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閑話.ビーシス家とミダース家

お読みいただきありがとうございます!

評価、ブクマ、いいねなどいただけて嬉しいです!今後ともお付き合いいただけましたらありがたいです。


パーティー後日談的な。

事件に関わった人々のその後も出て来ます。


全ての客を送り出して、その他諸々の後始末を終えたビーシス家とミダース家の面々は、口も利けない程疲労困憊してソファにぐったりと座り込んでいた。


ただ一人、アリアだけが元気に残っていた第三騎士団団長と今後の話をしていたのだが。


「テンマ様、本当に大丈夫ですか?」

「ああ…下手に移動するよりは自分の部屋で休んでいた方がいいからな…」


テンマはやっと回復薬を使える時間になって、先程上限ギリギリまで使用してようやく落ち着いていた。同時に処方された増血剤も投与されているので、顔色も少しは良くなって来ている。元々体力のあるテンマなので、安静にしてさえいれば回復は早いのだ。


「レンくんとユリ嬢には、いくら感謝をしても足りんな」

「そうですね。どうお礼をしていいのか…」


テンマの呟きに、トーマも深く項垂れて呟いた。


今回のテンマとエリザベスの婚約を巡っての騒動で、最も活躍したのは紛れもなくレンドルフとユリだ。レンドルフ自身が追加してしまったのもあったが、過去最高人数を相手に決闘を受けて見事勝利をおさめてくれた。そして違法薬物の首魁と言ってもいい、かつてのテンマの恋人の女を捕縛出来たのも彼らのおかげだ。神官に化けたその女は、決闘でテンマが不利になるように細工をしたり、対戦相手の攻撃魔法を封じなかった上、テンマには禁忌となっている再生魔法を込めた魔石を使ってテンマの殺害を目論んでいた。もしテンマがレンドルフと交替せずに決闘を行っていたら、対戦相手の令息達には勝てたかもしれないが、あの女に再生魔法を掛けられて今頃は命はなかっただろう。偶然とは言え、レンドルフが引き受けてくれたことで命拾いしたのだ。


その為テンマ達は二人に何でも礼はすると申し出たのだが、レンドルフは長兄に一着礼服を作って欲しいと言い、ユリに至っては手直ししてもらったドレスを貰うからそれでいいと言い出す始末だった。しかもレンドルフ本人ではなく長兄の辺境伯に、というのはもはや礼ではなく営業だ。レンドルフは着心地が良かったので兄にも勧めたいと言っていたが、おそらく当主の辺境伯が気に入ればビーシス商会に辺境領から大口の注文が入るだろう。ビーシス商会の扱う生地は高級なものになると最上級シルク並みの金額にはなるが、見た目もそこまで劣る訳ではなく、伸縮性と丈夫さが遥かに違う。しかもシルクよりも手入れが楽で変色もしにくいので、結果的に長く使うことが出来る。そして特にレンドルフのような体格が良く、動き回る者には抜群の着心地を誇るのだ。



「金銭的なもの…って訳にもいかんしな」

「何か困りごとがあったらいつでも力になる、とでも言っておきなさいな。そうね、きちんと書面などにしておく方がより良いでしょうね。その覚悟があれば」


団長との話し合いが終わったのか、アリアが戻って来た。先程から頭を悩ませている三人に、呆れたような溜息を吐く。


「覚悟、ですか?」

「ええ。あの方達が困るようなこととなれば、商会丸ごと注ぎ込むくらいじゃ追いつかないくらいのことになるかもしれなくてよ。それを賭けてもいいくらい恩を感じているのなら、文章で残すくらいの誠意を見せなさいな」


アリアは側にいたメイドに紅茶を用意させて、優雅にそれを一口飲んだ。


「あの方達は、こちらの謝礼など必要がないくらいの身分の方達でしょうからね。レン様はクロヴァス辺境伯の実弟ですし、ユリ嬢は…こちらでは()()()()()()()()()()、と言えば分かるかしら?」


アリアの言葉に全員が息を呑む。ビーシス家は独自の諜報員の「影」は有していないが、それなりに情報を収集する伝手は持っている。レンドルフの身分については、当人があまり隠そうとしていなかったのもあってすぐに判明したが、ユリの方は一切情報が掴めなかったのだ。出て来たのはせいぜいエイスの街を拠点としている薬師見習いということと、薬草採取専門でCランクの冒険者だということだけだった。本名も年齢も、住んでいる場所さえ正しいと確信出来る情報が出て来なかった。

領地を返上して家格としてはあまり高くないが、ビーシス家は伯爵位である。それでも掴めないと言うのは、辺境伯よりも更に高い家門の可能性が高いということだ。そして情報を掴ませないのは、これ以上は調べるなという警告として受け取った方が良いと、この場にいる全員が理解した。


「あのユリ嬢の着て来たドレスを見れば何となく予想も付きますけれど。あれが縫い目のほつれと汚れだけで済んで良かったわ。ウチの針子達が悲鳴を上げましたもの」


レンドルフの着ていた赤の礼服も非常に上質なものではあった。刀傷を入れられてしまった部分は、王都でも数人しかいない繊維の再生魔法を使えるかけはぎ職人に直してもらい、刺繍部分も腕の良い針子が数人がかりで修復が必要になる。しかしユリの着ていたドレスは、更にその上を行く。後から継ぎ足したオーガンジーはともかく、金茶色の本体の部分は、生地の糸、織り方から桁が違った。糸の素材の時点から強固な付与が掛かっていて、通常の織り機で作られたものではない。もし生地に傷でも付いていたら、到底修復は出来そうになかったし、弁償となったら支店に一つや二つは売り払わないと間に合わないかもしれないレベルのものだった。


「ビーシス商会はリズの判断に任せるわ。ミダース商会は…お好きになさい」

「はい」


アリアは以前より、エリザベスに婚約者が正式に決まったら、少しずつ当主としての執務を譲渡すると宣言していた。これはエリザベスの最初の大きな仕事になるだろう。



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「一応確認しますけど、リズ、貴女、本当にテンマ殿がよろしいのね?」

「勿論です!お母様、今更反対されても聞きませんわよ」


アリアが丁度良い温度になった紅茶を飲み干して大きく息を吐いた。そこには半分くらい溜息が入っていたように聞こえる。


「15歳差よ?」

「年齢は関係ありませんわ!それに、私が好きになった方の中では一番お若いです!」

「だから確認してますのよ!」

「はい?」


アリアとエリザベスのやり取りに、トーマが首を傾げる。どういうことかと隣にいるテンマを見たが、彼は何となく遠い目で薄い笑みを浮かべていた。


「父上?」

「…まあ、その何だ。似た者母娘ってことなのかな…」



実家が没落したアリアが嫁いだのは、その没落の原因を作った者の縁戚で、まだ若いアリアを気の毒に思って白い結婚のつもりだったビーシス伯爵だった。何せ30歳差で後妻だったので、彼女に相応しい者を見つけたら離婚の慰謝料と言う名の持参金を付けて嫁がせるつもりでいたのだ。当初は養女にする予定だったのだが、遺産や後継の問題で親族が反対したので、白い結婚を条件に妻に迎えたのだった。


が、実は当のアリアは伯爵にベタ惚れだった。

伯爵が勉強熱心な者を好むと知るや否や、領地経営や屋敷内の采配、社交界での立ち回りや情報戦術の活かし方などを熱心に彼から学んだ。そのおかげか、もともと才能があったのが花開いたのか、新しい生地や染色を開発し、日々遅くまで伯爵と研究と議論を積み重ねた。そのうちに条件だった筈の白い結婚は無くなり、じきにエリザベスが誕生したのだ。


エリザベスの成長を見ることなくその直後に伯爵が急逝してしまい、その後に襲いかかった領地問題や親戚との骨肉の争いを勝ち抜いて、アリアが女伯爵として確固たる地位を築いたのは有名な話だった。



そんな苦労をしたアリアだったが、娘にはそんな思いはさせないようにと考えていた。だが、血は争えないのか、エリザベスも憧れる相手と言うのが悉く年上だった。それも最低40歳以上ばかりであったのだ。因みにエリザベスの初恋の相手は、10年前に亡くなった老執事で、当時70代だった。その後も学園では同世代の令息には目もくれず、非常勤で来ていた講師(50代)に憧れの眼差しを向けていた。


アリアは何とかしてもう少し年の近い相手を伴侶に選んで欲しかったこともあり、業務提携を申込んで来たヘパイス子爵令息ジェイクとの婚約を結んだのだ。エリザベスからすると、同い年のジェイクは好みではなかったのだが、貴族の政略結婚というものもよく分かっていた。その為お互い割り切って話を進めて行けば良いと思っていたのだ。それに婚約を交わした当初はジェイクとの仲も良好で、燃え上がるような恋愛感情はなくても穏やかな友人関係のような間柄だった。政略結婚であれば、その程度の関係でも上々な部類だった。

しかし恋愛感情はなくともジェイクの裏切りには、エリザベスは酷く傷付いた。社交に出る先々で噂され、ジェイクと顔を合わせれば直接馬鹿にされる。まだ若いエリザベスにはそれを笑い飛ばす経験値も不足していて、すっかりすり減ってしまった。そんな経緯でエリザベスは仕事以外で男性と関わることに消極的になってしまったところに、出会ったのがテンマだったのだ。


勿論、テンマの出会った時の態度や気配り、話して行くうちに考え方も気も合うことが分かって惹かれたエリザベスだったが、最初に最も心を掴んだのがテンマの顔だった。テンマは冒険者として外で活動することが長かったし、もともと老け顔だったのだ。だから実年齢よりも年上に見えたことで、出会い頭からエリザベスの心に響いたのだった。


「テンマ様のお陰で分かりました。実年齢じゃなく、経験の滲み出たお顔が好ましいんだ、って」


テンマの実年齢を知った後も、彼への想いが揺らがなかったエリザベスはそう結論付けた。テンマとしては老け顔に太鼓判を押されたようで少々複雑だったが、目をキラキラさせながら言われてしまうと悪い気はしなかった。



「年が離れてるってことは、それだけ先立たれる危険も高いのよ。もしかしたら夫のいない人生の方が長いかもしれないことは承知しているのね?」

「分かってます!それに必ずしもそうだとは限りませんわ」

「伯爵、私もすぐに死ぬつもりはありませんし、少しでもリ…エリザベス嬢と共にいられるように…」


「「すぐに怪我する人が言いますか!!」」


テンマが口を挟んだ瞬間、アリアとエリザベスが綺麗にハモッた。言われたテンマも「申シ訳アリマセン…」と片言を呟きながら体を小さくする他なかったのだった。


「全く…リズの父はね、同じように『すぐに死ぬつもりはない』って言った翌朝に死んだのよ。不吉なこと言わないでちょうだい」

「は…はい…」


アリアの言葉は説得力が違った。テンマはただただ恐縮する他なかったのだった。



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「ああ!そうでしたわ。決闘の前にわたくしがお力を貸した見返りに、何でも一つ、言うことを聞いてもらうのでした!」

「お母様?」

「そうですわよね、テンマ殿?」

「は…はい…」


どちらかと言うと一方的にアリアがテンマの礼服を着たレンドルフに「サイズが合っていない!」と強引に着替えさせたのだが、その後も替え玉決闘を知りながらも許容してくれたことを考えると、やはり見返りは必要だろうとテンマは考えた。しかし、何を言われるか全く予測が付かないので、テンマは無駄に緊張してギュッと顔を引き締めた。いつも感情を読まれないように微笑みを絶やさないアリアが急に真顔になったので、テンマはもしかしたら最悪、婚約の白紙撤回を求められるのではないかとさえ覚悟していた。

その時のテンマの様子を、アリアは「お腹が痛いのなら話す前に時間を取った方がいいかしら?」と悩んでいたと聞かされて、テンマが思わず膝を付いて崩れ落ちたのは後の話。


「テンマ殿には、わたくしを『お義母さま』と呼ぶのを禁止します!!」

「は?」


もっと無理難題を言われるかと思っていたテンマは、あまりにも大したことのない要望を高らかに宣言して来るアリアに思わずキョトンとした顔で首を傾げてしまった。


「わたくし、大して歳の離れていない、それも顔だけはわたくしよりも上に見える婿から母親呼びは絶対お断りします!よろしいですわね!」

「は、はい!」


ピシリ、と指を指されて、テンマは姿勢を正して大きな声で返事をした。その様子に、アリアの隣にいたエリザベスは堪え切れずに笑っていたし、視界の端でもトーマが顔を背けて肩を震わせていた。


テンマはトーマに対して「後で覚えてろよ」と思ったものの、ようやく正式に婚約者として認められたことに心の底から温かなものが沸き上がって来るのを感じていた。そのせいか、テンマ自身も気が付けばつい顔が笑ってしまっていた。



実家も夫もなくなり娘だけになったアリア。かつて家族になる筈だった婚約者から手酷く裏切られたエリザベス。幼い頃に両親を失って叔父に引き取られたトーマ。親代わりだった姉夫婦を失い幼馴染みの冒険者仲間も恋人さえいなくなって甥だけになったテンマ。

悉く家族に縁の薄い者達が、家族の絆を結ぼうとしている。トーマにも婚約者がいる為、後数年もすれば更に家族が増えるだろう。偶然の出会いの重なりではあるがこうして縁が連なって行く不思議さに、テンマはどこかしらに感謝をしたいような気分になったのだった。



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後日、盗賊団捕縛協力に大きく貢献したとして、ビーシス伯爵家とミダース男爵家に王家から報奨が授けられることになった。

それぞれが希望して、ビーシス伯爵家には染料などを栽培するのに適した王領を下賜され、向こう三年間は税収の優遇も受けられることになった。ミダース男爵家は、来年の新年の祝賀会で子爵位に陞爵することが決定した。

更にテンマ個人に男爵位を叙爵されることにもなったのだった。テンマは伯爵家の婿にはなるが、個人で持っている爵位はテンマがそのまま所有することになる。もし子供が複数いた場合、跡を継がせることも出来るし、大っぴらに推奨はされないが万一の時は売って資金に変えることも出来るのだ。しかしこの叙爵の意味は、伯爵家に婿に入る予定のテンマが無爵位かそうではないかで大きく変わって来るところにあった。ビーシス商会とミダース商会で業務提携を行う場合、当主のエリザベスとトーマを経由しなければ無爵位のテンマは携われないことが多くなってしまうのだ。だが今回の叙爵で業務に参加が出来るようになるし、発言権も得られる。スムーズに提携業務をする為にテンマ個人の爵位を希望したのだった。


二つの商会の業務提携はすぐに目覚ましい成果は出なかったが、少しずつではあるが確実に傾きかけていたビーシス商会は持ち直して行った。派手な女性服の印象があった商会だったが、今は動きやすさを全面に押し出した騎士服が主力商品になっている。それに合わせてミダース商会の革製の防具などの売り上げも伸び、互いに良い影響を与え合っているようだった。

その後、娘に当主を譲って隠居を宣言した元伯爵(アリア)は、年に何度も領地と王都を精力的に行き来して、全く隠居する様子は見られず、長らく多くのドレスの製作に携わり続けたと言われている。



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国内の貴族に大きなダメージを与えるところであった違法薬物騒動は、緑魔法の使い手で薬草を栽培していた女を押さえたことで、終息に向かって行った。

女には極刑という話も出たが、貴重な緑魔法の使い手ということで、徹底的に誓約魔法を結んで行動制限も行った上で、魔石に魔力を充填させる作業に携わらせることになった。期間は終身であるので、女は作業場から出ることはないだろう。


売買に関わっていた貴族は、罪状によって財産や領地を没収し、それらの資産は当人が知らないうちに中毒にさせられてしまった者達の治療費に充てられた。ただ予想していたよりも関わっていた貴族が多く、爵位の剥奪に値するような家門を全て処理してしまうと、国の運営にも影響が出るような事態になってしまっていた。仕方なく爵位の剥奪は最低限にせざるを得なくなり、処分が甘いのではないかと他の貴族から苦情も出たが、数年の猶予を見て態度次第で爵位剥奪を再検討するということでどうにか納得してもらった。



その中で、最も違法薬物に深く関わっていた子女の実家であるプシケー男爵とクピド男爵は、検討されるまでもなく爵位剥奪となり、両親は平民になり、他の一族郎党は連帯責任として一部領地没収と王都追放となった。 


その中で最も重い罪を問われたのは、プシケー男爵夫人だった。彼女は令嬢の継母であったが、令嬢に違法薬物を勧めた張本人だったのだ。彼女もそこまで危険な薬物だと認識していたかは定かではないが、自分の子供に男爵家を継がせる為に素行不良として令嬢を追い出したかったそうだ。令嬢は初めて自分を気遣ってくれた夫人を盲目的に信頼し、体に違和感を覚えても薬草を摂取し続けたらしい。その結果、効率が悪い薬草の状態で摂取していたにも拘らず、捕縛された時には令嬢の体はもう取り返しのつかないところにまで至っていた。

プシケー男爵夫人の息子はまだ幼かったので孤児院に入れられることになり、両親は亡くなったと伝えることになっている。彼女自身は戒律の厳しい修道院に入れられ、国にどんな慶事があっても一切の恩赦を賜ることなく生涯奉仕に勤しむことになった。そこで得た報酬は、自身の最低限の生活分だけが手元に残され、僅かな余剰金は令嬢の治療費に充てられた。どんな手段を使ってでも継子を排除する程息子を溺愛していた彼女は、皮肉にも一切の援助をすることを許されないまま、息子の記憶にも残してもらえないという結果になった。



違法薬物を広めた当人達は、中毒症状が重いが罪は罪として罰せられることになった。


クピド男爵令息は、薬物を利用して多くの女性を食い物にし弱みを握っては金銭や体を繰り返し求めていたことを重く見られた。薬物の研究機関に入れられて、後学の為に体の隅々まで尊い研究に捧げられることになった。薬が切れた際の禁断症状の観察や、開発途中の解毒薬の被検体となり、彼のおかげで多くの毒の研究や解毒剤の開発が飛躍的に進んだそうだ。想像を絶する禁断症状や拒否反応などで幾度となく死にかけたそうだが、貴重な被検体として研究機関では大変丁重に扱われ、長らく研究に携わっていたと言われている。余程彼を恨みに思っていた者が多かったらしく、常に研究機関には匿名で寄付金や回復薬の差し入れなどがあり、研究の為の費用には事欠かなかったことが彼の被検期間をより長くしたと言われている

彼が関係した記録は膨大な量になり、書庫の一角を埋め尽くしているほどになった。やがて後の研究者の間では知らぬ者がいない程彼の名は有名になり、半永久的に語られることになるのだった。


プシケー男爵令嬢は、もう回復の見込みがない程重度の中毒患者であり、薬物に手を出した経緯も抒情酌量の余地があるとして、彼女も被検体にはなったが、もう助からない患者をどれだけ穏やかに過ごさせることが出来るかという研究のためにその身を役立てることになった。禁断症状が出ない程度に量を調整しながら薬物投与は緩やかに継続され、入院中の彼女は花を育てたり読書をしたりとあまり人に関わらず穏やかに過ごしたと記録が残っている。彼女の記録は一冊のノートに満たない程度の量で停止し、研究機関の書庫の棚に収められた。背表紙を認識出来ない程に薄い記録は、長い年月見る人もいないままにひっそりとそこにあり続けたのだった。


エリザベスを攫ってまで自分のものにしようとしたジェイド・ヘパイス子爵令息は、数種類もの違法薬物を一気に服用した為に捕縛後一晩中苦しみ抜き、翌朝息を引き取った。既に当主交替をしていたジェイクの兄は遺体の引き取りを拒否し、領地で隠居生活を送っていた両親が引き取ることになった。しかし当主から一族の墓に入れることは許されなかった為に、仕方なく平民の共同墓地に埋葬された。

その後数回、前当主夫妻が墓に訪れていたようだったが、やがてそれも見かけなくなった。

ただ、様々な理由で名もない死者を気の毒に思う領民達が定期的に訪れるので、その共同墓地には花が途絶えることがなかったと伝えられている。


それなりに罪を犯した人間は、それに見合うだけの罰を受けた…筈。


一応オベリス王国にも死刑制度はありますが、人手不足なので使える限りは使いたいということで、強制労働などに従事する終身刑の方が主流です。

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