196.出会いの猫の目石
立派な造りの馬車と傍に護衛としてスレイプニルが並走しているせいか、予定よりも早く宿泊予定の街に到着した。狭い道などでは互いに譲り合う為に停まることもあるのだが、貴族の紋章に詳しくなくても確実に高位貴族だと誰にも分かるせいか、ほぼ相手が譲ってくれたことが大きいだろう。
予約してあった宿に落ち着いてから、レンドルフとショーキ、そしてモノは、買い出し係となって夕方の活気のある市場へと出掛けていた。指輪を外した状態でどのくらい影響があるかを調べたいと言うことで、モノは指輪を宿に置いてベルに預けて来ている。ベルは部屋で結界を張りつつ様子を見ている為、オルトも同室で警護している。元々夫婦なので同室ではあるのだが、モノも同室の為に二人きりになる時間も必要だろうと気を遣って出て来たところもある。
オスカーは騎士団に報告を入れた後、今後の確認などもする為にあまり自由な時間はない。こればかりは部隊長なので仕方がない。
「オスカー隊長にお土産買って帰りましょうか」
「何か好みを知ってるのか?」
「ナッツ入りのチョコが好きみたいですよ。前に何度か僕が食べてたおやつを勧めたら、必ずチョコ掛けのナッツを摘むんです」
「へえ、それは知らなかったな」
レンドルフ達は騎士服を脱いで私服にはなっているが、体格もよく所作も姿勢もいかにも騎士らしいレンドルフとモノは並んで歩いていると少々人に避けて歩かれてしまう。小柄なショーキを先頭にして歩いていると、彼の護衛のようにも見える。
「モノは買い物は大丈夫か?」
「ええと…後はこのハーブが一つあればいいんですけど…」
「この辺はそれっぽい店は見えないから、場所が違うのかも。僕、ちょっと聞いて来ますんで、先輩とモノはこの辺にいてください」
「それなら自分が…」
「二人が並んでると目立つんで、いい目印になるから!ちょっと行って来る」
一応ショーキの方が少し先輩にあたるのでモノが行こうとしたが、確かに人の多いところでショーキを探すよりは、レンドルフとモノを見つける方が早い。モノの返答を待たずに、ショーキはサッと人混みに紛れて行った。
往来に立ち止まっていると邪魔になってしまうので、二人は少し端に寄って近くにベンチの設置してある街路樹の側に立った。多少動いたところで、普通の人よりも頭一つは大きなレンドルフならいい目印になるだろう。
「モノは…その、体調は大丈夫か?まだ大変ならそこに座って」
「ありがとうございます。しかし、もう問題ありません」
「そう、か」
「自分はずっと馬車の中にいましたし、レンドルフ先輩の方がお疲れではないですか」
「俺も特に問題はないよ」
さすがに先輩の前で座るのは憚られると思って遠慮しているのかもしれないが、だからと言って二人とも座ってしまうといくらショーキでも見つけるのは困難になってしまう。何となくぎこちない空気のまま、街路樹を背にして並んで立っていた。彼の初遠征の前はもう少し砕けた間柄だったが、やはりレンドルフに盛大に迷惑を掛けたことを気にしているのか、その件以降あまり顔を合わせる機会もなかったことから距離が開いてしまったようだ。
ふと、モノは人波を眺めながらモゾリと左手の親指を撫でていた。指輪の日焼け跡がくっきり残っているのを気にしているのか、今は手袋をしている。話によるとモノは15年は指輪が嵌まったままだったそうなので、そこに何もないのは落ち着かないのかもしれない。
モノは間が持たなくなったのか、ポケットに入れていたメモを取り出して確認していた。主な買い出しの品は、明日の移動時に消費するであろう水や食糧の補充が主だが、その中にベル用の特殊な食材も入っていた。ベルはかつて呪術師として学んでいた頃に、呪い返しの影響で味覚に異常を来している。その為彼女の食事は、オルトが宿の厨房を借りて準備することになっていた。
「先輩、その手袋の刺繍、薬草ですか?」
「あ、ああ。よく分かったな」
「トーリェ領にはそこら中に生えています。屋敷の庭にも生えてました。凄く薬臭い匂いがするんで、庭師には役に立つけど厄介って言われてました」
「そうなのか。俺は本物は見たことがないが、あちらに行けば見られるかな」
「花は分かりませんが、葉は年中ありますから」
レンドルフは、早速作ってもらった手袋を身に付けていた。人の多いところに出るので、シャツにサスペンダー姿という軽装なので手首の刺繍も見えたらしい。
「もしかして、彼女さんからの、ですか?」
「あ…あー、まあ、そうだな」
宿に着いて着替えてから装着して出て来たので、ユリと一緒にいた時以外人前にして来たのは初めてだった。それなのにモノにズバリと当てられてレンドルフは一瞬動揺した。
「あの、すみません。先輩、時々凄く嬉しそうに手袋を眺めてたんで」
「そ、そうか…全く気付いてなかった…」
何故分かったのかレンドルフは疑問に思ったのだが、傍から見ると知らないうちに分かりやすい行動を取っていたらしい。思わずレンドルフは片手で顔を覆った。
「先輩とか、オルトさんとかみたいに、そういう相手に出会うのってどうしたらいいんすかね…」
「それは俺も分からないな…」
レンドルフの中では、ユリとの最初の出会いは初めて訪れたエイスの街で男に絡まれていたところを偶然助けたのが切っ掛けだ。しかしそこで颯爽と助けられていたら良かったが、幼い子供と間違えて担ぎ上げてしまったのだ。全く悪気や不埒な気持ちは一切なかったのだが、少々手の置き所を間違った。出会い頭からそれだったのに今更ながら、よくユリが怖がらずもせずに話し掛けてくれたものだと思う。そう思うと、ユリと今まで親しくなって、少しずつではあるが距離が近くなっているのは奇跡のような気がした。
「お待たせしましたー!」
人の間から、ショーキのフワフワした茶髪が見えたかと思うと、小柄な体を生かしてあっという間に駆け寄って来た。レンドルフとモノには出来ない芸当だ。
「また店に案内するのも面倒なんで、直接買って来ちゃいました。後で精算よろしくな、モノ」
「あ、ありがとうございます…」
全ての買い物が終わったが、思ったよりもスムーズに終わって戻るまでの時間が余っている。別に宿に戻っても何かある訳ではないので、余った時間は自分の自由時間に使っても問題はない。
「一旦荷物を置いてから自分の買い物でもするか?」
「それなら特にありませんので、購入品は自分が宿に運んでおきます」
「…そうか。じゃあよろしく頼むな」
「はい」
水などの重い物は、泊まっている宿に配達してもらうことになっている。その為手に持っている買ったのは少々嵩張るが全く重くない物ばかりで、一人でも十分持ち運びは可能だ。モノは平静を装っているが、やはり宿で指輪の様子を観察しているベル達が気になるのか、時折早く戻りたそうな様子を見せていた。全員で荷物を持って一旦宿に戻ってもいいのだが、それはそれでモノは気を遣ってしまうだろう。レンドルフはモノに任せた方が良さそうだと判断して、自分の持っていた乾燥した薬草束の入っている紙袋を渡す。
「じゃ、これもよろしく!」
「はい」
ショーキは今買って来たハーブの束も、モノが持っている鞄の隙間に突っ込んだ。
「モノは気を付けて戻れよ。ショーキは時間に遅れないようにな」
「はーい。先輩もお気を付けて!」
レンドルフはモノの肩を軽くポンと叩くと、その場で解散になった。
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「あ〜やっぱり先輩、あの店に行ったよな」
「ショーキさんも気付いてました?」
「あの人、ホントに貴族なのかってくらい分かり易いよあ」
レンドルフが消えて行った方向を確認して、ショーキはにんまりと笑った。レンドルフが向かった方向は、ささやかな装飾品や裸石を扱っている露店のような小さな店があった。店構えの割には品の良いデザインの物が多く、扱っている数も多かった。立ち並ぶ店の中で、レンドルフがその店をジッと凝視しているのにショーキは気付いていたが、どうやらモノも気付いていたらしい。きっとその中で特定の誰かに贈りたい商品でもあったのだろう。
ショーキはククッと喉の奥で笑うと、モノが持っていた荷物の一つをヒョイと引き取る。
「あ…」
「そんなに重くないけど嵩張るだろ?でっかいモノがでっかい荷物抱えてると他の人も歩きにくいでしょ」
「すみません…」
「そこは礼を言って欲しいなあ」
「す……ありがとうございます」
ショーキは宿に戻る途中に買いたい店があったから、と言って、モノと一緒に歩き始めた。
「あ、あの串焼き旨そう!モノも食わない?好き嫌いある?」
「い、いえ、自分は…」
「じゃあちょっと買って来る!」
少し先にある屋台で、何か粉を練って丸めた物を串に差して網で焼いていた。そこに濃い飴色のタレを塗りながら焼いているので、辺りに香ばしく食欲をそそる匂いが漂っている。主食と言うよりはおやつといった感じの食べ物だ。串焼きというと肉が定番なので、そこまで肉を好まないショーキには魅力的に映ったようだ。モノは食べることを遠慮したつもりで言ったのだが、ショーキは好き嫌いがないと取ったようで、小走りに屋台に向かって行ってしまった。あまりにも素早かったので、思わず止めようとして上げたモノの手が虚しく空を切る。
「モノー、ちょっとあっちで座って食おう〜」
モノが人を避けながらショーキの元に追いついた時には、彼はさっさと二本の串焼きを購入していて、紙袋に入れてもらっていた。モノがどうしていいか戸惑っていると、ショーキはグイグイ袖を引っ張って一本裏手の道に連れて行く。人通りの多い道から外れると、別の街なのではないかと思うくらい人がいなかった。ちょうど近くの街路樹の傍に空いたベンチがあったので、ショーキはそのままモノを引っ張って行って並んで座る。
「あの、代金を…」
「いーのいーの」
「ですが…」
「だってモノ、いつまでも僕を先輩扱いするから、先輩風吹かせようかと思ってさ〜。はい、冷めないうちに食べよう」
ショーキの方が少しだけ入団は早いのだが。ほぼ同期と言ってもいい。ただ、経験値だけで言うとショーキの方が何度か遠征や任務などに就いているので、先輩と取れなくもない。
「あ、これクルミが入ってる!メチャクチャ旨い」
「…いただきます」
まだ温かい串焼きをハムリと齧ると、表面はパリリとした焼き目ともっちりとした生地の中に、細かく砕いたクルミが練り込まれていた。そして上からとろみのある甘辛いタレがたっぷりと絡めてあって、生地の焼き目だけでなくタレ自体の焦げた風味も香ばしく食欲をそそる。ショーキの食べっぷりにモノも少し遅れて齧り付くと、次の一口は無言だったが倍くらいの速度で口の中に消えて行く。どうやら気に入ったようだ。それを分からないようにショーキは横目でチラリと確認すると、満足そうな笑みを浮かべて自分も大きくかぶりついたのだった。
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レンドルフは、先程買い物中に目に付いた店に一直線に向かった。店と言うよりは、通りに面した民家の軒先を借りて露店のように商品を広げている場所だった。色の濃い布を机に被せて、その上に幾つも小さな装飾品を並べている。上から吊るしてあるランプの色のせいか、金入りの細工物は赤みを帯びて重厚感があるように見える。日の光の下で見たら印象も変わるだろうが、並んでいる商品の意匠はこういった露店風の店にしては上品で繊細な細工だった。
「いらっしゃい」
「これを見せてもらっていいだろうか」
「ああ、どうぞご自由に」
店を覗き込むと、レンドルフと年齢は大差なさそうな男性が気怠そうに店番をしていた。先程通りかかった時には年配の女性が座っていたので、交替したのだろう。
レンドルフが手に取ったのは、繊細な細工物の中では妙に無骨なデザインの指輪だった。大きさからして男性用だろう。殆ど細工のない金の台に、ツルリとした卵形の石が嵌まっている。石の大きさもレンドルフの親指の爪くらいで、全体的に大きめな造りだ。レンドルフの目に付いたのは、その石の色だ。深い緑色に、真ん中に一筋金白色の光が差込んだような色が走っている。昼間の猫の目のようにも見えるその色の組み合わせは、ユリの瞳と同じものであった。特に深い緑色がよく似ている。
「これは…」
手にしてみると、大きさよりも遥かに軽かったのでこの台は安い合金だろう。石の方はそれなりに重みがあるので、これは石だけ外して別の物を作ってもらった方が良さそうだと考える。レンドルフは装飾品には詳しくはないが、防御の付与付きの装身具として身につけることもあるので多少の良し悪しは分かる。それに剣を扱うので、あまり指輪は好まなかった。
レンドルフが思わず声を漏らしたのは、その石に指先が触れた時に微かに魔力を感じたからだ。魔石や魔道具よりはずっと弱いので、もしかしたら以前ユリに贈ったこともあった魔鉱石の一種なのかもしれない。魔鉱石は、色々な条件が重なって魔石が砕けずに鉱物の中に取り込まれて出来る石のことだ。以前に見せてもらった魔鉱石は付与を一つくらいは付けられたが、この石は極微弱なので付与は難しそうだ。
しかしレンドルフからすれば、色に惹き付けられたのであって付与を必要とする装身具は別に求めればいい。
その指輪を買い求めようと差し出そうとした時、ふと目の端に幾つかの小ぶりの籠が並んでいて、その中に無造作に裸石が入れられているのに気付いた。籠の下に置かれた案内には、傷物の為に格安でどれを選んでも同額、と書かれていた。目利きであれば価格以上の掘り出し物を見つけることも出来るかもしれないが、レンドルフは残念ながら全くその方面の知識はない。それが目に付いたのは、ただ籠の一つの上に放り出されたように見慣れた色を見つけたからだった。
差し出した手を止めて、レンドルフは目に付いた石を摘まみ上げた。大きさはレンドルフが手にしている指輪の石の半分くらいの大きさで、見たところ同じような卵形で傷は見受けられない。その色は淡い褐色に薄い緑色を溶かし込んだような、自身の目の色とよく似ていた。そしてこの石にも、白い光のような筋が差込んでいる。少し角度を付けて眺めると、ハッキリ見えたり薄くなったりする。注意して眺めると、その白い筋は縦に真っ直ぐではなくやや斜めになっていた。もしかしたらこのズレが瑕疵として、価値を落としてしまったのだろうか。
偶然見つけた指輪の石と似たような特性なので、よくは分からないが同じ種類の色違いなのだとレンドルフは思った。この大きさの石ならば、ユリに指輪を作って贈っても邪魔にはならないだろうか、と考えるのと同時に、それぞれの瞳の色を持つ石の指輪を揃いで作っても良いものだろうか、と別方向へ気持ちが揺れる。妻や婚約者ならば贈っても身に付けていても別におかしくはないが、今の関係はそれ以前のものだ。ただその風習は伝統的なもので、今は貴族が重視するだけで平民の間では友人同士が何かの記念などで気軽に作ることもあるとは聞いている。
一応レンドルフは今のところ貴族の身ではあるが、将来的にはほぼ平民と変わらない身分になる。それならばユリには深い意味を感じさせずにサラリと渡してしまってもいいのではないだろうか、と自分に言い訳をしていた。
「こちらをお願いします」
「はいよー。毎度ありぃ」
合わせて銀貨五枚を支払う。これが高いのか安いのかレンドルフには分からなかったが、気に入った色の石が手に入ったのならばそれで満足だった。傷を付けないように裸石の方は丁寧にハンカチに包んでポーチにしまい込む。指輪の方は、試してみると左手の小指にギリギリ入った。しかし石が大きめなので、普段から身に付けるには指輪以外のものにして傷や破損を防ぐための硬化の付与が必要だろう。
だが、濃い緑色に金のラインがハッキリ見える石が視界に入ると、何となく気持ちが弾むようだった。この気持ちの前に、簡単に視界に入るところに装着出来ない指輪以外のものに加工し直してしまうのは惜しい気がしていた。
「騎士様、騎士様」
店から離れてすぐ、物陰から小さな声が聞こえて来た。周辺を見回すと、建物の影から年配の女性がレンドルフに向かって手招きをしていた。少し腰が曲がって頭にスカーフを巻いていて、濃い金色とも取れる目がやけに印象的だった。ハッキリ見た訳ではないが、あの青年の前に露店で店番をしていた女性のような気がした。周囲を見回しても、騎士に該当するような雰囲気の者は自分以外に見当たらない。間違いなく自分に話し掛けているのだろうと判断して、ソロリと建物に近付く。時折こうして人畜無害そうな囮を使って、物陰に引っ張り込む強盗もいなくはない。
「何か…?」
「あの、さっき、あの店で買い物をなさったでしょう?」
「ああ、はい。指輪と石を」
「失礼なのを承知で伺いますが、いかほどでお買い求めになりましたかね?」
年配の女性は声を潜めるように喋っているので、レンドルフは周囲を警戒しながらも膝を付いて話を聞いた。今のところ周囲には特に誰も潜んではいないようだ。
女性の質問に、レンドルフは正直に銀貨五枚と告げると、彼女は安堵したような困ったような複雑な表情をした。
「あのねえ、あの店主、先代のじいさんは目利きだったんだけど、死んでから跡を継いだ孫は全くのボンクラでね」
先代店主は籠に入っていたような傷物の屑石を安く買い取って、その中から価値の高い石を選別して、彫金師に宝飾品製作を任せて売り上げを出していたそうだ。時折、精製していない鉱物から上質の素材を選び出すこともしていたそうで、そういった才能と伝手で稼いでいた人物だった。しかし先代が亡くなった後に店を始めた孫には残念ながら目利きの才はなく、見様見真似で店はやっているそうだが、売り上げは芳しくない上、週に二、三回はぼったくりだと怒鳴り込まれているらしい。
その為、近所に住んで彼を小さい頃から知っている女性は、騎士様相手に何かしでかしてないかと心配になって声を掛けて来たらしい。もしあまりにもぼったくりな金額を取っていたのなら、こっそり返金をしようと思っていたのだとか。だが幸い、レンドルフはそこまで高額を提示された訳ではないし、何よりも世間の価値よりもレンドルフに取って価値の高い石だ。全く気にならなかった。
「この石が気に入ったので、高いとは思いませんよ」
「そうかね。それならいいんだがね」
「ええ、いい買い物をしました」
「それなら良かった」
そう言ってにっこりと笑った彼女は、思ったよりも表情が若く見えた。スカーフを頭に巻いているので髪色が分からないが、最初の印象よりは若いのかもしれない。
「大丈夫です。後から文句なんて言う気はありませんよ」
「すまないねえ、引き止めてしまって」
「いいえ。お気遣いありがとうございます」
女性は何度も頭を下げながら、路地の奥へと去って行った。彼女は孫ではないのだろうが、あの店主の青年を孫のように可愛がっているのはすぐに分かった。レンドルフは微笑ましい気持ちと、大変だろうな、と少々気の毒に思う気持ちが入り混じった思いでその背中を見送った。
価値の程は分からないが、彼女がそこまで反応を示さなかった事から察するに、比較的妥当な金額なのだろう。あまり高くない石ならば、何か別の価値を上乗せしてユリに渡した方がいいだろうか、と考えながらレンドルフは何度も指にある石をチラチラ見ていた。時間を確認すると、戻る時間にはまだ間がある。
その後レンドルフは他にもユリへの土産に良さそうなものはないかと、つい時間ギリギリまで市場を回ってしまったのだった。
後日、遠征から戻ったレンドルフが実家の伝手で石を再加工してもらおうと預けたところ、どちらの石もかなり希少価値の高いものだったと発覚した。特にユリに贈るつもりで選んだ裸石は、預けられた宝石商が涙目で即日レンドルフの元に駆け込んで来る程に貴重だったらしく、少なくとも桁が二つは上がると聞いて、差額を支払いに行くべきかしばらくレンドルフを悩ませたのだが、このときは夢にも思っていなかったのだった。
ユリの目の色をイメージした石は、アレキサンドライトキャッツアイ。石言葉は「秘めた想い」「変身」
レンドルフの目の色の方は、クリソベリルキャッルアイ。石言葉は「守護」「慈愛」
キャッツアイは魔除けとか幸運を呼び寄せるとの意味があったので選んだのですが、それぞれの色味の石を調べたら、なかなかお似合いの石言葉が当て嵌まりました。
(目の色に合わせてイメージした石なので、実在はしません)