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205.新たな日々


来た時と同じ日数を掛けて無事に王城に戻ったレンドルフ達は、数日に分けて報告を終え、ようやく明日から休暇に入ることになった。

遠征にもよるが、ひと月程の期間になると大体休暇は10日前後もらえることになっている。一斉に全員が休暇を取ると任務に支障も出るので多少の調整は必要だが、それなりに融通はしてもらえる。可能であれば纏めて取ってもいいし、小分けに取ってもいい。もし三ヶ月以内にどうしても調整が付かないような場合は、給与から算出された日数分の手当が引き換えにもらえるようになっている。しかしこの計算を担当している第五騎士団の経理部からは、計算に手間がかかるらしく密かに嫌がられているらしい。表立って何か言われたり態度に出されることはないが、色々と事務手続きを請け負ってくれる部署だけに、何となく皆、迷惑を掛けないようにしようという心がけは存在していた。



「レンドルフ先輩は休暇は何をする予定ですか?」

「数日は知り合いのところでスレイプニルの見合いに付き合おうと思ってる」

「あの遠征に連れて来てたノルドくんですか?」

「ああ。前に一度顔合わせをして、互いに相性が悪くなさそうだったから今度は少しの期間一緒に生活させてみようと先方から話が来たんだ」


以前知り合ったミダース男爵家で所有しているスレイプニルや魔馬と、ノルドを引き合わせたことがある。その時ノルドは一頭の魔馬に一目惚れをしていたので、機会があれば今度はもっと近くで見合いをさせてみようという申し出が以前からあったのだ。ただ、レンドルフが騎士団に戻ってしまったのでなかなかその機会が取れずにいた。ノルドの所有権はレンドルフ個人ではなくクロヴァス家であるので、家同士で見合いの話を進めても構わなかったのだが、先方のミダース家からレンドルフにも直接会いたいとの誘いがあって、予定が空くのを待っていてくれたのだった。


「ノルドくん、賢いですもんね。あの血統なら欲しいと思う人は多いんじゃないですか?」

「そうなのかな。あいつ、甘い物には目が無い食い意地の張ったヤツなんだが…」


昔から知っているレンドルフにはピンと来なかったが、周囲から見るとノルドの評判は大変良い。ある意味甘い物を得る為に色々な策を弄するので、智恵を使う方向はともかく賢いのは間違いないだろう。


「ショーキはどうするんだ?実家に行くのか?」

「今三番目か四番目の姉が子供連れて戻って来てるんで、子守りに駆り出される予定です」

「ショーキのとこは家族が多いんだったな」

「甥っ子姪っ子は可愛いからいいんですけど、ねーちゃん…姉達にこき使われるのはちょっと面倒です」


ショーキはそう言って少しだけ眉間に皺を寄せながら苦笑したが、その口調の中に温かさが滲み出ている。レンドルフは年上の甥と同い年の甥しか近くにいないし、隣国にいる姪は二つ下なだけだ。姪はともかく甥達はクロヴァス家の血が濃く出ている赤熊揃いなので可愛さとは程遠く、レンドルフとしては少しだけ羨ましく感じた。


「先輩はカノジョさんとも会う予定も入れてるんでしょ?」

「え!?あ、ああ…まあ。土産、渡したいしな」

「あの石ですか?」

「今鑑定に出しているから、余程ひどいものでなければ渡せたらいいと思ってるよ」

「もう何に加工するか決めました?」


遠征中はずっとレンドルフとショーキは同室だったので、露店のような店で偶然手に入れたレンドルフの目の色にそっくりな裸石(ルース)を大切そうに眺めていたのは知られている。

購入した石は、戻ってからタウンハウスの執事を通して馴染みの宝石商に鑑定を依頼していた。


「最初は指輪にしようと思ったんだが…その、お互いあまり指輪はしていない方がいい職業だからな。もう当人に聞いた方がいいかと思ってるんだ」

「それ、僕の姉達から言わせると大正解です」

「大正解?」

「ええと、必ずしも全部がそうだとは限らないんですけど、姉達曰く『合わないサプライズほど困るものはない』って言ってて…あの!先輩のカノジョさんがそうだとは限らないですよ!ただ、ウチは姉が八人と妹が一人いて、母とか義姉とか姪っ子とか合わせたら女性がいっぱいいるんで」


ショーキは、昔ちょっといい感じになった女性に贈り物をしようとして、流行のブレスレットをこっそり用意したことがあった。カタログを眺めているのを姉達に見つかって、彼女にちゃんと聞いておけ、としつこく言われたことに照れと反発心が相まって、頑なに姉達の言うことと正反対のことを実行したのだ。結果的に、渡したときは喜んでもらえたのだが、その後彼女は一度も身に付けてはくれず、後日使用している金属で魔力酔いを起こしてしまうので自室にも置いておけない、と姉の一人にこっそりと返していたことが判明した。今思うと、相手もショーキ当人ではなく姉経由で返すと言うのも大概ではあるのだが、当時はその事実に激しく落ち込んだものだった。ちなみにその女性とはその後些細なすれ違いが蓄積して、縁は自然消滅してしまった。


「…すまない、今すごく胸が痛むんだが」

「僕の失敗談ですから。せ、先輩は大丈夫ですよ!」

「…だといいが」


レンドルフもかつてユリに贈ったものは相談していなかったことに気付いて、思わず胸を押さえていた。ショーキと違って、渡した後もよく使っていてくれているのだから大丈夫だと信じたいが、改めて確認をするというのも藪蛇になりそうで恐ろしい気がする。


「女性への贈り物は難しいな…」

「それは否定しません…」


二人は思わず遠い目をして、並んで何もない空間を見つめていたのだった。



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「あ、ロットさんだ!お久しぶりです!」


ベルと一緒に市場に買い物に来ていたモノは、後ろから可愛らしい声に呼び止められた。この名で呼ぶのは、一人しか心当たりがない。


「ローズさん、お久しぶりです」


振り返ると、赤みの強い赤銅色の真っ直ぐな髪を後ろで一つに纏めて、少し細く涼しげな目元をした女性が立っていた。着ているものはメイドのお仕着せで、片手には買い物籠を下げている。彼女は以前引ったくりから助けたメイドで、その時は何となく気恥ずかしさが優先して深く考えずに咄嗟に偽名を使った相手だった。そしてその偽名が切っ掛けで僅かに呪いが緩んだことに気付き、ベルがそこから呪いを読み解いたのだった。ローズは無自覚ではあるが、モノにとっては恩人でもある。


「最近お見かけしなかったから、どうしたのかなって気になってたんですよ」


彼女、ローズはニコニコとしながらモノに近付いて来る。彼女自身は標準的な身長ではあるが、モノが長身なので見上げるような恰好になる。


「ちょっと…親戚のところに行ってました」

「そうなんですね!…あ…ご、ごめんなさい!お連れの方がいたのね!ごめんなさい、お邪魔しちゃって」


モノの体にちょうど隠れるように立っていたので、近寄って初めて彼女は隣にいるベルの存在に気付いたらしい。モノ一人だと思って女性連れなのに親しげに声を掛けてしまったことに、慌てて頭を下げる。


「いいのよ〜お嬢さんのお話はこの子から聞いてるから〜」

「この、子…?」

「ロットの母です〜」

「え?ええええ!?お、お、おおお母様?嘘でしょ!?お姉様じゃなくて??」

「…うん、母、です」


ベルはふっくらしているので、肌の張りが同世代よりも遥かに良い。そのおかげで通常よりも童顔に見えるし、小柄であるので余計に若く見えるのだ。それにオベリス王国民の感覚だと、本当に年の差は親子と言うには近すぎるのだ。少し歳の離れた姉という程度なので、ある意味ローズの判断は正しい。


「お嬢さんは買い出しかしら?」

「え?は、はい」

「じゃあロット、手伝ってあげなさいな。ウチは今日は軽いのばかりだから」

「え!?」

「いえいえいえいえお母様!?お母様も是非!!」

「あらあ、可愛いお嬢さんにお母様って呼ばれるのも良いわね〜。じゃあ、後はお若い人達で〜」


ベルは「ホホホ」と笑いながらモノの背中をグイと押して、手にしていた買い物メモを奪って人混みに消えてしまった。残されたモノとローズは揃って口を半開きにしてベルが消えて行った方向をしばらく見つめていたが、モノがハッと我に返る。


「あ、あの、ローズさん」

「は、はい!」

「その…ご迷惑でなければ…お持ち、します」

「…よ、ろしく、お願いします…」


ぎこちなく差し出したモノの手と、自分の持っている籠を交互にローズはしばらく眺めていたが、断った方が失礼かと考えたのかおずおずと籠を手渡す。籠の中には丸鶏が二羽分入っているので、それなりにズシリと重い。しかしモノは全く重さを感じさせないように軽々と受け取る。


「他に買う物はありますか?」

「え、ええと…後はオレンジを…」

「いつも購入している店はあります?」

「いいえ、いつもなるべく安いところで…あ」

「それならさっき回った時に、次の四ツ辻の店が安かったのを見ましたよ」

「…ありがとうございます」


ローズがメイドとして働いている男爵家は、元は中規模の商家が十数年前の災害の折に活躍したことで叙爵した家なので、領地は特に持たず、少しだけ裕福な平民とあまり変わらない生活をしている。当時災害が発生した際に、たまたま積荷を乗せた馬車が近くにいたので、即座に無償で商品を全て放出したことへの報賞の一つとして爵位を得た。しかし貴族になったとは言ってもそう中身は変わる訳でもなく、堅実な生活を送っている一家なのだ。


「ロットさんは、騎士様なんですか?」

「ええ。まだ見習いですが」

「え!?こんなに頼りがいありそうなのに?」

「そんな…自分はまだまだです」


モノは当人の希望もあって、一旦離縁や養子縁組などの手続きと身辺整理も含めてひと月程休職をすることになった。そしてその後は、二年目の騎士見習いとなって各地方へ実地研修へ赴くことになっている。騎士団に入団した際は、最初の一年は基礎や体力作りの為に費やされ、次の一年は数ヶ月ごとに各地方の領地専属騎士団に預けられて実地研修となることが通常だ。そしてその後正式に各所に配属されて初めて見習いの名が外れて一人前の騎士として扱われるようになるのだ。レンドルフなどのように上層部から能力を認められて推薦があれば、その研修を飛ばして見習い期間がなかったり短くなったりする者も稀にはいる。


かつてモノは呪いの指輪の影響を押さえる為に、王都から出られなかった。その為二年目の実地研修は特例扱いで、世話役だったオルトと共に王都のあちこちで自警団に混ぜてもらっていたのだ。今回、モノの指輪が外れて呪いからも解放されたので、改めて地方で実地研修に行きたいと希望を出した。再び見習いに戻ることにはなるが、一番自分に足りない見識を広げる為にどうしても行きたいと思ったのだ。これに関しては、まだ正式な養子になっていないのに既に過保護なオルトとベルに随分心配されたが、最終的には快く承諾してくれた。



他愛のない世間話をしながら、ローズと並んで店に向かう。

ローズは男爵の令嬢と同い年で、早くに家族を失っていたので幼い頃から男爵家の世話になって家族のように育ったそうだ。成長してからはさすがに使用人としての節度を持って接しているが、それでも男爵家の末っ子のように皆から可愛がってもらっているらしい。ローズの口から聞かされる男爵家の人々は、とても温かい人柄のようだ。モノとはただの顔見知り程度の関係だが、それでも彼女の楽しそうな話を聞いていると心が和む。


「あの…ロットさん、よかったらこれ」


オレンジと追加で安く売っていたリンゴも購入して、ローズは帰りは乗り合い馬車で帰るというので、馬車の乗り場まで送って行った。馬車が来るまで少しだけ時間があったので、近くのベンチに座って引き続き話をすることにした。ベンチに座るとローズはゴソゴソとポーチの中を探って、小さな紙包みをモノに手渡して来た。特に封はしていなかったので中を覗くと、シンプルな淡い黄色のハンカチが出て来た。取り出してみると、端の方に茶色の糸で控え目に「ロット」という名前と蹄鉄の刺繍が施されている。蹄鉄は、幸運を祈る象徴的なアイテムの一つであるので、こうしたちょっとした小物に入れることが多いデザインだ。モノはこうした刺繍には詳しくないが、細かく丁寧さが滲み出ているのはすぐに分かった。


「あ、あの、前に助けていただいたときのお礼です!お名前しか聞いていなかったので、いつ会えるか分からなかったし…二度目にお会いした時にはまだ出来上がってなくて…」

「…ありがとうございます」

「ご、ご迷惑だったら、靴磨きとかに使ってくださって構いませんので!肌触りの良さそうなものを選んだので、きっとツヤが出ます!」

「そんな勿体無いことしません!」


彼女の言う通り、手にしたハンカチは柔らかくいつまでも触れていたいような優しい手触りだった。ただ、うっかり偽名を名乗ってそのまま訂正していなかったので、嬉しい反面複雑な感情が顔に出ていたのか、ローズは赤い顔をして慌てて言い募った。モノもそれに慌てて首を勢いよく振って否定する。


「嬉しいです。こういうの、初めてもらったんで、どうしていいか分からなくて…本当に嬉しいです」

「良かったです。…でも、本当です?」

「え?本当に嬉しいですよ」

「あ、いえ、その…ロットさん頼りがいあるし、優しいし紳士だし…こういうのたくさんもらってるんじゃ」

「全然です!」


うっかり力強く言い切ってしまい、そんなに胸を張って宣言する内容ではなかったとモノは少しだけ顔を赤らめた。その様子を見て、ローズもほんのりと頬を赤くして「良かったです」ともう一度小さく呟いた。


「あの、今度このハンカチのお礼に何か贈らせてください」

「それじゃお礼のお礼になっちゃいますよ?そうしたら今度は私がお礼のお礼の…お礼?しなくちゃ」

「あ、そうでしたね…」

「でも、そうやってお返しし合ってたら、この先何度も会えますね」

「…そ、うですね」


道の向こうから、乗り合い馬車がやって来る。今の彼女の言葉の真意をもっと聞きたかったが、彼女は仕事で買い出しに来ているのだ。モノは少し残念に思いながらも、これ以上時間を割いてもらうわけにはいかないと、立ち上がって籠を持って乗り場近くまで持って行く。


「ロットさん、私、明後日お休みなんですけど、ご予定ありますか?」

「え?」

「良かったら、ランチご一緒しませんか?」

「あ…ああ、喜んで」

「じゃあ、明後日のお昼に…ここで待ってます」

「必ず!必ず来ます」


モノは馬車に乗り込む彼女の手を取って乗せてから、両手で「気を付けて」と言い添えて買い物籠を手渡した。籠越しに見えた、ローズの髪色と同じ赤銅色の切れ長の目が細められて嬉しそうになったのが、モノの脳裏にハッキリと焼き付いた。


「ありがとうございました」

「また、今度」


すぐに馬車が走り出したので短い挨拶しか交わせなかったことがひどく残念に思えたが、またすぐに次の約束がある。手にしていた優しい手触りのハンカチの刺繍の部分にそっと触れると、何だかふんわりと温かいような気がした。



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その後、今回のトーリェ家の所有する呪いの指輪の解析やこれまでの功績が認められて、ベルは女男爵として爵位と王都に隣接する小さな土地を拝領した。もっともこれはベルの師匠にあたる老学者が、自身の呪術研究を継がせたくてどうにかベルを養女にしたいと強引に願ったものだった。領地も研究書が収められている研究室兼倉庫に居住空間がおまけのように付いている建物があるだけで、後は少しばかり広い庭を手入れする管理人と庭師が数名いるだけの箱庭のような小さな規模だったので、ベルも司書的な感覚で叙爵を受けることにした。


こうしてベルは、「ベル・ホルベイル女男爵」となり、息子となったモノは全ての縁を新しくしたいと言う当人の希望により、名を「ロット・ホルベイル」と改めることになった。

ロットが約一年間かけて国内の各領地で実地研修を終えてから、一回り成長して再び第四騎士団に戻ることになるのはもう少し先の話だ。


その研修先の領地に一つに、レンドルフの故郷であるクロヴァス領も含まれていたのだが、戻って来たロットにショーキが「先輩の故郷ってどんな感じだった?」と尋ねたところ彼は困ったように黙って微笑んだだけであったので、ショーキはそれ以上は訊けずに思わず髪を逆立てたという。



モノは今回でしばらく退場になります。新生ロットとして戻って来るかもしれませんので、その時は覚えていてくれていたら嬉しいです。もしかしたらレンドルフを爆速で追い抜いて可愛い婚約者くらい出来てるかもしれない(笑)


蛇足的な補足

ロット(モノ)が研修に出た先でトリーェ領の大火事と領主夫妻の行方不明を知らされて、一応家を継ぐかの打診は受けますが、当然のようにお断りします。親戚にも話は行きましたが、家を継ぐ=呪いも継ぐ、という話は万遍なく伝わってしまっているので、誰も希望者が現れずに、領主夫妻の戸籍上の死亡が確定するまでの七年間は王家から派遣された代官が治めることになりました。その後の家を再興する者は現れずに別の家が引き受ける形になったので、領民的にはそこまで大変なことにはなりませんでした。

全焼した領主の屋敷は、多くの人が亡くなった上に夜な夜な呻き声が聞こえるという噂が立ったので、その上に大きな慰霊碑が建てられました。さて…抜け穴はどうなったのでしょうね?


ただ、一応聞いてしまったので…ということで、ロット自身の資産から出来る範囲で救援物資はトーリェ領に送ったのですが、その際にローズの主家の男爵家の商会を利用したので、おかげでその後彼女とのご縁も深まりました。

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