万一に備えて手綱を引いている担当者もそれに合わせて動くので、どう見ても運動量過多で気の毒になって来る。しかしノルドの方はお構い無しに、ひたすらシャクヤの前をうろついていた。片やシャクヤの方はと言えば、ノルドをチラリとは見るのだが、どこか遠くをキョロキョロしながら見ているようだ。


「あれ、レン様を探してますよね」

「…だな」

「……何か、すみません」


基本的にモテない筈の自分が何故かここぞとばかりに邪魔をしていることに、レンドルフは妙な気恥ずかしさを覚えていた。相手は魔馬なのだが。


「お!シャクヤ側から近付いたぞ」


テンマが目敏く変化に気付いて声を上げたので、レンドルフも思わず窓の傍に近寄って様子を凝視した。確かに柵から少し離れたところにいたシャクヤが、少しずつではあるがノルドのいる方に近寄っている。視線も、どこか別のところで何かを探しているようではなく、きちんとノルドの方を向いているようだ。ノルドもそれに気付いたのか、更に大はしゃぎしている様子が手に取るように分かる。レンドルフは内心「頼むからもうちょっと落ち着いてくれ…」と顔を隠してしまいたいような恥ずかしさを感じていたのだった。


「あ…」

「あー…」


シャクヤが柵のすぐ傍にまで歩み寄って、首を柵の外に出した。そして遠目で見ても鼻息荒く興奮しているノルドにそっと顔を寄せて、首筋の辺りに頬を寄せた。その瞬間、レンドルフの隣で同じように見守っていたテンマとトーマが揃って呻くような声を上げた。


「あの…?」

「あ、ああ…ええと、言いにくいんだが…シャクヤがああするってことは、ノルドくんを弟か息子認定したってことだ…」

「ということは…?」

「可愛がる対象ではあるが、その…男としては見られていないってことだな…」


どうやらノルドの初恋(?)は、実らなかったらしい。


「え、ええと、ノルドくんはまだ若いしな!数年経てばシャクヤの目も変わるかもしれんし」

「それにシャクヤに気に入られたってことは、ウチの他の馬達と仲良くなれるってことですよ!まだ可能性はあります」

「…ありがとうございます」


二人が必死にフォローしてくれているが、シャクヤが近寄って来てくれたことでその意味も分からず完全に舞い上がっているのが手に取るように分かるノルドを、レンドルフは複雑な気持ちで見つめていた。


シャクヤはミダース家が所有している馬達のリーダー格、というかみんなの「お母さん」という立場なのだそうだ。実際彼女の産んだ娘や、血は繋がらなくても子馬の時に世話をしていた個体が多数いる。その為、シャクヤが認めた個体は他の馬達にも受け入れられやすいのだ。先日の見合いでシャクヤの他にも年齢の合いそうな雌達と顔を合わせているので、改めて引き合わせるのも難しくないだろう。


「我が家としては、あれほど良いスレイプニルとの縁を是非繋げたいと思うのですが、レン様としては如何でしょうか…?」

「ウチとしても、是非当初の契約のまま進めて欲しいと思っています」

「それでしたら、今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ」


クロヴァス家当主の長兄にはノルドの見合いに関する契約は了承済みで、既にミダース家との間で書面で取り交わしている。お互い良い血統のスレイプニルや魔馬との仔は貴重であるのは分かっているので、繁殖可能であれば是非とも願いたい案件なのだ。契約では、産まれた子馬の一頭は必ずクロヴァス家で貰い受けることと、出産等に関わる費用などは半分請け負うこととなっている。もし一頭しか産まれなかった場合もクロヴァス家に譲ることにはなるが、その際はノルド達の負担にならない範囲で繁殖は継続となり、次の仔はミダース家で引き取ることになる。どちらの家にとっても、付き合いを継続するメリットが大きい契約だ。


今はシャクヤが傍に来てくれたことで浮かれているノルドだが、その内に彼女の真意を知って凹むかもしれない。レンドルフはその時の為に、今のうちにノルドの好物のカーエの葉を多めに準備しておこうとそっと誓ったのだった。



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