20.知らぬは当人ばかりなり
翌日は一日借り切った演習場で、他のメンバーとの連携を確かめたり、タイキにねだられて少しだけ手合わせして再び怪我をしてユリに説教されたりしながら、レンドルフはもうすぐ始まる魔獣討伐に向けて準備を整えて行った。
今回の戦略は、レンドルフとタイキを前衛に出して、バートンは後衛のクリューを守る形で付くことになった。必ずしもそれに固執はしないが、基本的な陣形はそれで行く予定だ。魔獣達も、ただ闇雲に突っ込んで来る訳ではなく、本能的に弱いものを狙って来る。クリューは攻撃魔法は強いがメンバーの中で一番体力がなく、身体強化魔法もそれほど強力なものは使えない。その為、メンバーの中では一番狙われやすいのだ。
「俺達は基本的に日帰り討伐だ。ユリのじい様が準備してくれる馬車で行けるところまで行って、そこから奥に徒歩で向かう」
討伐は、騎士団やギルドで事前に調査をして、間引く必要がある地域を指定される。それなりに広い森なので、参加者が好き勝手に行動しては打ち漏らしが出る可能性もあるからだ。そして大抵その指定される場所は森の奥になるので、大半の参加者は馬で行く。だが騎馬に不向きな冒険者もいる為、そのような場合は彼らのように森を抜ける為に整備された街道を使って近くまで馬車で行き、そこから徒歩で向かうのだ。
「ユリさんの?」
「普通の馬だとタイキを怖がるんで馬車でも乗せてもらえないんだ。でもユリは泊まりは絶対禁止って条件でじい様から参加が許可されてるから、徒歩だとあんまり奥へは行けない。だから特別に魔馬を貸してもらってる」
「おじい様は過保護なので…」
ミスキの説明に、ユリは肩を竦めた。
「それだけ大切にされてるって事だよね?」
「うん…まあ、そうなんだけど」
レンドルフは馬の話を聞いて、故郷のクロヴァス領で飼い馴らしている騎獣の飛龍に一度乗ってしまうとその後十年以上は通常の馬に乗れなくなってしまうんだった、と思い出した。竜種の匂いに本能的に馬が怯えるので、魔獣の一種でもあるスレイプニルか、馬系魔獣と馬との掛け合わせの魔馬でなければ扱いが困難になるのだ。クロヴァス領では、生まれた時からワイバーンの近くで飼育されて特別な訓練を受けた馬もいるが、他では見たことがなかった。
王都で騎士団に入るつもりなら乗ってはいけない、といくらねだってもワイバーンには乗せてもらえずに幼い頃は拗ねたこともあったが、今となっては良い思い出である。
「あ、それなら俺は自分のスレイプニルで乗って行ってもいいかな」
「ぶっ!」
サラリと申し出たレンドルフに、お茶を飲みかけていたミスキが吹き出した。
「えっ!レン、スレイプニルいるの?オレ乗ってみたい!」
「顔合わせてみて大丈夫そうなら」
「やった!」
無邪気にはしゃいでいるタイキを横目で見ながら、ミスキは顔に飛んだ飛沫を拭いていた。
「…レンのヤツ、本当に隠す気ないんだな…」
「そうね」
「そうじゃな」
そう呟くミスキの隣で、クリューとバートンも似たような遠い目をしている。
個人でスレイプニルを所有しているのは余程の金持ちか貴族しかいない。自分から家名や爵位は言わないにしても、スレイプニルを所有していると言うことは、貴族であると公言しているようなものだった。
レンドルフ自身も、最初は一応平民風を装ってはいたのだが、自分が何故か周囲によく見られているらしい理由をユリに尋ねたところ「どう見ても貴族な人がギルドに来てるから」と身も蓋もないことを言われて、もう開き直ることにした。家名をひけらかすつもりはないが、敢えて身分を隠すこともない、と思うことにしたのだ。ただレンドルフの場合は最初から分かりやすい行動で周囲にバレていたので、特に彼の態度に変化はなかったのではあるが。
「そう言えばレンくん、討伐中の拠点はどうするのぉ?」
「どこかで宿を借りようかと思って探してる。ここが無理なら隣の街でも」
「ああ、そっか。まだ新人期間じゃギルド斡旋の宿泊所は使えないもんねぇ」
「ワシらが借りてるところはレンを泊めてやるには手狭じゃな」
「そおねえ…部屋が三つしかないからねえ」
「自分で何とか探しますよ」
討伐は場合によっては日の出前の出発や深夜遅くの帰還もあるので、さすがに足の速いスレイプニルでも中心街のタウンハウスから通うのは厳しい。その期間中はどこかで宿を借りようと思っていた。定期討伐のようなギルトが行う大規模な依頼は、遠くから参加する冒険者達の為に予めギルド側が格安で宿を斡旋している。しかしレンドルフのような登録して三ヶ月以内の仮登録の者は、その制度が使えない。正式にどこかのパーティに加入しているのなら斡旋も可能だが、レンドルフは一時的な加入に過ぎない。
現在エイスの街の宿泊施設は、大半をギルドが押さえているので、レンドルフが借りるのは少々困難かもしれなかった。
「あ、おじい様にどこかレンさんが泊まれる伝手がないか確認してみようか?」
「それはありがたいけど…迷惑じゃないかな」
「大丈夫だと思うわよ。ほら、レンさんにはホーンラビットの角を売ってもらったし」
「あれ買い取ってくれたの、ユリさんのおじい様?」
「うん。すごく状態が良かった、ってご機嫌だったわ」
「それは良かった。…ええと、じゃあ、一応確認お願いしてもいいかな。俺も続けて探してみるから」
「分かった!レンさんは何か希望はある?」
「…出来れば、ベッドが大きめだとありがたいな」
通常のベッドではレンドルフは確実に足がはみ出してしまう。近衛騎士団にいた時は、王族の視察に泊まりがけで同行しても護衛もそれなりにランクの高い宿に宿泊するのでそれほど問題はなかった。しかしどうしても通常の宿に泊まる場合は、レンドルフは大抵床に寝ていた。足がはみ出すだけならまだ何とかなるのだが、寝返りを打つたびにベッドから落ちそうになるサイズなどもあったので、仕方なくそうやって睡眠を確保していたのだ。
「それも聞いておくね」
「よろしくお願いします」
そう言いながらレンドルフがユリに頭を下げるのを、タイキを除く他のメンバーは何とも怪訝な顔で眺めていたことに、レンドルフは全く気が付いてなかった。
「……あれ、ひょっとして気が付いてない?」
「あたしもそう思うわ」
「レン、じゃからな」
最後のバートンの言葉に、ミスキとクリューも深く頷いたのだった。
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色々と細かい打ち合わせを済ませ、三日後に再び集まることになった。その日から更に三日後にいよいよ定期討伐が始まる。その前に必要な物を買い出しに行くことになっている。日帰りを基本としているが、何が起こるか分からない。少なくとも数日分の準備をしておくことは必要であった。
「レン。ちょっとギルドカード出してくれるか?」
「ああ」
ミスキに出したカードの裏を見るように言われて確認すると、隅の方に何やらマークのようなものが記されている。これは暗号化された個人の番号で、同じものはないと言われた。
「これをちょっと俺のカードの上に重ねて…『申請』と」
何やらミスキが自分のカードに触れ、何度か表面を叩いている。すると、レンドルフのカードが光って、裏面に文字が出現した。そこには「『赤い疾風』より通信許可申請有り。許可しますか?」と書かれていて、更にその後には「はい/いいえ」の選択肢が表示されていた。
「これは、俺達と簡単な連絡とか安否確認とか出来るようになるシステムだから。この『赤い疾風』のところに触れると、俺達の名前が出て来る」
「本当だ」
「一応期間限定でもレンはウチのパーティのメンバーだからな。その期間の間だけでも連絡受けられるようにしておいてくれ」
レンドルフは迷わず「はい」を選択した。
この登録で、個人番号の上に指を置いて話すと、登録している仲間に連絡を送ることが出来るようになる。話し声は文字で送られるので、送信前に一度確認して修正も可能だ。そこまで長い文章は送れないが、連絡程度ならそれで問題ない。
メンバー全員とのやり取りだけでなく個人に連絡を送ることも可能だが、それを悪用して嫌がらせなどをした場合、受けた側の権限でメッセージを公開することも出来るようになっている。
「うっかり個人的にイヤらしいことを送ったら俺達に公開されるかもしれないから、気を付けるように」
「しませんよ」
ニヤニヤしながらミスキに忠告されて、レンドルフは苦笑しながら返す。
他にも、見知らぬ相手からの申請は受けない方がいいことや、間違って許可してしまった際の取り消し方などの説明を受ける。
「あとは追々慣れて行けば分かるだろ。分からないことがあったら連絡してくれればいいから」
「ありがとう。でもみんな、よく使い方知ってるな…」
「ああ。本来はギルドで初心者講座ってのに参加して教えてもらうんだ。前に顔合わせした時に、嘘を見抜くヤツの説明とか」
「初心者講座?それは俺も参加した方がいいんじゃ…」
「止めておいた方がいい」
魔獣討伐や戦闘経験はそれなりにある方だと思ってはいるが、冒険者に関しては全くの初心者である自覚のあるレンドルフは、ミスキがきっぱりと止めて来たことに首を傾げた。
「初心者講座ってのは、本当に初心者…大半が6、7歳の子供ばっかりなんだよ。さすがにレンがそこに入るのは」
「でも俺は本当に何も知らない初心者だから、年齢に関係なく受けた方が…」
「気まずい!レンはよくても講師が絶対気まずい!」
「そ、そうなんだ…」
小さな子供達の中に、普通の大人よりも二回り以上大きな体躯のレンドルフが一緒に座っているだけでも視覚的に大変困惑する構図である。その上どう見ても貴族で騎士と分かる人物という光景を思い浮かべただけで講師が混乱をするのが手に取るように分かってしまい、ミスキは全力で阻止した。根が真面目なレンドルフはちょっと不安そうな顔をしていたが、「パーティに加入してる新人は、ベテランメンバーから教わるのが普通」と聞かされてやっとホッとした顔になったのだった。
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翌日、ユリの元へ「赤い疾風」から連絡が入った。
ギルドの会議室を指定されていたが、見るとその連絡にはレンドルフは入っていなかった。
「悪いな、急に呼び出して」
「斥候が入ってるし討伐まで森に行くつもりはないから大丈夫。…でもどうしたの?」
行ってみると、ギルド内の会議室で最も安全対策が施されている部屋だった。盗聴や盗撮などを防止する強い付与が掛けられていて、確か借りるのが一番高額な部屋だった筈だ。
ユリが席に着くと、難しい顔でメンバー同士が顔を見合わせている。何かレンドルフに関するトラブルでもあったのだろうかとユリは少々不安になった。
「あのさ、確認しておきたいんだけど」
「う、うん…」
「レンは、ユリが貴族だって知ってるの?」
ミスキの発言に、ユリは暫し固まったように動かなかった。ミスキ達も、ユリの言葉を待って黙り込んだので、室内は奇妙な沈黙に支配された。
「え、ええと、多分…」
「多分?」
「知らない、と思う」
「やっぱりかー!」
ミスキは半ば叫ぶように言うと、頭を抱えて机に突っ伏した。クリューとバートンも、頭が痛いと言わんばかりにこめかみに手を当てる。タイキだけがしれっとした顔で、持ち込んだらしいプレッツェルをボリボリ食べていた。
「ユリは、レンが貴族だって知ってるんだよな?」
「うん。本人に聞いた」
「でもレンは知らない、と」
「……ちょっと、言いそびれて」
ユリは思い切り視線を泳がせる。
「ユリちゃんはどうしたい?レンくんに秘密にしたいなら黙ってるけど?」
「秘密にしたい、ってよりは…レンさんに聞かれたら答える、って感じ、かな?」
「了解。それを確認したかったんだ。じゃあ俺達もレンがユリに聞くまで何も言わない。それでいいか?」
「うん」
ユリと「赤い疾風」の出会った五年前は、彼女は今よりもずっと大公家息女らしかった。今のレンドルフ以上に、貴族感が滲み出ていたのだ。色々な事情により、王都の中心街からこのエイスの街に近い大公家別邸に暮らすようになって間もなくだったこともあり、それこそ言葉遣いから立ち居振る舞い、平民風の服ですらよく分かっていない状態だった。
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最初の出会いの切っ掛けはもう10年ほど前に遡る。
ユリの祖父に当たる大公家当主のレンザが、通常はあり得ないとされる竜種の血統であるタイキに体質を調べさせてもらうことと引き換えに、当人と家族の安全を保障すると申し出たことからだった。その申し出にミキタやミスキは猛反対したが、当のタイキはあっさりその条件を呑んだ。調べると言ってもタイキを実験体のように扱うのではなく、怪我や病気になった時に効く薬を開発するためと話すレンザの言葉に嘘を感じなかったからだ。今でも年に一度は詳細に調べられるのではあるが、一般的な健康診断のようなものだと理解していた。
そしてレンザは約束通り、タイキにちょっかいを掛けて来る貴族や商会などの防波堤になり、特に制限も設けることなく自由に暮らすことを尊重してくれていた。
先日のように、それをかいくぐって接触して来る者もゼロではなかったが、それが元でどんなに騒動を起こしたとしても全て大公家の力で揉み消されて、タイキ達が罪に問われるようなことはなった。こうしたレンザの庇護に、感謝と忠誠を込めて、「赤い疾風」は正式な契約で縛られるのではなく、気持ちの上では大公家専属の冒険者という心構えになっていったのだった。
ユリと出会う前、タイキ用に特殊回復薬を作っていたのはレンザだったが、それを彼女が引き継いだのがその五年前のことだったのだ。
そこで「赤い疾風」は、都合のつく時で構わないのでユリの薬草採取の為の護衛を任せたい、とレンザから依頼を受けた。その時の条件が、必ず日帰りであることと、他者から見てユリを貴族令嬢に見えぬように指導し、一介の薬師見習いとして扱うことであった。その条件を受けた結果、現在のように別邸から近い森の定期討伐の際に、一時的なパーティメンバーとして参加するというスタイルになったのだった。
冒険者にも色々あって、特定の場所から離れられない冒険者が一時的にパーティに参加することはそう珍しいことではないので、ユリと時折共に行動することも周囲から見て不自然なことではなかった。
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「それにしても、レンも鈍いよなあ。ユリが貴族って全然気付いてない」
「え?私まだ貴族っぽい?大分平民っぽくなって来たと思ってるんだけど」
プレッツェルを完食したタイキが、口をモゴモゴ動かしながら呟いた。その言葉に、ユリは少々不服げに眉を顰める。
「いやあ、最初の頃に比べればどうにか裕福な下位貴族のご令嬢くらいまでには見えるようになってるよ」
「ミス兄、それ、褒められてる気がしないんだけど」
「褒めてる褒めてる。でもなあ…」
「でも?」
一旦言葉を切ったミスキに、ユリはグッと身を乗り出した。ミスキはあまりにも前のめりになられてしまったので、ちょっと言い辛そうに視線を泳がせ、言葉を選んでいるような素振りを見せる。
「金遣いが荒い」
「ちょっと、タイキ」
そう言い淀んでいる間に、タイキはさっくりと飾らない言葉をチョイスする。いい言葉を考えていたミスキが慌てて止めるが、既に出てしまった言葉はどうしようもない。
「え?そ、そうなの?私、そんなに荒いの!?」
「荒いは言い過ぎだろ。どっちかって言うと、平民にしては思い切りがいい」
「あんまり変わんない!」
「ほらぁ、ユリちゃん、最新の魔道具とか、装身具とか、便利だとか思ったらすぐ買っちゃうでしょ。ああいうのって、必要に迫られないと庶民はつい型落ちまで待っちゃうのよねぇ」
「う…」
「薬草も高価なのジャンジャン使って実験するしの。いや、ワシらもその恩恵に与ってるからありがたいとは思うんじゃが、試したいからって五十肩に幻の薬草使われたときはヒヤヒヤしたぞい」
「ううっ…」
「やっぱ金遣い荒いじゃねーか」
「うううう…」
クリューとバートンにもツッコミを入れられ、タイキの容赦ない一言でユリは完全に撃沈した。すっかり拗ねて机に突っ伏したまま「だって試したかったんだもん…」とブツブツ呟いている。
「ま、まあそれでもさ、少なくとも大公家のご息女には見えないから。そんなに気にすることはないって」
「ミス兄、それ慰めになってなーい!」
平民風の服を着てはいるものの無自覚に貴族感を醸し出していたレンドルフを見て、「まだまだ甘いなあ…」と内心思っていたユリは、彼らの指摘で自分も大差ないことに気付かされて大いに凹んだ。そして同時にレンドルフに対して「お互い頑張ろうね」とよく分からない仲間意識が芽生えていたのだった。
「あのさ。ユリはレンがどこの貴族かは知ってる?」
「…一応知ってる。でも、当人からは直接聞いてない」
「相変わらず大公家の情報網はこえーな。それ、俺らにも教えといてもらえるかな」
「えと…それは…」
「悪用はしないよ。ただ、全然知らないのと、知らない振りをしてるんじゃ何かあった時の対応が違うからな。もし心配なら誓約魔法使ってもいいから」
誓約魔法は精神に作用する強力な魔法で、絶対的な契約を交わしたい時に使われるものだ。たとえば他言無用の秘密を知っている者に、どんな状況であっても口に出すことが出来ないように誓約を結べば、拷問や強力な自白剤を使用されても話すことが出来なくなるのだ。そしてその魔法を術者以外が強引に解除しようとすると、掛けた側も掛けられた側も廃人同様になる危険性が高い為、誓約魔法での契約はほぼ絶対の強制力とも言えた。
「…そこまではしなくていいよ。ミス兄も、みんなも信頼してる」
ユリは軽く息を吸って、覚悟を決めたように顔を上げた。
「レンドルフ・クロヴァス様。今のクロヴァス辺境伯の弟君よ」
「思ったより大物だった…」
名前を聞いて、一瞬ミスキが顔を引きつらせた。
クロヴァス辺境伯の名は、このエイスの街では特に有名だ。先代の当主が、かつて森の奥から出現したヒュドラ退治の最大の功労者と伝えられている。もし彼が偶然にも近くに来ていなかったら、この街だけでなく中央街へも甚大な被害が出ただろうと言われる。実際にヒュドラ討伐のことを覚えている世代は、クロヴァス辺境伯を英雄と崇めている者も多い。
「え?別にまんまじゃん。何か全然隠す気ねえみたいだし」
「まあ、確かにそうよね」
全く緊張感のない様子で、タイキがあっさりと思ったことを口にした。その言葉に、クリューも頷く。
「そうだな。レンは新人冒険者のレンだ。いつか自分から名乗って来るまでは、俺達は知らないことにしとく。いいな?」
「勿論じゃ」
「分かってるって」
ミスキの最後の言葉は「赤い疾風」のメンバーに向けられた。バートンとクリューがすぐに返答をし、タイキは他にも持ち込んでいたらしい菓子パンを口に詰め込んでいたのでコクコクと頷くだけだったが、全員肯定の意を示した。
「みんな、ありがとう」
「いいのよぉ。レンくんが誰であっても、いい子には変わりないだろうし。それよりもぉ…」
礼を言ったユリの隣にクリューが移動して来て座る。そして、ユリの胸元に揺れている乳白色の石のペンダントを指差した。
「ユリちゃんのホントの色の石を贈ってるから、てっきり全部知ってるのかと思っちゃったわぁ」
「ククククククリューさん!?これは、その、偶然…って何でレンさんからって知ってるんです?」
「そりゃ二人の態度見てればすぐに分かるでしょぉ?レンくんはそれ見る度に嬉しそうだしぃ、ユリちゃんは時々石に触ってはニンマリしてるしぃ」
「…ニンマリ…」
「それにユリちゃんはユリちゃんで、レンくんの色の装身具贈ってたみたいだったしねぇ?」
「い、いえ!あれは、もともと持ってたもので…それに…」
「おーいクリュー。どうせレンも変装の魔道具使ってるだろうさ。貴族は髪と目の色で大体の家が分かるらしいって言うからな」
真っ赤になって慌てるユリに、クリューはニコニコしながら色々聞き出そうとにじり寄る。そこにミスキの冷静なツッコミが入った。
「あ、それもそうね〜。それじゃレンくんが白い髪だったりする?」
「いえ…それは違います」
「あら残念。ま、可愛いユリちゃんが見られたからいっかぁ」
鎖の色まで聞かれていたら、ごまかそうにも察したタイキが無自覚に何か言いそうなので、それを言及されずにユリはホッとしていた。そしてクリューの指摘で気が付いたが、交換という形で渡した防毒のチョーカーに付いていた魔石は、変装後のレンドルフの髪の色にそっくりだった。これではユリの方が彼の髪色の石の付いた装身具を贈ったことになってしまう。
(いや、事実贈ってるし!)
自分の髪や瞳の色と同じ石の付いた品物を贈るというのは、恋人や婚約者などの関係を結んだ相手に特別な思いを込めていると相手や周辺にも伝えるものとされている。そして相手の髪や瞳の色の石を贈るのは、自分の好意を伝えると言われている。それについては国や時代によって諸説あるが、そもそも高価な宝石や魔石が付いた品を自分で選んで贈ること自体が、相手を好ましく思っていると言われてもおかしくないだろう。
(レンさんは本来の自分の髪色とは違うから、単に交換しただけと思ってるわよね?そうよね?大丈夫よね!?)
一体何が大丈夫で、何に言い訳しているのかユリ自身にも分かっていなかったが、ひたすら彼女は頭の中でグルグルとそんなことを考えていたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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