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182.多分、軽く、ちょっとした修羅場

お読みいただきありがとうございます!


ジワジワと評価、ブクマ、いいねが増えて来て嬉しいです!ありがとうございます。

引き続き、よろしくお願い致します。


前菜の後はジャガイモのチーズ焼きと、エビのニンニク炒めが続き、メインはユリの手よりも大きな二枚貝のバター焼きが提供された。どれもワインに合わせた濃厚な味付けのもので、確かにワインに良く合った。が、そればかり続くと飽きてしまうので二人でメニューを覗き込んでピクルスの盛り合わせを注文して、少々行儀は悪いが気楽な食事会なので指で摘んでコリコリとお互いに無言で齧っていた。レンドルフはユリと会話することも勿論楽しいが、こうしてふとした時に訪れる沈黙も心地好かった。そう思っているのは自分だけではないかと気がかりに思うこともあったが、彼女の様子を見ていると沈黙でも気にしている印象はない。



「あぁ!ごめんなさぁい」


レンドルフ達の座っているテーブルの脇をすり抜けようとした女性が、酔っているのかなにかに躓いたのか、フラリとよろけてテーブルの上に乗っていたレンドルフのワインカクテルに手を引っかけた。その勢いでグラスが倒れレンドルフのジャケットに掛かって、袖に大きな赤い染みが広がる。


「まあ大変。すぐに染み抜きしますからぁ、こちらに来ていただけますかぁ?」

「いや、大丈夫ですから」

「でもぉ」


その女性は、色の濃いピンク色の髪に鮮やかな緑色の目をしていた。年の頃はレンドルフ達と大差なさそうだったが、酔っているのか舌っ足らずな喋り方がやけに幼稚に聞こえる。顔立ちもけぶるような潤んだ瞳に少しばかり垂れた目元、小さな唇などで、随分と童顔だ。しかし目の回りが赤く潤んでいるところや、クニャクニャと覚束ない足下を見るに確実に酒を飲んでいるのは間違いなさそうなので、いくら言動が幼く見えても成人済みなのは確実だ。それに露出こそはないがやけに体にぴったりしたニットのワンピースを着ていて、顔さえ見なければ立派な妙齢の女性だった。


「お気になさらず。どうぞご自身のお席に」

「えぇ〜一人じゃ戻れなぁい」

「では店員を呼びますので…」

「貴方が来てくれればいいわ〜。連れに上位の生活魔法使えるのがいるから〜染み抜きしてあげる〜」

「ちょっ…」


立ち上がって店員を呼ぼうと腰を上げたレンドルフに、相手の女性は酔っているのかわざとなのか分からないが、レンドルフの濡れてしまった手を取って引き寄せようとしている。しかしレンドルフはそっと掴まれる手を外して、フラフラと近寄ろうと試みる彼女を器用にも避けながら最低限肩に触れるくらいで躱していた。そんなやり取りに業を煮やしたのか、レンドルフの避けようとする手に向かってわざと胸を突き出して、レンドルフを怯ませた隙に「いやぁあん」と妙な声を上げながら彼の胸に飛び込むように抱きついた。その瞬間、彼女はチラリとユリに向かって一瞬だけ嘲笑うようにレンドルフから見えないように片方の唇を歪めて笑った。酔っているのではなく、レンドルフに粉を掛けようとわざと絡んで来たと分かってユリが思わず立ち上がって声を上げかけた瞬間、不意にレンドルフの背後からガバリと抱きついて来た影があった。


「先輩ひどいですよ〜。僕との誘いを断っておきながら、こっちの人とデートだなんて〜」

「なっ!?ショーキ!」


背後と言うよりも斜め後ろから脇腹の辺りにショーキがしがみついて来て、さり気なくレンドルフの体に回した腕で抱きついて来る女性を防御するかのように肘で首の辺りを容赦なくギリギリと押していた。そのおかげで彼女はレンドルフに触れることは成功しているが、本体は密着するのを避けられていた。


「あのお客様…」

「あ!あの!この人が突然倒れ込んで来てワインを零した上に絡んで来たんです!」

「あたしはただ〜お詫びにぃ〜」

「先輩を強引に連れて行こうとしたくせに!」

「すみません、この女性を席まで付き添いをお願いします。随分酔っているようなので」

「ちょっとぉ!聞ーてないわよ!()()()()シュミだなんて!」


騒ぎになっているのを聞きつけて店員が駆け付けたが、何やら混沌としていてどうしたらいいのか分からずオロオロとしていた。だが、その中で一番レンドルフが冷静そうだと判断したのか、彼の言うことに従って動いた。近くに来ていた女性店員の応援を頼んで、彼女を抱え込むようにして直接的に触れるのを任せ、不必要に触れないことに気を配りながら押し出すようにレンドルフ達のテーブルから遠ざかって行った。


「何と言うか…キョーレツでしたね…」

「あ、ああ…あ、いや、ショーキ、助け舟をすまない」

「いやあ、トイレの帰りに見知った顔の修羅場に遭遇するとは思いませんでしたよ」

「修羅場じゃないから…」


ショーキはヘラリと笑ってしがみついていたレンドルフから離れた。そしてテーブルの向かい側にいる立ったままのユリに軽く頭を下げたので、ユリも釣られて会釈を返す。ショーキとは薬局オープンの初日にユリと再会した場に居合わせていた。普段レンドルフと会っている姿のユリの顔を知っている数少ない人物なのはユリもすぐに把握した。今は違う姿に変装しているので、初対面のフリをした方がいいと思って、レンドルフに少し戸惑ったような表情で視線を向けた。


「あ…ユ、んんっ。彼は同じ部隊の仲間で…」

「初めましてー。ショーキっていいます!レンドルフ先輩の後輩です!」

「初めまして。ユ…ユズ、です」


まさか知り合いに紹介することを想定していなかったので、偽名を考えていなかった。ユリは咄嗟に本名の「ユリシーズ」の最初と最後を取って「ユズ」という分かりやすい偽名を名乗ってしまった。取り敢えずあからさまな女性名でも男性名でもないので辛うじてセーフと言ったところだろう。


「僕、同期達と下で飲んでたんですよ。で、下のトイレが混んでたから上を使わせてもらおうと思って来たら、何か見慣れた人が修羅場だったんで」

「だから修羅場じゃ…」


ただ絡まれただけだったのだが、見ようによっては修羅場に見えなくもなかったろう。


「あ、トイレに浄化の魔道具が置いてありましたから、使えばその染みはすぐに落とせますよ」

「そうなんだ、ありがとう…」


教えてもらって、レンドルフはチラリとユリに視線を送った。今日の性別不詳な出で立ちは、変装する三パターンの中で最も絡まれることは少ないのだが、それでもゼロではない。むしろこういった酒場では、未成年に見られて正義感の箍が外れた酔客が説教しようと近寄って来ることもあるので、レンドルフとしてはなるべくユリを一人にしたくはなかった。


「先輩が戻って来るまで、僕がここにいましょうか?」

「え…?」

「ああ、僕こう見えても一応騎士なんで。酔っぱらいを追い払うくらいは出来ますよ?」

「え、ええと…それで、いいかな?ユ…ズさん、も、大丈夫?」

「うん、私なら大丈夫だから。早く染みを落として来た方がいいよ」

「分かった。ショーキ、すまないな。よろしく頼むよ」

「いつも先輩にはお世話になってますから〜」


そう申し出たショーキに任せて、レンドルフはそそくさと染み抜きにトイレに向かった。


「あの…何か飲みます?お礼に何かお好きなのを…」


後に残されたユリは、何となく沈黙が気まずくて少しだけ早口になりながらメニューを広げてショーキに差し出した。


「もう下で随分飲みましたんで、お気遣いなく。……いやあ、大切に思われてますね、()()()()

「ユズ、ですけど?」


いきなりショーキに名を呼ばれてユリの心臓は跳ね上がったが、そこは全力で押さえ込んで涼しい顔を保ってみせた。だがショーキは全く平然とした様子で、ユリに向かってニッコリと笑ってみせた。以前に顔を見た時もフワフワの柔らかそうな茶色の髪だったが、勤務終わりに同期と飲んでいたせいなのか、やけに逆立って見えた。


「…大丈夫ですよ、悪意はないんで。あんまり威圧掛けないでもらえます?」


ショーキはそう言って、シャツの袖を捲った。そこまで明るくない店内で、テーブルを挟んでいるユリにも彼の腕に鳥肌が立っていることがハッキリと確認出来た。


「僕ね、獣人なんです、リス系の。そういう弱い捕食対象になりやすい種族って、全般的に勘とか、気配に敏感なんですよ」


ユリにしてみれば警戒はしたものの、特段威嚇行動を取った訳ではない筈なのだが、目の前のショーキは笑いながらもどこか顔色が悪く見える。


「薬局で会ったユリさん、ですよね?……多分、特殊魔力持ちの」



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しばらくユリは真顔でジッとショーキを見つめていた。否定も肯定もしないまま出方を待っている。しかし、ショーキは居心地が悪そうに視線を逸らしながら薄く愛想笑いをしている。その額にはうっすらと汗が浮かんでいるのが伺えた。


「え…ええと、獣人って時々、特殊魔力に敏感な体質なのがいて、あの、その特殊魔力って人によって全然違うから、どんな姿してても丸分かりって言うか…」

「う…丸分かり…」

「獣人の中でもそこまで多くはないです!でも、僕の場合はどんなに魔道具で制御してても、強さとか質とかで魔力が分かっちゃう特異体質なんです!」


丸分かりの人間の前にきっちり変装して別人のフリをしていたのが筒抜けになっていたと思うと、急に羞恥心が襲って来てユリは頭を抱えそうになった。ショーキだけでなく、この人口の多い中心街に見た目だけでは分からない獣人がどれだけいて、どのくらい自分の変装を見破られていたのかと思うと頬と耳が熱くなる気がした。


「だだだだ大丈夫ですから!大体の人間は分かりません!!だから、落ち着いてくださいっ」

「…あ、ご、ごめんなさい」


持ち主の感情と魔力は連動しやすいので、ユリの混乱がそのまま魔力の揺らぎになってしまったのだろう。ショーキのフワフワの髪が針のように逆立ってしまって、爆発したかのようになってしまっている。彼の濃い黄色の目がすっかり涙目になってしまっていた。


「あの、誰にも、先輩にも言いませんから。そもそも特殊魔力を抑えるのって大変って聞きますし、遺伝しなくても縁談とかに影響あるって耳にしますし」

「え…ええ…」


厳密に言えば特殊魔力は出やすい家系と組み合わせは存在するので、ユリが特殊魔力持ちなのは遺伝に因るものなのだが、その家系は高位貴族の中でも特に一握りの系譜だけなので世間的には秘匿されている。それ以外の血統の特殊魔力持ちは、ほぼ突然変異に起因する場合が多い。ただこの説も比較的最近になって知られるようになった学説なので、一部にはまだ特殊魔力は遺伝すると思っている者もいる。


「その…分かる人ってどのくらいいるのかしら…」

「え?ええと…僕は平民なんで、あんまり偉い人の大勢集まるような場所へは行けないので分からないですが…少なくとも第四騎士団には、いないと思います。だ、第三騎士団には数名獣人が所属してますけど、直接会ったとこはない、です」


ウロウロと視線を彷徨わせながら、ショーキは色々と思い出しているようだ。途中、ポケットから皺になったハンカチを取り出して、何度か額の汗を拭っていた。


「そうなんですね」

「あの、あと、ちょっとした忠告、なんですが、よろしいでしょうか…?」

「はい?何でしょうか」

「…っ!え、と、ですね…」


思わず身を乗り出したユリに、ショーキは反射的に身を引いてしまった。ユリは小柄なショーキよりも更に小さくて華奢な女性であるし、武器を隠し持っている訳でもないので別に怖がる必要は全く無いことは分かっている。しかし本能的に体が反応してしまうのはどうにもならなかった。


「香水、ですけど。変装するなら使い分けた方が、いいかと。あの、これは姉からの受け売りですが」

「一応、違うものを使ってたんですが…」

「多分同じ商会か、同じ調香師じゃないですか?」

「あ…言われてみれば」



ショーキの姉の一人が、香りの成分を細かく嗅ぎ分けられる性質を持っていた。それを生かして香水を専門的に輸入している商会で活躍している。その姉が言うには、調香師の癖と扱う商会の好む商品を一致させると売り上げが全く違うと言っていた。その場で試したときは全く違う香りでも、ベースやラストノートが近いものを好む顧客がそれぞれの店についているので、同じ商品でも卸す店によって売り上げに雲泥の差が出るとのことだった。だから商会ではいつも似たようなベースの香水を扱うことが多いし、調香師も自身の作品として同じベースを使用していたり、材料の配合に個性が出るので、詳しい人になるとそれだけで作り手が分かるのだ。それは店や職人の重要な名刺のようなものだ。



「その、先輩が夜に出掛けて帰って来ると、同じような残り香が付いてたんで、噂と違ってやっぱり同じ人とお付き合いしてるんだろうなーって。遊び慣れたヤツだと、贈り物と称してお付き合いしてる相手全員に同じ香水をあげるとかってのは常套手段みたいですけど先輩は…って、威圧しないでくださいって!」

「ごめんなさい!」

「第三にいる獣人は犬とか狼系の獣人がいるって話なので、交流はないとは思いますけど、バレないようにするなら香水は全然違う系列店で購入をお勧めします」

「…盲点だったわ。ありがとうございます」


ユリがペコリと頭を下げると、先程から警戒からか張り詰めていた彼女の魔力が少しだけ緩む。



特殊魔力は、多くが他者に影響を与える魔力だ。それは生まれつきのものであって、当人が完全に制御出来るものではない。本人の努力と魔道具の強力な制御でどうにか日常生活に影響が出ない程度に抑えられるが、それは並大抵の苦労ではないと言われている。ただ、特殊魔力持ちは通常の魔力も強大な者が多いので、上手く制御さえ出来れば各方面では切実に求められる人材でもある。とは言っても特殊魔力を有する者は生まれた環境によって大きく扱いが左右されるため、半数以上は短命で生涯を終える。

不快感を与える魔力を持っていれば赤子の時から周囲に育児を放棄され、逆に人に好かれる魔力は強力な魅了と同義の為に繰り返し誘拐などの目に遭いやすい。



ショーキは本能的に何となく特殊魔力を感知するので特殊魔力持ちと遭遇するのは初めてではなかったが、これほど恐怖を感じる魔力は初めてだった。恐怖と言うよりも、もっと神々しい「畏怖」に近いだろうか。何にせよ、彼女自身はきちんと制御しているし、感情を向けられなければ問題はない。

しかし、やはり自分からはこれ以上は近付くのは控えておこう、と固く心に誓いながら、まだ持って来ないレンドルフに向けて心の中で必死に早く戻って来るように呼びかけていたのだった。



前にもチラリと書きましたが、アスクレティ家の始祖は、生まれ故郷では神獣と呼ばれた獣人とその番なので、かなり血が薄くなった今も、先祖返りした能力の高い獣人には恐れられることがあります。

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