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167.ラッキーとアンラッキーのバランス

まだ血やら怪我やらの表現続きます。ご注意ください。


「どっちのテイマーも応急処置して縛り上げたぜ。お疲れさん」


レンドルフが周辺を注意深く見回していると、馬車の影から暗器使いの男性が顔を出した。両手が血まみれになっているので、レンドルフが斬ったテイマーを捕らえてくれたのだろう。


「ありがとうございます。そちらはお怪我は」

「俺達は大丈夫だ。すまないな、役立たずで」


レンドルフはノルドの首筋を撫でて少し落ち着かせると、ゆっくりと背から降りた。逆立っている鬣は完全に戻ってはいないが、興奮状態からは脱したようだ。体毛の色味で分かりにくいが、体の半分くらいは血を浴びてしまっているようだ。ふと自分の体を見下ろすと、ノルドよりも血まみれになっている。


「そっちの怪我は?」

「あ、俺も無事です。ちょっと派手に汚れてますけど」

「なら良かった」


暗器使いの男性は、フェイルフォン・ブライと名乗った。一見肉付きが良さそうに見えるが、表に出ている顔や手の感じからすると、そこまでの体格とは思えない。おそらく体格が良く見える部分に色々仕込んであるのかもしれない。


「ブライ殿は…」

「ああ、いい、いい。フェイでいいぜ。行き掛けは色々あって互いに名乗りもしなかったからな。ええと、レン様、でいいかな」

「フェイさんこそ、俺の方が年下でしょうし、呼び捨てでいいですよ」

「それもそうだな」


軽口を言いながらも、フェイは油断なく周囲を見回している。レンドルフは何となく、あの最初の閃光弾を受けていなければ自分の出番はなかったかもしれないと感じた。フェイは身のこなしや立ち居振る舞いが戦い慣れている印象で、故郷で未だ現役と聞いている最長老の猟師と似たような気配を纏っている。


「少しこの場で待機だな。警邏隊とウチの者が替わりの馬車を持って来るそうだ」


馭者台にいた騎士が、既に連絡を済ませたらしく台の上から声を掛けて来た。彼も見たところ怪我はしていないようだ。


「ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございました。いや、全く面目ない」

「お怪我がなくて良かったです。…ええと」

「これは申し遅れました。マリゴット・ネートと申します」

「マリゴでいいぜ、マリゴで」

「フェイ、またお前は勝手に……いえ、マリゴで構いませんよ」


折り目正しい仕草でお辞儀をして来たので、レンドルフも釣られて頭を下げる。フェイの口調だと、どうやら旧知の仲らしい。


「あー、こいつはやられたな」


フェイが、馬と馬車を繋いでいた綱の切り口に触れて少々眉根を寄せた。確かあれは、閃光と音に驚いて暴れた馬を放す為にフェイが切ったものだ。


「この綱の中に注意力を下げるクスリが染み込ませてある。すぐには効き目が出ないように、ご丁寧に芯の方に注入したらしい。馬が走る度に擦れて、少しずつ気化して後方に流れるように仕向けてあるな」

「あの、俺が見た怪しい馭者風の男が…?」

「だろうな。大体いくら薄暗くても足元に怪しいモンが転がって来りゃあどっちかが気付くだろうぜ」


レンドルフは、ユリが参加している共同研究は、国家事業と言っても差し支えない程重要なものと聞いている。その内部にいる者の護衛を担当するくらいなのだから、この二人も護衛としては優秀なのだろう。しかしその二人をまんまと出し抜いた存在に、もし自分がいなかったらユリが攫われていたかもしれないと思うと、レンドルフは背筋が冷える思いがした。


「ああ、そのまま待機してくれ。大丈夫だ、こちらは被害は出ていない」


片耳を押さえながら、マリゴが何やら報告をしている。無意識にレンドルフが目を向けると、マリゴは軽く微笑んだ。


「この魔道具で中の侍女と連絡を取っていました。お嬢様が心配しておられましたので、ご無事をお伝えしておきました」

「あの、中の方は…」

「あちらも問題ありませんよ。この馬車は見た目よりも遥かに頑丈で、小さな要塞と言っても過言ではありません」

「それなら良かったです」


ノルドが屋根の上に乗ったりしたので大分揺らしてしまった為、外で何が起こっているか分からない状況ではかなり恐怖だったのではないかと思ったのだ。実際レンドルフが聞いた訳ではないが、何となくマリゴの言うことには妙な説得力があったので、レンドルフは安堵していたのだった。



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マリゴが通報して呼んでくれた警邏隊が到着するまで、レンドルフとマリゴが馬車の側に付いて、フェイは周囲を調べに行った。

その結果、やはり相手はこの人通りの絶える見通しの悪い工房街で襲撃をしようと計画していたらしく、本当ならばとっくに点灯していてもおかしくない街灯が壊されていたことが判明した。そのついでにフェイが勝手に拝借して来た桶に水を汲んで来てくれたので、レンドルフはありがたく体に付いた血を洗わせてもらった。それでも落とし切れてはいないのだが、手と顔を拭くだけでも大分マシになった。本当は生活魔法の浄化を使えれば良いのだが、残念ながら男性三人とも生活魔法が全く使えなかった。レンドルフは水魔法を使えるのだが、まだ追加の襲撃が来ないとも限らない中で、よほどのことがなければ魔力の無駄遣いは避けたい。馬車の中にいる侍女二人は使えるそうなので、馬車を乗り換える際に掛けてもらえばいいだろう。


特にする事もなかったので、レンドルフは持っていたタオルを絞って、ノルドの顔や首筋などを拭ってやった。レンドルフよりもノルドの方が血を浴びたらしく、少し擦っただけでタオルが真っ赤に染まる。何度か桶の中で洗っては拭き、と繰り返すと、ノルドも多少スッキリしたのかレンドルフの頭に顔をすり寄せて来た。もう完全に鬣も倒れていて、普段の様子に戻ったようだ。


「本当に賢いスレイプニルですな」

「ありがとうございます。まだ若いので、食い気が強いことが玉に瑕ですが」


マリゴがノルドを見上げてしみじみと言った口調で褒める。しかしそのレンドルフの受け答えが気に食わなかったのか、ノルドは抗議の代わりにレンドルフの髪をムシャリと歯んで来た。毟るつもりはないようだったので痛くはなかったが、慌てて振り払ったところレンドルフの髪の一房は涎でべっとりとしていた。



----------------------------------------------------------------------------------



「替えの馬車が先に到着したようだ」


馬車から離れたところで周囲を警戒していたフェイが、街道の向こうから近付いて来る馬車の灯りに気が付いた。近くまで来ると、今の馬車よりも二回り以上大きな大型の部類の馬車で、引いている馬も通常のものよりも体が大きいことからおそらく魔馬だろうと思われた。そして紋章こそ見当たらなかったが、明らかに貴族が乗っていると主張しているような豪奢な飾りの付いたものだった。


「すいやせん、遅くなりまして」

「いや…それよりも、もう少し地味なものはなかったのか?」

「いやぁ、今ある物の中ではこいつが一番頑丈なんでさぁ」

「仕方ないな」


馭者を務めてやって来た男は、まるで農作業の途中で用事を申し渡されたかのような風体で、土の汚れなのか日焼けなのか浅黒い肌をした、少し背中の丸い人の良さそうな平民に見えた。しかしマリゴとも顔見知りのようなので、彼も見た目のままではないのかもしれないとレンドルフは思った。


「ではあの馬車の脇に付けてくれ」

「へい、畏まりました」

「その灯りは、向こうを照らさないようにな」

「へい」


馬車の後方には、レンドルフが斬り伏せて絶命しているフォーリハウンドの遺骸が転がっている。馬車から離してあるが、灯りがあればすぐに分かってしまうくらいの距離だ。ユリは魔獣討伐経験もあるのでそこまで拒絶反応は示さないだろうが。それでも目に入れさせたくはない。大きな馬車が、ユリ達が乗っている方の近くまで寄せて停まると、マリゴが中の侍女に合図を送った。レンドルフは少しでも遺骸を隠そうと、馬車の間に立つ。


「レンさん!?怪我は?大丈夫?」


侍女に挟まれるように馬車の中から降りて来たユリが、血相を変えてレンドルフに駆け寄って来た。飛びついて来そうな勢いに、レンドルフはユリに返り血が付いてしまうので一歩下がって両手で制した。その様子に、ユリはヘニョリと眉を下げて悲しそうな顔になってしまった。


「大丈夫!大丈夫だから!俺は無傷だよ。ノルドも、他の護衛の人達も。ユリさんは大丈夫だった?」

「私は平気。ホントに大丈夫?」

「ちょっと見た目は酷いけど、全く問題ないから。ユリさんは馬車に…」


シュル…


普通ならば気付かない程微かな音だったが、まだ警戒をしていた為に身体強化を解いていなかったレンドルフの耳が、奇妙な音を拾った。同じように警戒していたのか、レンドルフの視界の端でフェイも何かに反応しているのが見えた。


「後ろだ!」

「ユリさん!」


フェイとレンドルフが同時に声を上げて動く。レンドルフの顔の脇を掠めるように何かが後ろに向かって飛んで行く。おそらくフェイがレンドルフの背後の何かに気付いて、隠し持っていた武器を投げたのだろう。しかし一瞬早くその何かはそれを避けるような動きを見せ、一直線に飛んで来る。レンドルフは咄嗟に右手でユリの体を自分の影になるように押し退け、反対の手でそれをたたき落とそうと腕を伸ばした。が、やはり先程と同じく避けるように身をくねらせ、伸ばしたレンドルフの腕に絡み付いた。


(蛇!?)


レンドルフが認識した瞬間、絡み付いた腕にチクリとした痛みが走った。


「アイスランス!!」

「っ!?」


蛇に噛まれた、とレンドルフの脳が理解した瞬間、半ば悲鳴のようなユリの声と、レンドルフの左腕を貫通するように氷の槍が突き立った。


レンドルフの腕を完全に貫いた氷柱は噛み付いた蛇をそのまま巻き込んで、口を開けたまま驚いたような表情で腕の上に延びている氷の中に封じ込められていた。そして氷に貫かれた部分が抉り摂られたのか、蛇と同じように真っ赤な塊が尾を引くように封じ込められ、空中で時を止めたようになっている。氷で栓をされているような状態になっているせいか出血はなかったが、レンドルフは思わずその場に膝を付いた。ほんの一瞬のことだったので頭の処理が追いついていないのか、まだ痛みは感じていない。ただ戸惑って顔を上げると、焦っているような泣きそうな顔をしているユリの顔が目に入った。


「そのまま動かないで!」

「ユ、ユリさ…」


ユリは躊躇なく上着を脱ぎ捨てると、腰に巻いていたスカートのベルトも外して勢いよく引っこ抜く。そして上に着ているブラウスの裾を思い切り引き抜いて捲り上げた。両脇についている侍女二人も、止めることもなくポカンと目を丸くして固まっていた。ブラウスだけでなく下に着ているキャミソールもまとめて掴んで持ち上げたので、跪いて見上げる状態になっているレンドルフからは、一瞬ではあったがユリの真っ白な腹どころか、その上の柔らかな丸い曲線を覆っているレースまでチラリと垣間見えてしまった。

ユリは全くそんなことは頓着せずに、腰に直接巻き付けていたベルトのような物を外して、レンドルフの首に直接触れるように巻き付けて来た。サイズを調整する機能が付いているのか、レンドルフの首に巻き付けた瞬間ピタリと肌に張り付くように丁度良い長さになった。金属製のようなベルトだったが、直前までユリが巻き付けていたせいか自分ではない温かい感触がした。


「レンさん!体のどこかに違和感はある?」

「え…あ、ああ…左の指先が、熱い…?」

「他は?胸とか、お腹とか」

「それは、ない、かな」

「頭が痛いとか、目が霞むとか」

「それもないよ」


矢継ぎ早に尋ねられて、レンドルフは戸惑いながらも自分の状態を判断して答える。レンドルフの言葉に、ユリは少しだけ肩の力を抜いて安心したように表情を緩ませた。が、すぐにキッと眉を吊り上げて厳しい顔になる。


「この個体と血液を保存箱に回収!絶対に触れないように!」

「「はい!」」


ユリの号令で、侍女二人が即座に馬車に戻って真っ黒な箱を抱えて持って来る。侍女が外れた後は、すぐに側にフェイがカバーに立つ。


「少し響きますが、ちょっとだけ耐えてください」

「ぐっ…!」


侍女二人はレンドルフの腕から延びている氷柱を叩き折って、そこに封じ込められている蛇と、流れたままの形で固まっているレンドルフの血液を回収した。さすがに腕を貫通したままの物体に衝撃を与えるので、脳天に響くような感覚にレンドルフの声が僅かに漏れた。しかしユリの指示通りに、直接触れることなく割られた氷は手早く黒い箱の中に収められる。

この時点で、レンドルフはユリが毒の処置をしていることは察していた。その対応から予測するに、かなりマズい毒なのだろうということも。ハッキリと見えた訳ではないが、ユリが首に巻いてくれたのは以前に毒に分類されず体に悪影響を及ぼす薬草にも対応した魔道具だった気がする。レンドルフもクロヴァス家で作らせた性能の良い防毒の魔道具は身に付けているが、それでも防ぎ切れない毒だと判断したのだろう。しかし、噛まれたのが対処出来るユリではなく自分であったのが不幸中の幸いであったとレンドルフは心の隅で考えていた。


「レンさん、自分で良かったとか思ってないでしょうね?」

「え!?…いや、その…」

「やっぱり。もう、どうしていつもそう…」


考えていたことを見事に見透かされて、レンドルフは思わず口ごもってしまった。それはもう肯定したのと同じだった。ユリはしゃがみ込んで、まだ氷が貫通したままのレンドルフの左手にそっと触れる。刺さった氷が体温で溶け出したのか、薄く血の混じった水滴が指先からポタリと垂れ始めていた。ユリは腰に付けているポーチから小さなナイフを取り出すと、レンドルフの袖を切り裂いて腕を露にする。


「凍傷になると思うけど、一旦血流を止める為に凍らせるね。でも、必ず治すから」

「うん。分かった」


ユリは泣きそうな顔をしながらも、無理矢理微笑んだ表情を作ってレンドルフの手を挟み込むように握りしめた。彼女の軟らかい手の感覚から、すぐに冷たく固い氷に包まれる。最初は冷たさから痛みに変わり、次第に感覚が消えて行った。そこまでに至ってしまうと、そこまでの辛さは感じない。完全にレンドルフの左腕の肘から先が凍り付くと、保冷の為に防水紙と布で厳重に包まれた。


「お嬢様、一つ先にはなりますが、エイスの街の神殿に神官長様が滞在されているそうです」

「分かった。そっちに向かって。至急の面会予約も」

「もう手配済みです」

「ありがとう」


マリゴがどこかと連絡を取ったのか、ユリに情報を伝えて来た。

国内のあちこちにある神殿には、数名の神官が配属されているが、場所によっては高位の治癒魔法や浄化魔法が使用出来る者がいない場合もある。その為、王城に隣接するように立てられている国内最大の中央神殿から定期的に神官長が派遣されている。その中でも中央神殿の神官長は、聖女や聖人に匹敵する程の治癒魔法の使い手だ。彼がいるならば最寄りの神殿に行くよりもそちらに行った方が良い。中央神殿に三名しかいない中でも最も長い間その座にいる神官長はあまり中央神殿にいることはなく、気まぐれに国内を旅して回っていると言われている。



周囲を警戒しながらも荷物を移し替えていると、ようやく警邏隊が到着した。本当ならば、一番状況が見えていたレンドルフが説明をするのだろうが、怪我をしているということでフェイが説明の為にその場に残ることになった。馬車を運んで来た男性と共に、事情説明が終わったら逃げ出した馬を探してから追いつくとのことだった。レンドルフは馬車に押し込まれたのでノルドに騎乗する者はいないが、レンドルフが中にいれば並走して付いて来るので問題はない。


ノルドは生活魔法の浄化を重ねがけしてもらってさっぱりした上、侍女二人から口々に褒めそやされていたのですっかり上機嫌になっていた。その様子を馬車の中から眺めながら、レンドルフは少々気恥ずかしい思いをしていたのだった。



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