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閑話.オルトとベル(ルベルティーナ)


彼女が全てを捨てて、オルトと共にオベリス王国へ逃げて妻のベルとなる前。



ベルは、生まれた時から魔力量が多く、すぐに領主に引き取られた。物心ついた頃には平民の親の顔は知らず、領主の名付けた「ルベルティーナ」と呼ばれ、貴族と変わらぬ教育を受けた。


ベルとオルトが生まれた国は、元は呪術師の一族が功績を上げて領地を賜ったことから始まり、やがて宗主国を滅ぼして独立をしたことで誕生した。しかしその争いで周辺の土地に甚大な被害を齎し、いまも作物が殆ど実らず呪われた国と囁かれる。ただその国が未だに国として成立しているのは、主に優秀な魔法士の派遣と周辺国からの無償の援助、と表向きには言われている。

しかし本当は、呪術師の血を引く国民、中でも貴族はそれぞれの家に伝わる呪術を有していて、あちこちの国から秘密裏に暗殺を請け負うことがこの国最大の資源だったのだ。他にもこの国の呪術を扱えない魔力が低いと言われる平民も、他国では魔力が強い者に分類される為、魔力の良い供給源として唯一とも言うべき()()()となる。そうやって長年国としての体裁を保っていたのだ。


その為、この国の貴族は血統よりも魔力量を重視する。もともと魔力量は遺伝に関わる部分も大きいので、魔力量の多い貴族同士の婚姻が多かった為に、自然に平民よりも貴族の方が全般的に魔力量が多く生まれつくことが殆どだった。しかし、ごく稀に貴族でも魔力量が少ない者や、平民でも魔力量が多い者も生まれる。

その為、貴族の末子に生まれたのに魔力量の少なかったオルトは冷遇され、平民ながら魔力量が豊富だったベルは生まれてすぐに領主の第三夫人になることが確定していた。



オルトは、ある程度物心がついた頃から自分が魔力量が少ない為に冷遇され、平民で血の繋がりのないベルが可愛がられていることを不満に思っていた。ただベルを疎略に扱うと父や異母兄達から倍以上の制裁を受けたので、バレないように影から小さな嫌がらせをするくらいだったが、とにかくオルトはベルを嫌っていた。


しかしベルが八歳になった頃、本格的な呪術を教えられている最中の事故で、彼女が大怪我を負った。

大きな呪術を使うにはまだ幼かったのだが、常人よりも遥かに魔力量が多かったベルには全てを前倒しで詰め込まれていたのだ。そのことを良く理解していなかったオルトは、自分よりも年下なのにずっと進んだ教育を受けているベルに嫉妬して、呪術の展開中に立ち入ってはならないとされている魔法陣の中にわざと足を踏み入れた。


「オル兄様!」


わざと学んでいる途中の魔法陣の中に入ったのを分かっている筈なのに、ベルは必死に小さな手でオルトを陣から押し出した。魔力量があれば少し痛い目を見るだけで済む筈が、魔力の殆どないオルトには死んでもおかしくない衝撃から守ろうと、ベルは幼く小さな体で跳ね返った呪術をその身に受けた。


「ルベルティーナ!!」


記憶にある中で、オルトはその時に初めて彼女の名を呼んだ。たったそれだけのことなのに、大量の血を吐きながら、片方の目から流れた血の涙で頬を真っ赤に染め上げながら、何故か彼女は花が綻ぶように笑った。



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それから気が付くと、オルトは屋敷の離れに幽閉されていた。

どうやらベルの呪術の邪魔をした上に、彼女の身体を大きな呪い返しで損傷させたとして、オルトは他の魔力を持たない平民達と同じように呪術の媒介に使われることが決定したと知らされた。魔力は殆どないが顔立ちは整っていたオルトは、どこかの貴族に政略の一環として婿入りさせられる予定だったのだが、大切な妻候補を傷付けた父と異母兄達に血縁とはみなされずに切り捨てられたのだった。

オルトが強引に魔法陣に踏み込んだ際に受けた右頬の傷は深く、厄介者に高価な回復薬を使用する価値はないと思われたらしく、顔に傷が残って表情も上手く動かせなくなったことも大きかっただろう。ずっと引き連れたままの傷のせいで、右目が随分目付きが悪くなってしまい、何の感情を持っていなくても反抗的な目付きだとよく使用人達にも殴られた。


元から家族からは冷遇されていたので、切り捨てられたことについては何の感情も浮かばなかったが、記憶の最後に残っているベルの笑顔が焼き付いて離れなかった。ひどい怪我を負っていた彼女はおそらくきちんと手当は受けているだろうが、傷は残らなかったか、後遺症はないのか、そればかりが気になっていた。



それから数年、オルトはまだ幽閉されたままだった。呪術の媒介にされるのに必要な健康体を維持するだけの食事や運動環境などを与えられてはいたが、いつそれが終わるのかは全く分からなかった。呪術は確実な効果をもたらす為に繊細な扱いが必要であったし、媒介となる贄にも相性が必要だった。彼が数年生き延びていたのは、一族の血を引いているからなどではなく、ただ単に相性の良い呪殺相手が居なかっただけだった。



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ふと夜中に目を覚まして寝台から起き上がると、夜空に煌煌と月が輝いていた。健康体を維持する為に、この幽閉されている離れには夜になると強制的に朝まで目覚めない呪術が掛けられている。その為、夜空に浮かぶ月を見るのは離れに来てから初めてのことで、オルトは思わず窓辺に近寄った。

窓辺に行くと、何故か外が騒がしいことに気付いた。目を凝らして窓の下の庭を見ると、警護の騎士達と誰かが争っているのが見えた。一瞬、屋敷に盗賊団が侵入したのかと思ったが、よく見ると武器を持っていないし、出て来る方向が外からではなく内側からだ。


「まさか…!?」


オルトはすぐに踵を返して扉を押した。普段は離れ全ての出入口に自由に行き来出来ないように呪術が掛けられているのだが、それが全く効いておらずに簡単に扉が開く。こうして夜中に目が覚めたことといい、どうやら離れに掛けられている呪術が解けているようだ。ということは、外で争っているのはこの離れに飼われていた媒介用の平民達ということになる。


オルトは何かあった時の為にクローゼットに隠していた最低限の身の回りのものを詰め込んでいた鞄を肩に掛け、急いで靴を履き替えた。そしてそのまま部屋を飛び出す。定期的な運動の為に外に連れ出されるので、離れの構造も分かっている。そして幽閉前は制限がなかったので屋敷から外に出る道筋も記憶にある。オルトは騎士達と戦うことはせずに、屋敷から逃げ出すことを選択した。離れに押し籠められていた平民達は屋敷のことは詳しくない。それ故に警護の騎士達に見つかってしまっているのだ。オルトならば、その混乱に乗じて外に逃げることが出来る。


オルトの足では追いつかれることもあると判断して、真っ先に馬小屋に向かった。乗馬を教わったことは幼い頃に数回だが、しがみついていればどうにかなる。とにかく馬で行けるところまで行ってから、後は馬を売ってどうにか食いつなぎながら港から他国へいくつもりだった。この魔力量の差でまともに生きることも許されない国から出さえすれば、明るい未来が待っているのだと無理矢理自分に言い聞かせる。それがオルトがすがれる最後の希望のような気がしたのだ。


「オル兄様」

「…ルベルティーナ」


馬小屋の前まで来ると、小さな白い影が出て来た。その震えるような細い声で呼びかけて来たのは、記憶の中と全く変わらないベルの姿だった。オルトが幽閉されてから数年が経っているのに、彼女の顔かたちは八歳の時と同じだった。ただ違うところと言えば、肩の辺りで切り揃えられていた蜂蜜のような色の金髪が、今は色のない真っ白な髪になって腰よりも長くなって夜風に揺れていた。そして豪奢なレースで飾られてはいるものの左目を覆う眼帯が付けられている。

オルトは死にかけた者が辛うじて一命を取り留めた際、その髪色が抜けて白くなることがあると聞いたことがあったが、目にするのは初めてだった。


「一番奥の馬の綱は外してあります。それを使って逃げてください」

「…何で…俺は、ルベルティーナを嫌って、嫌がらせを……いや、嫌ってた…?」


オルトの頭の中で、全く違う記憶と感情がグルグルと回った。


嫌がらせの為に突き飛ばした彼女は、池に落ちかけていたのではなかったろうか。あの魔法陣に踏み込んだのは、既にその中央で呪術に失敗して彼女が血を吐いたのを見たからではなかっただろうか。


「今は逃げて」

「ルベルティーナ、お前も…」

「駄目です!今はオル兄様だけでも」


グイ、と背を押されて、オルトは馬小屋の中に向かった。彼女の言う通り、一番奥でまだ若い栗毛の馬が綱を外されて佇んでいた。見知らぬ侵入者である筈のオルトを、真っ黒い瞳がジッと見つめた。ゆっくりと手綱を引くと、既に鞍が装着されていて、いつでも騎乗出来るようになっている。


(きっと、ルベルティーナはひどい目には遭わない。閉じ込められるかもしれないけど、彼女の魔力量があれば父上も大切に扱う)


そんなことを考えながらオルトは記憶の中の乗馬の教えに従って鐙に足を掛ける。その瞬間、こめかみの辺りがツキリと痛んで、馬の背の上で体がグラリと傾く。落ちそうになった体を、栗毛の馬は反対側に体を傾けてオルトが落ちるのを防いだ。かなり賢く優秀な馬だと思い、オルトは感謝の意味も込めて首筋を撫でる。


「…今日は、何年だ…!?」


オルトは自分が幽閉された年月を必死に思い返す。そして食堂で見た暦と、記憶を必死に繋ぎ合わせた。


「あれから、四年…!」


この国の女性の婚姻可能年齢は12歳で、オルトが幽閉された時の彼女は八歳だった。そして食堂で見た暦は、明日がベルの誕生日だったことを思い出させた。彼女は生まれた時から領主、つまりオルトの父の第三夫人になることが決まっている。


考えるよりも早く、オルトは馬の腹を蹴って馬小屋の中から飛び出すように走らせた。


「ベル!!」


彼女の側に、護衛の騎士が立っているのが見えた。そしてオルトが向かって来るのが分かると躊躇いなく腰から剣を抜いた。月明かりに、眩しい程に磨かれた刃が煌めく。このまま突っ込んで行けば、間違いなくオルトは斬られるだろう。


「オル兄様!」


オルトは咄嗟に馬の背に張り付くように身を伏せ、すれ違いざまにベルの腕を掴んだ。ほんの紙一重で、騎士の剣が今までオルトの首があった場所を通過し、代わりに髪を数本切り落とした。


「ぐうぅっ!」


いくらベルの体が小さな子供だと言っても、オルトもまだ成長期の終えていない華奢な体格だ。片手で馬の背に引き上げるには無理があった。死に物狂いで歯を食いしばり、自分の身が落ちても掴んだ手を離すまいとオルトが呻き声を上げた瞬間、フワリと体が持ち上がり、トサリとベルと共に馬の鞍の上に体が落ちた。オルトとベルがそのまま落馬しそうになった刹那、栗毛の馬は飛び上がって背の二人を宙に投げ飛ばして素早く下に回り込んだのだ。おかげで二人は落馬せず、馬の背にしがみつく形となった。


「逃げるぞ!」


必死に体を立て直して手綱を掴んでオルトが叫ぶと、まるでそれを分かっていたかのように栗毛の馬が走り出した。背後では何か怒声と光や風が追いかけて来るが、オルトは前に小さなベルを抱えたまま必死にしがみついていたのだった。



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どのくらい馬を走らせていたのか、気が付くと何もない荒野をトボトボと歩いていた。いつの間にか日が昇っていて、一晩中飲ます食わずで移動していたのか、馬もひどく息切れをしている。しかし周囲を見渡してみたものの、水らしきものも、それどころか低木の一本も見えない。


「もう少し、頑張れ」


オルトが優しく馬の首を撫でると、馬は嘶いてから首をもたげて周囲を見回した。しきりに鼻を引くつかせているので、水か食べる物の在処を探っているのだろう。もうオルトは完全に手綱を緩めて、馬の行きたい方向に任せることにした。彼の腕の中では、着替え用に持って来たオルトのシャツを頭から被って完全に体を預けているベルがいる。先程から身動きをしないので眠っているのだろう。



屋敷から離れるごとに、オルトは正しい記憶を取り戻していた。あの屋敷には幾重にも呪術が掛けられていて、その中にはオルトの記憶を改竄するものもあったのだ。



末子だったオルトは、ある日突然連れられて来た赤子のベルを殊の外可愛がった。魔力量が無く冷遇されていた分、まるで拠り所にするかのように、大切な妹として愛情を注いだ。その頃のオルトは、ベルが父の妻の一人になると言われてもよく分かっていなかった。ただ家族になれるのだと言い含められて純粋に喜んでいた時期もあった。

やがて彼女が成長するに連れて膨大な魔力量を有している片鱗が見えると、父だけでなく異母兄達もベルを狙い始めた。あの家だけでなく、この国の貴族、王族は皆、魔力量と呪術の力だけが全ての優先事項だったので、当然の考えだった。しかし、父の妻達、異母兄の妻達がベルに嫉妬し、嫌がらせを行った。もはやそれは嫌がらせの域を越えていたかもしれない。それをオルトが何度も助けていた結果、ベルはオルトに最も懐いた。だがそれは、父達には面白くないことだったのだろう。やがて少しずつオルトの記憶が書き換えられ、ベルへの嫌悪を植え付けられた。


やがてベルはいよいよ人を殺害する内容の呪術を実行するように命じられたが、その呪術を実行させると同時に自身に「他者を傷付けたら自分に倍戻って来る」と呪いを掛けて全力で拒否をした。しかし相反する呪いを一つの身で実行させようとした為、ひどい反動を起こしてベルは大量の血を吐いた。それを見ていたオルトがベルを助け出そうとして傷付いたため、却ってベルが瀕死の重傷を負うことになった。

ベルは誰よりも多い魔力量で、オルトの生家では誰も扱えなかった小国規模ならば国民全員自然死に見せられるような呪術をも行使可能だった。彼女は練習と言われながらも少しずつ人を殺す呪術を教え込まれていることに気付き、いつかオルトを贄として殺すことになるだろうと悟って幼いながらも自分の意志で拒否を示したのだった。しかしそれがベルを使い物に出来なくした元凶として、オルトが家族から切り捨てられる結果を招いた。


ベル自身が掛けた呪いは誰にも解くことは出来ず、ベルは呪術師としての利用価値は無くなった。が、優秀な魔力を次代へ繋ぐ役目はそのまま残った為、領主との婚姻は避けられない鎖となって彼女を縛り付けていた。


しかしベルは数年かけて、従順なフリをしながら少しずつ根気強く屋敷の敷地に魔法陣を描いた。その頃には妻の役割を理解していたし、理解していたからこそ祖父よりも年上な年代の領主に嫁ぐくらいならばいっそ領主の屋敷を崩壊させてしまおうと決意したのだ。誰かが怪我でも負えば跳ね返った呪いで自身が死ぬかもしれないが、むしろ彼女はそれで良かった。


ただ、最後にオルトだけは自由になって欲しかった。記憶と感情の改竄の呪術で気が付けば憎まれるようになってしまったが、もともと憎まれても仕方のない立場と思っていた。


そしてベルは自分の成人を迎える婚姻日の前日の夜、屋敷中の呪術を解除して混乱を招き、その隙にオルトを自由にしようと作戦を実行したのだった。



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「おい!いたぞ!こっちだ」


いつの間にか眠ってしまったのか、それとも僅かな間気を失っていたのか、低い大人の男性の声がしてハッとオルトは身体を強張らせた。


「死にかけだが生きてる!」


重たくて開かない瞼を無理にこじ開けると、目の前に真っ黒な大型猫科の肉食獣がいた。艶やかな天鵞絨のような短い毛並みに、トパーズのような透き通った金色の目をしていて、緑がかった縦長の虹彩が美しいとオルトはぼんやりと考えた。


「よく頑張ったな。抱えているのは妹か?回復薬を飲ませるから、腕を緩めてくれんか?」


見知らぬ肉食獣は、何故か穏やかな口調で話し掛けて来る。意識が朦朧としているオルトは、その低い声が心地好くて言われるままに両腕の力を緩めた。が、その隙を突くようにベルを抱き上げられて我に返り、オルトは目の前の獣にしがみついて、毛むくじゃらの手に反射的に噛み付いた。


「おい!大丈夫だって!博士、ちょっと見てないで助けてくれよ!」

「おお、こりゃ元気だな」


口の中に一杯の毛が入り込んで気持ちが悪かったが、それでもオルトは力一杯歯を立てた。が、違う男性の声が割り込んだかと思うと鼻から甘い香りが入り込んで、マズい、と思った次の瞬間にはオルトの意識は再び沈み込んでいたのだった。



オルトとベルは、遠い異国からこの国の呪術を研究しに訪れた学者と、その案内の商隊の一団に助けられた。


彼らが言うには、折角国王の許可を得て海と砂漠を越えて一年がかりで訪ねて来たのに、到着した時には国王が交替していて許可は反古になっていた。そして誰も研究に協力してもらえなかったので、仕方なく帰国の途についていた最中に二人を拾ったそうだ。諦め切れずにどうにか協力を取り付けようと遠回りの陸路を巡っていたが、やはり閉鎖的な国民性の為か無駄足に終わるところだったのだ。しかしそのおかげで子供達の命を救えたと満足げに笑う彼らに、オルトとベルは戸惑った顔になった。何せこの国の婚姻可能年齢は12歳で、それを過ぎれば大人の扱いをされる。それを当然のように子供扱いされたので、どうしていいか分からなかったのだ。


博士と呼ばれる老人は呪術の研究をしに来た学者で、商隊はまた別の獣人の国の者で定期的にこの国を行商のために回っているのだが、強靭な肉体と無尽蔵な体力を買われて博士に護衛として雇われて同行していたそうだ。オルトが噛み付いたのものその商隊の隊員で、ほぼ獣の特徴が出ている獣人は初めてだったので混乱してしまったのだった。よく見ていればきちんと服を着ているのに気付いただろうが、それどころではなかった。幸い毛皮が厚かったので、オルトが噛み付いたところも少し歯形が付いただけで済んだそうだ。誤解が解けて素直に謝ったオルトを好ましく思ったのか、その後黒豹の獣人と分かった彼は、随分とオルトを可愛がってくれた。


オルトとベルは、実家から逃げて来たことを話し、どうにかして国外に出たいと博士に相談をした。最初はさすがに誘拐のような真似は出来ないと難色を示したが、そのまま帰されればオルトの命が危ないことと、その家に縁付いた者しか受け継ぐことが出来ない秘術の知識を教えることを交換条件でベルが提示したところ、博士はあっさりとそれに乗った。


「分かった何とかしよう」


本当に間を置かずに承諾した博士と、その時の周囲の獣人達の驚愕の表情は何年経ってもオルトは忘れられない。きっと思わず吹き出していたベルも同じだろう。



港で船に乗る時、商隊とは別れることになったのだが、一緒に保護してもらった栗毛の馬は魔馬と言う非常に優秀な種だったそうで、是非引き取らせて欲しいと乞われて彼らに任せることにした。その際に代金として金貨50枚を渡されたが、後々適正価格の倍だったことを知りオルトは返金しようと手紙を書いた。だが、代表して黒豹の獣人から「後に商隊で買い入れた馬に惚れ込んで何頭も子馬を産んだので安い買い物だった」と逆に礼状が届いた。

今も年に一度程度彼らとは手紙のやり取りをしているが、産まれた子馬達も非常に優秀で、冗談でオルトが「もっと金貨貰っておけば良かったかな」呟いて、その後ベルに尻を抓られていた。



こうして幸運に恵まれたオルトとベルは無事に故郷から逃れ、博士の協力もあって呪術の届かないオベリス王国に移住することが出来た。その後の実家は気にならなかった訳ではないが、下手に繋がりを持とうとすると居場所を辿られてややこしいことになる。きっぱりと縁を断ち切って、オルトとベルは新しい生活を手に入れたのだった。


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