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144.【過去編】騎士科一年生

いつもお読みいただきありがとうございます!


今回からしばらく【過去編】となります。現在の時間軸から6〜7年前のレンドルフとユリのお話です。


レンドルフは、自分の持ち場の範囲を見回っていると、遠くから何か言い争うような声が聞こえて来た。はっきりとは聞こえなかったので、身体強化を掛けてその声の位置を探る。


「来るなと言っておいただろう!僕に恥をかかせるつもりか!」

「可哀想に。頭だけでなく耳も良くないなんて…ねぇ」

「さっさと帰るんだな。命令だ」


聞こえて来た言葉は一方的ではあるが、どこか気分の悪くなるような物言いに、レンドルフの形の良い眉が僅かに顰められる。


その声がした方に顔を向けると、離れた植え込みの中から二人の人影が見えた。出て来たのは、水色の髪色をした令息と、その令息に胸を押し付けるように親し気に腕を組んでいるオレンジ色の髪色をした令嬢だった。その距離の近さと、令嬢のドレスが水色なのを見ると、婚約者同士なのだろうか。そして胸には、卒業生の証である赤いリボンが付けられている。彼らはレンドルフには気付かない様子で、卒業式典が行われる講堂の方向へ消えて行った。



オベリス王国で、貴族の子女ならば必ず通わなくてはならないオベリウス学園。今日はその卒業式だった。


レンドルフはまだ在校生だが、騎士科の生徒は訓練の一環として学園内の警護に駆り出される。とは言ってもまだ学生の身分であるので、卒業生の為のパーティーが行われる講堂周辺や、来賓の控え室などの警備は本物の騎士が派遣されている。それに今年は第一王子が卒業するということで近衛騎士も来て、例年よりも物々しい警備体勢になっていた。

今年入学したレンドルフは初めての式典用の騎士服を身に付けて、つい浮き足立ってしまう気持ちを抑えながら自分に課せられた区域を回っていた。上級生になれば人通りの多いところに配備されるが、最下級生のレンドルフは殆ど人のいない裏手の庭園を担当していた。


そんな中、レンドルフはまず聞く筈がないと思っていた人の声を聞いたのだった。



茂みの先には小さな休憩場所があって、人工の泉と幾つかのベンチがあった筈だ。そこで卒業生の婚約者同士がこっそりと二人きりになっていたのかと思ったのだが、先程は何か言い争っている声だった。しかし出て来た二人はそんな言い争うような様子に見えなかったことが気になって、レンドルフは少し区域を外れてはいるが茂みに足を向けた。


「あ…だ、大丈夫ですか?」


足を踏み入れると、木の根元に小さな影が蹲っていた。俯いていて顔は見えないが小さな子供のようで、制服ではなく水色のドレスを着ているので卒業生の来賓として招待された家族の誰かなのだろう。

レンドルフの声を聞いて、少女はビクリと顔を上げた。その顔を見て、レンドルフは一瞬息を呑んだ。


(…死に戻りの…)


少女の髪は透き通るように真っ白で、湖水のように真っ青な瞳がレンドルフを見つめていた。その独特の透明感のある色味は、レンドルフは故郷で見たことがある。ただの白髪や白に近い色の髪とは明らかに一線を画している、煌めくような真っ白な髪色。雲が動いて、少女の顔にサッと光がさす。レンドルフは、顔を上げた時と光が差した瞬間に彼女の瞳の色に変化がなかったことから、彼女は「加護無し」の「死に戻り」なのだと瞬時に悟った。彼女もそれを隠すかのように、日が差した瞬間にパッと顔を伏せた。



大きな病や怪我などで死にかけた者が、奇跡的に息を吹き返した際にそれと引き換えるかのように髪色が真っ白になることがある。それを「死に戻り」と呼ぶ。そしてその中に、神からの「加護」を授かって戻って来る者がいるのだ。「加護」を持つ者は、日の光の元で瞳の色が変化することが特性として出る。そういった者は、神に寵愛を受けたとして歓迎される。しかし逆に、何の「加護」も持たずに戻った者は、死して神の国に行くことすら拒絶された忌まわしき存在として忌避された。

だがそれは過去の迷信であって、現在は「加護」が付くか付かないかは全くの偶然であると判明しているが、それでも根深い差別は人々の間に存在する。



目の前の少女は、目を伏せた一瞬に怯えのような表情を浮かべていたことから、自分がどういった立場なのかを理解しているようだった。レンドルフ自身はそんなつもりはなかったが、顔を合わせた瞬間に思わず驚いて固まってしまったことで少女にどんな思いをさせてしまったかを察してしまい、すぐさま沸き上がった後悔に思わず唇を噛んだ。


「卒業生のご家族の方ですか?どこかご気分でも…」

「あ…あの…いえ…」


気を取り直して、極力穏やかな声を意識して話し掛けたレンドルフに、少女は怯えたように小さな体を更に小さく丸めて僅かに首を振る。レンドルフは同級生の中ではそこまで大きくないが、特に小さい少女からすると見上げるような見知らぬ男性は恐ろしく感じるだろうと思って、手が届かないくらいの距離を取ってしゃがみ込んだ。しかし少女は座り込んだままの姿勢で、視線を地面に向けている。


「そのままでは汚れてしまいます。そちらのベンチに…」


日陰になっていることが多い裏手の土は水分が多く更に木の陰にいるので、座り込んでいる少女のドレスの裾に茶色い染みを作っていた。淡い水色のドレスなので、余計に目立ってしまう。このままでは人前に出ることは出来ないだろう。


まだ社交界に出ていないし、ずっと辺境領でむくつけき筋肉自慢の騎士と領民に囲まれて魔獣を追ったり追われたりしていたレンドルフなのだ。顔立ちは磨き上げた令嬢の中に素顔で紛れても全く遜色ない美しさに、まだ成長過程の中性的な華奢な骨格ではあるが、中身は見事な辺境の脳筋である。どう対応したらいいのか分からず少女と同じように固まってしまった。ただ母親に「女性にはここまでするかと引かれるくらい優しく丁寧に接するように」とひたすら摺り込まれている。その教えに従って、とにかく少女とは言え女性である以上丁寧に接しようとひたすら考える。


「あ、靴が…」


座り込んだ弾みで脱げたのか、同じ人類の履くサイズとは思えないくらい小さな水色の靴が少し離れたところに転がっていた。それも土で汚れていて、踵が折れてしまっている。その靴と同時に、ドレスの裾から覗いている少女の足が目に入ってしまい、その細い足首が赤黒い色になっているのが分かってしまった。


「だ、大丈、夫、です…すぐに…」

「すぐに手当を!」

「ひゃっ…!」


少女が震える声で答えたが、レンドルフは怪我を見た瞬間に我を忘れて一気に距離を詰めてすぐさま横抱きにした。抱き上げた瞬間、少女があまりにも小さくて軽かったので驚いたが、大股でベンチに近寄ってそっとその上に下ろした。フワフワした羽根のように嵩張るのに重さを感じなくて、この少女は現実に存在しているのかと不安になるような感触だった。


「あ…しまった」


レンドルフはポケットを探ろうとして、いつもの位置に手応えがないのに顔色を悪くする。いつもは制服のポケットに回復薬や傷薬を入れているのだが、今日は式典用の騎士服だった為に入れ替えるのを忘れていた。せめて足やドレスに付いた土を落としてやれればいいのだが、レンドルフは浄化などを含む生活魔法が一切使えない。


辛うじて持っていたハンカチを、レンドルフは自分の水魔法で濡らして温度を低くする。


「失礼します」

「あ…あの…」


本来ならば女性の足、それも素足に触れるのは盛大なマナー違反ではあるのだが、レンドルフは目の前の怪我をした少女、ということにしか意識が行っていなかった。あまり動かさないようにそっと片手で支えるようにして、色の変わってしまっている足首にペタリと濡らしたハンカチを貼り付けた。ただの水ではあるが、多少冷たい筈なので少しはマシだろうと思いたい。


「しばらくこれで我慢して下さい。今、保健医を連れてきます」

「い、いえ…その、侍女を…侍女が、います、ので」


震える絞り出すような声で返事が戻って来て、レンドルフはベンチの傍に跪いたまま少女を見上げるような形になる。彼女は真っ赤な顔をしながら、スカートの膝の辺りを握りしめながら目をギュッとつぶっていた。それを見て、レンドルフは確実に自分がやらかしたことを悟った。思わず怪我の手当優先で動いてしまったが、それは騎士や同級生に対しての扱いで、女性に対してはもう少し違う方法があったのではないかと思い当たる。確かに怪我優先でも悪くないのだが、いきなり横抱きや、足に触れることは絶対に間違っていたという自信だけはあった。


「は…はい!侍女殿を呼んで来ます!特徴を教えていただけますか!」

「マリアという、侍女で…紺色の髪に、黄色の目、です。それと、紺色の侍女服の…」

「分かりました。少々お待ちください」


レンドルフは立ち上がってすぐに探しに行こうと数歩歩き始めて、不意に立ち止まって羽織っていた裾の長い上着を脱ぎ出した。


「き、騎士様…!?」

「これなら少しは隠せるかと思います。少々我慢して下さい」


少女の美しかったドレスは無惨にも土まみれになってしまっていた。この場所は奥まっているとは言え、完全に目隠しされている訳ではない。このままレンドルフが侍女を捜しに外している間に、誰かが来ないとも限らない。こんな状態になってしまった彼女をこれ以上人の目に晒すのは気の毒だと思ったのだ。

レンドルフは自分の上着を頭から包むように彼女に被せた。そこまで背も高くなく華奢なレンドルフではあったが、少女の方はもっと小さくて細い。レンドルフの上着でも十分余る程だった。


「すぐに戻ります!」


レンドルフは少女の返答を待たずに、飛び出すように茂みの向こうへと走って行った。


少女は頭から騎士服を被ったまま、レンドルフが去って行った方をポカンとした様子で見送っていたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



「どうしたんだよ、レンドルフ!」


上着もなくシャツ姿で走って来たレンドルフに、同級生が目を丸くして声を掛ける。


「また追いかけ回されてるのか?」

「いや、ちょっと迷子の連れを探してる」

「迷子?」

「侍女とはぐれたとか?まあそんな感じで、小さい子が困ってて」

「ああ〜式典とかで飽きて出て来ちゃったのかな。で、探してる侍女さんの特徴は」


レンドルフがマリアと言う侍女の特徴を伝えると、彼はすぐに思い当たったらしい。


「紺色の髪と服だろ?あっちの道を二回くらい往復してたよ。そんで、さっきは右の方に歩いて行ってた」

「分かった、ありがとう」


レンドルフは教えられるままに右に続く道を走って行く。分かれ道でどっちに行ったのか周囲を見回すと更に右に続く道に紺色の人影が見え隠れしている。あまり背の高くないふっくらとした印象の初老の女性で、先程説明された紺色の髪で黄色の瞳をしていた。


「あの…!失礼ながら、マリア殿、でしょうか?」

「は、はい…あの、どういったご用向きでございましょうか…」


レンドルフが声を掛けると、弾かれたようにマリアと思しき侍女が振り返った。その目は不安と警戒が混じり合っていた。


「ご令嬢を、お探しではありませんか…?その、青い目の、水色のドレスで…」

「!…はい!お嬢様はどちらに!?」

「こちらに」


敢えて髪色は言わずに伝えると、マリアも少しだけ何か思うようなところを垣間見せたが、すぐにレンドルフの後に付いて来てくれた。女性を先導しているので足早にと言ってもそれなりに速度は落として、レンドルフは少女の待つ裏手の休憩所に案内した。



----------------------------------------------------------------------------------



「お嬢様!」

「マリア!」


茂みの中に入ってすぐに少女が見えたのか、マリアは慌ててベンチに駆け寄った。ようやく見知った顔が現れて安堵したのか、少女はレンドルフの前では出さなかったハッキリとした声を出して、マリアの袖に縋るように掴まった。


「何てこと…!セレウス様は?ご一緒ではなかったのですか!?」

「…帰れと命じられたわ。だから、帰らなくちゃ」

「そんな…婚約者を差し置いてあんな女と…!」

「マリア」


明らかに怒りの感情で口走ったマリアに、少女は制するように首を振った。そして一瞬だがチラリと茂みの入口に立っているレンドルフに目を向けた。マリアもハッとしたように振り返って、気まずそうな様子でレンドルフに頭を下げた。


「帰りましょう、マリア。…もう、疲れたわ」

「お嬢様…」


見た目はまだ10歳くらいにしか見えない幼い少女が俯いて落とした呟きが、まるで老成した人間のようで酷く不釣り合いだったが、レンドルフにはそれが彼女自身にすっかり染み付いている言葉のように聞こえた。


そこでレンドルフははたと、この少女はどうやって帰るのかということに思い当たった。少女は完全に足を痛めていて動けそうにないし、いくら小柄とは言えこのマリアが抱えて連れて行くのは無理がありそうだった。先程出会った同級生に回復薬を貸してもらえば良かったと、今更ながら後悔する。


「あの…もしよろしければ、私が人目に付かないように北門までお連れしましょうか…?」

「貴方様が、でごさいますか?」

「はい。こちらから北門まで、滅多に人の使わない道があります。今は式典の最中ですので、人の目に付かずに移動が出来るかと思います」

「ですが…」


マリアは困った顔で少女とレンドルフを交互に眺めていた。



衣服については詳しくないレンドルフでも、少女着ているドレスは大変上質なものだということは分かる。体は小さくて細いが、爪や髪は丁寧に手入れされているようだし、髪留めや首元の宝飾品は本物の宝石だろう。土にまみれてしまっているが、どう考えても高位貴族の令嬢であることはすぐに判断が付く。

レンドルフの知っている中で、「死に戻り」の令嬢の噂は耳にしたことはあるが、目の前の少女は年齢が合わない。まだ学園に入学する前の年齢であるのなら社交には出さずに家で秘匿されていたか、表に出る際は変装の魔道具で隠していた可能性が高い。

しかし先程のマリアの言葉から、彼女は卒業生に婚約者がいるのでこうしてわざわざ出て来たのだろう。相手が卒業生だと目の前の少女は随分幼いように思えるが、貴族の政略であればそう珍しいものではない。

学生でなくとも家族なら卒業パーティーに参加出来るし、婚約者ならば尚更参加して、二人の仲だけでなく家門の結びつきを周囲にアピールしなくてはならない。だが今回の卒業式典には第一王子がいて変装の魔道具の使用は禁じられている為、仕方なくあの髪色を隠せずにやって来たのかもしれないことくらいは、あまり貴族社会に詳しくないレンドルフでも容易に想像が付く。


そして、彼女を見つける前に茂みから出て来た令息の髪色と同じ水色のドレスを着ていることから、彼が婚約者だったのだろう。それにしては別の令嬢を引き連れて行くあの態度はいかがなものか、とレンドルフは思ったものの、他家のことにあまり介入するのはよろしくない。そこは見なかったことにするしかない、とレンドルフはギュッと手を握りしめた。


「そうでなければそのままでは動くのが困難でしょうから、学園の保健医か神官をお呼びしましょうか?」


マリアがその言葉に少女の顔を見たが、彼女はフルフルと首を振った。先程も同じような提案をした際に断っていたので、おそらく彼女は事が大きくなることは避けたいのだろう。



レンドルフは、ふとそういえば自分が名乗っていなかったことに気付いて、慌てて片膝を付いて胸の前に手を当てる姿勢を取る。騎士の礼の一つではあるが、レンドルフは経験値が全くと言っていい程にないので正しいかどうかは自信がなかったが、ひとまず勢いで押し通すことにした。


「申し遅れましたが、私、レンドルフ・クロヴァスと申します。クロヴァス辺境伯の末弟で、この学園の騎士科に在籍しております。どうぞご令嬢のお役に立たせていただけませんでしょうか」

「……よろしくお願いします」

「お嬢様!?」


少女は少しの間逡巡していたようだったが、レンドルフとは目は合わせないままでペコリと頭を下げた。



評価、ブクマ、いいねありがとうございます!

少しでも気に入った、気になるようでしたら今後もお付き合いいただけると嬉しいです。

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