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159.モノの過去


レンドルフは洞窟を背にして半円を魔獣達に囲まれるような状態になっていて、視線だけでどこに何がいるのか確認する。見通しの悪い森の中なので、茂みや木々の間にどれだけ潜んでいるか分からない。しかし判別出来る中では一番近いところにいるワイルドボアがもっと体が大きく厄介なようだ。ビショビショに濡れた体をものともせず、既に前掻き行動を取っているので、すぐにでも突進して来るだろう。


「アースウォール!」


大きな個体が一歩、強く踏み出して足元の水を大きく跳ね上げた瞬間に、レンドルフがその少し前方に大きくはないが深い溝のように地面を陥没させた。上手くタイミングが合って、思い切り前脚が溝の中に落ちたワイルドボアは、悲鳴を上げて頭から溝の中に突っ込んで行った。幅としてはその一番大きな個体がちょうど挟まるくらいにしたので、雨で滑りやすい状態になっているのも手伝って、見事にツルリと溝の中に吸い込まれて行った。あれならば簡単に上っては来られないだろう。

そして通常ならば、先頭が穴に落ちたのならば回避する程度の知能はある筈の他のワイルドボアも、まるで吸い込まれるように次々と落ちて行った。狂化になる凶暴さが増して攻撃力が上がるのが厄介だが、こうして理性が飛んでしまうのはそれなりの利点だ。辛うじて落ちなかったのは、出遅れたワイルドボアの中で最も小さい個体と、ホーンラビットのみになった。それでも追加でそのうち来るかもしれないので、さっさと片付けるに限る。


猟石(ハウンドストーン)!」


土よりも固めになるように小さな粒にして、アースバレットよりも魔獣をある程度追尾可能な魔法をバラまく。魔力の消費量は多いが、出来るうちに一体でも多く仕留めておかないと一人で応戦している状況ではすぐに詰む。早く応援に見つけてもらう為に、雨が弱くなってから打ち上げようと思ってとっておいた発煙弾を上げるべきかと頭の片隅で考える。


「!?」


不意に、足元に嫌な振動を感じた。反射的に上に顔を向けると、洞窟のある斜面から、パラパラと小さな石が降って来ている。


レンドルフは、考えるよりも早く洞窟の中に飛び込み、入口に近い場所に横たえていたモノを一気に担いで奥に走った。雨の中外に出ていたレンドルフの体はずぶ濡れだったし、怪我をしたモノに無茶な担ぎ方をしているのは分かっているが、今はそんなことを構っている場合ではなかった。


「アースウォール!」


レンドルフが魔法を放って土の壁を出現させるのと、全身を覆い尽くすような轟音が洞窟内に響いたのは殆ど同時だった。



----------------------------------------------------------------------------------



どのくらい時間が経っただろうか。


レンドルフは目を開けているのか閉じているのか分からない程の暗闇の中にいた。自覚はなかったが、気を失っていたのだろうか。ゆっくりと手足を動かすと、身体の下に何か温かく柔らかいものがあった。


「先輩…重いっす…」

「すまない。モノ、無事か?」

「どう、なんでしょう。元からあちこち痛むんで」

「ちょっと待ってろ」


どうにか体は動かせそうなので、身体の下にあるモノに手を置かないように探りながら土の感触のするところに手を付いて自分の体を起こす。完全に体を起こす前に後頭部に固い物が触れたので、随分と天井は低いようだ。

それでもどうにか両手を動かして、手に嵌めているバングルに触れる。このバングルは通信用でもあるが、非常灯替わりにバングル自体が淡く光るようにも出来ている。


フワリ、と腕に装着したバングルが柔らかな黄色の光を帯びて、周囲を浮かび上がらせた。


明るくなると、思ったよりも自分がモノに覆い被さるような体勢になっていたので、レンドルフは慌てて身体を引いた。レンドルフの広い背中から、バラバラと土が零れ落ちる。


バングルで周囲を照らすと、天井の半分と先程まで外と繋がっていた入口がレンドルフの作った平らな壁で覆われていた。咄嗟に使った魔法だったが、どうやら役に立ったようだ。


「どうやら、生き埋めは免れたな」



先程、激しい雨のせいなのか洞窟のすぐ上の斜面で地滑りが発生したのを目にして、レンドルフは反射的にモノを抱えて洞窟の奥に逃げ込み、完全に潰れないように土魔法で空間を維持した。ほとんど考える暇もなかったが、どうにか二人とも助かったようだ。

あちこちに光を放っているバングルを向けて、異常がないことを確認する。精度はそこまで高いものではないが、このバングルには装着者が生命の危機になるような事態に陥ると色が赤くなるようになっている。今のところその兆しはないので、酸欠や毒ガスなどの問題は発生していないようだ。


レンドルフが作った壁の部分は、立ち上がるには低いが、レンドルフが座っても頭をぶつけない程度には余裕がある。モノが横たわっている部分は埋まらなかった洞窟のままで、その先まで続いてはいるようだが、狭くて先には進めそうにない。

壁際に座り込んだレンドルフは、ようやく足に痛みがあることを自覚した。バングルで照らして服の上から確認したが、出血はないので傷を負った訳ではなさそうだった。しかし動かすと足首に刺すような痛みが走る。レンドルフの感覚だと、骨折までは至ってないがヒビくらいは入っているだろう。

まだ回復薬は残ってはいるが、手元にあるものは骨折には効果がないし、まだ体力には余裕がある。レンドルフは使わないと判断して、ポーチにしまい込んだ。


「発煙弾も打ち上げてあるし、洞窟の外には戦闘の跡が残っている。しばらく待てば誰かが見つけてくれるだろう」

「…すみません」

「謝らなくていい。それはオルトさんに言うんだな」

「すみません…でも、でも自分のせいで…」

「それでも後にしろ。今は…さすがに気が滅入る」

「すみま…いえ、はい…」


少し苛立った声を上げてしまったレンドルフは、ゆっくりと息を吐いた。モノに当たるつもりはなかったが、この閉鎖された空間にいるとつい心がささくれ立つような感覚になる。


そのまま重たい沈黙がその場に流れた。まだバングルのおかげで光があるのと、水の魔石があるので少なくとも当分は保つという精神的余裕がある。しばらく休んでいればレンドルフの魔力も多少は回復する。大きな魔法を使えば外に出る穴を空けることも出来るようになる筈だ。



「…う…ううぅ…」

「モノ」


レンドルフがここから無事に脱出する方法について思案していると、モノが呻き声を上げた。レンドルフが近付いて顔を覗き込むと、いつの間にか眠っていたらしいモノが魘されていた。もともと良くなかった顔色が更に白くなって、額に汗が浮かんでいる。あれだけの怪我を負ったので、発熱しているのかもしれないと、レンドルフは軽く首に素手で触れる。


「イレイザ卿!」


やはり熱が大分高いと思った瞬間、急にモノが目を覚ましてレンドルフの手を握りしめた。その目は熱のせいか、やけに潤んで見えた。少し意識も朦朧としているのか、彼の黒茶の瞳がユラユラと揺らいで、レンドルフというよりも違う誰かを見ているかのような表情をしていた。体の基幹部に熱を取られているのか、首の熱さに比べて随分と冷えたモノの指先が、握りしめたレンドルフの指を撫でるように動かす。ちょうどレンドルフの指の剣ダコのところを繰り返し往復していた。


「モノ?」

「あ…先輩…」


レンドルフが繰り返し声を掛けると、モノはようやく自分の置かれている状況を思い出したのか、何度か瞬きをしてレンドルフの顔を見つめた。その表情は、何故かひどく絶望しているように見えて、何故かレンドルフの方が罪悪感を覚えた。


「すみませ…間違って…」

「いや」

「…会える筈、ないのに」


モノの目から再び涙が溢れて来た。彼はレンドルフの手を握りしめたままで、指は剣ダコの上に置かれている。熱のせいで意識の混濁が起こっているのか、喋り方も少しばかり舌足らずで酩酊したような印象を受ける。モノは呪いのせいで不死者となっていると分かっていても、怪我の影響が出ているのかと思うとレンドルフは手を外せずにそのままにしておく。


「僕、ずっと、イレイザ卿が、好きだったんです…」

「…うん」


モノの言う「イレイザ卿」が誰なのかはレンドルフには分からなかったが、レンドルフは静かに相槌を打った。意識が混濁しているモノ自身が喋っている自覚さえあるかどうかは不明だが、彼がその身を魔獣に喰わせてまで死を選ぼうとした何かがそこにあるなら、吐き出したいのなら吐き出させた方がいいと判断した。


「イレイザ卿は姉上の専属護衛で、僕、姉上が羨ましくてずっとつきまとっていたのに、嫌な顔一つしないで…僕が、騎士になりたいと思ったのは、イレイザ卿が剣を教えてくれたからなんです」


ポツリ、ポツリと話すモノに、レンドルフは黙って耳を傾ける。モノの「イレイザ卿」への感情はひどく哀し気に思えた。


「カッコ良くて、凛々しくて…でも笑うととても可愛いと、ずっと言えなかった」


確かモノの実家のトーリェ伯爵家は、長男が早逝して次男のモノが継ぐ筈だったのだが、モノが呪いの魔道具に魅入られてしまった為にモノの姉に当たる長女が婿を取って伯爵家を継いだと聞いている。確かオルトは、モノは実家の家族と折り合いが悪く、婿の義兄が後見人になっていると言っていた。


「僕が呪われなければ、姉上は、長く婚約者だった人のところへ、嫁ぐ筈だった…イレイザ卿も、一緒に行ってしまうと。でも、僕が呪われた、から。姉上の婚約が解消になったのに、僕は…」


モノは大きくしゃくり上げて、唇を振るわせた。


「僕は、イレイザ卿が、どこにも行かないことを、喜んでしまった…!」


彼の血を吐くような言葉にレンドルフはどう答えていいか思い付かず、ただ握りしめられたままのモノを手をそっと握り返した。



----------------------------------------------------------------------------------



「まだ見つからないのか…」

「雨と風が強いため、発煙弾の正確な場所を特定することが難しく、犬に匂いを追わせることも…」

「夜間は危険が伴いますので、明日の日の出と共に捜索を開始し、別の駐屯地から追加の応援部隊も合流させます」

「そんな」

「オルト、落ち着くんだ」


決して責めるつもりはなくても思わず強い口調になりかけたオルトを、オスカーが間に入って宥める。その後オスカーは駐屯部隊の部隊長と捜索の為の打ち合わせの為に、オルトの世話をショーキに任せて席を外した。



無事に一番近い駐屯地に到着したショーキは、街道に魔獣が出現したことを報告し、すぐに応援部隊を出してもらった。駐屯部隊はすぐに動ける八名を連れて、雨の中どうにかオスカー達と合流を果たしたのだった。


合流した時には、周囲には魔獣の姿はなく、全てオスカーが斬り伏せていた。しかし討伐中の新人がはぐれたため、それを追って一人が別行動をしていると報告をした。新人を発見次第発煙弾を上げることになっていて、合流の直前にそれらしき破裂音が聞こえたものの、この悪天候では大体の方向しか分からなかったのだ。その為、せっかく応援部隊が到着してもそこから動くことは出来ず、ひとまず雨が弱まるまで怪我をしているオルトの手当も含めて一旦駐屯地へと全員向かうことになった。

念の為、どこかで発煙弾が上がる可能性もあるので、魔獣の警戒とともに二名の駐屯部隊の騎士が現場に残った。



それから半日が経過し、夕刻近くになってようやく雨が小雨になって来たが、レンドルフからの連絡はなかった。発煙弾らしき音が聞こえたのは一度だけで、レンドルフは三発持っている筈なので再び上げるのを注視してもらっていたが、それらしき音や煙の報告はなかった。他にも通信用のバングルで連絡を取ろうとしたが、雑音ばかりで殆ど機能していない。何度か連絡を取ろうと試みてはいるが、一向に改善しないままだった。


「そう簡単に壊れるものではない筈ですよね?」

「多分、モノの指輪の影響だろうな」

「そんなことがあるんですか?」

「あの指輪は、モノの感情で揺らぐ。以前はそこまでじゃなかったが、より深く一体化して来たみたいだ。外せなくなる前に、どうにかしてやりたかったんだが…」


怪我の治療は終えているが、出血量が多かった為にオルトは駐屯地の一室を与えられてベッドの上にいる。本当ならばすぐにでも探索に加わりたいところだろうが、弱まったとはいえまだ雨は降り続いているし、これから暗くなって来る。自分が無理に参加をしても足手まといになることは十分理解していた。


「条件が合えば簡単に外せるって聞いてますけど」

「ああ、そうだ。条件さえ合えばな」

「そんなに難しいんですか?僕じゃ協力とか出来ないんですか?」

「気持ちはありがたいが…こればかりはモノ本人しかどうにも出来ねえんだ。まあただ…無事に戻って来たらそれはお前からあいつに伝えてやってくれ」

「はい…無事、ですよね」

「無事で一緒にいるから、コレが使えねえんだ。いいんだか、悪いんだか」


オルトは自分の腕のバングルをトントンと指先で叩いた。モノの呪いの影響で通信が出来なくなっているなら、間違いなくレンドルフと一緒だろう。しかし一緒にいるからこそ連絡が取れないという困った事態にもなっている。


「俺はもう寝る。お前もさっさと休んで、明日の捜索に備えろ」

「分かりました!絶対全員一緒に帰りましょう!」

「そうだな。たっぷり始末書書かされるだろうが、みんな一緒だな」

「ええ〜」


書類仕事を特に不得意としているショーキは一気に意気消沈したが、その様子がおかしかったのかオルトが笑って少々荒っぽくショーキのフワフワした髪を撫で回したのだった。



いつも読みいただきありがとうございます。


これを開始した当初を振り返ってみたら、それから今は10倍くらいの方に読んでいただいているようです。ありがたい限りです。こうして続けられるのも皆様のお陰です。評価、ブクマ、いいねもモチベ爆上がりしています。

今後もお付き合いいただけましたら幸いです。

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