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148.【過去編】神官長との密談


王都で最も大きな中央神殿の奥、限られた人間しか入れない場所をレンザは訪れていた。


「申し訳ありません、お待たせしました」


レンザが案内の神官に通された部屋で待っていると、神官服を来た細身で長身な男性が入って来た。長い銀色の髪に淡い水色の瞳を持ち、透き通るように白い肌で白い神官服と合わせると彼のいる場所だけ色が無くなってしまったような感覚になる。レンザが知る限り、昔から全く容姿が変わらないように思えた。まだ大公家を継ぐ前に亡き父に連れて来られた時も、同じ印象を受けた。彼は近しい祖先にエルフがいて不老長寿の血を色濃く引いているそうなので、当然なのかもしれない。もう長く神官を務めていて、本当の年齢は誰にも分からない。

彼は通称レイと名乗っているらしいが、その名を呼ぶのは畏れ多い為にそう呼ぶ者は今は殆どいない。


「いいえ、こちらこそお忙しい中恐れ入ります、神官長」


レンザがすぐに立ち上がって頭を下げる。レイはすぐに「頭を上げて下さい」と言って、レンザに着席を勧めた。

中央神殿はこの国にある神殿の中でもっとも格式が高く、その中でもトップの一人である神官長は、国政とは違う立場で身分が高い。殊に神殿内においては、国王よりも身分が高いと言われているので、こうして大公のレンザが頭を下げてもおかしくないのだ。


「あまり時間が取れませんので結論から申し上げますと、普通に考えればこのままですとお嬢様の状態は諦めていただくしかない、とだけ」

「……通常の手段でなければ?」

「本当にそれを貴方が望みますか?」


表情を変えずに残酷なことを言うレイにレンザが探るように尋ねたが、やはり彼は表情を崩さないまま逆に聞き返して来た。その問いに、レンザは思わず言葉に詰まってしまった。


「正直、分からないのです。私は長らく彼女を放置していました。おそらく何か良くない状況にいるだろうと薄々察していましたが、関わり合いになることの煩わしさに目を背けていましたから」


話しているうちに妙な息苦しさを感じて、レンザは思わず襟元に手をやっていた。しかし彼の為に作られた上等なシャツや、完璧に結ばれたクラバットは一切締め付けるところがない。もしあるとしたら、レンザ自身の喉が収縮しているのかもしれない。


「ただ、このままにしておいて、万一大きな魔力暴発を起こせばこの国はただでは済まないでしょう。それを阻止しなければならないという気持ちもありますが…このままずっと眠らせておくか、眠ったまま死を与えるか。それが最も安全なことは分かっています。しかし、それではあまりにも哀れで…それを考えると苦しいのです。私自身の自己満足に過ぎないのでしょうが…それでも」

「理屈ではない肉親の情に対して失礼なことを申し上げました……違法な手段ならば、考えられなくもありませんが」

「それは…!」

「今のお嬢様は、大変危険な状態にありますが、しかし安定しているとも言えます。焦らず、閣下の正しいと思われる判断を」


レイの言葉に食い付くように反応したレンザに、彼は軽く片手を上げて落ち着くように示す。


「お嬢様の魂は、現在最も深い部分に大きな傷を負っています。おそらく『死に戻り』の際に受けた傷でしょう。本来ならばそれが元で魂が砕けて、遠からぬうちに二度と目覚めぬまま神の国へ旅立っていたことでしょう。しかし、今は歪ながらも辛うじて繋ぎ止められて魂が砕けずにおります。皮肉なことですが、強引に結ばされた誓約魔法の縛りが、お嬢様の魂を砕かずにいたのです」


この世界に生きとし生けるものは皆、魂を持っていると言われている。その魂は生命力の源でもあるというのが一般的な説だ。そして魂は魔力や体と深く関わりがあり、魂が何らかの要因で傷を受けると、体が傷付くよりも簡単に死を迎えてしまうことがあるのだ。



従弟のデュオニスは、昔から自己保身の為に嘘を重ねる質なのをレンザは知っていたので、コローニス家から届く報告書もあまり信頼はしていなかった。さすがに最初の数年はレンザも気には掛けるようにしていたが、年数が経つとユリも()()コローニス家に染まっているだろうと思って、関わり合いにならないように避けていた節もあった。何せこれまでに何度言い聞かせても言葉が通じず、自分の都合の良い様に謎の理論を展開させて迷惑を被って来たマーガレットの生家なのだ。その血を引いて、同じ教育を受けたユリを、レンザは母親にそっくりに育っているだろうと勝手に思い込んでいた。どんなに信用の薄い報告を貰っても、わざわざ調査して掘り起こした結果、ユリの世話を大公家でするようなことになるのは遠慮したかったのだ。



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コローニス侯爵家の別邸と呼ばれる場所でユリと十数年ぶりに顔を合わせたレンザは、彼女に侍女のマリアの行方を聞かれた。マリアはユリの危険な状況を知らせる為に誓約魔法に反してまで大公家に走り、そのまま残念ながら命を落としてしまっていた。レンザは、ユリがどれだけマリアを唯一の拠り所にしていたかを理解しないまま、迂闊にも尋ねられるままにその死を告げてしまった。


その瞬間、ユリの感情は激しく揺れ動き、魔力暴発を引き起こした。

ユリが魔力暴発を起こしやすいとは聞いていたが、侯爵家の魔道具で抑えられる程度のものだと聞いていた。しかし反射的にレンザは簡単に抑えられる程の魔力量ではないことに気付き、咄嗟に自分の闇魔法で彼女を封じて常に携帯していた睡眠粉を使用して眠らせた。元々闇魔法の一種である誓約魔法でがんじがらめになっていたので、それが偶然にも補助的な効果を発揮してギリギリのところで暴発を防げたのだった。もし間に合っていなければ、レンザもユリもただでは済まなかっただろう。それどころか、王都が一瞬にして消滅していた可能性もあった。


レンザは闇魔法の強い使い手であったので、大抵の誓約魔法を解くことや上書きして無効化することを得意としていた。しかし魔力暴発しかけたところを強引に封じたので、安全を考えてそのままユリを封じて眠らせたままの状態で中央神殿に運び込ませたのだった。それが功を奏したらしく、神殿での診察結果はその場で誓約魔法を解いていたら辛うじて繋ぎ止めていた魂が砕けてしまっていたかもしれないと言われた。



コローニス家の話では、ユリが我が儘で癇癪を起こす度に頻繁に小規模な魔力暴発が起こっていたと報告されていた。

しかしレンザが改めて調査させた報告では、最低限の衣食住の保証と、跡に残るような暴力こそはなかったが、ユリが外部に意識を向けようとするとそれを徹底的に潰されていたことが判明した。日々何も与えられず時間を持て余した中で、可愛らしい野花を欠けたカップに植えて育てていれば踏みにじられ、窓の外にやって来る野鳥に僅かなパンを分けて撒いていればそれを目の前で矢で射られた。その度に揺れ動く感情に反応して魔力暴発を起こしかけると、罰として更なる誓約魔法を重ねがけされていた。同意のない誓約魔法は内容や術者の腕にも因るが、精神的にも肉体的にも苦痛を伴うことが多い。だからこそ罰として幾度も行われていたのだ。

彼女が何をしても徹底的にコローニス家の者や、それに従う使用人達に否定され続け、長い年月をかけてユリの自尊心と感情はすり潰されて行った。やがてユリは自分は価値がない塵芥と思い込むようになり、何にも興味もなく、無気力な日々を送るようになった。

ただ皮肉なことではあるが、却ってそれが取り返しのつかない魔力暴発を防いでいたとも言える。


マリアがそれを庇って怪我などを負うと特に暴発が大きかった為に、マリアにはあまり手を出されることはなかった。が、他の使用人や家庭教師がユリに付かなかったのは、侯爵家の使用人達の嫌がらせのせいも大きかった。レンザには、どんなに高待遇にしてもユリが癇癪を起こして魔力暴発で脅して辞めさせてしまうので、誰も成り手がいないと誤摩化していたことも分かった。


半分も信じていなかった報告書を受けていたにもかかわらず、敢えて真実を調べようとせずに放置していたレンザは、次々と明かされる真実に絶句していた。もしユリが魔力全てを使うような暴発を起こしていたら、それこそこの国の中枢は一瞬で消え、オベリス王国が地図から消えていたかもしれない。しかし、運良くそれが起こらなかったことに対して安堵するよりも、今のレンザの心にあるのは大きな罪悪感だった。



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まだユリは眠ったまま神殿の奥に保護されている。レンザは、彼女を目覚めさせるタイミングと治療方法を聞く為にここに来ていたのだった。


「魂に受けた傷は、決して治りません。けれど、その傷を他のもので埋めて、元には戻らずとも繋ぎ止めることは出来るでしょう。割れてしまった食器などを接ぐように。そしてそれを埋めるものは、温かい記憶や幸福な思い出、希望などが含まれます。が、お嬢様の受けた傷は、それで間に合うとは思えない状態にあるのです。もし今目覚めさせてしまったら、砕けてしまう程脆くなっているのです」

「では…どうしたらいいのでしょうか。目覚めていなければ傷を埋めるものは得られませんし、かといって目覚めれば砕けてしまう…」


このまま眠り続けたとしても、大公家の財力があれば治癒魔法を掛け続けて彼女の寿命が尽きるまで生かしておくだけのことは出来るだろう。しかし、それは果たして生きていると言えるのかは分からない。しかし目覚めさせると同時に魔力暴発を起こす危険性も高い。どちらを取っても誰も幸せにならない。


「私としましては、『魂の婚姻』を試してはどうかと思うのです」

「な…!それは、近親者とは結べないものでは…いや、だからこそ、ということですか」


サラリとレイが口にした提案にレンザは一瞬立ち上がりかけたが、すぐに座り直して提案された「魂の婚姻」について考えを巡らせる。


「魂の婚姻」とは、まだ国の戸籍制度が確立していなかった頃に、かつて婚姻の証明として交わされていた契約だ。当時の婚姻関係は今よりもずっと不安定なもので、親兄弟などは血縁で証明が出来るが、互いに婚姻しているという関係は証明し辛い。

その為、誓約魔法の一種で婚姻を結ぶ二人の魂を結びつけ、それを持って婚姻の証としたのだ。その契約は神官や魔法士が確認出来るため、詐欺などの防止などにも一役買ったのだった。

現在は戸籍制度が確立し、わざわざ魔法契約を結ばなくても婚姻関係の証明が出来るようになった為に「魂の婚姻」は殆ど行われていない。誓約魔法の一種であるので、二人の魂を結びつけた副産物としてどちらかが受けた魂の傷を分かち合ってしまうことが判明したからということも影響していた。傷を分かち合って軽く済むのは一見良いことのようにも思えるが、たとえば戦場に出た夫が酷い体験をして心を病んでしまった際に、戦場にはいない妻も心を病んでしまうというケースも多発したのだ。どちらも同じだけ分かち合った傷を受けるので、同時に健康を損ねたり、最悪の場合は同時に死んでしまうこともあるのだ。

そして魂を深く結びつける為に互いに強い依存や独占欲、嫉妬心なども増幅する傾向にあるので、今は禁止はされていないが推奨もされていない。それでも契約を選択することが「真実の愛」と憧れを抱く者もいれば、執着心に引く者もいる。


一応この契約は婚姻の証明でもあるので、当然近親者同士が結ぶことは違法とされている。しかしレイは敢えてそれを選択することで、ユリの魂の傷をレンザと分かち合うことを提案したのだった。


「そうすれば、ユリシーズの魂の傷は癒えることが出来るのでしょうか」

「…それは私にもはっきりとはお答え出来ません。彼女の負った傷はあまりにも深い。仮に分かち合ったとしても、それすら耐えられない可能性もあります」

「もしもですが、彼女の傷を私が全て引き受けるというのは?」

「……不可能ではありません」

「では」

「ですが、閣下の方が耐えられない場合もあります」


その言葉に、レンザはすぐに答えられなかった。もし自分の他に大公家を継げる者がいたならば、ただ一人の孫をわざと放置していた罪として受け入れられたかもしれない。しかし今の大公家には、その権力も財力も、そして何よりも領民達の暮らしを背負えるだけの後継がいないのだ。ユリを大公家の直系として認知する前に進めていた養子縁組は、様々な事情があって不可能になっていた。

ユリの状態を鑑みるに、大公家の後継になれるとはレンザも思ってはいない。その為、後継候補を数名選定中だが、現段階では誰も後継になれる程の教育は進んでいないのだ。だからこそ、レンザは簡単に自分の身と引き換えにするという選択は出来なかった。


「法に背いてでも契約を結ぶのです。どうせならどちらも助かって欲しいと私は思います」

「…恐れ入ります」

「お嬢様の容態は、幸い眠っている限りは安定しています。他にも何か良い方法はないか、私も調べてみましょう」


もう時間が来てしまったのか、レイはレンザの答えを待たずにスッと立ち上がった。レンザは去って行くレイの背中に向かって、黙って頭を下げたのだった。



またしても「レ」で始まる名前の人物が登場してしまいました…結構適当にその場の勢いで決めるとそうなってしまうのは何故なんでしょう…


レンドルフ以外は、世界観が同じの別作品で登場した際に適当にその場で命名していたので、まさか今作でこんなにも集まって来るとは思わず。

(レイに関しては、冒頭だけ書いて長くなりそうだったので一旦休ませている未発表作品に登場する人物ですが、「パトリシア・グレッグの窮屈な人生、或いはパトリック・ミスリルの優雅な生活」にてテラ神官として登場しています。本名はレイモンド・テラといいます)

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