19.新しい「タイキ使い」
しばらくレンドルフの治療に時間がかかりそうだったので、クリューは演習場の隅にあるベンチに腰を下ろして休んでいた。クリューもそれなりにミスキの矢に当たっていたので、回復薬を一本取り出してチビチビ飲んでいる。
バートンは一旦外に出て、飲み物や軽食などを買い出しに行った。
「相っ変わらず性格の悪い作戦立てるわよね、ミスキ」
「えー?人聞き悪いなあ」
「タイちゃんにあたしとユリちゃん狙えって指示出すの、あんたしかいないでしょうよ」
「そこは確実にタイキをレンに当ててやりたかったからさ〜」
「レンくんが間に合わなかったらどうすんのよ」
「そこは間に合ったし?ほら〜信頼、信頼」
隣に座るミスキを冷ややかな目でクリューは見ていたが、いつもと変わらない掴みどころのないミスキの笑顔に、やがて根負けして大きく溜息を吐いた。
タイキは、スピードも力もあるが、それに自分の体が付いて行けないことがある。その為レンドルフに一直線に掛かって行っても、受け流されて十分な手合わせが出来る前に自滅して終了になる可能性も高かった。そこでミスキが、きちんと狙う必要はないが、後ろの二人に向かえばそこにレンドルフが当たりに来てくれる、とアドバイスしたのだ。レンドルフの性格上、味方に危険が迫れば絶対に自分が割って入るだろうと予測していた。そしてそのミスキの狙い通り、レンドルフは自らタイキと真っ向勝負に持ち込んでくれたのだった。
「ただまあ正直、あそこまでタイキとやり合えるとは思ってなかったからね。それは悪いと思ってる」
「どっちによ」
「どっちも」
「あんたねえ…そういうとこがち」
「とこが?」
一瞬、クリューはミスキに「父親そっくり」と言いかけて、それを察したらしいミスキの声色が一段低くなったのを聞いて言葉を切った。
クリューはそれこそミスキが産まれる前から母のミキタを知っている。彼女の最初の夫、ミスキ達の父親のことも。そして、その一声で未だにミスキが父親に対して蟠りを持ち続けていたことも察した。間違いなくその父親に性格が似ているミスキだが、おそらく同族嫌悪なのだろう。ここ最近は全く話題にも態度にも出ていなかったので、もう何とも思わない存在になっていたとクリューは思っていたのだが、まだ根は深いようだった。
「腹黒いのよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「このプヨプヨ腹黒」
「それは褒めてないからね!悪口だからね!」
運動神経はいいのだが動きたがらず、動かない為の努力を惜しまないという性格のミスキは、年々弓の腕前が上がるとともに運動量が激減していた。そのせいか、最近は少々全体的にうっすら肉付きが良くなりつつあった。主に腹回りの成長は著しいものがあった。
「…まあ、確かにあたしもタイちゃんがあんなにすぐに『竜化』するとは思ってなかったし。ちょっとレンくん侮ってたのは否定しないわ」
「あの状態のタイキと互角にやり合えるヤツがいるなんて、まだまだ世の中広いよなあ」
タイキが自分の皮膚の形状を変化させて鱗で体を覆うことを「竜化」と呼んでいた。正式名称は分からないが、他に丁度いい呼び方は分からなかったし、タイキが何より「カッコいい!」と気に入っていた。
「で?どうなの」
「どうって?」
「レンくんよ。ウチに仮加入、オッケー?」
「そりゃいいでしょう。出来れば正式加入して欲しい」
「してほしいわねえ。ま、無理でしょうけど」
「だよなあ」
そんな会話を交わしているうちに、どうやらユリの治療は終わったらしい。レンドルフが差し出された回復薬を飲み干しているのが見えた。
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「どこか違和感はない?」
「うん、大丈夫。色々ありがとう」
麻痺粉が残っているといけないので、レンドルフは片手で器用にイヤーカフだけ装着してからユリから渡された中級の回復薬を飲み干した。右手の傷は見る間に塞がり、紫色に腫れていた部分も正常に戻って来た。ユリが彼の手の平を何度か指で撫でるように確認している。
「レンさん、思ってたより無茶するね。ビックリしちゃった」
「…ええと、怖がらせた?」
「ううん!全然!すごかったよ〜。手合わせの最中なのに、うっかり見入っちゃった」
「…そっか」
先程のタイキとの手合わせは、今までにない戦闘タイプだったのもあり、つい熱くなってしまった。ユリは薬師だし冒険者のランク持ちであるから、戦闘などはいくらでも遭遇しているだろうが、それでも自分の豹変ぶりに引かれたのではないかと心配していたレンドルフは、彼女の言葉に心から安堵の溜息を漏らした。
「タイキは大丈夫なの?さっきからずっと放置されてるけど」
少し離れたところで地面に転がったままのタイキに、心配になってレンドルフが顔を向ける。
「うん。ああなると変に動かさない方がいいの。あの鱗が出た状態だと、自動回復?って言っていいのかな。ある程度体が回復するまではそのままなの。完全に治る訳じゃないけど、体が大丈夫だって判断したら勝手に剥がれるから、それまでは待つだけなのよ」
「それって、結構重傷だったってことじゃ…」
「ああ、そっか。レンさんは見えてなかったもんね。ほぼレンさんといい勝負よ?私の見立てではアバラ一本、てとこかな」
「そうか…タイキが相手で良かった…」
「レンさん?」
ユリの話を聞いて、レンドルフは顔に手を当てて大きく溜息を吐いた。
「俺の感覚だと、あの力加減では普通なら相当な重傷になってたと思う。目が見えてなかったのもあったし、つい熱くなって手合わせって一瞬忘れてた」
「あれはミス兄がえげつない手を使って来たからで…」
「そうそう、あの腹黒が全ー部悪いのよぉ」
ションボリとした様子で下を向くレンドルフに、ユリが声を掛け、更にその後ろから休憩のベンチから戻って来たクリューも口を添える。
「あれ、胡椒と唐辛子の粉で作った特製品なんですって。わざわざ今日の為に作ったらしいわよぉ。それで沢山の矢を囮にしてユリちゃんの意識を向けさせて、バートンの本命はあの粉を全部レンくんの顔に貼り付かせることだったんですって。仲間内で使うにはえげつないにも程があるわよねぇ」
座り込んでいるレンドルフの傍らにしゃがみ込んで、クリューはまだ少し赤みの残っている彼の目元を、前髪と共にサラリと軽く撫でた。
「あーはいはい。俺が悪いですよー」
「そうよぉ。ミスキが悪い」
「あの…」
口を開きかけたレンドルフを、ミスキは手で制して彼の正面に座り込んだ。
「俺らの戦い方を見てもらいたくて、ちょっと本気で仕込んだ。一時的とは言え、仲間になってもらうヤツにすることじゃなかった。すまなかった」
「あ、いや、その…本気で相手してもらえたなら、それは嬉しいし…」
ミスキがレンドルフに向かって深々と頭を下げた。その口調はいつもの軽いものではなく、真摯な響きだった。その様子にレンドルフは少し困ったような顔をしながら、言葉を選んでいるように視線を彷徨わせる。
「俺、結構楽しかった、って言ったら引く…?」
一瞬、レンドルフの言葉に周囲がキョトンとしたような顔になったが、困ったようなレンドルフが何かを言おうと口を開きかけた時、ミスキが弾けるように笑い出した。戸惑って側にいたユリとクリューも交互に見ると、二人とも同じように笑っている。
「いやー、そう言ってもらえたら俺も嬉しいよ。こんな性格の悪い作戦立てるヤツのいるパーティだけど、一緒に来てもらえるか?」
ミスキがレンドルフの前までいざり寄って、右手を伸ばした。
「喜んで」
レンドルフは迷わずミスキの手を取った。
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「何じゃ、ワシのいない間に話がまとまったのか?」
買い出しから戻ったバートンが、笑い合っている彼らを見て半分苦笑、半分嬉し気に笑った。
「おー悪いな。早めにレンを捕まえとこうと思ってさ」
「まとまったんなら文句は言わん」
そう言いながら、バートンは両手に抱えた紙袋を地面に置く。そこからフワリと良い香りが漂って来て、思わずレンドルフの腹がクゥ、と鳴ってしまった。
「んあー…美味そう…」
その香りに反応したのか、タイキがごそごそと身動きをした。
ゴロリと寝返りを打つと、彼の体を覆っていた透明な鱗がシャラシャラと涼し気な音を立てて滑り落ちた。その鱗が落ちた部分は、小さな傷はあったが大怪我はしていないようだった。
「タイキ、大丈夫か?」
「あー平気ー」
ミスキに声を掛けられて、タイキは完全に寝起きの少し掠れ気味の声で答える。まだ地面に転がったまま頭を掻きながら目を何度も瞬かせていて、まだ覚醒してないのか大きな目も半分くらいになっている。見るからに眠そうな顔をした彼は、クワリと大欠伸をした。
「あっ!レン!お前大丈…痛ってぇ…」
レンドルフに顔を向けて、先程の状況を思い出したのかタイキは勢いよく飛び起きたものの、すぐに脇腹を押さえて体を丸めた。
「大丈夫か!?」
「あー…ちょっと脇腹が痛ぇ…うぉっ!?すげぇ!痣になってる、痣!!」
レンドルフが慌てて立ち上がろうとしたが、タイキがそれを止める。そして自分の服の裾をベロリと捲って痛みの元を確認した。タイキの筋肉質ではあるが薄い腹に、くっきりと青い痣が付いていた。何故かタイキはそれを見てはしゃぎ出す。
「見て見て!ミス兄!腹に痣が出来てる!」
「はいはい。取り敢えずユリから回復薬貰って飲もうね」
「えっ!ヤダ!!」
「ダーメ。ちゃんと飲まないとご飯あげません」
「えええぇ〜」
兄弟のやり取りなのに、何となく母子のように見えて来る。
ユリが安全ゾーンに置いてあった特殊回復薬の瓶を持って来ると、大変嫌そうな渋い顔をしながらタイキは受け取った。嫌がりつつもちゃんと受け取るところが何とも微笑ましい。
「これ…マズイんだよなあ…」
そう言いながらもタイキは蓋を開けて一気に飲み干した。そして次の瞬間彼のその顔はシワシワになっていた。
「特殊回復薬ってそんなに不味いんだ…」
「レンも味見してみろよ!どんなにマズイか分かち合おうぜ!」
「いや…俺は…」
もともと回復薬自体がそれほど美味しいものではない。そして中級、上級と効果が強くなればなるほど味が悪くなっていく。レンドルフも先程中級回復薬を飲んだばかりなので、少々口の中がおかしいくらいだ。
「別に普通のヤツが飲んだって問題ないから!な、そうだろ、ユリ?」
「うん、それは問題ないけど…」
「な!ちょっとだけ、一滴舐めるだけでいいからさ!」
空の瓶を片手に、タイキがグイグイ迫って来る。困ったレンドルフはユリに助けを求めるように視線を向けたが、彼女は無の表情でスッと目を逸らしてしまった。
「じゃ、じゃあ、一滴だけ…」
「ほらほら、手ぇ出せよ!」
おそるおそる手を差し出すと、タイキは空になった瓶をその上で逆さまにしてブンブンと振った。レンドルフの大きな手の上に、二滴程瓶の底に残った液体が垂れる。回復薬は皮膚からも吸収されるので、その前に素早く手を口元に持って行って、軽く舌先でチロリと舐めた。
「!!」
「わー!レンさん、顔、顔!」
ほんの少しだけ舌に触れた程度だったのに、凄まじいガツンとした刺激と渋味が口いっぱいに広がった。レンドルフの顔も、先程のタイキと同じようにシワシワになる。
「レンさん、口開けて」
これまでに体験したことのない、不味いを越えているのは分かるが不味い以外に語彙が出て来ない味に悶絶していると、ユリから声を掛けられた。レンドルフはあまりの不味さにそれ以外考えられなくなっていたので、ほぼ何も考えずに反射的にパカリと口を開けていた。
口の中に、コロリと固いものが放り込まれる。
何か柑橘の爽やかな香りが広がったかと思った瞬間、口の中に甘い味が広がって一瞬にして渋味が消失した。
「これ、キャンディ…?」
口の中でコロコロと転がすと、丸くて固いものがある。
「あー!ユリ、オレも!オレにも!」
タイキがユリに向かって鳥の雛のように大きく口を開けている。
「タイキはまだ駄目!もうちょっと回復薬が効いてから」
「えー!もう大丈夫だって!」
ユリの手には、可愛らしい包み紙のキャンディが握られている。何も考えずに言われるまま口を開けたが、冷静に考えたらユリに手ずからキャンディを食べさせてもらったことに気が付いて、レンドルフは思わず口を押さえてしまった。
「レンさん、もう口の中に渋いの残ってないでしょ?これ、口直しの特製キャンディだから」
ユリが放り込んでくれたのは、彼女の祖父が開発した特殊回復薬の後味の不味さを打ち消してくれる特製キャンディだと教えられた。下級の特殊回復薬でも激しく不味いので、必要とする子供が飲んでくれないことから作ったそうだ。
「だけど、後味を消してくれるのと同時に薬効まで消しちゃうのよね。だから完全に効いてから食べてもらわないといけないの」
「もう治った!ほら、もう痣もないって!」
タイキは必死な様子で服を捲って腹を見せている。女性相手にその行動はどうかと思ったが、先程たった数滴でもあれだけの不味さを体験してしまったレンドルフには、そこまで必死になる気持ちが分かってしまった。
「まだちょっと残ってるけど…」
「もう平気だって!こんなの痛いうちに入んねえから!」
顔を近付けてまじまじとタイキの脇腹を眺めているユリに、タイキは必死になって自分の腹を繰り返し叩いている。
「しょーがないなあ。はい」
あまりにも必死な様子のタイキに折れたのか、ユリは手元のキャンディの包み紙を外して大きく開けたタイキの口の中に放り込んだ。口の中の渋さに気を取られていたのでうっかりしてしまったが、レンドルフも同じことをされていたのかと思ったら急に気恥ずかしくなってしまった。
「あー、助かった」
タイキはボリボリと音を立ててキャンディを噛み砕いていた。
「あ!そうだ、レン!お前は大丈夫だったか?」
「ああ。ちょっと怪我したけど、さっきユリさんに治療してもらった」
「レンすっげぇな!強いし速いし固ぇし!めちゃくちゃ面白かった!」
「俺も、楽しかった」
「やった!」
レンドルフの言葉を聞いて、タイキが勢いよく抱きついて来た。体格差があるのでレンドルフが揺らぐことはなかったが、急すぎる親愛表現に驚いて思わず固まってしまった。
「あらまあ、懐かれたわねえ」
「痛い!痛いって!」
抱きついたタイキがレンドルフに頬擦りしだしたのだが、タイキの皮膚は普段でも見えないくらい細かい鱗で覆われているので、ほぼ紙ヤスリで擦られているようなものだった。必死にタイキを引きはがそうとしているレンドルフを、少し離れたところで感慨深げにミスキが眺めていた。
「あいつ…本気で楽しいと思ったんだ…」
「良かったな」
ミスキの目が、いつもより潤んでいるようだったのを見て、バートンがポンポンと軽く肩を叩く。
「俺以外にも『タイキ使い』の素質があるヤツがいるなんてな!」
ミスキはわざと明るくそう言って、何かをごまかすようにグイ、と袖で目元を乱暴に拭った。
タイキが嘘と悪意を感知出来るのはレンドルフには話していない。あのタイキの喜び様は、レンドルフが本気で楽しかったと思っている証拠だろう。
人間離れしたタイキの竜化を目の当たりにした人間は、恐れ、嫌悪感を露にする者が殆どだったし、当人もミスキ達もそれは仕方のないことだと納得していた。しかし、だからと言って平気な訳ではない。
まだほんの子供だった頃から、そんな目で見られる度に「オレがカッコ良すぎるからな!」と涙を溜めながら無理に笑っていたタイキをミスキは見て来た。怪我までしたのにも関わらず、心から楽しいと言ったレンドルフに、ミスキは感謝をせずにはいられなかった。
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「さて!まだ時間があるから、ちょっとさっきの総括な!」
落ち着いたところで、演習場のベンチのあるところまで移動して、バートンが買って来た飲み物や軽食などを並べて車座になった。ベンチと言っても小さなものなのでそこにはユリとクリューに座ってもらって、残りは地面に直接座り込む。
銘々に飲み物を手にしたところで、ミスキが軽く手を叩いてそう言った。
「まあ今回はお互いの実力を見るのと、レンを入れた場合俺達がどう動いた方がいいか、って作戦を考えるのがメインだからな…って、タイキ!ちゃんと聞けよ」
「ふぁい」
ミスキの話している最中に、タイキは両手にパンを持って口の中に押し込んでいたので、返答がおかしなものになっている。
「レン、お前、護衛騎士だろ」
「え…」
いきなりズバリそのものを言い当てられて、レンドルフは一瞬返答に詰まった。
「ああ、悪い。詮索とかしてる訳じゃないから。まあ後ろのレンのいた場所、見れば分かるけどさ」
ミスキが、まだ手合わせをしたまま荒れている演習場を指差した。ちょうど真後ろになるレンドルフは振り返って地面に目をやる。
「動いてる範囲が極端に少ないんだ」
言われてみれば、レンドルフは自分が放った土魔法の起点や、タイキとぶつかって抉れた地面を確認すると、最初にユリやクリューと共に立っていた場所の周辺に集中していた。
「タイキが突っ込んで来るのが分かってたにしろ、レンは基本的に『待ち』の姿勢だ。タイキが一度吹っ飛んだときも、後ろにクリューを庇ったまま動いてなかっただろ。あそこですかさず追撃してたらレンの勝ちだった」
「…確かに」
「あと、意識が守る対象に行き過ぎな。途中からタイキ相手にそれどこじゃなくなったけど、自分に対する攻撃に鈍感なのも気を付けた方がいい」
そうやってレンドルフはタイキを警戒していた為に、背後にバートンが来ていることに気付くのが遅れていたことを思い出した。今更ながら思い出してみると、あの時にバートンが近付いて来たことを知らせるようにレンドルフの名を呼んだのは、ミスキの声だったように思えた。あれは、自分自身の警戒が薄かったことへのミスキなりの注意喚起だったのだろうと思い当たった。
そしてユリが防ぎ切れなかったミスキの特製粉袋が括り付けられた矢への警戒心の薄さも指摘される。
「身体強化に頼り過ぎてるから、矢は多少当たっても傷を負わないっていう読みがあったんだろうが、もうちょっと自分の身を守ることも考えた方がいい。仲間を守るのはいいことだけどさ、今レンの後ろにいるのはか弱いご令嬢や高貴なご主人様じゃなくて、結構逞しい冒険者仲間だ。完璧に守るんじゃなくて、一緒に戦うつもりでいてくれればいいと、俺は思うんだ」
ミスキに言われて、レンドルフは教えていない筈の近衛騎士としての働きを当てられたことに内心ヒヤリとしたものを感じていた。それなりに長く王族などを護衛して来た動きが染み付いているのだろう。刺客などに襲われたときなど、狙われるのは背後にいる護衛対象で、自分の身を盾にして傷一つ負わせないように守り通すことが護衛の職務だ。しかし冒険者はその動きそのものが違う。むしろクロヴァス領で専属騎士達と魔獣討伐に行くときと同じと考えを切り替えるべきだったとレンドルフは思い返した。
今まで魔獣討伐に共に行った相手は男性ばかりだったので、女性は全て護衛対象という意識を改めて考え直す必要がありそうだった。
「ま、身に付いた動きはそうそう変えられるもんじゃないしな。今俺が言ったことがどっかに残ってくれりゃいいよ。それに、実際怪我して何度かユリに怒られた方がレンには堪えるだろうしな」
最終的に、レンドルフにしてみればあまりありがたくないアドバイスを貰って締めくくりになった。
それから他のメンバー、勿論ユリにもミスキは改善点や注意点などを的確に指摘して行く。それを聞きながら、レンドルフはミスキの視野の広さや冷静な観察力に感心していた。初めて会った時に、目の奥が笑っていないと思ったことはあながち間違いではなかったようだ。そして、今のレンドルフの上司である総括騎士団長にタイプが似ていることも。
(団長だけでなく、似たような感じをどこかで見たような…)
不意にレンドルフは、その目に似た人物と最近出会ったような気がしたのだが、ぼんやりとしたイメージだけで記憶の中で霧散してしまう。
「レンさん、どうかした?具合でも悪い?」
考え込んでしまったレンドルフに気付いたのか、ユリが声を掛けて来る。
「いや、何でもないよ」
そうレンドルフは笑って、手にしていた小さなクリームパンを一口で頬張ったのだった。