表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/623

139.新技訓練中


「じゃあ、お願いします!」


レンドルフも軽く準備運動を終えて、ショーキが足場にしやすいように少しだけ体を沈めるようにして体の前で手を組んだ。


ショーキは少し離れたところから助走をつけて、遠慮なくレンドルフの手に足を乗せて踏み込んだ。


「え!?」


自分で力を入れたつもりはなかったのだが、気が付いたらショーキの体は空高く舞い上がっていた。一瞬にして訓練場の境目替わりに植えてある背の高い木が眼下にあった。力も入れずに放り出されたような形になってしまったので、空中でクルクルと回ってしまい、視界を地面と空が交互に通過して行く。チラリと地面が横切った時に、焦っている顔をしたレンドルフが見えた。


「ぶふぁ!」


あまりにも回転し過ぎて上下の感覚が分からなくなってしまい、ショーキはマットの上に背中から落ちてしまった。怪我をする程ではないがそれなりに固めのマットなので、落ちる衝撃に備えておかないまま無防備に落ちてショーキの口から妙な声が漏れた。


「大丈夫か!」

「あ…平気っす。すんません、僕がタイミング外しました」

「いや…俺も力加減を間違えた。最初は身体強化なしから試せば良かった」


レンドルフが血相を変えてマットのところまで駆け寄った。ショーキは一瞬どうなっているのか分からなかったらしくキョトンとした顔で寝転がっていたが、レンドルフが顔を覗き込むと慌てて起き上がった。

タイミングを外してしまったのもあったが、ショーキが見た目よりも遥かに軽かったのも要因だった。ただレンドルフは何となく失礼なような気がしてそのことは言わないでおく。ショーキはすぐに立ち上がって、地面に降りてピョンピョンと飛び跳ねて特に異常は無いことを確認する。


「ちょっとビックリしましたけど、気持ち良かったです!何か鳥の気持ちが分かりました!」

「そ、それならいいが」


怖がらせてしまったかと心配したが、どうやらショーキは意表を突かれたものの楽しむ余裕もあったようでレンドルフは安堵した。もともと木に登って枝から枝へと飛び移りながら索敵を行うので、高いところに対する恐怖心は普通の人間よりは薄いようだ。


「素手であれだけ飛べるんなら、盾だったら王城の屋根も越えられそうですね!」

「さすがにそれはないと思う」


ショーキはケラケラと笑いながら、王の謁見の玉座のある最も高い塔を指差した。いくらレンドルフでもそこまで飛ばすのは無理だし、もし実現したら城の防御を担当している魔法士に落とされるかもしれない。


その後、まずは手の上に立った状態で放り投げてレンドルフが力の加減を調整することから始めて、そこから徐々にショーキがジャンプするタイミングを合わせるようにして、最終的にはかなり高いところまで飛べるようになっていた。

実際の討伐で使うならば、真上ではなく離れた場所の木の上に送り込むようにして投げるようにする作戦にした方が良さそうだ。今のように木に登って枝へ飛び移りながら魔獣の位置把握をするよりも、遥かに早く現状を読むことが可能になる。風向き次第では睡眠粉か麻痺粉を上からまき散らしながら飛ぶ、ということも出来るかもしれない。とは言っても、まだ実践経験が浅いショーキには、レンドルフの補助で最初の機動の範囲を広げることに慣れてからにした方がいいだろう。これで他の騎士達と連携も上手く出来るようになれば、初手で大きく優位が取れるようになる。これならば攻撃を最優先としている第四騎士団の気質でも抵抗は少ないはずだ。


「結構上に飛ばされた時に、あの隣で工事してるのがよく見えましたよ」

「そりゃ壁よりも高く飛んでるからな」

「見た感じ、もう殆ど工事は終わってるみたいでした。大型の魔動機材ももうなかったですし、建物も足場はありましたけど後は外すだけって感じでした」

「じゃあ近いうちにあの休憩所の日当りが良くなるかな」


第四騎士団専用の訓練場の隣に、王城に務めている者達が自由に利用出来る休憩所と呼ばれる庭園がある。そこはちょっとした広場のようになっていて、手入れをされている花壇や四阿などが設置されていた。王城の敷地内であるので、部外者は入れないようになっているし安全の為に見晴らしの良い状態ではあるが、一番訓練所が近い第四騎士団の団員達が良く利用していた。

レンドルフがここに配属されたのと同時期に、その休憩所の隣の敷地で工事が始まり高い壁が設置されていた。元はその敷地も王城の一部だったらしいのだが、特に使われていなかったので何か政策的な目的で有効利用をする為に下賜されたと聞いていた。その工事の為に一時的に休憩所の日当りが悪くなっていたのだ。


「大きな建物と小さな建物はありましたけど、それ以外は畑みたいでした。建物自体も離れているのでまたあの場所で日光浴しながら昼寝が出来そうです」

「それだけオープンにしてるなら、危険な施設とかじゃなさそうだな」

「そうですね。一応王城の防壁内の敷地だからそれなりにしっかりした身分の人しか来ないでしょうし」


使ったマットを再び備品庫に戻しながら、離れたところにある工事用の壁を眺めた。レンドルフからすると壁がある光景しか知らないので、それがなくなったら随分と開放的になるだろうな、と少しだけ楽しみになった。



----------------------------------------------------------------------------------



それから数日後、壁は撤去されて、隣の施設が休憩所から良く見えるようになった。


この施設の全貌が明らかになると同時に、大陸一の大国であるキュプレウス王国との共同研究を行う場所だと各方面に正式な通達があった。

畑のように見える場所にはキュプレウス王国から送られて来た固有種の植物や薬草などを植えて、この国の環境での育ち方や成分の違いを研究するそうだ。ただ何かの弾みで植物や研究資料が外に出ないように、この敷地の主権はキュプレウス王国が持つことになっている。国力も技術力もキュプレウス王国が圧倒的に上なので、防犯や安全対策でキュプレウス王国の技術を使用してもらう為だ。その技術は本来は他国では使用出来ないのだが、今回は一部の土地を特別にキュプレウス王国に権利を持たせることで実現したのだ。謂わばここだけ限定的な治外法権になるので、下手にオベリス王国から手を出せないことにもなる。何せ大陸一の大国に喧嘩を売ったところでメリットは一つもない。

防犯を考えるなら完全に隔離した場所で研究すればいいのだが、将来的にオベリス国の環境でも無事に育つ有益な植物があれば、在来種との兼ね合いを考えながら市井でも栽培可能なようにして行くことがこの研究の目的なのだ。より自然な形で栽培しなければならない。

その為に休憩所と施設の敷地の境界には背の低い柵が立てられているだけで日当りと風通しを良くしてあるので、向う側も良く見える。しかしこの柵自体に強固な防犯の付与が掛けられているらしく、詳細は伏せられているが迂闊にちょっかいを掛けないようにとルードルフから朝礼時に通達があった。


「あと、一つ良い知らせがある。あの研究施設内に薬師ギルドからも出張薬局を出すそうで、その店舗でも王城勤務の者は利用しても良いと許可が降りた」


その知らせに、聞いていた団員内でも喜びの声が上がった。何となくピンと来ていない様子だったレンドルフに、隣にいたショーキがそっと説明をする。


第四(ウチ)の訓練場や本部って、医務室とか薬師ギルドの王城窓口が遠いですからね。だから急遽必要になった時に地味に面倒なんです。あの中に店舗があるならすごく便利になりますよ」

「ああ、なるほど。確かにそうだな」



王城に務める者は、業務などで傷を負った場合は無料で回復薬や傷薬などを支給される。個人的に欲しい薬は、国から健康を維持することが重要として補助金が出る為、市価の二割引くらいで購入が出来る。しかし、薬は期限がある為貰える本数が上限で決まっているので、よく消耗する騎士は何度も何度も窓口まで行かなければならない。そして窓口は王城の中心部に設置されているので、一番端に本部のある第四騎士団は最も遠い場所にある。それでも恵まれているのは間違いないが、何度もとなるとつい面倒になって軽い傷や体調不良くらいなら放置してしまうことがある。

以前はギルドに発注を出して届けてもらっていたらしいのだが、騎士団内で横取りや外部への横流しなど色々やらかした案件が多発した為に、自分で貰いに行って個人の使用数を把握されるスタイルに変更されたのだ。

そして第四騎士団の場合、窓口に行くよりも城外に出て街中の薬局に走った方が近いこともあるので、割引がきかなくてもそちらに行ってしまうことも問題があるとして、今回の研究施設の職員の為に併設された薬局の利用が認められたのだ。



「レンドルフ先輩、今日の昼休憩時に早速行ってみましょうよ!僕、傷薬もうすぐ無くなるんで、遠征前に新しいの買わなきゃと思ってたんですよね」

「そうしようか。何を扱っているか確認もしたいしな」


薬局なので予備として何かしら購入する物はあるだろうが、特に買う物ものないのに店に入るのを躊躇うタイプのレンドルフなので、ショーキの誘いはありがたかった。



----------------------------------------------------------------------------------



三日後に、レンドルフとショーキは遠征に出ることが決まっていた。王都に隣接しているマローニュ領のディアマーシュ地区という場所に行く予定だ。王都の北側にあって、比較的標高の高い領地なので気温がやや低めだ。そこは鹿系の魔獣が多く出て来る場所なので、農作物や森林に影響が出ないように定期的に討伐して数を調整している。普段は領専属の騎士団や猟師などで対応しているが、繁殖期の頃になると幼い個体を狙って熊系の魔獣が出没するため、その討伐協力の為にこの時期に必ず王城騎士団が派遣されることになっていた。場所は馬で片道丸一日程度なので、短かければ三日、長くても一週間程度で終わる遠征の為、比較的経験の浅い騎士が訓練も兼ねて出ることが多い。


今回遠征に出るのは五名で、内ショーキを含めて二名の新人が入っている。レンドルフは配属されたてではあるがベテラン枠だ。斥候と、可能であれば先手を取って足止めを狙うショーキの補助と、メインの戦闘力としてレンドルフは期待されている。もう一人の新人は力は強いが事情があって魔獣討伐に慣れていないので、ベテラン二人が脇に付いて指導しつつ実践を覚えさせる作戦だそうだ。その隙を突かれないように、レンドルフがメインの攻撃担当になる予定だった。


遠征に行くメンバーは、比較的レンドルフと相性の悪くなさそうな相手を選んでもらったらしく、ベテラン二人は第四騎士団の中では少数派の力押しよりも技巧派寄りのタイプだった。レンドルフよりも大分年上で他の騎士団の経験もあるので、レンドルフが近衛騎士団から異動して来たことも政治的な何かがあったことを察して詮索して来ないというのもありがたかった。ショーキではない方の新人が脳筋タイプなので、その辺りのバランスも考えられているのだろう。



「レンドルフ先輩の傷薬、ちょっと変わってません?」

「うん。仲の良い薬師見習いの子に作ってもらってるからかな。まだ見習いだから、ギルドから規格外で弾かれたのを譲ってもらってる」

「へえ。だからちょっと色が濃い感じなんですね。効果は大丈夫なんですか?」

「問題ないよ。色とか水分量とかで弾かれただけみたいだからな」

「厳しいんですね」


腕に大きめの擦り傷を作ったので、ユリから貰った比翼貝の軟膏を塗っていると、それを覗き込んだショーキが気付いて尋ねて来た。

初めて出会った時からずっと、レンドルフはユリから定期的に規格外で弾かれた比翼貝をもらっていた。買い取ると申し出たのだが、ギルドで弾かれた物を売ることは禁じられていると言われてしまった。その替わりに、使い勝手を可能な限り詳しく教えて欲しいと希望されたので、レンドルフは使う度に感想を書いて送っている。

ユリも、レンドルフに万一のことがあってはならないと、弾かれた中でも規定よりも上方の効果で規格外判定された物のみを渡していた。ただ、あまり販売される物よりも大きく効果が異なっていると、いざ通常の物を使った時に違和感が出ると困るので、そこは注意深く選出して渡すようにしていた。


レンドルフとしては、効果よりもユリが作った軟膏という方に大きな意味があったのだが。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ