表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/625

181.レンドルフの名誉と本音


「なあ、レンドルフ先輩ってもっと真面目だと思ってたんだけどさ」

「いや、あの人は真面目だよ」

「でもすごい美女を騙して取っ替え引っ替えだって噂だけど」

「…どっちかって言うと騙される方だよ」

「あー…そっちかあ。まあ元近衛騎士なら溜め込んでそうだもんなあ」


明るい茶髪の同期の騎士にそう言われて、ショーキはつい真顔で言い返してしまった。めったに反論して来ないショーキに、彼は少しだけ鼻白んだような様子を見せた。


ショーキは小柄で童顔なおかげか、軽く色々な話を持ちかけられやすい。しかも大抵ニコニコしながら頷いてくれるので、話す相手もつい口が軽くなる。その為ショーキは、自分でも大丈夫かと思う程あらゆる噂を知っている立場になっている。一度そのことで密かに副団長ルードルフに呼び出された時は何か叱責を受けるのではないかとヒヤヒヤしたが、予想に反してどんどん噂を集めて気になることがあれば報告するようにと告げられた。勿論、他言して何かしらの影響があった場合は規律に則した罰が与えられるが、もし自分にだけ報告をするのならばきちんと情報として買い上げると言われた。提示された金額は予想以上に良かった為に、ショーキは二つ返事でこの副業を受けることにして密かに色々な噂話を収集している。このことに関しては知っているのルードルフだけで、直属の上司のオスカーも知らない。


いつもならばただ黙って聞いているだけのショーキであったが、話の内容がレンドルフのことで、全く事実無根だった為につい珍しく反論してしまった。皆騎士としての任務はしっかりとこなしているが、年代が近い男所帯だとつい女性絡みの話題には敏感になってしまう傾向があった。特に第四騎士団は平民出身が多いせいか、騎士になってモテたい、貯金を貯めて伴侶を迎えたいという願望を持つ者が多いのだ。騎士団内に女性は極めて少ないが、王城内には女性文官やメイドなど多数務めているので出会いもそこそこ多い。うっかりちょっかいを掛けて実は高位貴族に婚約者がいたりする場合もあるので、誰と誰が付き合っているなどの情報はかなり気にされているらしい。


「薬局の彼女に振られたから自棄になったって聞いてるけど」

「あの人も結局貴族だろ。貴族なら複数の愛人がいてもおかしくないってことじゃねえ?」

「今はどこの貴族も大抵一夫一婦が基本ですよ?いるとしたら王族くらいだろうし」

「それもそうだな」

「先輩こそもう一人の受付の人はどうしたんですか?結構距離、縮まりました?」

「それがなあ…」


ショーキが否定していると、別の金髪の騎士が入って来てまたレンドルフの間違った噂話になりそうだったので、ショーキが別方向に話を向ける。割り込んで来た金髪の騎士はショーキ達の一年先輩で、もう一人の薬局にいるヒスイがタイプらしく初日から随分と騒いでいたのは団内でも有名だ。ショーキは持ち前の鋭さでヒスイがわざと女性とは言っていないが男性とも言っていないのを初日から気付いているが、先輩騎士が気付いているかは定かではない。だが言ったらややこしいことになりそうなので、そこはショーキはわざわざ言うことはないと黙っていることにした。おそらくヒスイ自身もわざと伏せているのだろうし、それを第三者が口を出すことではないと思う。


「何かさあ、プレゼントとか渡したいんだけど、気が付くと回復薬買ってんの」

「いや、それは正しいでしょ…」

「そうだけどさぁ」

「ショーキは姉ちゃん多いんだろ?何かこう、アドバイスとかないの?」

「聞かないことがアドバイス」

「何だよそれ!?」


ショーキは家族仲が良く、兄が一人と八人の姉妹がいる。ショーキは九番目の子供で、下に妹が一人いる。家業を営みながらの子育てだったので、ショーキくらい下の子になると、両親よりも姉達に育てられたと言った方が良い。姉達もショーキを可愛がって十分すぎる程の愛情を傾けてくれたのは感謝しているし、子供達の生活を支えた両親のことも尊敬している。が、どうしても姉が多いので構われ過ぎて少しだけうんざりしているところもあるのだ。もしショーキが相談と称して姉達にアドバイスを求めようものなら、全姉が力の限り応えようとして収拾がつかないことは簡単に想像が付く。ショーキもたった一人の妹が可愛くて仕方なくてベタベタしていた時期もあったので、そうなる気持ちも分からないでもないのだが。


「それでも男兄弟ばっかの俺よりもマシだと思う!よし!お前今日は通常勤務だったよな。こないだ出来たバルが旨いって評判だし、奢ってやるから色々聞かせろよ」

「それなら喜んで」

「ええ〜俺も行きたいんですけど」

「お前は奢らねえぞ」

「いいよですよ。それよりもショーキのアドバイスをオレも聞きたい」


先輩騎士だけでなく、最初にショーキにレンドルフのことを話題にして来た同期も乗って来る。ショーキは多少面倒だと思いつつも、奢られることはやぶさかではない。ニコニコと二人に向かって「ご馳走さまでーす」とちゃっかり礼を言っていたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



レンドルフは、幾つか取り決めた待ち合わせ場所でユリを待っていた。


ユリの変装は三パターンあって、一つはビーシス商会の創立記念パーティーでパートナー役として出席した燃えるような赤い髪に金色の瞳をした派手な妖艶美女だ。あの時程作り込む訳ではないが、露出は少なくても体のラインを惜しげもなく見せるタイプの服に、ヒールが高めの靴を選んでいる。この姿の時は、隣にレンドルフがいても不躾な視線を送られたり、化粧直しに行ってところを待ち伏せされたりしたので、多少格式の高い店を選ぶようにしていた。

もう一つは、ユリ曰く「平民向けの学校の教師」をイメージしているという青いストレートの髪で胸辺りまでのセミロングで、眼鏡を掛けた薄化粧の女性の姿だ。服もシンプルで地味なものにして、ヒールも低めのものを選んでいる。眼鏡で誤摩化せることを見越して、瞳の色は濃い緑のままにしている。こちらの方がそこまで絡まれることもないので、割と大衆向けの店に行く時はこの姿にしている。



「あれ?ユリさん今日はこっちだっけ?」

「ごめんね、ちょっと靴擦れしちゃって。靴に合わせたの」

「大丈夫?」

「うん。ちゃんと傷薬塗ったから」


今日は「教師風」で会う予定だったので、その彼女に相応しい学校の教員寮に近い広場で待っていたのだが、やって来たユリは三番目の姿だった。


最後の一つの変装は、顎のラインで切り揃えた短い暗めの金髪で青い瞳をした、少年とも少女とも取れるような年齢も性別も不詳の姿だ。特製のコルセットを身に着けて厚手でオーバーサイズのシャツを着ているので、体のラインだけでは分かりにくい。それを狙ってこの姿の時は敢えてスカートは穿かずに、大抵膝丈の少年用の半ズボンにハイソックスと動きやすいヒールのないゴム底の靴を履いている。もともと身長の小さいユリなので、そうしていると未成年の少年に見える。レンドルフは詳しくないので全く分からないのだが、身支度を手伝っているエマが言うには、印象がより中性的になるように素顔に見える化粧を施しているそうだ。


「あ、でも今日は最近出来たバルに行く予定だったっけ。今からキャンセルしようか」

「えー、大丈夫大丈夫。折角予約取れたんでしょ?」

「大丈夫かなあ…」


この姿の時はユリが未成年に見えることもあって、酒場のような場所ではなく食事をメインにしているような店にしていた。アルコールをメインに出すような酒場やバーなどは、未成年は立入りを禁止しているところが多いのだ。ユリは小柄ではあるが成人済みなので、何か言われてもギルドカードを提示すれば問題はない。しかし店主は確認しても周囲が戸惑ったような目を向けることが多いのだ。


レンドルフは少々不安気にユリを眺めたが、別に年を偽っている訳はないので全く平然としている。今日行くところは、ここ最近出来たワインと生ハムが安くて美味しいと評判のバルだ。個室はないが、予約席は二階にあって少し席同士が離れている。一階で賑やかに飲みたい人と、少し静かに飲みたい人で棲み分けをしている形だ。とは言っても吹き抜けの構造なので、一階の賑やかさは店全体に伝わってしまうが。


「いつものようにレンさんから離れないようにします」

「う、うん」


心配げなレンドルフを余所に、ユリは指を絡めるようにレンドルフのを手を握った。どんなに外見は変わっても、彼女の少しヒヤリとして表面がカサリとした細くて小さな手は同じだ。レンドルフがゆっくりと歩き出すと、弾むような足取りで横に並ぶ。靴に高さがない為レンドルフとの身長差が大きいので、並んでいると大人と子供以上だ。親子と言うには年齢が近いように見えるし、親戚と言うにはあまり似たところはない。チラリと視線を送る人の目には、少しばかり二人の関係が不思議に見えるのか怪訝な色が浮かんでいることが多かった。特に今日のレンドルフの出で立ちは、教師風のユリに合わせるつもりで比較的キチンとしたシャツとジャケット姿だ。ラフな恰好なユリとの関係が想像もつかないのだろう。

赤い髪の美女の時は見えるところに護衛と侍女を置いているが、違う変装時には却って悪目立ちする為見えないところに控えてもらっている。その為、今日のユリに一番近い護衛はレンドルフ自身になるのだ。エイスの街では自警団が夜間の繁華街では特に注意して目を光らせているので、酔客に絡まれることは少ない。しかし中央街、特に王城の近くでは人が多くてなかなか目が行き届かない部分がある。その為、事前に抑えると言うよりは、何かコトが起こってから駆け付けて捕縛するということが殆どだ。仕方ない部分もあるので、人々は魔道具などで自衛していることも多い。

だからこそ、一番近くにいるレンドルフの対応が一番ユリを守る形になるのだ。



----------------------------------------------------------------------------------



予約したバルは未成年の入店は禁止されていなかったのか、ユリを連れて入る時にチラリと見られたものの特に確認などはされなかった。


「折角だから、ここの名物のコースを予約してみたけど、気になるメニューがあれば追加しよう」

「うん、ありがとう。噂に聞いてずっと気になってたから、楽しみ!」


この店は二階の予約席で注文出来る特別コースがあって、それが話題になったのだ。二階のテーブルは、足替わりにワインの樽が置かれていて上に天板の板が渡されている。そして各テーブルの上に、注ぎ口が付いた小ぶりの樽が一つ乗っていて、その卓上の樽ワインを飲み放題と言う内容なのだ。樽ワイン付きのコースには、部位は選べないものの生ハムの切り落としも食べ放題が付いて来る。数人でそこそこの酒豪がいれば非常にお得なコースだということと、日によって金額以上のワイン樽や上質な生ハムが出て来ることもあって、その面白さも手伝って予約を取るのはそれなりに難しい人気店になっていた。ちなみに樽ワインが残ってしまった場合、別途瓶代を払えば持ち帰りも可能だ。


「お待たせしました、生ハムの盛り合わせと前菜です」


席に着くとすぐに料理が提供された。もう決まっているものは準備されているのだろう。木の皿の上に無造作に乗せられている生ハムは、端の方が少々乾いて見えたが、薔薇色の赤みが美しい部位と、縁に白い脂肪が取り囲むようになっている部位が不規則にふんわりと山になっていて、これと樽ワインだけでも十分コースの価値がありそうだった。


「「いただきます」」


樽の注ぎ口が少々きつめだったので、レンドルフが担当してグラスに注ぐ。赤ワインと聞いていたが、ほぼ黒に近い程濃い色合いをしていた。香りはそこまで葡萄の気配はなく、どちらかと言うと樽の香りの方がすぐに分かる。渋みもあるのだが、鼻孔の奥で香ばしさが強い印象だ。


「思ったよりも樽の香りかしら?それが強めな感じね。全然甘くないけど、レンさんは大丈夫?」

「んー…ちょっと。他のメニュー追加して甘くするよ」

「別の甘いお酒でもいいのに」


レンドルフは店員を呼び止めて、フルーツの盛り合わせと蜂蜜、氷入りのオレンジジュースを追加していた。このコースはお得な分、どんなワインに当たるか分からないところもあるので、他の飲み物などを追加して好みのカクテルにして飲む客も多い。そこはコースの料金に含まれていないのはなかなか上手い作戦であった。すぐに運ばれて来たフルーツは中央に置かれたが、オレンジジュースをユリの前に置かれるのはいつものことだ。苦笑しながら、ユリはグラスをレンドルフの前に押し出した。


レンドルフが自分のグラスにフルーツをせっせと入れて、上から蜂蜜を一回し垂らしてマドラーでグルリと混ぜた。それを見ながら、ユリはさり気なく手首に付けた防音の魔道具をそっと起動させた。機能は弱いものにしてあるので完全に遮音するものではないが、少し声を潜めれば余程近寄って聞こうとしなければ内容は聞き取れない。これくらいならば、よく恋人同士のささやかな内緒話などでも気軽に使用されるものなので珍しいものではない。


「ねえ、レンさん。レンさんの方で、良くない評判が立ってるみたいなんだけど…大丈夫?」

「良くない評判?」


レンドルフは自分で作ったカクテルの甘さが足りてなかったのか、味見をしてから更に蜂蜜を追加して手元でマドラーをクルクルさせながら首を傾げた。


「ええと…その、レンさんが、複数の女性と同時進行でお付き合いしてるって…」

「ああ、それ」

「それ…って、レンさん、分かってたの!?」

「うん。ユリさんの変装はすごいなあ、って」

「そう言う問題じゃないでしょ!?そりゃ、こっちも面白がって三パターンも考えちゃったのも悪いんだけど…レンさんの名誉とか、評判とか…」

「俺は別に妻も婚約者もいないし、噂に上ってるのは全部ユリさんだから何の問題もないけど」


追加したおかげで丁度良い甘さになったのか、レンドルフはカクテルをゴクリと飲んで、前菜で運ばれて来ていた鶏レバーのパテと葉野菜を切り分けてクラッカーの上に乗せる。


「それに、そのおかげで本当のユリさんから話題が外れてるみたいだから、作戦としては大成功じゃないかな」

「それは…でも、レンさんの方が…」

「貴族の男はそういうのちょっと甘く見られることが多いから気にすることはないよ。特に決まった相手がいない場合は特にね。全部ユリさんなのは俺だけが知ってればいいから」


それでも少し眉を下げるユリに、レンドルフは軽く指先だけで手の甲をポンポンとした。彼女はまだ納得し切れていない顔ではあったが、「分かった」と小さな声で呟いたのだった。



レンドルフが噂になっていた薬局にいる受付の女性に振られて、今は三人の女性と掛け持ちで付き合っているらしいと騎士団内だけでなく何故か王城内でもしっかりと広まっている。レンドルフも一応貴族令息であるので、得意ではないが腹芸が全く出来ない訳ではない。しかし通用するのは脳筋寄りの騎士達くらいで、百戦錬磨の貴族達には全く通用しない。だが、今回のことで探りを入れられたとしてもレンドルフ自身はほぼ嘘を吐く必要がなかった為、むしろ相手の方が混乱しているようだった。

彼女()の出自をレンドルフから聞き出そうとしても「よく分からないので」と返って来るし、その中の本命とか狙っているのは誰かと探りを入れかけても、実にあっさりと良い笑顔で「みんな綺麗で可愛いです」と言い切っている。その話をしている時に騎士の一人が、親類の何となく真偽を判別出来る勘の良さを生まれつき持っている審問官をわざわざひっそりと潜ませていたが、後で「あんなにど直球な甘い惚気を僕が判別する必要あります?」と文句を言われたのをレンドルフは知らない。



「最初に言った『俺が変装する』は採用しないで良かったよ。危うくユリさんの名誉に傷が付くところだった」

「いや…レンさんの…」

「大丈夫」


そう言いながら、レンドルフは透けて見える程にスライスされた生ハムをクルリとフォークで巻き取って、パクリと美味しそうに食べた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ