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16.ほんの少し近付く距離


「遅っせぇよ!オレ迎えに行って…」

「止めとけ。いつもそれで行き違いになって結局遅くなるじゃろうが」


ギルドの前で、ソワソワした様子のタイキが飛び出して行きそうになるのを、バートンが首根っこを掴んで止めている。


「それよりもタイキ、レンの方はどうじゃった?」

「何が」

「魔力じゃよ、魔力!お前、さり気なくそれを確認する為に握手したんじゃろうが」

「あ、そっか」


タイキは普通の人間よりも感覚が鋭敏で、魔力を感知する能力にも長けている。おそらく彼の特殊な鱗状の皮膚が反応するのだろう。魔力を含んだ魔獣などの攻撃が触れた瞬間に、意識しなくても防御となる固い鱗で体を覆うことが出来る。攻撃性のない魔力は、直接触れることで強弱や量をある程度把握できるのだ。


「あれだけの魔力量のある人間久しぶりだったぜ。手がビリビリ来た。あれは多分貴族だな」

「そりゃ見れば分かるじゃろう」

「普通分かるよな」

「ええっ!そーなのかよ!」


得意気に言うタイキに、バートンとミスキが冷静な反応を返す。



この国に限らず、大概どの国の上位に立つ者は総じて魔力量が多く、平民は少ないことが一般的である。古来より、魔獣や獣、災害などから人を守る為に強い魔力を持つ者が上に立ったことが始まりであるので、そうやって人々や国を治める者は魔力量で決められることが多かったのだ。やがて魔力の強さや魔力量は子孫に引き継がれることが分かって以来、上位の立場の者達は魔力量の多い者同士の婚姻を繰り返した。その結果として、現在では王族や貴族は平民に比べて魔力量が桁違いに多いのである。



「で、他にはどーよ?」

「うーん…悪い感じはしなかった」

「お前さんが言うなら大丈夫じゃな。どうせ今頃クリューも聞いとるじゃろうしな」


やはり血の影響なのか、タイキは直感も異様に鋭い。幼い頃は特に悪意や嘘などには過剰反応を示していたので、それが要因で度々起こす癇癪を押さえるのに周囲は苦労していた。止むにやまれぬ事情のある嘘も、嘘というだけで激しい拒否を示したので、タイキが反応した嘘の裏を読んで説き伏せることが兄であるミスキの担当になった。今はある程度経験を重ね、タイキも人の嘘についてはそうしなければならない場合もあることを知り、それには触れずに呑み込むことを覚えた。そしてありとあらゆる悪意に関しても、自分や身内に向けられるものに対してだけを選んで警戒出来るようになっていた。


「ユリに絡んで来た男の中では一番マシ」

「それも見れば分かる」

「ワシらに紹介するくらいじゃしの。お互い満更でもなさそうに見えたしな」


先程の食事で、レンドルフはユリのことを意識していたように見えた。とは言え出会ってまだ日が浅いからなのか、当人の性格からなのか強引に迫るようなことはなくそっと視線を送っているだけなので、彼らは安心して微笑ましい気持ちで眺めていたのだった。


「俺としてはそういうのじゃない方がいいなあ」

「なんじゃ?ユリには興味なかったのに今更か?」


そんなことを言い出したミスキに、バートンがからかうように声を掛ける。


「いやあ、レンは強そうだし優秀そうだから、出来れば今後もお近付きになりたいなあと思ってさ。でもユリに振られたら気まずくなって距離置きそうじゃん、あいつ」

「ミス兄、自分が楽できそうだから言ってねぇ?」

「バレたか〜」


ミスキはヘラリと笑って肩を竦めた。


「うぉっ!」


突如、彼らの近くに降って来るように大きな影が出現した。それに一番近くにいたタイキが思わず声を上げた。


「レン!お前どっから来たんだよ!」


見ると、レンドルフが膝をついて両腕に抱えたユリとクリューをそっと地面に下ろしているところだった。


「いやーすごかったわぁ。空を飛ぶってああいう感じなのかしらぁ」

「レンさん、ありがとう」


二人を運んで来たレンドルフは息一つ乱れておらず、絶賛するクリューと礼を言うユリに少々照れたような表情で笑っていた。


「今、上から来た、よな?」

「遅れたので最短距離で」

「最短て…そんだけでかい体でよく騒ぎにならなかったな」

「ちょっとだけ隠遁魔法を使ったから。ああ、屋根とかも壊してないから大丈夫」

「お、おう…」


恐る恐る確認したミスキに、レンドルフは涼しい顔で答えた。

レンドルフは、ギルドまでの道のりを直線距離でやって来た。つまり建物の上を通って、屋根伝いにここまで来たのである。女性二人を抱えたままでも何の問題もなく、実に軽々とした跳躍で移動していた。ただその際に、さすがに目立ち過ぎるだろうと言うことで、水魔法の一種である目眩ましの効果がある隠遁魔法を使用はしていた。隠遁魔法は、自分の周辺に霧状の細かい水を纏わせて、光を屈折させて人の目から見え辛くする魔法である。


「すっげー!隠遁魔法ってオレ、初めて見た!もっかい見たい!やってやって!!」

「いや…最初から認識されてると殆ど効果ないから」

「えー!」


興奮状態でタイキが詰め寄って来たが、レンドルフの言葉にあからさまに落胆する。表情も感情もストレートであるが、ともすればその忙しない変化も微笑ましく見えてしまうのが彼の良いところだろう。


「おーい。全員揃ったんだから、演習場の予約しちまおうぜ」

「おう!」


しゃがみ込んで凹んでいたタイキが、ミスキの一言で即座に復活して真っ先にギルドの中に入って行く。他のメンバーは、それがいつものことというように後に続く。


顔合わせをして数時間で、レンドルフはこのパーティは落ち着きのないリーダーを皆で支えることで結束しているタイプなのだな、と理解した。前もって調べておいた冒険者の資料にも、「よく見られるパーティの特徴」という項目に書かれていた。リーダーが最強で皆を引っ張って行くタイプもあれば、後衛で指示を出す知略タイプ、回復役をリーダーにして防御力高めのタイプなど様々なパターンがあって、比較的決まった型を踏襲している近衛騎士団にいた立場からすると、なかなか多様で興味深かった。



「演習場の8番ですね。最短では二日後の午後だけでしたら空きがあります」

「じゃあそこで!…なー、ミス兄、あともう一日くらい押さえておく?」

「その方がいいだろう」

「じゃあもう一日追加で!」

「三日後…連日の予約になりますが、問題はございませんか?」

「レン!レンは連日手合わせ大丈夫か?」

「ああ、問題ないよ」

「じゃあそこで一日予約!」


冒険者ギルドでは、専用の演習場を持っていることが多い。そこで登録したばかりの新人を集めて実践的な研修をしたり、ランクが上がる際の試験会場になったりもする。勿論個人やパーティが借りて、訓練や手合わせなどの為に使用することも出来る。

エイスのギルドは土地に余裕のある地域なので、王都内では最大の8つの演習場を有している。


「それでは数値確認を。今回は初参加の方がおられますね」

「はい、よろしくお願いします」


別のギルド職員が全員別室に案内する。ぞろぞろと後について行くと、ギルド内に来ている冒険者だけでなく、職員にもこころなしか見られているような感じがした。特にレンドルフは自分に視線が集中している気がしていた。


「では準備をしますので、少々お待ちください」


机と椅子だけのシンプルな部屋に通されると、職員は一旦退出する。

レンドルフはこうしたギルドの演習場を利用するのも始めてだったので、何となくソワソワしてしまう。


「レンさん、こういうの初めて?」

「うん。数値確認って、何をするのかもよく分かってない」

「演習場で使う魔法とか魔力とかを数値化させる魔道具で前もって調べるの。その数値で、演習場に掛ける保護魔法とか設置する結界の魔道具の数を決めて、使用時に周囲とかに被害が行かないようにしてくれるのよ」


レンドルフの隣に座ったユリにはそのソワソワが筒抜けだったようで、説明をしてくれた。



演習場は、上位の攻撃魔法の精度を上げる為の訓練で使用する者もいる為、前もって使用する魔法を調べて最も効果的な破壊防止措置をギルド側で準備するようになっている。たとえば、強力な火魔法を使う場合は防火の保護魔法、水魔法の使い手がいる場合は水はけを良くする土魔法などといったふうに。いちいち破壊された演習場を修復するのは手間がかかるし、演習場の壁を越えて近隣に被害が及ぶことは何としても阻止しなければならないからだ。

王城の騎士団の訓練場は、やはり王族の住まう場所だけあって最も強力な保護魔法が一律に掛けられているが、それにはかなりな維持費がかかる。ギルドは基本的に国から独立した機関なので、どうしても予算は限られる。そこで使用する者のレベルに合わせて、都度保護レベルを変えて対処する形になっているのだった。



エイスの演習場は、数字が大きくなるほど強い保護が掛けられる作りになっていて、この「赤い疾風」は毎回一番大きな数字の8番の演習場を使用しているそうだ。


「お待たせしました」


程なくして、担当の職員が魔道具を持ってやって来た。一抱えの板のような形の魔道具で、手を乗せることで数値が分かるらしい。この数値を計る担当は結果を見ることはなく、数値だけ直接保護魔法を掛ける担当へ送られる仕様だと説明される。数値だけなのは、誰がどんな魔法を使用してどのくらいの魔力量があるかが分からないようにする為だと言うことだ。自己申告で他者に教えるならともかく、第三者が勝手に情報を広めないようにする為の措置なのだそうだ。

その説明を聞きながら、タイキは途中で飽きたらしく机の上に突っ伏している。もしかしたら初参加の自分がいるから改めて説明してくれたのかもしれない、とレンドルフは思った。


一通りの説明が終わると、順番に魔道具に手を乗せて行った。ただ乗せるだけなので、あっという間に終わる。何の違和感もなく、どうやって計っているのかもさっぱり分からなかった。


「それではいつもの注意事項ですが、必ず目を通しておいてください。()()、ですよ」


職員はそういいながら注意事項が書かれている紙を一人一人に手渡した。「必ず」という言葉をタイキを見ながら強調していたので、彼は毎回ちゃんと読んでいないのかもしれない。既に受け取った瞬間から、ろくに見た様子もなく乱暴にポケットに突っ込んでいた。


「なあ、レン。レンは他人のフォローとかって抵抗ないクチ?」

「ない、と思う」


手続きを終えてギルドを出ると、ミスキがススッと近付いて来てそう言った。そして先程もらった注意事項の紙の一点を軽く指し示す。

そこには「演習場はなるべく現状復帰をお願いします」と書かれていた。その下に、火魔法使用時の消火の確認、水魔法使用時の乾燥、土魔法使用時の地ならしなどと続く。そして「状態によっては追加料金が発生します」ともなっている。


「タイキのヤツ、加減が下手クソでさ。いっつも演習場の地面抉りまくって追加料金取られんのよ。レンは手合わせでは土魔法使うだろ?それをならすついでに、タイキの削ったとこもまとめて平らにしてくれると助かるんだけど」

「ああ、そのくらいならいつでも」

「ありがてぇ…神かよ」


地ならしは騎士団の訓練時でもやっているので気楽に請け負うと、何故かミスキに拝まれた。



それから幾つかの簡単な確認をし、二日後にギルド前で待ち合わせることを決めてその場で解散となった。タイキ達四人は、討伐に備えてギルドが斡旋している宿舎を拠点にしているそうだ。レンドルフとユリは一旦そこで四人と別れて戻ることにした。



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「…ねぇ。ユリちゃん新しいペンダントしてたわよねえ。レンくんのプレゼントかしらぁ?」

「そうだろ。あいつの匂いついてたし」

「タイちゃん、言い方…」


身も蓋もないタイキの断言に、クリューは肩を落とす。


基本的にユリは普段から宝飾品を身に付けていない。それらしく見えても、防毒などの効果の付与された装身具や魔道具だったりする。しかし、先程の彼女は見覚えのない乳白色の石の着いたペンダントをしていた。もしかしたら新しい装身具なのかとも思ったのだが、ユリはいつも新たな装身具を入手すると聞いていなくても自分からその効能などを楽し気に話して来るのだ。どうも彼女は自分を飾る宝飾品よりも、実用的な物を好むという傾向にあるらしい。


「今までで一番まともそう、どころか優しくて紳士的だし、ユリちゃんも満更でもなさそうな感じだったし〜」

「だが油断するなよ、クリュー。あのユリだぞ」

「…それは否定しないけどぉ」


ミスキに言われて、クリューは眉間に皺を寄せた。これでまでのユリの男運の悪さを目の当たりにしているだけに、否定はしきれなかった。



ユリと「赤い疾風」のメンバーとの出会いは約5年も前になる。その頃のユリはまだ成人前で見た目も子供だったが、どういう訳だか妙な相手ばかり彼女に引き寄せられるのだ。当人は別に意識している訳でもなく、何度かメンバーが側にいておかしな動きもしていなかった筈なのに、世間的に「変態」や「屑」と言われるような男ばかりに何故か絡まれた。その後身長は子供のままだったが、あちこち成長して大人の女性と一目で分かるようになってから、それは加速した。一見良い人に見えて中身がかなり()()、という部類まで新規参入するようになって、一時期は完全に外出を避けるようになっていたのだ。


しかしここ二年ばかりは、新しく開発された「本当に悪意を持って接しようとする人間」を近付かせない魔道具を身につけるようになった為、ユリは普通に出歩けるようになったのだ。

ただ、特に悪質な者しか選別できないらしく、気安いナンパや、酔っぱらいなどに絡まれることはあったが、その程度なら彼女自身で問題なく撃退できるので以前ほど厄介なことは起こっていなかった。



そんな彼女が普通に接することが出来て、その上信用できる人間としてパーティに紹介する男性が現れたと聞いて、彼らはまず驚愕したのだった。


「あの二人が並んでると何か微笑ましいじゃない?ほらぁ、この前の祭で特別興行してたお芝居のその後、って感じで〜」

「ああ『魔王と魔獣』!」

「『姫と魔獣』よ!何よ、タイちゃん。その最終決戦みたいなタイトル!」


王都の大きな劇場で上演しているのは歌劇なので、生演奏や大きな舞台措置などで豪華に行われていて、どちらかと言うと貴族の娯楽だった。祭の特別興行は地方の劇団がやって来て通常の芝居として上演されたので、そこまで凝ったものではないがその分チケット代も手頃だったので、なかなか盛況であった。


ラストシーンで魔獣から人間になったヒーローと、可愛らしいヒロインが並ぶ姿は、客席で見ていた主に女性から溜息が漏れていた。その溜息を漏らした中にクリューもいたのだった。


「物語とは違うんだから、そっとしといてやれよ」

「分かってるわよ、ミスキ。ただちょっとくらい期待したくなるじゃない」

「まあまあ。ミスキは今後もあのレンと長く付き合って行きたいんだとさ。だから変に拗れるのを心配しとるんじゃ」

「それもそうねえ…」


バートンの言葉に納得しかけたクリューだったが、タイキに「その方が自分が楽できるからだって」とバラされて、ミスキは彼女に極寒の視線を向けられたのだった。



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「レンさん、ごめんね」

「何が?俺、謝られるようなことしたっけ」

「ほら、クリューさんの…いつもはみんなもっと気さくで大らかな人達なのよ。でも今回はタイミングが悪かったみたいで…」

「全然気にしてないよ。俺だって自分のこと黙ってた訳だし。むしろユリさんが俺のこと信頼し過ぎで心配になる」


随分ユリとは親しくなった気はしているが、実際に会うのはこれで三度目だ。それなのに親しくしている冒険者パーティを紹介してもらい、もしかしたら一緒に討伐にも行くかもしれない。それに、彼女にとってはただのその場のリップサービスだったかもしれないが、いつかレンカの花を見に行こうとも言ってくれた。レンドルフは、急に距離を詰め過ぎているのではないかと思っていた。


「だってレンさんには前に助けてもらったし…そりゃあ信頼出来るでしょ。あ、それとも私が図々し過ぎた?」

「違う違う!俺はその…今まで本当に狭い世界しか知らなかったし、ユリさんは色んなこと知ってるから、話してて楽しい。こうやって信頼してもらえるのも嬉しい」


そうレンドルフに微笑まれて、ユリは小さく「ありがとう」と呟いて少しだけ俯いた。


少しだけ地面に目をやると、レンドルフの足がゆっくりと動いているのが視界に入った。歩幅が違うのでユリに合わせてゆっくり歩いてくれているのだろう。少しだけ悪いな、と思ったが、ユリは何となくこれ以上早足で歩いてしまうのも惜しいような気がして普通に歩いていた。



「じゃあまた、二日後に」


レンドルフの声にハッと我に返ると、前に別れた辻のところに来ていた。


「まだ明るいけど、気を付けて」

「うん。レンさんも」


ユリは顔を上げてレンドルフを見上げた。側に立って顔を見ようとすると、ユリがほぼ真上を向くくらいに身長差のあるレンドルフだが、不思議と威圧感は覚えない。その優しい顔立ちと柔らかいヘーゼル色の瞳のせいだろうか。


「それじゃ、手合わせ楽しみにしてる!」

「お手柔らかに」


そう言ってユリは手を振ってレンドルフから離れた。レンドルフも軽く手を上げて応える。

ユリは少しだけ早足に歩いて、ふと後ろを振り返った。するとレンドルフも、数歩歩いたところで振り返ったのか、ユリの方を見ていた。



ユリは何だか嬉しくなって、胸のペンダントをギュッと握りしめて、空いている方の手を再び思い切り振ったのだった。



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