138.第四騎士団での日々
配属されて約一ヶ月が過ぎ、レンドルフはそれなりに第四騎士団に馴染んでいた。
当初はレンドルフに反発心を持つ一部の団員達から嫌がらせとも取れるような雑用をなどを押し付けられたりしていたが、武器の手入れを任された際にペラペラになるほど研ぎ切った剣を渡してからすっかり鳴りを潜めた。レンドルフが「つい力が入りまして」とにこやかにリボンのようになった剣を渡された団員は切れてレンドルフに弁償を迫ったが、本来は自分の武器は自分で手入れをすることが基本であるので、逆に副団長のルードルフに大目玉を食らっていた。その後レンドルフが申し訳なさそうに自分の武器との交換を申し出たが、試しに持ってみたレンドルフの剣は身体強化を掛けても両手で持ち上げるのがやっと、という規格外の大きさと重量に恐れをなしたらしい。しかもレンドルフは身体強化と一緒に武器強化も出来るので、リボン状の剣でもキッチリ丸太を斬ってみせたので、それ以来レンドルフを遠巻きにする者はいても悪意を持って絡んで来る団員はいなくなったのだった。
実のところ、おそらくレンドルフのことを面白くないと思っている一部の団員が色々難癖を付けて来るだろうから、思う存分やり返していいとルードルフから既に承認を貰っていたのだ。表立って仕掛けて来るのを利用して、影でコソコソ伺っているような団員達の目も変えろとのお達しだった。
互いに遠慮したり足を引っ張り合ったりして、無事で済む程魔獣の相手は甘くない。ある程度信頼を持って任務に臨まなければ命が幾つあっても足りないのだ。学生や見習いの延長で、個人的な好悪で影響を出すことは絶対にしてはならない。レンドルフはクロヴァス領で幼い頃から叩き込まれているので、日常で気が合わなかろうが魔獣の前では信頼を築かなくてはならないのは骨身に染みている。自分のせいで団員の連携が崩れるようなことだけは避けなければならない。
とは言っても、あまりに怖がらせるのも無駄に怪我をさせるのもレンドルフとしては本意ではない。レンドルフが研ぎに研いで向こうが透ける程刃渡りを薄くした剣は、以前に新人時代に使ったのと同じ手を利用した。故郷にいた変わり者の鍛冶師が、まともな剣の合間に妙な武器を作っていた。レンドルフは何となく面白かったので習ってみたのだが、まさかそこで唯一出来るようになった超薄刃の研ぎが役に立つとは思わなかった。
それに一応新人だし、と思って、自分で手入れしなければならない武器と防具以外はちゃんと雑務をこなしておいた。
そのおかげなのか、レンドルフの配属の直前に入団した本物の新人に何故か懐かれた。名前をショーキといい、小柄で顔立ちも幼いので、学校を出てすぐに見習いに入った平民出身の未成年かと思ったが、平民ではあったが成人済みと聞いて驚いた。聞くとリス系の獣人だということで、力はあまり強くないがその分索敵や斥候を得意としているそうだ。身軽で素早いこともあるが、彼は姿はともかく人間の匂いがとても薄いらしい。それを役立てて、嗅覚に優れた魔獣にも近付いて位置を特定したり、奇襲を仕掛けたりすることが出来るそうだ。
「僕もあの剣、記念に欲しいですね」
「支給の剣じゃ交換されて終わりじゃないのか?」
「そうなんですよね…こんど給料が出たら新しい剣を買いますから、それをペラペラに研いでもらえますか」
「そういう勿体無いことはしない方がいいと思う…」
剣が破損したり切れ味が悪くなった場合、騎士団専属の修復師がいるので、そこに剣を持ち込めば騎士団持ちで修復か新品をもらえるようになっている。そこにレンドルフにペラペラにされた剣を仕方なく持ち込んだ団員は、これで三本目だと笑われたそうだ。修復師の間でもどうやら有名になっていたようで、過去にレンドルフがペラペラにしたものを何故か保管していると判明した瞬間だった。
「ペラペラじゃなくても、少し薄くして軽くしてもらうのはどうです?騎士団支給の短剣でも僕には重いんですよね」
「うーん…俺は本職じゃないから、下手に薄くしてしまうと強度の保証はないからな。そこはちゃんとした鍛冶師に頼むか、軽量の付与を付けてもらった方がいい」
「そうですか〜。付与だと方向感覚鈍るから、やっぱり鍛冶師ですかね〜」
ショーキは本来は大きな尻尾を持っていたらしいのだが、この国で暮らして行くには不便が多過ぎた為に魔法で消してもらっている。その影響で、付与魔法の付いたものをあまり多く所持していると色々と感覚が鈍くなるそうだ。基本的に防毒や状態異常を無効化する付与が掛かっている装身具は必須なので、これ以上付与の掛かったものを所持するのは厳しいらしい。
この国は、昔は獣人に対する差別が激しかったのだが、それを撤廃して獣人も住みやすくして行こうとしている過程の状況だ。その為にまだあちこちで獣人には生活し辛い部分も多いのだ。ショーキは、尻尾がある獣人用の服で自分に合う物は大抵女性用しかなかった為に、尻尾を消す処置をしてもらったのだ。
現在の騎士団の中で一番と言っていい程体格のいいレンドルフと、平均的な女性くらいの体格のショーキがよく並んでいる姿を見かけることが多くなると、自然とレンドルフの周囲にも団員達が増えて来るようになった。見た目で近寄り難かったレンドルフが、平民出身で新人のショーキと親し気に話していることが安心材料になったのだろう。まだ全体からするとごく一部ではあるが、それでも少しずつレンドルフは受け入れられて行ったのだった。
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「そうだ、レンドルフ先輩って、盾技とか知ってます?」
「前に何度か教えてもらったことはあるけど」
「マジっすか?やっぱりレンドルフ先輩なら体デカいから習ったことあるかと思ってたんですよ〜。僕、教本で見た技を試してみたかったんですよ」
「俺が習ったのは基礎中の基礎だから。実践で使ったことはないし、出来るかどうかは怪しいよ」
「えっと盾を足場にして高いところとか遠くとかに飛ばしてもらうヤツなんですけど、どうです?」
以前、タンク担当のバートンに飛ばしてもらったことをレンドルフは思い出した。あれは完全にベテランのバートンが合わせてくれたから出来たことで、それを自分が人に出来るとかというと全く出来るとは思えない。
「それならやってもらったことはあるけど、俺が足場になったことはないから無理だろうな」
「レンドルフ先輩を飛ばすなんて、どんだけムキムキの人だったんですか…」
「盾技は無理だけど、俺を足場にするのはどうかな。壁越えの訓練時に組んだ手の上に乗って持ち上げるやつを、もうちょっと強化するとか」
「あ!それいいですね。でも先輩を足場にしていいんですかね」
「そんなの訓練では良くあるだろう」
盾越しに踏むのは良くても、直接踏むのは抵抗があるらしいショーキに、レンドルフは思わず笑ってしまった。
「それに、タンク専門じゃないのに盾を持ち運ぶのも負担になるしな」
「そっか。騎士団でも盾の支給はありませんしね。団長は騎士団にもタンクが欲しいみたいですけどね」
「そうなのか?」
「ハッキリと言った訳じゃありませんけど、もう少し守りを重視しないと頭打ちだとか何とか」
団長のヴィクトリアも、レンドルフと時期は被っていないが同じ近衛騎士団の出だ。どちらかと言うと近衛騎士は護衛任務が中心のため、守りを重視する傾向がある。他の団を知らなかったレンドルフは、訓練などで第四騎士団はひたすら突っ込んで行くタイプの団員が多いのは気付いていた。各自がそれぞれに回復薬を持って前に前にと攻めるので、一カ所が崩れると立て直しがし辛い。後方支援が一人でもいれば違うのだが、あまり戦闘力の高くない支援タイプを入れるならば最低一人は守りに回る必要がある。しかしどうにも攻撃は最大の防御という気質なのか、守りを軽視している傾向があるのだ。その為、レンドルフとしてもヴィクトリアの気持ちも分からなくはない。
「俺はまだ団長とはあまり話が出来てないからな。もう少し団長の方針を聞けるといいんだが…」
「まあ団長は色々と…」
レンドルフが第四騎士団に配属されて以来、団長のヴィクトリアと話したことは殆どなかった。せいぜい挨拶を交わした程度で、何かあっても副団長のルードルフが対応していた。現在近衛騎士に女性が極端に少なく、特例として王妃の警護に就いていることが多いせいで不在がちな為だ。新人のショーキでも言葉を濁すのもよく分かる。
レンドルフが近衛騎士団にいた頃は、女性騎士が少ないので女性王族を守る為には仕方のないことだと思っていた節もあったが、こうして外側から眺めてみるとここまで団長を呼び出している頻度が異常だとあらためて認識した。何せ団員に団長の目指すところが全く伝わっていないし、団員に目を配る時間も少ない為に副団長に信頼が集まっている。たった半年とは言え、レンドルフも副団長までになった経験がある。少なくとも新人入団や異動で来た人間に、団長が方針を直接伝えられていない状況は非常によろしくない。副団長が代わりに伝えても良いのだろうが、団長自身が伝えることの方がその何倍も効果が高いし、微妙な齟齬を作らない為にも代理ではない方がいい。
レンドルフとしては、出身から魔獣討伐の経験を買われたのかと思っていたが、もしかしたら同じ近衛騎士だったことから守備の重要さを知る人間を入れたかったのかもしれないという考えに至る。だが、こればかりは団長から聞いてみないことには分からないだろう。
「取り敢えず、訓練してみようか」
「えっ!いいんですか!よろしくお願いします!」
「そろそろ俺も遠征に出されるだろうからな。連携の確認はしておきたいし」
レンドルフはひとまず団員達との連携や相性を見る為にまだ遠征に参加はしていない。しかしルードルフから内々にショーキと共に遠征に出ると話は受けている。本来は新人同士で遠征に出すことはないのだが、レンドルフは魔獣に関してはベテラン扱いになっている。ショーキは完全な新人なので、まずはそこまで遠くない場所で数日の遠征になるだろう。
「一応マットも持って行くか」
「いります?」
「念の為だ」
途中備品庫に寄って、レンドルフの身の丈よりも大きなマットを抱えて持つ。レンドルフからすれば身体強化を掛けなくてもこのくらいなら大した重さではないのだが、身体強化があまり得意ではないショーキは目をキラキラさせながらその背中を追っていた。
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「あれ、あの鳥、レンドルフ先輩のじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
レンドルフの頭上を、瑠璃色のハピネスバードが旋回している。ユリに渡しておいた伝書鳥だ。当人が受け取れるタイミングが悪い場合、ああして頭上で旋回しているのだ。通常の人間には伝書鳥の姿はなかなか目に入らないようになっていて、レンドルフが使用しているのは隠遁魔法も併用されている高価な物だ。けれど索敵などを得意としている獣人のショーキにはハッキリと見えるそうだ。ショーキ当人はそれを悪用するつもりは一切なので、その能力を使って伝書鳥を奪うようなことをしようとすれば即座に魔法で拘束される誓約魔法を自ら結んでいる。当人の意志はなくても、操られたりした場合の危険性も考えてのことだ。
「僕はそのマット運ぶのは無理なんで、それ置いたら受け取って下さい」
「いいのか?」
「先輩、あの鳥来るといつもソワソワするじゃないですか。僕に集中してもらわないと危ないでしょ」
「まあ、それもそうか。そうさせてもらうよ」
すっかり見抜かれているレンドルフは、軽く肩を竦めてヒョイヒョイとマットを訓練場に運んだ。他にも訓練中の部隊もいるので、互いに影響しないように隅の方にマットを置く。各騎士団には訓練場は二つあり、一つは通常の土の地面のもの、もう一つは特殊地形を作り出せるように魔法が通りやすい素材で出来ている。予約して希望を出しておけば、魔法士が望んだフィールドを作り出してくれるのだ。
レンドルフが手の平を上に向けて頭上にかざすと、フワリと瑠璃色の小鳥が降りて来て手に留まる直前に封筒に変化した。クリーム色に茶色い猫の模様が入った可愛らしい封筒に、見慣れた少し右側に流れる癖のあるユリの文字が書かれている。それを見ただけで、レンドルフの目元が自然に緩む。
「僕、準備運動しておくんで、レンドルフ先輩は読んで来て下さい」
「悪いな」
「僕まだ馬に蹴られる気はないんで」
訓練場から出て、レンドルフは人気のない隅の木の陰に入って、そっと封筒を開けた。思わずにやけてしまう顔を隠せる自信がないので、誰もいない場所に行くことにしている。封を開けると、ほんのりと爽やかなハーブの香りがした。
中の手紙を開くと、封筒と同じ文字が並ぶ。ほぼ毎日のように手紙のやり取りをしているので、特別なことが書いてある訳ではないが、何気ない日常のことでもレンドルフは嬉しく思える。自分から送る時も、こんなに何事もない内容でいいのかと思うこともあるが、ユリもレンドルフの日常を知れることを喜んでいると以前の手紙に書いてくれていたので、気兼ねなく毎日書くことが出来ている。
レンドルフが騎士団に戻ってからユリの方も何やら忙しいようで、お互いの休みがまだ合わないでいる為、もうひと月は顔を合わせていない。レンドルフも休日と言っても、いつでも要請が入った時に動けるように王城で待機するという半分勤務のような場合もあるので、エイスの街まで行くわけにはいかない。レンドルフが遠征に出るようになれば、帰還してから遠征期間に応じた休暇が貰えるようになる。その際の休暇は待機はしなくていいので、堂々とユリに会いに行けるのだ。
「なあショーキ、レンドルフさんって恋人いるの?」
「多分」
「オレ、噂ですっげぇ美人のパートナーがいるって聞いたんだけど、見たことあるか?」
「ありませんよ。大体まだここに来てひと月くらいですよ。紹介してもらえる訳ないでしょ」
「そっかあ。なあ、いつか紹介されることがあったら教えてくれよ。オレも遠くからでいいから見てみたい」
「その時が来ればいいですけど」
マットの傍らで柔軟をしていたショーキに、訓練を終えるところだった先輩の一人が近寄って来た。彼はあまりレンドルフ自身とは話していないが、興味はあるらしい。時折ショーキからレンドルフ情報を聞き出そうとして来る。ショーキは他の騎士仲間からもレンドルフのパートナーに関して聞き出そうとされているので、断片的な噂だけでも結構な情報がショーキの手元に何故か集まって来ている状況だ。
しかしその噂も何人も人を介しているのか、統一感がなくて全く信憑性がない。高飛車な未亡人だとか、可憐なお嬢様だとか、男を手玉に取る妖艶な美女だとか。一つ共通しているのは、赤い髪で胸が大きい、ということだけだった。
「すまない、待たせてしまって」
「ちょうどいい感じに体がほぐれて来たんで大丈夫です」
戻って来たレンドルフは、ほのかに嬉しそうな顔をしている。ショーキは、この面倒見が良くて人の良い先輩が、噂の中にある悪い女に騙されているようなことがないことを密かに祈っていた。