表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/626

141.遠征準備と昆布出汁

いつもお読みいただきありがとうございます!


少しずつ読んでくれる方、評価、ブクマ、いいねが増えているので日々小躍り中です。


「ヒスイさん、ありがとうございました」

「いいって。ユリちゃんのこんなに嬉しそうな顔、見られただけで良かったんだから」


レンドルフとショーキを見送って、騎士団の昼休憩がほぼ終わったのかもう客はしばらく来なさそうだった。来るとしたら夕方になるだろう。この薬局は王城勤務の人達の朝の朝礼後と昼休憩の時間帯だけ開けて、他の時間に薬が必要な時は入口の呼び出しチャイムで知らせてもらって応対することになっている。その為、ユリとヒスイは開店時間以外は薬草園の手入れや、実験に必要な調薬の下準備などを行うことになっていた。


「今日は初日のせいか、予想通り人が来ましたね」

「明日も来るんじゃない?結構鼻の下伸ばしてた騎士様多かったし」

「あはは。いいんですか?ヒスイさんの正体言わなくても」

「別に秘密にしてる訳じゃないけどね。ただ黙ってるだけで」


クスリと笑って人差し指を軽く唇に当てるヒスイは、完全に楽しんでいる様子だ。


ヒスイは見た目は華奢で可憐な美少女に見えるが実は男性で、しかも20代後半なのだ。

彼はキュプレウス王国から来た学生なのだが、この共同研究にも深く関わる分野を学んでいるということで、留学生扱いでオベリス王国へやって来たのだ。彼は学生の身分の為、ユリと同じく助手扱いになる。


ユリと少し違うところと言えば、ヒスイは学費と生活費を稼ぐ為に冒険者をしていてそこそこ腕も立つので、この研究施設にいる間はユリの護衛的なことを務めるように副所長のレンザから言われていることくらいだろう。勿論、それに対しては別途報酬も出るので、ヒスイは喜んで請け負っていた。この敷地内は、キュプレウス王国から最新の防犯の魔道具を持ち込んでガチガチに守りを固めているので、ヒスイが出来ることはあまりない。あるとすれば、薬局の応対で王城勤務の者達から彼女をガードするくらいだ。それに関しては基本的にヒスイがメインで窓口になって、ユリはほぼ裏方で商品の補充請け負っている。ただ初日のせいか思ったよりも来た客が多くて、一部ユリが担当して数人はユリの姿を見ていた。


「明日はユリちゃん目当ての客も来るかもね。まあ明日はそっちも私が受け持って骨抜きにして、高い回復薬売りつけるから」

「それはダメですよ」

「あははは、冗談だって」


ヒスイは本気とも冗談とも分かりにくい顔をしながら笑い飛ばした。


「大丈夫だって。せっかく姉さんと会いやすい国に来たのに、すぐに追い出されるような悪さはしないよ」

「そうして下さい。もうサファイアさんには会ったんですか?」

「まだだよ。ちょうど私がこっちに来たのと入れ替わりで海に出たみたいで。でも伝書鳥で連絡はしてるし、向こうも戻ったら会いに来てくれるって」


ヒスイは、以前ユリの護衛に付いてくれたサファイアの異母弟だった。褐色の肌に黒髪で背も高く骨太な体格をしているサファイアとはまるで正反対の外見なので、自己紹介を聞いてもすぐには信じられなかった。よほどお互いの母親に似ているのかと思いきや、サファイアは父親似で、ヒスイは父方の祖父似だとかで、どちらも互いの母には似ていないそうだ。ヒスイも写真でしか見たことはないが、祖父の若い頃は赤みがかった金髪に翡翠色の瞳をした小柄な美少女顔で、祖母と並んでいると同性のパートナーにしか見えなかった。周囲もそう思っていたらしく、ある日祖母の妊娠が分かった時は周囲で大騒ぎになったと父が笑いながら教えてくれた。そして彼の祖父はある特定の魔道具の第一人者と呼ばれるくらいの研究者で、ヒスイは魔動農具と土壌についての研究をしていて、研究者体質なところも似たようだった。

ヒスイは完全美少女だった祖父に顔立ち似ているが、体格は細身ながらもそこそこは育ったので、今はわざと中性的から女性寄りに装っているが、骨格的には男性なので着る服などでは間違いなく男性に見えるそうだ。


「少し休憩したら、薬草園の見回りに行こうか」

「私はさっき休んだようなものだから、先に行って見てますよ」

「ちょっとちょっと、ユリちゃん。私の護衛の立場!」

「あ、そうでした。つい」


ヒスイと会ったのは二週間程前だが、ユリはすっかり気を許していた。細身で敢えて中性的な雰囲気を保っているせいか、女友達のような気安さがあるのだ。それに出会った当初からヒスイは「年上が好みだから」とはっきり宣言していたのも大きいのかもしれない。とは言っても異性であるので、あまりユリが近付き過ぎると適切な距離をきちんと取って線引きをしてくれる。その誠実な態度が却ってユリに安心感を与えていた。


「どこから見回ります?」

「私としては昨日魔動機材入れて耕した土の様子を見たいんだけど」

「じゃあ私はその隣の苗の確認しますね」

「分かった」


喋りながらも薬局内の薬の補充と簡単な掃除を済ませ、保冷庫に入れておいたポットからめいめいカップにお茶を注いだ。


まだ環境を整えただけの共同研究は、土の配合や日当り、風通しなどの条件を細かく変えて苗と種を植えるという段階だ。そのデータや、数値を計測するのは専門の研究者が行っている。ユリとヒスイは、その基本になる苗と土の準備だ。そしてあとは、薬草園全体を見回って異常がないかを確認することが今の主な業務だ。専門の研究員は、自分の専門を細かく見ることに注力しがちなので、まだ見習いのユリや専門家ではないヒスイの目が役立つこともあるのだ。


「ねえ、ところでレン様のこと、聞いてもいい?」

「えっ!?い、一体何を」

「婚約とかしてるの?」

「い、いいいいええ。それは、全く!」

「全く?そんな話も出ないの?」

「え、ええ…まだ、そこまでじゃ」

「ふうん」


顔を真っ赤にして首を振るユリに、ヒスイはどこか納得してないような顔をしていたが、それ以上の追求はしなかった。



----------------------------------------------------------------------------------



遠征が近くなるので、同行する団員達と持って行く荷物などを確認する為に談話室に集まっていた。


「ショーキ、それは?」

「あ、傷薬です。液体タイプのを試してみようと思って」


遠征で組む五名の隊長を担当するオスカー・ソルドが、ショーキが見慣れない容れ物を持っているのに気付いて声を掛けた。

オスカーは比較的若手の多い第四騎士団には数少ない40代の正騎士で、爵位を継がない次男以降が多い中、更に珍しい子爵家当主だ。体格は中肉中背で突出した印象はなく、魔力も低めの為身体強化もあまり得意ではない。しかしその分技巧派で、二刀な上に材質の違う剣を扱う為に非常に戦い辛いタイプだった。以前レンドルフが手合わせしたときも力押しでどうにか勝てたが、技術面では勝てる気がしなかった。


「何か違うのか?」

「効果は軟膏とそんなに変わりないんですけど、これだと片手で使えるんですよ」

「ああ、それはお前向きだな」

「試しに使ってみて、良ければ遠征にも何本か持って行こうと思ってます」


液体タイプの傷薬の入っている瓶は蓋と本体が繋がっていて、片手で開け閉めが可能になっている。ショーキはリス系獣人の特性を生かして、木に登ったり崖を降りたりと高所での活躍の場が主な分片手が塞がっていることも多いので、両手が使えないと塗るのに不便な軟膏よりも使いやすそうだった。ただ、軟膏よりも量を使うのでどうしても重くなりがちという欠点もあった。一番良いのは両用なのだろうが、その持参する量はこれから探って行く必要がある。


「ショーキはいつものように斥候で上から目標の位置確認とレンドルフと連携を取って先陣で出て欲しいんだが…」

「あ!あの!自分も十分気を付けますが!その…注意してもらえたら助かります…」

「実践で組むのは初めてだから、特に気を付けるよ」

「はい…」


オスカーの隣でコチコチに緊張しているのは、今回の一番の新人で、初遠征となるモノ・トーリェだ。モノはこの五人の中ではレンドルフに次いで体が大きく、騎士団の中でも上位の方だろう。分厚い体付きにはち切れそうな二の腕は、鍛錬を欠かしていない努力の跡が垣間見える。黒に近い茶色の髪と目の色で、少し熊を思わせる。レンドルフも初めて顔を合わせた時「我が(クロヴァス)家とは種類の違う熊だな」と思わず考えてしまった。勿論内緒であるが。


モノは代々武門の家系の一つであったトーリェ伯爵家の次男なので、騎士を目指すことも自然な環境であった。爵位的に近衛騎士団も入れると有望視されていたが、幼い頃にトーリェ伯爵家で受け継がれていた呪いの魔道具に魅入られてしまった。歴史のある貴族の家では、その血筋だけが使用することの出来る特殊な魔道具などが家宝として受け継がれていることがある。それを手に入れた経緯は今となっては不明ではあるが、トーリェ家にもそのような魔道具が保管されていた。その魔道具の力は、強力な力と引き換えに呪いを受けるというものだったのだ。代々の当主は、力と引き換えに失うものが大きすぎるとして城の奥に封じていたのだが、何故か幼いモノがそれを手にしてしまった。まだ封印を破れるような年ではなかったので、魔道具が呼び寄せたのだろうと思われたが、どちらにせよモノは強力な力とともに呪いを受けることになったのだった。


モノが受けた呪いというのは、近くに来た魔獣を狂化させるというものだった。狂化した魔獣は、理性を失って攻撃性が高くなり、闇雲に突っ込んで来る性質がある。力も強くなるので厄介ではあるのだが、ある意味統制が取れるほど知能の高い群れをなす魔獣などは狂化してくれた方が戦いやすい場合もあるのだ。他にも足の速いタイプや空を飛ぶ鳥系魔獣なども、こちらを警戒せずに向こうから突っ込んで来てくれるので、力負けさえしなければ楽とも言える。

そしてその魔道具は呪いだけでなく、所持した者の力と魔力の出力を上げるという利点も同時に得られるのだが、あまりにも幼い頃にその呪いを受けてしまった為にモノはその制御が上手く出来ないのだ。その特性故にモノは周囲から遠ざけられて、扱いを持て余されていた。それを統括騎士団長レナードが直々に拾い上げて第四騎士団に入れたのだ。それには現在第四騎士団にいる団員の中に、呪いに対して詳しい者がいたことが大きい。


「悪いな、遅くなった」

「いや、こっちが頼んだことだ。ありがとう、オルト」


大きな紙袋を抱えた男性が談話室に入って来た。彼はオルトといい平均的な男性よりは大柄ではあるが、均整の取れた体付きをしている。青い髪に金色の目をして非常に整った顔立ちではあったが、右頬に二筋の大きな傷が走っている。それが少し引きつれているのか、右目が少し細くなって厳しい表情に見えてしまう。慣れればそれが常であって不機嫌な訳ではないのだが、分からない人間には少々近寄り難い。だが、話してみれば少々口は悪いものの中身は気さくで楽天家な質だ。


オルトは異国の出身で、公言はしていないが特殊な血筋の貴族だったらしい。故郷では「呪術師」と呼ばれる家系だったらしく、呪いを掛けたり解いたりすることを生業としていたようだ。ただオルトはその血が薄く、家でもあまり扱いが良くなかった為に、半ば駆け落ち同然に平民の妻と国を出てオベリス王国に移住したという経緯がある。

オルト当人は魔力が不足しているので呪いに関してどうこう出来る訳ではないが、魔力で呪いを押さえる知識は有していた。その為、レナードがモノを迎えるにあたり彼に確認を取って、呪いの制御を教えるということでペアを組ませたのだった。

幸いモノにもオルトが教えた制御法が効いたらしく、まだ完全ではないが遠征に出して様子を見るというところまでになった。


「取り敢えず携帯食は上限まで確保出来たな。あとは現地調達か」

「ディアマーシュ地区は鹿系が多いしそこそこ困らねえだろ。あ、レンドルフは料理とか出来んのか?」

「スープと塩焼きくらいなら。あと捌くだけなら大抵の獲物は出来ます」

「そりゃありがてえ。オスカーもモノも絶望的に下手だからな」


オスカーがオルトの持って来た紙袋の中身を確認する。その中には遠征時に支給される携帯食が色々と入っていた。一応飽きがこないように、あちこちの商会から携帯食は買い上げているが、どれも決して毎日食べたいものではない。その為、ある程度の期間になる遠征では、現地調達することが基本だ。

オルトに話を振られて、レンドルフが答える。その答えに、オルトがはしゃいだ声を上げた。レンドルフの周囲は比較的捌くのも簡単な調理も出来るタイプが多かったので、下手な人間がどこまで下手なのかいまいちピンと来ていない。以前にユリに「塩焼きでもすごい」と褒められたことがあるので、恐いもの見たさで体験してみたい気もするが、それは遠征中ではない方がいいだろう。


「ショーキは肉は…」

「食べられなくはないですよ。どっちかと言うと野菜が好きなだけで」

「それなら大丈夫だな」


最近は食堂でショーキと一緒に食べることの多かったレンドルフは、彼があまり皿に肉を乗せていないことに気付いていた。代わりにチーズやミルクを多く摂っているので、そのあたりのバランスは考えているようだ。あとはやはりリス系だからなのか、ナッツ類を美味しそうに食べていた。


「レンドルフ先輩、それは何ですか?塩?」

「友人に貰ったスープの素?みたいな物なんだ。海藻で出来てるんだけど、ちょっと味をみてもらおうと思って。大丈夫そうなら遠征に持って行こうかと」

「海藻ですか?」


レンドルフは談話室の隅に自由に飲めるようになっている紙コップを四つ用意して、ユリから貰っている瓶に入った海藻粉末をサッと入れると、ポットからお湯を半分程度まで注いだ。備え付けのマドラーで軽く混ぜたあと、彼らに手渡す。


「おっ!こりゃあっさりしてて旨いな!塩気も取れて悪くない」


他の者が匂いを嗅いだりしている中で、オルトが一切躊躇なく真っ先に口に入れた。


「僕もこれは美味しいと思います。でも僕はもうちょっと味が濃い方が好みかも」

「じゃあもう少し足してみるか?」

「いいんですか?お願いします!」


フウフウと息を吹きかけて飲み込んだショーキも同じように口に合ったようだ。初めての味見なので少し薄味めにしておいたので、レンドルフは軽く一振りショーキのコップに追加した。ショーキはコップをクルクルと回すように揺すって、一口飲んだ。今度は好みの濃さになったらしく無言で啜る頻度が速くなり、何も言わなくても表情で分かった。


「これは具材を入れてもいいんだろ?」

「肉でも魚でもいいですよ。俺としてはネギが好みでしたけど」

「芋とかも良さそうですね!」


オルトとショーキの反応は上々だったが、オスカーとモノは先程から黙っている。レンドルフはあまり気に入らなかったのかと思って顔を向けると、二人は揃って息を吹きかけていてまだ飲んでいないようだった。


その後十分に冷ましてやっと口にした二人も、どうやら口に合ったようだったので、満場一致で海藻粉末は遠征に持って行くことになったのだった。



少し登場人物が増えたので、ざっくりと紹介。まだ出て来ていない要素も紹介されていますが、隠し要素ではないのでここに乗せておきます。


第四騎士団

ショーキ:リス系獣人。フワフワの茶髪に濃い黄色の瞳。尻尾は魔法で消している。細身で小柄、童顔だが成人済み。身軽で素早い為、主に索敵や斥候を担当する。人なつこい。平民出身。

オスカー・ソルド:子爵家当主で正騎士。面倒見が良く、技巧派。あまり力も魔力もないのでトップに立つことはないが、まとめ役として慕われている。二刀使い。金髪に緑の瞳。

オルト:異国の貴族だったが移住して来た為現在は平民。青い髪に金の瞳。呪術に詳しいが、魔力が少ないので知識しかない。顔に傷があるので強面に見える。が、性格は楽天家。

モノ・トーリェ:伯爵家次男。黒茶の髪と瞳。大柄で筋肉質。封印されていた魔道具に魅入られて呪いを受ける。近くの魔獣を狂化させる呪いと引き換えに強い力と魔力を手に入れたが、制御は苦手。


キュロス薬局

ヒスイ:サファイアの異母弟。赤みがかった金髪に翡翠色の瞳。見た目は可憐な美少女だが、20代後半の男性。ユリの護衛の為、敢えて女性寄りの出で立ちにしている。キュプレウス王国からの留学生で、魔動農具と土壌の研究をしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ