15.大型新人
「はーい、じゃあ顔合わせが終わったところで腹ごしらえして行きな」
「あ、ミキティ手伝う〜」
「その呼び方いい加減によしとくれよ」
「え〜可愛いじゃん」
握手を交わしたタイミングを見計らって、ミキタが大皿に盛ったサンドイッチをドンとテーブルの上に置いた。カウンターにはまだ次の皿が残っているのを見て、クリューがサッと立ち上がってカウンターに向かった。互いのやり取りの様子で、大分親しいようだ。息子二人が所属しているパーティなのだから当然なのかもしれない。
ズラリと並んだ皿の上には、特製のサンドイッチと山盛りの揚げ物が並び、個人には大きめのボウルに野菜がゴロゴロと入ったスープが配られた。サンドイッチはメンバーを考慮されたのか、ローストビーフや、チキンソテー、分厚く切り出されたハムなど肉中心で作られていた。
「「「いただきます」」」
テーブルいっぱいに料理が並ぶと、さながらパーティーのようだった。
レンドルフは一番目に付いた、ローストビーフがたっぷりと挟まっているサンドイッチを手に取る。手の大きいレンドルフでも両手で押さえていないと零れてしまいそうなくらいに薄く切り出した肉が何枚も挟まっている。大きくかぶりつくと、玉葱とレタスのシャキシャキした歯ごたえに柔らかく肉汁をたっぷりと含んだローストビーフの旨味がジュワリと口に広がる。ローストビーフに使われている粒こしょうの風味と玉葱に少し残る辛味がアクセントになって、すぐにでも次の一口を頬張りたくなる。
ふと前を見ると、皆が笑いながら同じように美味しそうに料理を噛み締めている。チラリと隣にいるユリに目を落とすと、フォークに刺した揚げたての芋フライを、フウフウ息を吹きかけながら齧っていた。その仕草はちょっとリスのようだった。
「なー、レン。レンが今まで倒した魔獣の中で一番強かったのって何?」
タイキが口の中にフライドチキンを入れたまま聞いて来た。大きなチキンが口からはみ出しているのに、きちんと伝わる言葉を発せられるのはどういうことだろうか、とレンドルフは行儀云々よりもむしろ感心してしまった。
「うーん…俺一人で倒した訳じゃないけど…」
「全然いいって!オレらだって一人で倒せるのはそんなにいねーし」
タイキのリクエストに、レンドルフは過去の討伐の思い出を探る。気が付くと、全員からワクワクした目を向けられていた。
「一番大きかったのは一つ目巨人だけど…苦戦したのは…ケルピーか魔狼、かな」
魔獣の名前を挙げると、おお…と感嘆の声が漏れた。
「やっぱり魔狼は群れだったか?」
「昔あたし達が遭遇したのも群れだったわよねえ。あれは苦労したっけ」
バートンとクリューは魔狼討伐経験があるようだが、タイキとミスキに視線を向けると、二人とも首を横に振った。
魔狼は狼系の魔獣で、若い個体や力の弱い個体は普通の狼と大差ない。だが年を経て強力な力と大きな体躯を得ると、属性魔法を使うものもいる。そういった個体は頭もよく、数人がかりで囮などを使って油断を誘いようやく討伐できるほどに厄介な魔獣だ。しかも群れを成す習性があるので、群れの中に魔法を発現した個体が複数いた場合、数回に分けて少しずつ数を削って時間を掛けて討伐するのがセオリーだ。
「群れのボスが上位種で双頭の魔狼だったのと、左右で違う属性魔法持ちだったから近寄るのも大変で。群れも50近くいたかな」
あの時は、ボスは同行していた父親が引き受けてくれたが、それでもあれだけ強いボスが率いる群れが弱い筈がない。切っても切っても次々と現れる魔狼に、殲滅させるのにレンドルフ含め領の精鋭騎士10名で挑んで丸三日はかかった。討伐後は全員半日以上動けず、諦めて魔狼の屍骸に囲まれて野営する羽目になった。ただ父親は一人元気そうで、夕食用だと言って大型の鳥系魔獣サギヨシ鳥を仕留めて持って来ていたことまで思い出した。
「あたし達の時は通常個体で30頭でも死にかけたのにねえ…レンくん強いのねぇ」
「俺じゃなくて、一緒にいた人がとんでもなく強かったから」
「じゃあケルピーは?ケルピーはどうだったんだよ」
彼らの中でケルピーと対峙した者はいないそうだ。タイキは身を乗り出してワクワクして様子だったが、レンドルフは当時のケルピー討伐のことを思い出して、迂闊な名を挙げてしまったと後悔した。
「…ええと、あんまり食事中にする話じゃないかも…」
「オレは全然…いや、今度聞かせてもらう」
タイキは即答しかけたが、レンドルフの見えないところでなにがしかのやり取りがあったのだろう。タイキはススス…と首を竦めて茹で卵を一口でポイ、と口の中に放り込んだ。
ケルピーは馬系の魔獣だが、基本的に水場に生息している。その為、討伐するには人間側にはかなり不利な状況になりやすい。水辺からおびき出そうにもなかなか釣られてはくれず、近寄った瞬間を狙って強靭な顎で噛み付かれて水の中に引きずり込まれるのだ。そして馬系なのに肉を好むので、引きずり込まれたらそれこそ命が危ない。
レンドルフも、別個体に気を取られている隙を突かれて、背後からいきなり噛み付かれた。そしてそのまま湖に引き込まれ、危うく溺死寸前にまでなった。どうにか同行していた騎士の援護で後ろ手で剣を振り回してケルピーの首を落とすことに成功した。這々の体で水から上がったが、肩にガブリと噛み付いたままのケルピーの首を付けたままの状態だった為、同行していた騎士に腰を抜かされた。水草が絡まった状態でレンドルフの顔が見えず、頭が二つの化物が湖から現れたように見えたらしい。噛み付いたまま絶命したケルピーの顎を遠征中では外す事が出来ず、肩に恨みがましい断末魔の形相のケルピーの頭を乗せたままクロヴァス城に戻ることになったのは悪夢としか言いようがなかった。
「レンさん、苦労してたのね」
「実家じゃ割と普通だったし。こっち来てちょっとおかしいことに気付いたくらい」
「無自覚が過ぎる…」
隣のユリがしみじみと呟いた。
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最初のサンドイッチを食べ終えて、次はどれにしようか皿の上で視線が泳ぐ。卵サンドも美味しそうだが、すぐ隣にあった何かのフライが挟まっているものに手を伸ばす。一緒に挟まっている白いソースはタルタルソースのようなので、多分海鮮のフライだろう。
そう思って迷わずかぶりつくと、キツネ色に揚がった表面がサクリと崩れて、中からトロリと熱いソースが飛び出して来た。次の瞬間一気に海鮮の香りが広がったので、おそらくカニのクリームコロッケだろう。多少熱くても火傷するほどではなかったので、ドッと溢れた中のホワイトソースを垂らさないように急いで吸い込む。よくこれほど柔らかいソースを包んで揚げられたものだとミキタの腕前に感心しながら、滑らかなソースとサクサクの衣、そしてタルタルソースの刻んだピクルスとキャベツの歯ごたえを一度に楽しんでいた。それでも間に合わなかったのか手の上に垂れたソースをついペロリと舐めとってしまった。
一瞬、さすがに行儀が悪かったかとチラリと前に座るメンバーを見たが、幸い自分達が食べるのに夢中でレンドルフの行動には気付かれなかったようだった。安心して何気なく隣をチラリと見ると、同じように視線をこちらに向けていたユリと目が合った。そして次の瞬間、ほんの少しだけユリの目が笑う。
全部見られていたのかと思うと、レンドルフは自分が赤面していることに気付く。どうにも彼女にみっともないところばかりを見られている気がするし、その度に赤くなってしまうのをどうにかしたいのだが、こればかりは自分でコントロールをするのは難しかった。
「レン、顔赤いぞ」
「ちょっと…熱かった…」
レンドルフの顔が赤くなっているのに気付いたミスキが聞いて来る。少々熱かったのは嘘ではないが、多分原因は違うところにあるだろう。しかし、ミスキは自分の前にある水を入れたピッチャーから水を注いだコップをレンドルフの前に滑らせてくれた。
「…ありがとう」
貰った水はまだ冷たくて、一気に飲み干してしまった。それでもまだ顔に熱が残っているようだった。
「レンさん、それ中身なんだった?」
「これ?クリームコロッケだった。多分カニが入ってるかな」
「それ食べたい!」
「ああ、じゃあ…」
ちょうどコロッケが挟まったサンドイッチはユリからは遠い位置にあった。なのでレンドルフは大皿を持ち上げようと手を伸ばしかけたのだが、サッとユリが取り皿をレンドルフに差し出した。
「俺が取っちゃっていいの…?」
「お願いします!あ、そのまま手でいいよ」
「うん…」
レンドルフはあまり手で触れないように、指先だけで摘んで急いで皿に移した。
「ありがと!」
皿を手渡すとユリは笑顔でそれを受け取り、すぐさまパクリと齧り付いた。最初からクリームコロッケだと分かっているので、先程のレンドルフのように豪快にかぶりつかずに、柔らかいソースをこぼさないように少しずつ齧っていた。その姿はますますリスらしい。
「おーい、ユリ。早速後輩をトング扱いか〜?」
「違うわよ!こんなに何でも出来る人をトングなんて勿体無いことするわけないでしょ!」
「あ、そうか、もし一時的でもパーティに入れてもらったら、俺ユリさんの後輩になるんだ」
「レンさん?」
「なんだったら新人の仕事だし、俺、ポーターやるよ」
「そんないい笑顔で言わないでー!」
レンドルフが調べたところでは、新人の冒険者は知り合いやギルドの紹介でベテランのパーティに見習いとして入れてもらって、まずは荷物持ちから始めて冒険者の基礎を教わって行く、と書かれていた。
「ポーターって…そんなレベルの高え荷物持ちなんて聞いたことねえぞ」
「あらぁ、面白いんじゃなあい?最強ポーターって。あ、あたし行きも帰りも運んでもらおうかなあ」
「止めておけ。老化は足から来るぞ」
「ぐっ…」
ユリとレンドルフ、そしてタイキの若い三人がじゃれ合っているような会話を聞きながら、ベテラン組のバートンとクリューはそんな渋いを話していたのだった。
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「じゃあこれからギルドに行って演習場の予約して来ようぜ」
「さすがに今日は勘弁してくれよ。お前と違って若くないんだからな」
「分かったよ!」
山盛りあった料理は一体どこに消えたのかと思うくらい綺麗に完食して、タイキが元気立ち上がって言った。あの細い体のどこに、と思うくらい彼はよく食べていて、おそらく食べた量はレンドルフと大差ないくらいだったろう。
このまますぐに空きがあれば演習場に予約を取りそうな勢いに、ミスキがすかさず止めに入った。
「レンは予定の入ってる日はあるか?」
「特にはないよ。そっちの都合に合わせる」
ギルドの演習場は複数あって、広さやレベルによって使用料が異なるらしい。正式なパーティメンバーではないユリと使う場合は、いつも頭数で割って自分の分だけ負担してもらうことになっていると聞いたので、レンドルフもそれに合わせることを承諾する。
ミスキとタイキは慣れた様子で空いた皿をテキパキと重ねてカウンターへ運んでいた。レンドルフもそれを見て、コップを下げる手伝いをする。クリューは食べ過ぎたらしく、椅子の上でグッタリとしていて「バートン、ギルドまで運んでぇ…」と呻き声を上げていた。それを見て、ユリが緑色をした胃薬の丸薬を渡していた。
「ミキタさん、ご馳走さまでした!コロッケ挟んだの、すごく美味しかった!」
「そりゃ良かった。レンくんも口に合ったかい?」
「全部美味しかったです。ご馳走さまでした」
レンドルフが「お代は…」と言いかけると、ミキタはぶんぶんと首を振った。
「いーのいーの。息子達のご飯は、何人連れて来ようともあたしが全部面倒見るって決めてるの。その代わり他の生活の面倒は一切見ないけどね」
「ですが…」
「いいんだって。もし落ち着かないなら、たまにうちの店に食べに来ておくれ」
「はい…ありがとうございます」
店を後にすると、腹ごなしと言ってタイキがさっさと走って行ってしまった。仕方ないと苦笑しつつ、バートンとミスキが並んでギルドへ向かう。その後ろを少し間を空けて、レンドルフとユリが並び、レンドルフの服に掴まるようにしてクリューがヨロヨロと歩く。まだ食べ過ぎから立ち直っていないようだった。彼女に合わせてゆっくり歩いているので、前を歩く二人と距離が開くが、どうせ行き先は分かっているので問題はないだろう。
「クリューさん、運ぼうか?」
「…いや、いい…今持ち上げられたらむしろヤバい…」
胃の辺りを擦りながら「若いのの食欲に釣られるもんじゃない…」とブツクサ呟いている。
「クリューさん、胃薬まだ効いてない?」
「大分楽になってるぅ。あとちょっと…」
「無理しないでゆっくり来いよー」
前を歩いているミスキが、振り返って大分距離が開いてしまっているのを見て、軽く手を振りながら角を曲がって行った。待つ訳ではないが一応気を遣っているようだ。
前の二人が見えなくなると、クリューはクイ、とレンドルフの服を強めに引いた。
「?もう少しゆっくり歩いた方が…」
レンドルフが足を止めてクリューに顔を向けると、彼女は少し真剣な顔をして二人が行った先を見つめていた。少々雰囲気が変わったクリューに、レンドルフは思わず言葉を切った。
「レンくん、貴族、だよね?」
不意に声のトーンが低くなって、レンドルフは足を止める。
「…はい」
「あたし達のこと、あんまり聞いて来なかったのは、もう調査済み?」
「それはないです」
「クリューさん!」
クリューの問いに、ユリも驚いたように声を上げた。
貴族は、特に高位貴族になればなるほど権謀術数の世界になる。王族が専用の諜報員「影」を所有しているように、各貴族も独自の手段を用いてあらゆる情報を入手することは暗黙の了解だ。
「ええと…俺は確かに貴族ですが、三男なんでそういう伝手は全く持ってないです。聞かなかったのは、初対面でどこまで踏み込んだことを聞いていいのか距離感が分からなかったからです」
「……そっか」
レンドルフの言葉をどこまで信頼したかは分からなかったが、クリューは一瞬固くなった雰囲気を解いて、先程と変わらない柔らかな笑顔になった。
「ごめんねぇ。ユリちゃんが連れて来た人だから大丈夫だと思ったんだけど、ちょっと確認したくて」
「いえ、それは当然です」
「あはは、敬語、戻っちゃったね。ゴメンねぇ」
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「ちょっとこの前、異国のヤツがタイちゃんに絡んでさぁ。それでちょっとピリピリしてたみたい。完全に八つ当たりだったわぁ」
「え?クリューさん、私、それ聞いてない」
クリューの言葉に、ユリがビックリしたように言う。
「タイちゃんは言わなくていいって言ったんだけど、一応ユリちゃんにも話しておこうと思って。レンくんも一緒に聞いてくれる?」
レンドルフとユリは、彼女の言葉に頷いた。クリューは道端に置いてあった木箱の上に「よっこいしょ」と小さく呟きながら腰を下ろした。見た目は20代なのに、時折やけに年寄りじみているのは実年齢のせいだろうか。
「タイちゃんは、見た目からすぐに分かると思うけど、異種族の混血なのね」
縦に長い虹彩や牙だけでなく、触れないと分からないがタイキの皮膚は細かい鱗状になっていて、非常に頑丈だという。自分の意志である程度制御出来るらしいが、その上から更に強固な鱗で覆うことで防御力が跳ね上がる。体力も常人よりあり、身体強化魔法を掛けると、目視するのが困難になるほど速度も上がる。
その身体的特徴から、鱗を有する亜人種のリザードマンの混血だと思われていた。だが一度は詳細を調べてもらおうと神殿で鑑定してもらった結果、どの種族かまでは分からなかったが、竜種の血統であることが判明したのだった。
「え?まさか!?」
「でしょ?まさか、よねえ。あたし達も鑑定した神官もビックリして、追加料金払って高位神官に出て来てもらったわ」
リザードマンは見た目こそトカゲや竜種に近いが、生物的には人間の方に近い。その為、婚姻も問題ないし子供ももうけることも可能だ。しかし竜種は種族として違い過ぎるので、もし仮に意思の疎通が可能で婚姻できたとしても、子供が生まれることはない筈なのだ。
そもそも、生態がリザードマンは胎生、竜種は卵生なのだ。
「それでも結果は同じ。だから、遠ぉーい祖先に、変異種の竜種でもいたんじゃないか、ってのが神官様の見解」
「あの…ミキタさんとかに確認は…」
「ああ、タイちゃん拾い子なの」
「えっ」
「大丈夫よ。当人も周りもみんな知ってるから」
ともすれば重い話になりそうな内容を、クリューはあっさりと言い放つ。
「ミキティの二番目のダンナが死ぬ直前にどっかから拾って来たの。ダンジョンの中に落ちてたーとかって」
更に重い話がサラリと出て来て、レンドルフはどう反応していいか分からず困惑していた。
もともとミキタの二番目の夫は冒険者で、あちこちのダンジョンに潜るのを趣味としていたような人間だったので、タイキがどのダンジョンのどの辺りで拾われたのかも定かではなかった。そしてタイキを拾って来た直後に亡くなってしまったので、結局分からず仕舞だったのだ。
「でももうほぼ人間に近いから、婚姻とかは問題ないだろうって鑑定結果だったんで、その話はそれでおしまいになった筈だったのね。でも、どっかの貴族が珍しい血統の亜人種を探してて、どこからどう知ったのかタイちゃんを見つけたのよ」
そこから、ドラゴンを国の神として崇めている異国に情報を流し、勝手に高額でタイキを売るという話がまとまっていたという。勿論親であるミキタにも、パーティメンバーである彼らにも許可はなく、支払われた金銭はその貴族の懐に入った。
「あいつらが金は払ったからってタイちゃんを連れ去ろうとして、あたしらは全然話も聞いてなければ売る訳なんかないって抵抗して。そんでタイちゃんがブチ切れて大暴れして…いやあ、大変だったわぁ」
「クリューさん、それ、とんでもない大事件じゃない…」
貴族が当人や家族の許可なく他国に身柄を売るなど、そんな人身売買紛いのことが起こっていたならば、もっと大騒動になっていた筈だ。
「もーうタイちゃんがいつも以上に暴れちゃってねぇ。あちこちヤバいことになったんで、それを揉み消す代わりにそっちも揉み消してもらうってことで手を打ったのよぉ」
クリューは気楽に言っているが、そんな大事が噂にならないことがあるだろうか。さすがにそれだけのことを中央の話題に上らせずに収めてしまうということは、相当な大物が火消しをしたのだろう。
「あ、勿論勝手にタイちゃんを売ろうとした馬鹿貴族はそれなりに痛い目みたらしいわよぉ。だから、レンくんも悪いコト考えちゃ駄目よぉ」
「俺にはその気は全くないけど、それはこれから証明するしかないってことですか?」
「そう取ってもらってもいいわよ〜。ほらあ、一時的でもパーティに参加してもらうってことは命を預け合うことじゃない?ちょっとでも懸念は取っておきたいしぃ」
「努力します」
クリューは貰った胃薬が効いて来たのか、ヒョイと立ち上がった。先程までの動くのも辛そうな気配はなくなっている。
「もうとっくにタイちゃんはギルド着いてるわねぇ。ごめんねぇ、引き止めちゃって。ちょっと急ごっか」
「俺、運びましょうか」
「え?」
「新人はまずポーターからだし」
「そうね、お願いするわぁ」
レンドルフは片手でクリューを抱え上げた。ユリよりは身長があるので、肩に乗せるのではなく腕の上に半分乗せるようなポジションになる。
「わあ、安定感あるぅ」
軽々と抱え上げられて、クリューは妙にはしゃいでいた。
「ユリちゃんも運んでもらえば?」
「え?私も?」
「確かに俺も両手に抱えてた方がバランス取りやすいかも」
「え…ええと」
「いいじゃない、運んでもらいなさいよ〜。普段より視線が高くて面白いわよぉ」
クリューが笑いながらユリを誘う。ユリもしばらく考え込んで「お願いします」と小さく呟いた。その顔は、ほんの少しだけ赤くなっているようだった。
レンドルフはクリューと同じようにユリを片手で抱き上げる。
「軽いな」
「どっちが?」
「どっちもです」
「あらぁ、完璧すぎる回答だわぁ」
ご機嫌の様子のクリューと対照的に、ユリは少しだけ顔を逸らすように黙っていた。
抱え上げられると身長的に、ユリの顔はちょうどレンドルフの顔の真横に来る。今までにないほど彼の美しい顔が目の前に来てしまって、少々正視するのが憚られてしまった。その様子を、反対側に抱えられているクリューが生暖かい目で見ていたのにも気付いていなかった。
「じゃ、最短で行きますね」
「え?」
「それ…」
レンドルフはそう声を掛けると、勢い良く地面を蹴った。
鳥系魔獣サギヨシ鳥は、3メートルくらいのヨシゴイのイメージで。