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143.チーズチーズチーズ


最初に提供された皿には、完熟のトマトを賽の目に切って並べた上に、真っ白なチーズが乗っていた。白い皿に並んだ真っ赤なトマトに、鮮やかな緑のオレガノが添えてあって、チーズの白がよく映えた。その皿に合わせたあっさりとした風味の白ワインがグラスに注がれる。


丸い形のチーズにそっとナイフを入れると、フルフルとした軟らかいゼリーのような感触がして、その中からトロリとした液体が流れ出す。繊維のしっかりしたチーズの中に、新鮮なクリーム状のチーズを封じ込めてあったのだ。その流れたチーズに甘味の強いトマトを絡めると、新鮮なクリームソースを食べているような味わいがある。


「…美味しい」

「良かった。ここは店でチーズを作ってるから、新鮮なチーズが名物みたいなんだ。ユリさん、割とチーズとトマトが好きだよね」

「うん。ふふ、レンさん良く見てるね」

「え!?あ、あのそういうつもりじゃ」

「ううん、そうじゃなくて、嬉しいなあって」

「それなら良かった…」


レンドルフは安心したようによく冷えた白ワインを口にする。そこまで酒精が強くないもので、繊細な味のチーズの邪魔をしないように考えられているらしく、味わいは軽やかで酸味も軟らかい。


次に出された皿も数種類のチーズが乗っていて、別皿で生ハムやスモークサーモン、バジルや根菜をスティック状にしたものと、数種類のソースピッチャーが乗せられていた。ピッチャーの中にはオリーブオイル、バルサミコ酢、蜂蜜、岩塩が入っている。チーズと具材、ソースを自分で好きなように組み合わせて食べられるようだ。どの組み合わせも間違いなく美味しいことが予想されるので、ユリはそどれから手を付けようか楽しい悩みに目を輝かせた。


「こんなに新鮮なチーズが王都で食べられるなんて思わなかったわ」

「そうだね。実家とは味が違うのは牛が違うんだろうな」

「レンさんのご実家の方でもチーズを作ってたの?」

「うん。でも寒い地域だから、寒さに強い毛長牛(けながうし)大角牛(おおつのぎゅう)の混血が殆どだったよ」

「それって殆ど魔獣…」

「だからちょっとチーズには癖があるんだ。このチーズは雑味がない感じだけど、実家のチーズは…雑味だらけ?」

「それはそれで気になるんだけど!?」


毛長牛も大角牛も、遠い祖先は牛系の魔獣だ。家畜用に大分飼い馴らされて血は薄くなっているが、普通の牛よりも丈夫で力も強い。どちらかと言うと食肉よりは農耕や、乳から作られる加工品を目的としていた。その血の薄くなったとは言っても牛系魔獣の混血なので、更に魔獣の気質が強い。貴重なタンパク質なので肉を食べることもあるが、スパイスをたっぷりと使った干し肉以外には向いていない。


メインは幾つか選べたので、レンドルフは分厚い薫製肉の上に熱を加えたチーズを上から流しかけたものにして、ユリは魚貝と根菜がたっぷり入ったチーズチャウダーにした。どちらにも、あまり発酵をさせない薄いパン生地に風味の軽いチーズを挟んで焼いたものの上にふんわりと葉野菜が乗った料理が添えられた。これはナイフで切り分けて食べても、下のパンで野菜を巻いてクレープのように掴んで食べても良いと給仕から説明される。

レンドルフとユリは思わず顔を見合わせて、何の打ち合わせもなくクルリと生地を巻いて手に取った。何となく、お互いそうするだろうな、と思った結果だった。それが当たっていたことが何だか楽しくて、二人とも目を合わせた瞬間に声を立てて笑ってしまった。


「他に人がいないから気楽でいいわね」

「ミキタさんの店でも似たようなことしたけどね」

「あれも他にお客さんいなかったし」

「そういえばそうだ」

「今度、休みが合う日にミキタさんに会いに行かない?」

「うん、そうだね。またギョーザの日に当たらないかな」


ミキタの店では不定期に月に一度程度、特別メニュー「ギョーザの日」というものがある。その日はランチもディナーも全てギョーザのみで、提供されてるアルコールもエールだけだ。しかしそれは大変人気メニューなので、その日は彼女の店は一日中大盛況になる。しかし不定期なので、エイスの街に住んでいなければ当たるのは難しいだろう。


「ユリさんは明日からエイスの方に戻るんだよね?」

「うん。レンさんは明後日から遠征でしょ?その…気を付けてね」

「ありがとう。初遠征の新人がいるから、そこまで危険な場所じゃないよ。勿論、甘く見るつもりはないけど」

「新人って、この前一緒に来た人?」

「ショーキ?あいつも新人の部類だけど、また別の後輩だよ。ちょっと俺にタイプが似てるかも」



今度の遠征の話から、薬局の話、色々な話が止めどなく続き、気が付いたらもうデザートになっていた。


やはりデザートもチーズを使ったもので、凍らせたベリーを練り込んだチーズジェラートだった。ミルク感の強いチーズを使用しているので、さっぱりとしたシャーベットのような感覚だった。コースにチーズを使うとクドくなりがちだが、比較的あっさりしたものを中心にメニューが組まれていて、全く重く感じなかった。料理に合わせるワインは、予めレンドルフが伝えてあったのか、ユリの好みに合わせて甘味が少なくスッキリと辛口のものが多かった。


「すごく美味しかった!レンさん、良いところに連れて来てくれてありがとう」

「良かった。それならここを紹介してくれた上司に今度菓子折りでも持って行かないとな」

「じゃあそのお菓子の箱の底に回復薬でも入れておく?」

「あはは、黒騎士シリーズの悪代官だね」


出された料理を綺麗に完食して満足げに破顔するユリに、レンドルフも嬉しそうに答えた。


菓子折りの底の回復薬とは、有名な児童書「黒騎士」シリーズで、領主の目を盗んで商人から賄賂を受け取る代官が出て来て、主人公の黒騎士が成敗するという物語がよく登場するのだ。その時々によって品物は異なるが、大抵賄賂はちょっとした手土産の箱の底に高価なものを隠していることが多い。それを読んで、子供達が黒騎士ごっこをする時の悪役になった子は、箱の中に光る石などを入れて上から木の葉を被せるという一種の様式美になっている。


「あのね、レンさん。せっかくこうしてすぐに会えるようになったんだけど、来月からちょっと忙しくなるの…」

「そうなんだ。無理はしないでいいよ。ユリさんの用事を優先して」

「うん…再来月にね、薬師の資格取得の一次試験があるの」

「それならそっちを優先させないと。俺に出来ることなら何でも協力したいけど…出来ることって言ったら邪魔しないようにするくらいかな…」

「そんなこと!レンさんにはこれまで沢山手伝ってもらったし!…それに、ずっと会えないのは寂しいから、都合が合うなら息抜きに付き合ってくれる?」

「勿論、俺で良ければ喜んで。薬師の資格試験は受けられるようになるまでも難しいって聞いたよ。ユリさんの努力が実るといいね」


レンドルフは、ユリと出会ってから気になって薬師の資格について調べたことがあった。基本的には講師をしている薬師や、師匠などについて基礎を学びながら、一定の実績か年数を重ね見習いを経てようやく試験を受けられる仕組みになっている。そして筆記試験と実技試験があり、それに合格してから薬師ギルドのギルド長の許可を得て初めて正式な薬師になることが出来るのだ。

資格試験は年に一回なのだが、合格者は極めて少ない。合格者が二桁いれば優秀な年と言われる程だ。しかもきちんと最新の薬学の知識を得ているか、数年に一度資格取得者も試験がある。そこで合格点に達しなければ一年間の猶予を見て再試験を受けることになる。そこでも不合格となれば資格は剥奪され、見習いに逆戻りになる厳しい資格なのだ。

見習いでも作れる薬もあるし、それなりに需要もあるので正式な資格を取らなくても生活することは出来るのだが、やはり扱える薬草や薬品などの種類が桁違いなので、薬師の資格は重要視されている。


「やっと試験が受けられるようになっただけだから、まだまだ道は遠いのよね…。だいたいどんな薬師でも何度も受けてやっと受かるくらいだし」

「厳しいんだね」

「師匠には全然及ばないから、何度か受けるつもりで頑張るわ」

「師匠?おじい様じゃなくて?」

「おじい様にも基礎的なことは教えてもらってるんだけど、忙しいからあまり時間取らせるのも悪くて。それでおじい様の後輩にあたる元薬師に師匠になってもらってるの。師匠は一回で資格試験に通った史上二人目の天才薬師だったのよ」


ユリの師匠とは、大公家別邸で調薬室に入ることの出来るセイシューのことである。彼は薬師の資格はまだ有しているのではあるが、実験中の事故で魔力制御が不安定になったことから今は魔力が必要な調薬は一切していない。その為、当人が「元薬師」と名乗っているのだ。


「すごい人の下に付いてるんだね」

「そうなの。だから師匠と比べると、まだまだだな、ってすごく思うんだけど、それでも自分で薬師になりたいって思ったんだし、頑張らなくちゃ」

「うん。応援してるよ。俺に出来ることはそれくらいだけど」

「ううん。それが嬉しい。ありがとう、頑張るね」



ユリはグラスに残っていた白ワインの最後の一口を飲み干すと、ふと笑顔を消して真剣な顔でレンドルフに顔を向けた。レンドルフもユリの様子が変わったことに気付いて、よく分からないながらも自然と姿勢を正した。


「レンさん…その、もし、今回は無理かもしれないけど、いつか…」

「うん」

「私が、ちゃんと薬師になれたら、聞いて欲しいことがあるの…」

「分かった」

「え!?そ、そんなにあっさり?」


思い切って口に出したユリに、レンドルフは拍子抜けする程にあっさりと頷いた。その対応にユリの方が目を丸くしてしまった。


「前にも言ったけど、俺はユリさんが話したくなったらちゃんと聞くし、話したくなければ一生黙ってても構わないよ。ユリさんが話す切っ掛けが欲しいなら、俺はその時まで待ってるから」

「うん…待ってて、くれる?」

「待ってる。…その時は俺の秘密も交換に話した方がいい?」

「いや!そこまでしてもらわなくても……ちょっと…大分気になるけど…」

「じゃあ今からユリさんに引かれない程度の重大な秘密っぽい話題を考えておくよ」

「ちょっと!余計気になるんですけど!?」


ユリの慌てる顔を見て、レンドルフは楽しそうに笑った。ユリがからかわれたことにようやく気付いたが、ものすごい覚悟を決めてようやく一歩を踏み出したユリの気持ちは随分和らいだ。正式な薬師になれたら、自分の本当の姿も身分も話そうと気負っていたのだが、存外レンドルフのあっさりとした反応にスッと肩の力抜けた。もしこのまま気負って試験を受けていたら、出来るものも出来なくなっていたかもしれないと思うと、それは良かったのかもしれない。


「じゃあ、話す日が来るまで、レンさんは傍で待っててね」

「うん、待ってるよ」



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「ショーキ、レンドルフさんのカノジョ見たの?」


夕食を終えて食器を片付け、寮は貴族と平民とでは違うフロアになっているのでモノに挨拶してから自室へ引き上げかけるショーキに、以前にもレンドルフのことを聞いて来た先輩騎士に呼び止められた。先程の食堂での会話を聞いていたのだろうが、耳聡いな、とショーキは色々な意味で感心していた。


「本人からはっきり聞いた訳じゃないから多分ですけどね。僕に聞くよりもレンドルフ先輩に直接聞いた方が早いと思いますよ」

「本人には聞き辛いんだよ!あの体格で見下ろされると…その…おっかないって言うか」

「別に怖くないですよ」

「お前は可愛がられてるから分からないんだよ!」


ショーキは不思議に思ったが、思い出してみると彼はレンドルフに雑用を押し付けていた団員の取り巻きだったことに気が付いた。レンドルフに剣をペラペラにされた団員と派閥が同じの下位貴族だった、と頭の中から情報を引っ張り出してようやくショーキも納得が行った。あの嫌がらせをしていた集団に属していただけにレンドルフに近寄り辛いのか、まだ彼らとつるんでいて情報を持ち帰ろうとしているのかのどちらかだろうと予測が付いた。


「まあ、分かっても分からなくても下手にちょっかい掛けない方がいいと思いますよ〜」

「何だよ、それ」

「何か前から知り合いっぽかったですし、仲良さそうでしたもん。普段からレンドルフ先輩怖がってるなら、もっと怖いの呼んじゃうかもしれませんよ〜」

「はあ?」

「じゃあ、おやすみなさ〜い」


ヒラヒラと手を振って、ショーキはさっさと寮に入った。話し掛けて来た団員は寮に住んでいないので、許可がなければ建物内に入ることは出来ない。悔しそうな顔を隠さないまま去って行くショーキの背を見送るだけだった。

ショーキは、毎日のように届く伝書鳥を蕩けるような顔で受け取っているレンドルフの姿を何度も目にしているし、薬局で出会った女性に向ける目は同じ熱量を持っていた。彼女があの伝書鳥の相手なのだろうということはすぐに分かった。


(あの子は見た目は可愛かったけど…ナイよなあ…)


ショーキは薬局で出会った彼女を思い出して、思わずゾクリと寒気がして自分の腕を撫でた。


これまでの経験から、彼女は特殊魔力持ち、それも規格外に強力な魔力を持っているのだろうとショーキは勘付いていた。これまでにも数人、出会ったことがある。その中でも彼女の魔力は強烈の一言に尽きた。本人も魔道具で限界まで押さえているのだろうが、獣人のショーキは人間よりも遥かに鋭い感覚を持っているせいか、彼女の異質な魔力を感じ取ってしまっていた。当人のせいではないのだろうが、僅かに感知した魔力は鳥肌が立つ程恐ろしかった。


人の持つ魔力は制御は出来るが、多少なりとも本人の感情で揺らぐ。もしレンドルフにちょっかいを掛けて、彼女の感情が揺らぐとどうなるか分からない。知らないということは怖いな、とショーキはヒョイと肩を竦めると、自室の部屋の鍵を開けたのだった。



次回からレンドルフとユリの出会った時の【過去編】になります。

現在の時間軸から6〜7年前くらいになります。


どうぞよろしくお願いします。

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