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197.一つで三人分


魔獣討伐任務を中心としている第四騎士団とは思えない程、移動は順調だった。護衛も兼ねているので、遠回りでも整備されている街道や安全地帯が設置されている場所を選んでいるので、当然と言えば当然だが。



今日の宿泊場所がトーリェ領に入る直前の街になる。いつもならば時間を考慮しながら食事もきちんとした場所で取るようにしていたが、本日の昼食は夕方には街に入る為に街道の途中の安全地帯で済ませることになっている。前の宿を出る際に昼食は調達済みなので、何もない街道での食事でも問題はない。だが、この季節にしては気温が高めで晴天だったせいか、日陰のない安全地帯で停まった馬たちの呼吸が少々荒い。他の停まっている馬車もないので、急遽馬車との間に布を張って日除けを作る。


「ウォーターミスト」


飲み水は十分あるが、体に熱が篭っている馬たちに向けてレンドルフが水魔法で霧状の水を掛ける。ずっと日向を走って来たので、日陰と水分でずっと楽になったのか、馬たちも嬉しそうにプルプルと頭を振った。

レンドルフが連れて来たスレイプニルのノルドは、暑さにも寒さにも強いので全く堪えていないので、日陰ではない場所で差し出されるおやつをご機嫌に食んでいた。普段なかなかお目にかかれない人慣れしたスレイプニルが珍しいらしく、同行している馭者や侍女達もレンドルフの許可を取りながらも色々とちやほやしてくれる。


「レンドルフ先輩〜、僕にも水掛けて下さい」


レンドルフとオルトが日陰を作っている間、ショーキが馬たちの飲み水などを用意していたので汗だくになってレンドルフの傍に駆け寄って来た。要望に応えてレンドルフが霧を掛けてやると、気持ち良さそうにショーキが上を向く。霧と言っても多少粒が大きいので彼のふわふわした髪がしっとりとするが、この天候ならばすぐに乾くだろう。飲み水は十分な程あるのだが、こうして霧状にして涼を取れるような道具は持参して来ていない。通常の遠征ならば魔力の無駄遣いは出来ないのだが、今回の道中は至って平和であるしそこまで魔力消費もない下位魔法なのでレンドルフも気兼ねなく使えた。


「レンドルフはやけに涼しい顔してるな」

「暑がりなんで、一応下着だけは夏用のを早めにもらって着て来ました。あと、自分でも追加注文してますし」

「俺も今回着てくれば良かったな」


最初は二台の馬車の間に布を渡すだけだったのだが、それだけでは十分な広さの日陰を作れなかったので、数枚の布を繋ぎ合わせて三台の馬車の屋根に括り付ける形で広い日陰を作る為に色々と試行錯誤したので、担当していたオルトはこめかみから汗が流れ落ちていた。レンドルフも汗ばんではいるが、夏用の付与が掛かった下着のおかげでまだマシだったのだ。オルトはシャツの襟元のボタンを三つまで外して、バサバサと胸元をはためかせていた。レンドルフはオルトにも聞いてから霧の水魔法を掛ける。日陰で浴びるとより効果的なので、オルトは心地良さそうに目を閉じて上を向いた。


「お昼、もらって来ましたよ〜」


オルトが涼んでいる間に、ショーキが馬車の荷物の中に入れておいた昼食を抱えて戻って来た。同行している馭者と侍女達も昼食の支度を手伝ってくれている。ベルとモノは、万一に備えて馬車から出ないことは全員承知済みだ。


「オルトさんの分は、もう馬車に持って行ってくれてるそうですよ」

「すまねえな。じゃ、俺は馬車で食うから」

「また後で」


馬車には快適な温度になるように魔道具が積んである。しかしさすがに全員乗り込むことは出来ないので、見張りも兼ねてレンドルフとショーキは外で食べることになる。毎回外で食べるのならば交替もするが、今回はこの昼食一回だけの予定だ。森の中での野営ではないので、特に負担にも感じない。


布で作った日陰は馬たち優先なので、レンドルフとショーキは隅を借りるような形で立ったまま食事をする。食事の入った紙袋を開けると、中には薄手だがモチモチとした弾力の強いパンとクレープの中間のような皮に、白身の魚のソテーとチーズにトマトソースが掛かったものが挟まったものが見える。紙袋には多少の保温の付与が掛かっているが、そこまで保存の利くものではないので、生野菜は避けている。特に今日のように季節外れの気温の高い日は注意し過ぎることはないだろう。他にも素揚げして塩を振ってあるジャガイモと、カップに入った紅茶がまとめて入っていた。


「さすがにまだ飲み物は冷えてませんね」


真っ先に水分を口にしたショーキは、少し残念そうに言った。もう少し暑い季節になると、こうした食品などを入れる紙袋の付与も保冷の方が強くなるのだが、今の季節はまだ保温の方を優先したものを使用している。


「そこまで冷やせないが、少しは温度を下げられるぞ」

「え?いいんですか?」

「気休め程度だぞ」

「是非お願いします!」


あまりにもガッカリした様子のショーキに、レンドルフは手を差し出した。レンドルフの扱える水魔法の中には、水分の温度調整もある。こちらは霧を作り出すよりはもう少し魔力を消費するが、それでも下位魔法の一つなので大したことはない。ただ火属性も持っている影響からか、温めるよりも冷やす方はあまり得意ではない。元々冷えている飲み物の温度を保たせることはどうにか出来るが、温かいものはせいぜい口に含んだ時にひんやりする程度だ。

カップを受け取って魔法を掛けてから返すと、一口飲んでショーキの顔がパアッと明るくなったので、どうやら満足したようだった。


「すごいですね!ちゃんと冷たくなってます!」

「それなら良かった」

「ありがとうございます!先輩が万能過ぎます!」

「大したことないよ」


真っ直ぐにキラキラしたショーキの視線を受けて、レンドルフは少し照れたように微笑む。ふと、似たようなことを以前ユリに言われたことを思い出して、それだけのことなのに何となく嬉しくなる。それを誤摩化すように白身魚のサンドを取り出してバクリとかぶりつく。白身魚はあっさりとしていたが、たっぷりのバターでソテーしてあるのか十分食べごたえがあった。トマトソースもよく煮込んであって、一緒に他の野菜の旨味も溶け込んでいるので、酸味と甘味が濃厚だった。薄い皮だがソースをたっぷりと含んでいて、モチモチとした食感が更に増している。普通のパンとは違うのか、口の中の水分を持って行かれる感じがしない。


あっという間に食べてしまったレンドルフは、今度は素揚げのジャガイモを摘まみ上げる。小ぶりなので丸ごと揚げてあっても芯までホクホクしている。掘りたてなのか皮ごと揚げてあって、少し捲れた薄皮の端が軽く焦げている。少々一口には大きめではあったが、そのままポイ、と口に放り込んでしまう。頬の形が一瞬ジャガイモの形にポコリと膨らむが、目の前にいるのはショーキなのであまり気にならない。レンドルフは次々と吸い込むような勢いでジャガイモを食べて行った。


全て食べ終えると、レンドルフはうっかり浄化の魔法を込めてある魔石をポーチの中に入れっぱなしだったことに気付いた。指で直接揚げ芋を摘んでしまったので、手を洗いたいのだが魔石を出すにはどこかに触れなければならない。どうしたものかと片手を中途半端に上げたまま考え込んでいると、ショーキがケラケラと笑いながら浄化の生活魔法を掛けてくれた。


「ありがとう」

「いいですよ〜。さっきから僕も魔法掛けてもらってますし」


魔力の高い人間は、生活魔法が使えないことが多い。魔力が高い者は貴族が多かった為に使う必要がなく、次第に廃れて行ったという説もある。レンドルフも使えないので、一番使用頻度が高い「浄化」などは魔力が充填された魔石を購入して持ち歩いている。



ゴミを纏めて、馬たちの為に出した水や食事の桶などを片付けていると、馬車の中から食事を済ませたオスカーとオルトが出て来る。


「これはこちらで片付けよう」

(わり)ぃな。こっちは座って食っちまって」

「移動中は座っているようなものですから」


二人とも率先して後片付けを手伝って、あっという間に終了する。敷地の隅に置いてある消臭と浄化の付与が施されている蓋付きのゴミ箱に放り込んで、周囲を見回す。残したゴミがないかと同時に、周囲に怪しい人影などがないかを確認する為だ。


「ショーキ、周囲に何か不審な者はいないか?」

「大丈夫です。せいぜい小動物くらいの気配のみです」

「分かった」


多少索敵魔法が使えるショーキにも確認してもらい、周囲に異常がないと確認してからオスカーは懐から地図を出して開いた。これにはこの後に辿るルートが記されている。もし悪意のある者に見られたらコトなので、用心に用心を重ねているのだ。


「今のところ、この先の天候や街道などに異常の報せはない。予定通り進んでも問題ないだろう。何か気付いたことはあるか?馬の調子でも、自分の体調でも、些細なことでも構わない」

「問題ありません」

「大丈夫です。あ、でも真ん中の馬は前後の馬どっちかと交替させた方がいいかもです。少し疲れてるみたいで、ちょっと食べる量が少なくて、その分水を飲む量が多めでした」

「あの体の一番大きな馬か」


馬車を引いている馬もレナードが用意してくれた伯爵家のものらしく、一番力のありそうな体の大きな馬にベルとモノが乗った馬車を任せていた。実際馭者をしていたのはオルトだが、一番後ろで様子を見ていたショーキが気付いたようだ。


「もしかしたら薄く魔馬の血が入ってるのかもしれねえな。まだ気温も上がりそうだし、次の宿まで交替させた方がいいか」


オルトが少し考え込む。馬車には結界の魔道具を乗せてモノの指輪の能力が外に漏れないようにはしているが、最も近くにいる馬が微かに漏れる気配に敏感になっているのかもしれない。特に薄くても魔馬の血が入っているならば「魔獣狂化」の力に、反応を示している可能性もある。


「じゃあノルド…俺の乗っているスレイプニルと交替させますか?」


どの馬と交替させるかと日陰でゆったりと休憩している馬達にオルトが顔を向けていると、レンドルフがそう提案をした。数日並走しているが、平坦な街道であるし、きちんと休憩も馬のペースに合わせて取っているのでノルドは元気いっぱいだ。


「大丈夫そうか?」

「今まで並走していても変化はありませんでしたし、馬車を引くのにも馴らしてあります。それにウチのスレイプニルでしたら竜種の圧にも気を保つよう調教しますし、多少の魔力で揺らぐことはないでしょう」

「それなら行けそうだな」

「でも先輩が交替した馬に乗ったら、あの馬の方が休めなくないですか?」

「ショーキ…いくらなんでも俺は馬車よりは軽いぞ…」

「あ!すみません!」


ものすごく自然にショーキが言い出したので、さすがにレンドルフも渋い顔をする。大柄で人より重いのは否定しないが、人の乗った馬車よりは確実に軽い。そのやり取りを聞いて、オルトが爆笑していた。ふと見ると、オスカーも地図を顔の前に立てていたが、その地図を持った手が微かに震えている。


「ちょっと試しに交替させてみるか。少し走らせて、あの馬が辛そうならまた考えよう」

「オルトさんまで…」


笑いを堪えた震え声で言われてしまうと、レンドルフも苦笑するしかない。オルトは「悪い悪い」と言いながら、ふと思い出したように懐からハンカチを取り出した。


「これ、朝預かったヤツだ。ベルに見てもらったが、特に問題はないようだ。多分魔鉱石だろうが、このくらいの魔力なら影響はないとさ。気になるようなら専門家に魔力を抜いてもらうか封じてもらうかすればいいそうだ。ただ、色が変わるかもしれないから、そこはきちんと相談しておいた方がいいってよ」

「ありがとうございます。お手数お掛けしました」

「それ、この前買った指輪ですか?」

「ああ、念の為調べてもらったんだ」


ハンカチを開くと、中から先日レンドルフが露店で購入した指輪が出て来る。そっと大事そうな手付きで指輪を摘まみ上げるレンドルフの手元を、オスカーが興味深そうに覗き込んだ。


「ほう、レンドルフにそういった趣味があるとは初耳だな」

「そう言う訳ではないのですが…その、ちょっと良い色でしたので…」


少し恥ずかしげに俯く様子を見て、多分レンドルフは好ましいと思う相手の纏う色に似ているから選んだのだろうと、オスカーは何となく察した。彼の手には、少々安っぽい金メッキとしか思えない台に、ツルリとした大振りの石が嵌まっている指輪が乗せられている。台のせいか安っぽくは見えるが、石は深い湖水のような澄んだ青色に、中心に鮮やかな金色の光が差したような筋が入っているのはなかなかに美しい。台をもっと良いものに替えれば品の良い装飾品になりそうだった。


「これ、急に色が変わったからビックリしましたよ。何事もなくて良かったですね、先輩」

「色が変わった?」

「はい。買った時は緑色だったのですが、翌日見たら青い色になっていたので。ほんの少しですが魔力を感じたので、身に付けていても大丈夫かと思って、夫人に確認してもらったんです」

「それはもしかしたらとんでもない掘り出し物かもしれないな。まあお前なら大丈夫だと思うが、きちんとした専門家に任せた方がいいかもしれん」

「掘り出し物、ですか?」


オスカーの思いがけない言葉に、レンドルフは目を丸くした。


宝石の中には、日の光の下とランプの灯りの下では色が変わる物があるという。それはとても珍しく貴重な石なので、もし本物ならばかなり高額になる。


「お詳しいですね」

「結婚前の妻にねだられてね。婚約を申込むのに贈ろうと随分夜警勤務を入れたものだよ。その時に贈った石は、昼は緑で、夜は赤になるものだったな」


石の名前だけを聞かされて特性を知らなかったオスカーは、自分の緑色の瞳の色を望まれたのだと舞い上がっていたのだが、婚約後の初の夜会でそれを身につけていた彼女を見て、違う指輪を嵌めて来たのかと勘違いして激しく落ち込んだ過去がある。ちょうど彼女の幼馴染みだった伯爵令息が赤い目をしていたこともあって、子爵令息だったオスカーは随分悩んだものだった。今となってはよく会話に上る夫婦同士の笑い話である。


「オスカー隊長のところも仲が良いんですね。僕もこの隊にいれば、あやかれますかね」

「…まあ、頑張るんだな」


オスカーが一瞬妙な間を挟んだ後、ショーキを励ましていた。ショーキはよく獣人の可愛い女性が好みだと公言しているので、その難しさを考えてしまったのだろう。



レンドルフは、もし色が変わってしまうなら魔力はそのままにしてもらおうと考えながらハンカチに丁寧に包むと、ポーチの奥にしまい込んだ。最初に購入した時はランプの灯りに照らされていたので、いつものユリの目の色とよく似ていたが、昼間の日の元で見る深い湖水色は、ユリの変装のうちの一人の目の色に似ている。見ようによっては、中心を縦に走る金色の光のような筋は、もう一人の金の瞳を模しているように思えなくもない。レンドルフにしてみれば、高価だろうがなかろうが、一つで三人に変装しているユリの全ての瞳の色を有している石ということに最大の価値がある。

ユリに心配をかけないように、安全だと分かるまで指輪のことは手紙に書いてなかったのだが、今日の手紙には報告出来そうだ。遠征から戻ったら、自分の瞳の色に似た石も見せて、何か揃いで作らないかと相談してみようと思いを馳せたのだった。



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