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172.再びの誓いの交換


前菜で出されたのは、ベーコンとキノコのミニキッシュに、軽く焼いて焦げ目を付けたホタテとネギのマリネ、ドライトマトのオムレツにホウレン草の色鮮やかなソースが掛かったものだった。そしてガラスのボウルに入ったサラダは、緑の濃い葉野菜の中にその場で削ったチーズを掛けてくれて、まるで花弁を散らしたように美しかった。

そして提供されたメニューは同じものなのだが、レンドルフの皿に乗っている方が量が多かったり一切れが大きかったりしていた。体格を見て判断してくれたのかもしれないが、神殿の朝食では物足りなかったレンドルフには非常にありがたい気配りだった。


「どれも美味しいね」

「良かった、口に合って」

「特に俺はキッシュが良かったな」


ベーコンとキノコの旨味がたっぷりと溶け出した滑らかなソースなのに、皮の部分がサックリとした歯応えで、バターの香りが豊かな一品だった。


「やっぱり!私もこのキッシュが大好きなの」

「ユリさんは前から知ってたの?」

「え!?ええと…料理長と知り合いで」

「そうなんだ。腕の良い人なんだね。この後も楽しみだ」

「うん。張り切ってくれてるって聞いてるから、絶対美味しいよ」


一瞬ユリが焦ったような顔になったが、幸いレンドルフには気付かれていなかったようだった。


彼らの目に付かない場所で控えていた執事長は、やれやれと思いつつも、ユリが楽しそうにレンドルフと話している姿を孫でも見守るような目で見守っていたのだった。



その後は冷製トマトスープにレモン風味のショートパスタが入って、上から生バジルと泡立てたチーズクリームが乗せられた色鮮やかで爽やかな一皿が提供された。スプーンでクルリと混ぜると、真紅のスープの中に鮮やかな白い渦が描かれるのも少し楽しい。チーズも風味の軽いものが使われているので、より食欲の増す味わいだった。

そしてメインはローストビーフと大振りのエビを薄めのパイ生地で包んで焼いたものが出て来た。白い皿の上に赤ワインソースとバーボン風味のホワイトソースが乗せられていて、ピンク色の花弁が散っていた。


「もしかしてこれはこの花?」

「うん。これは食べられる花だから。とは言ってもあんまり味はないから、飾り用だけどね」


同じ花なのに、下のソースの色が違うだけで印象が違うのが面白いと思いつつ、レンドルフはつい花だけ先に食べてみた。確かにユリに言われた通り、微かに歯応えはあるが付いていたソースの味しかしなかった。


まずはエビの方にナイフを入れると、サクリと心地好いパイとエビの身の弾力のある感触が伝わる。パイ生地のおかげでエビの旨味が余すことなく封じられていて、香ばしさと甘味が口一杯に広がる。滲み出して来るエビのエキスとしっかりと酒精は飛んでいるのにバーボンの香りは残っているホワイトソースが濃厚さを後押ししている。そこに一緒に包まれていた赤い香辛料のカリリとした歯応えと、ほんのりとした胡椒のような香りがスッキリとした後味になっていた。ローストビーフは完全な赤身の部位だったが、繊維が解けて絹のような舌触りの柔らかい肉質にたっぷりとした肉汁が溢れて来る。赤ワインの酸味と苦味が残ったソースが肉の周囲に摺り込まれた複数の香辛料の香りと合わさると、あっさりした部位の肉も驚く程豊かな味わいになる。レンドルフの皿にはローストビーフは三枚も乗せられていたが、あっという間に完食してしまった。付け合わせの野菜だけでなく、ソースまで綺麗に食べ尽くしてしまったのが少々残念に思えた程だ。



「次はデザートになりますが、持ち運びやすい小ぶりのものを用意しておりますので、この温室の中を散策しながらピクニックのような形でお楽しみになっては如何でしょうか」

「ユリさんはどうする?」

「レンさんが大丈夫なら、違う場所も見たいかな」

「それじゃあそうしよう」

「それではただ今準備を整えますので、少々お待ちください」


最初に案内してくれた初老の男性がそんな提案をして来た。レンドルフは、ここならば天候に関係なく汚れることも少なくピクニック気分を楽しめるように作られたレストランなのだと納得した。外のように美しい花を楽しみながらも、埃や虫などを気にしないで済むし、あのように貴族の屋敷で出しても遜色のない料理を食べられるとなると、きっと人気が出るだろうと思った。いくら貴族と言えど、外で食事をするとなると軽食が中心になる。このように室内でありながら外のような温室をレストランにしようと考えたアイディアに感心していたのだった。


準備が出来たと持って来られたのは、まるで宝石のような美しいプチタルトとスコーン、クッキーなどの焼き菓子に、甘くないバジルを練り込んだクラッカーとチーズの盛り合わせがバスケットの中に並んでいた。そして保冷の付与付きの容器に入った紅茶も渡された。


「他のお飲物のご希望がありましたら準備致しますが」

「これで大丈夫だよ」

「お茶のおかわりや、デザートの追加などがございましたらお声をおかけください。目に入らぬようにはしておりますが、給仕が控えております」

「分かった。ありがとう」


受け取ったバスケットは、予想よりも遥かに軽くて驚いてしまった。おそらくバスケットに軽量化する付与が掛かっているのだろう。レンドルフは反対側の空いた手をユリに差し出すと、ごく自然にユリの小さな手が重ねられる。


「どうぞごゆっくりお楽しみください」


男性の穏やかな声に送り出されるように、二人は奥に続いている並木道のようになったヤマアンズが両脇に並んでいる木道を並んで歩いて行ったのだった。



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「あの池みたいなところにベンチがあるね。そこにしようか」

「うん。眺めもいいしね」


木道が途切れると、広い石畳の階段が現れた。階段と言っても緩やかに大きな幅のある段差で、レンドルフでも一段上がるのに二、三歩は必要だろう。その中央に上から水路が流れ落ちるようになっていて、石段の中央辺りは広い広場のようになっていて、そこに水が溜まるようになっている。上から流れ込んでいる水はそこで行き止まりになっているかのように見えるが、溢れて来る様子はないので見えないところで排水をしているのだろう。その水路の中に、色鮮やかな赤子の頭くらいの大きな花が浮かんでいた。水の流れにユラユラとしているが、流れないところを見ると根はそこに繋がっているのかもしれない。サラサラと流れる水の音と、鮮やかな揺れる花がとても美しい光景だった。


ベンチに着くと、すぐにレンドルフがハンカチを広げてユリをそこに導く。あまりにも自然な行動だったので、ユリは遠慮する間もなくハンカチの上に座らされてしまった。


「ありがとう。洗って返すね」

「いいよ。さっきユリさんのハンカチで拭かせてしまったから、お返しにもならないよ」

「そうだけど…」


口ごもるユリに、レンドルフは全く気にしていないように間にバスケットを置いて蓋を開いた。


「ユリさんはどれがいい?クラッカーの方がいいかな」

「ええと…」


甘い物が好きなレンドルフは、キラキラした目で並んだタルトを見つめていた。ユリはチラリとレンドルフの視線を探って、彼が最も目を奪われているものは外そうと思ったのだが、全てに均等に目を奪われているようにしか見えなかった。


「ねえ、レンさん。色々味見したくて選べないから、半分こにしない?」

「いいの?」

「うん。丸ごと食べたら二個でお腹一杯になっちゃう」

「半分にしたら四種類だね!」


まるで世界一良いことを思い付いたかのようにレンドルフは笑って答えた。サイズとしては二口か三口くらいで食べられてしまうくらいのミニタルトだ。本当ならば分けあって食べるようなものではないので、行儀としてはあまり良くない。が、他に誰もいないし半分ピクニックのようなものだ。多少行儀が悪くても咎めるような目はない。


レンドルフは中に入っていた木製の皿の上にユリが選び出した四種のタルトを取り出すと、デザート用の小さなカトラリーで半分に切り分けた。しっかりしたタルト台なので綺麗に半分にはならなかったが、ユリは小さい方でいいと希望した。レンドルフは素直に小さい方のタルトをユリの皿の方に乗せたが、タルトを彩っているフルーツで半分に分けにくい丸ごとのイチゴや金柑のコンポートなどは切らずにユリの方にヒョイヒョイと譲ってしまう。


「レ、レンさん、そんなに気を遣わなくても…」

「俺は他のフルーツを沢山食べるから大丈夫だよ。ユリさんは美味しいところを食べてよ」

「あ、ありがとう…」


レンドルフが取り分けてくれているので、ユリはカップに冷たい紅茶を注ぐ。甘い物を食べるので砂糖は入っていないようだが、カップの隅にシロップの入った小瓶も添えてあった。


「「いただきます」」


切り分けが終わると、二人は声を揃えて言ってから、サクリとフォークでタルトを刺した。


「レモンピールが生地にも入ってるみたい!ちょっと酸味が強めだけど、もっと冷やして暑い日とかにも食べたくなりそう」

「そっちを先に食べれば良かったな。先にリンゴとカスタードのタルトを食べたから予想よりも酸っぱく感じそうだ」

「クラッカー一枚食べてからにしたら?」

「…そうする」


レンドルフは勧められるままに、塩気のあるバジル入りクラッカーをポリポリと一枚食べてから、最初にユリが食べたレモンのタルトを口にした。塩気を挟んだおかげで必要以上に酸味を感じなかったらしく、レンドルフはご機嫌な様子でモグモグと咀嚼していた。


「確かに暑い日に良さそうだね。生地に苦味が利いてるところがスッキリしてる」

「こっちは何かしら…柑橘系は分かりにくいわ…」

「うーん…水分は少なめだけどその分味が濃いね。でも俺にはオレンジっぽいとしか…」

「柑橘系って毎年新しい品種が出て来るってくらい改良が盛んなの。果実をどんどん大きくしよう勢と、皮を薄くして食べやすくしよう勢と、他にも色々派閥があるのよね。スイーツに加工するのは水分少なめで甘みが強いのを使うらしいけど」

「すごいんだね。じゃあ気に掛けてたら毎年違うものが食べられるんだ。楽しみが増えるな」


他にも色々な農家や領地で果物の改良を行っているところは多い。しかも農法を他家に盗まれないように殺伐としている地域も少なくない。その実情がどうしても耳に入ってしまうユリは、レンドルフのように無邪気に喜んでくれる声がそういったところに届けばいいのに、と少々遠い目になってしまった。



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「そうだ、ユリさんは、渡してある伝書鳥はまだ数は大丈夫?」

「え?うん、まだ結構残ってるよ」

「そっか。ほら、この前沢山送ってくれたから、足りなくなったら教えて?すぐに用意するから」

「うん…この前の、その、ちゃんと役に立ったの…?」

「すごく!」

「それなら良かったけど…大量過ぎてビックリしなかった…?」

「全然!驚くというより嬉しかった」


レンドルフの素直な様子に、ユリは気を遣って言ってくれている訳ではなさそうなのでホッとした。心配のあまり返事が来るまで一晩中取り憑かれたように書き続けていたので、後日冷静になると急に不安になったのだ。


「それなら…いいんだけど。いきなり、髪の毛送って来るから、本当に心配しちゃった」

「え?最初はハンカチに血文字で書こうと思ったんだけど、さすがに気持ち悪いかと思って一番負担のないものって考えたんだけど」

「え?」

「え?」


何故か会話が微妙にズレていることにお互いに気付いて、思わず顔を見合わせていた。


「昔から戦場にいる人が髪の毛送るって、形見分けって意味なんだけど…」

「え?それ初耳。俺は指を切るより体に影響がなさそうだし、ユリさんにちょっと困ってるから返信貰えたらいいかと」

「ちょっとどこじゃないわよ!」


アスクレティ領での風習を知らないで送った髪がそんなにユリに衝撃を与えていたとは知らなかったレンドルフは、その時のことを思い出したのか見る間に涙目になったユリに大いに慌てた。

ユリの方も、レンドルフの様子から意味を分かっていなかったのだろうとすぐに理解したが、それでもあの封筒を受け取ったときの衝撃は忘れられない。つい半分責めるような口調になってしまったのだが、レンドルフはそれだけ心配をかけてしまったのだろうとユリの肩を軽くポンポンと叩いて懸命に宥めていた。


「今度からちゃんと紙とペンを持つようにするよ。あ、伝書鳥も多めに持ってく」

「うん…」

「ユリさんにはあんまり心配かけたくないんだけど、いつもみっともないことになっちゃうな…」

「そんなことない!心配はするけど、みっともなくなんかないよ!いつも誰かを守ろうとして、怪我してるだけじゃない。そりゃ怪我されるのは嫌だけど…そういうレンさんは格好良いよ…」

「え!?あ、その…ありがとう…」


褒められて思わずレンドルフの顔がスウッと赤く染まる。ユリに褒められて嬉しいのだが何故だがソワソワしたような気持ちになって、それを誤摩化すかのように冷たい紅茶をゴクリと飲んだ。


「あの時ユリさんが沢山送ってくれた伝書鳥の群れ、すごく綺麗だったよ…」

「もしかして、受け取らないで旋回させてたの?」

「ちょっと埋まってたから目印になるかと思って」

「埋まってた!?」


レンドルフの衝撃的な発言に、ユリは思わず大きな声を出す。視界の端で僅かに茂みの葉が揺れたので、誰か控えている人間が身を乗り出したのかもしれないと思い、急にユリは冷静になる。


「ええと…もう治ってるかと思うけど、結構な怪我をしたんじゃない?大丈夫だった?」

「ちょっと怪我をしたけど、俺はそこまでじゃなかったよ」

「それなら、いいけど…レンさんは、ってことは他の騎士様が大怪我したのね」

「うん…まあ…」

「あ!ごめん、そういうの聞いちゃいけないよね」


基本的に騎士の任務については守秘義務がある。それは家族であっても教えてはいけないということが暗黙の了解になっている。ただ、完全に完了したもので、その後に影響もない範囲ならばそこまで固く禁止されている訳ではない。クロヴァス領のような討伐任務ばかりのところは、「ちょっとこの辺りに行って来る」くらい気軽に告げて出掛けている。さすがに王城の騎士に関しては厳しい守秘義務があるが、その場合は契約魔法とセットにされるので、逆に誓約魔法を掛けない任務ならば多少話しても問題はない。


「もう終わったことだし、少しくらいなら大丈夫だよ」

「そうなの?それなら遠征のこと、もっと聞きたい!」

「話せる範囲は狭いけど、いい?」

「うん!遠征でレンさんがどういうことしてるか、知りたいもの」

「…ええと…じゃあ、他言無用ってことで」

「分かった。じゃあ『誓いの交換』する?」


ユリが右手の人差し指を差し出して来たので、レンドルフは一瞬目を丸くしてそれを眺めていたが、すぐに嬉しげに破顔した。


「覚えててくれたんだ」

「そりゃあ、せっかくレンさんに教えてもらったんだもの。忘れないわよ」


「誓いの交換」は、騎士同士で約束を交わすときの簡単な儀式のようなものだ。儀式というよりも遊びに近いかもしれない。互いの指を剣を捧げる騎士の儀式に見立てて約束をするもので特に強制の効果もないのだが、騎士である以上破れないという心情的な誓約があるので比較的守られるのだ。


レンドルフはユリと同じように人差し指を差し出しかけて、ふと動きが止まる。


「俺は何を誓えばいいかな…」

「ええと…じゃあ、レンさんも同じで」

「『他言無用』?それって、何か内緒の話をユリさんもするってこと?」

「…うん。駄目、かな」


首を傾げたレンドルフにユリが頷くが、ほんの一瞬だけだがユリの表情が曇ったことに目敏く気が付いた。しかしレンドルフはそれに気付かなかったように「分かった」と笑って答えると、彼女に分からないようにグッと一瞬腹の辺りに力を入れたのだった。



温室のイメージは、松◯フォーゲルパークです。

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