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133.アリア無双


決闘が終わってそこから本格的なパーティーが始まるのだが、一台の地味な馬車は一足早く会場を後にして、中心街に向かっていた。


「申し訳ありませんが、もう少し同乗者に気を配っていただけませんか、殿下」

「お前以外いないからいいだろう」

「酷くありません!?」


馬車の中の空気は、ひどく重苦しいものだった。その空気を作り出しているのは、頭を抱えて言葉にならない呻き声を上げて落ち込んでいるエドワードだった。そしてその正面に座っているヒムは、大分うんざりした様子で溜息を吐いていた。


「さっきからどれで落ち込んでるんです?」

「どれ!?そんなに俺が落ち込むような選択肢があったか!?」

「あ、気付いてなかったんですね。ええと……忘れて下さい」

「無理だ!」


まるで軽口のようなやり取りではあるが、エドワードが真剣な目でヒムを見つめて話せと目で訴えて来るので、ヒムは諦めて降参と言わんばかりに軽く両手を上げた。


「ええ、まず、あそこに潜入していた騎士の大半に殿下がやらかしたことは筒抜けですね」

「ホントか…」

「もううっかり黒の礼服を着て来たことから、禁止されているクロヴァス卿への直接の接触まで。特に第三の団長が来てましたから、報告は陛下直行でしょうね。そこから王妃様経由で情報をくれた伯爵令嬢の耳にも入るでしょう」

「う…」


エドワードは国王陛下(ちちおや)の耳に入るということは、間違いなく王妃(ははおや)に筒抜けになることと同義で、もうお説教コースが確定しているようなものだ。お忍びで出掛けるなと言われている訳ではないが、ヒムしか連れて行かなかったことを厳重注意されるだろう。そして情報源の伯爵令嬢からは、何故連れて行ってくれなかったのかと涙目で盛大に詰められる予感しかない。更に色々とやらかしていることを騎士団に終始見られているというのも、王族としてはかなり恥ずかしいことだった。


「あと、お説教覚悟で見物に行った決闘が、お目当ての冒険者ではなかったですし」

「え?あのミダース元男爵はAランク冒険者だっただろう?」

「本人はそうですけど、あそこに出て来たのは変装したクロヴァス卿じゃないですか」

「え?えええ!?」


全く気付いてなかった様子のエドワードに、ヒムは呆れたような目を向ける。


レンドルフ自身もあまり自覚はなかったが、彼の武器破壊は王城にいる者の間では割と有名だ。身体強化を得意とする者が武器を破壊することは可能だが、レンドルフ程数多く、そして的確に破壊が出来るのは他におらず、もはや職人技の域に達していた。八本もの強化剣を素手で砕いて行くなどという非常識な行為は、レンドルフのことを知っていればすぐに分かる。それに顔立ちを変えていただけで、体格はそのままだ。何度も演習などで手合わせしている騎士達には、体付きと動きですぐに分かってしまっていた。

レンドルフは何年も近衛騎士を務めて来て、王太子の護衛に入ることが多かった。とは言え、エドワードにも随分付いていた筈だ。それなのに全く気付いてなかったので、ヒムの目は完全に残念な生き物を見る目になっていた。


「まあ、あの顎外しは初めて見たので、それはお得だったかもしれません」

「あれか…」


思い返してみて、エドワードは一瞬フルリと背中に震えが走った。あれはテンマだと思っていたので「さすがだな」と思っていたのだが、基本的に優しい護衛のイメージだったレンドルフを思うと急に別の意味で恐ろしく感じたのだ。そして話し掛けた自分に対して、今まで見たこともない剣呑な目を向けていた。形としては礼は忘れていなかったが、あの視線は完全に自分を敵と認識しているようにしか思えなかった。


「随分と変わってしまったのだな、レンドルフは」

「そうですか?護衛対象外にはいつもあんな感じでしたよ、あの方」

「そ、そうなのか?」

「殿下は守られる専門でしたからねえ。クロヴァス卿は根は真面目で、優しい気配りの方だと思いますよ。まあ真面目な分、目の前に立ちはだかる相手には容赦ないと言いますか。だからこそ気難しい第一王女様もよく懐いておられましたでしょう?」

「そう、だな…」


王太子の第一子である第一王女は、まだ幼いが恐ろしい程に人を見抜く目を持っている。生まれた時からそれなりに命を狙われる立場にあったせいか、それとも元々生まれ持っていたものなのか、まだ力の弱い自分が誰を味方に付けるべきかを本能レベルで的確に選ぶのだ。ヒムから見ればその能力は畏怖すべき程なのだが、大抵は人見知りの激しい気難しい子供というくくりに入れられている。そして当人がむしろそう思わせることの方が都合が良い、と納得しているようにさえ見える時もある。

ヒムはその王女を脅威と感じている数少ない一人だ。だがそれがピンと来ていないエドワードには、あまり理由は言わずに「対立派閥の血統の王女ではあるが決して粗略には扱わないように」と常に伝えていた。今はまだ幼いが、彼女が成長して力を得た時にどう転ぶのかヒムにも分からない。しかし敵に回せば良いことはないだろうと、ヒムは確信に近い予感を抱いていたのだ。エドワードは兄の王太子を心から慕っているので、その子供で姪でもある王女のことも可愛がっている。その為、幸い今のところ王女には嫌われていない。


エドワードは、現王妃を母に、王に次ぐ権勢を持つ宰相を祖父に持っているおかげで、王太子や第一王女に比べて命の危機に晒されることが殆どない。ヒムはこのことは敢えて言わないで来た。知ったところでどうにかなるものでもないし、本人が気に病むだけだと分かっているからだ。

レンドルフは自分の背に負う守るべき存在にはとことん優しい顔を見せるが、それを脅かす者には厳しい。それは近衛騎士として当然のものなのだろう。だから他の王族よりも襲撃されることのないエドワードは、レンドルフの優しい顔しか知らないのだ。

側近であるヒムは、エドワードと行動を共にすることは多いがそれなりに情報網くらいは持っているので、反王妃、反宰相派への露骨な襲撃件数の多さは把握している。


「内容は聞こえませんでしたが、あの顎外された令息、クロヴァス卿のパートナーだったご令嬢に絡んでたでしょう?だからじゃないですかね。今は近衛騎士じゃない訳ですし、もしかしたらあのご令嬢の護衛に就いていたのかもしれませんよ」

「じゃあ、近衛騎士を辞めさせられたから王族を恨んでるとか、俺を敵認識してるとか、そういうことではないのだな」

「さあ。そこまでは分かりませんが」

「おい」

「でも、クロヴァス卿から見て殿下がご令嬢に害だと認識されてたら、敵認定はされるでしょうね」

「ああああ〜」


ヒムはいつもの調子で正直に思ったことを口にしてしまったが、エドワードがそのまま頭を抱えて更に落ち込んでしまったのを見て、自分が対応を間違ったことに気付いたが後の祭りであった。その後王城に到着するまで、狭いお忍び用の馬車の空気は激しく落ち込んだエドワードのせいで、最悪な状態まで重いものになっていたのだった。



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使っていた変装の魔道具は壊されてしまったので、テンマが使っていたものを調整してテンマの顔になったレンドルフは、ひたすら冷や汗をかきながら頷いていた。



ビーシス伯爵家当主アリアの口から、娘エリザベスとテンマの正式な婚約が公表され、その場にいた人々は大きな拍手で祝福してくれた。そしてその証として、テンマの顔をしたレンドルフはエリザベスと二曲続けてのダンスを披露した。ダンスが始まる前は、顔だけはテンマになっているが正式な婚約を結んでの記念すべき最初のダンスなのに自分と踊ることになってしまったエリザベスに対して申し訳ない気持ちと、別人として踊るにしても人生で初めて二曲連続で踊ることになってしまった戸惑いが頭の中に渦巻いていた。だが、始まってしまうと彼女の足を踏まないようにするので一杯になってしまっていたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

ユリとどうにか特訓したにわか仕込みのダンスではあったが、それでも多少は役に立ったらしく、それなりに形にはなっていた。酷く緊張して時折動きがおかしくなったところもあったが、それが他の人の目には却って微笑ましく映ったようなのでレンドルフはひとまず安心していた。


が、本当の試練はその後に待っていたのだった。


何せ決闘の時だけ身代わりを務める予定だったので、テンマについて詳しい話をそこまで聞き出していなかった。その為、次々と祝いを述べにやって来る人物への対応がさっぱり分からないのだ。一応もう一度身代わりになると言うことでトーマに多少のアドバイスを聞いていたものの、時間が全く足りていない。側でトーマやエリザベスもフォローしてくれているが、直接レンドルフに話を振られてしまうと話題によっては口を挟みにくいものもある。しかも、主催であるアリアが年嵩のメイドに何やら耳打ちをされて、「ちょっと済ませなければならない用事が出来ました」と言って中座してしまった。そのおかげで当主代理としてエリザベスが客の相手をすることになり、レンドルフのフォローに回り切れなくなってしまった。レンドルフはひたすら何となく相手と話題を合わせるよう必死になりながら、服の下は完全に汗だくになっていたのだった。



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顔をギュウギュウとクッションに押し付けていたので、すっかり目が赤く腫れぼったくなってしまった。ユリは部屋の中にある洗面台で顔を洗って、借りたハンカチを濡らして自分の氷魔法で少しだけ凍らせてから目元に乗せていた。ソファに完全に体を預けて上を向いている姿はあまり人様に見せられるものではないので、まだ部屋の中には誰も入れないでいる。


もう聞こえて来る音楽も何曲目か分からなくなっている。そのおかげか、もう先程のような気持ちの昂りは治まっていた。


『お嬢様』

「は、はい!」


ひんやりとしたハンカチの感触に集中して何も考えずにぼんやりとしていると、不意に外からノックとエレクトラに声を掛けられてユリは慌てて跳ね起きた。


『ビーシス伯爵様がお嬢様とお話がしたいといらしてますが、如何されますか?』

「え!?あ、あの…はい、ど、どうぞ!」


持ち上がってしまっている前髪を元に戻して、ユリは立ち上がって答えた。ドアが開くと、カラフルな大判の花が染め抜かれた生地で作られたドレスを纏ったアリアが入って来た。そしてその後からゾロゾロと手に色々持ったメイド達が入って来て、手早く部屋の中に荷物を並べた。何をしているか分からなくて、ユリはアリアに対して礼を取ろうとしかけたまま固まってしまった。


「この度は娘をはじめ、わたくし共をお助けいただき、ありがとうございました」

「い、いえ…ご丁寧に恐れ入ります。ですが私はあまりお役には立っておりませんので…」

「お嬢さん」


アリアが何故か眉を下げて、そっとユリの頬に触れて来た。そして柔らかい親指でユリの目元を拭うように撫でた。


「ごめんなさいね。貴女をこんなに泣かせてしまって」

「あ…いえ、その…」

「いくらそれが最善だと分かっていても、大切な方が他の女性と婚約者のフリをするのはお辛かったでしょう?わたくし共の勝手な事情に付き合わせてしまったばかりに、申し訳ありません」


アリアに見抜かれた通りなので、ユリは言葉に詰まる。レンドルフには、アリアは一方的に話をグイグイ詰めて来るタイプなので、気が付くとペースに巻き込まれている、と聞いていたが、他者の機微に恐ろしく敏感であるが故にわざと空気を読まないのではないかとユリは思い当たる。そう言った人物を、ユリは一人知っていた。相手に勝手で気難しいと思わせておくことで自分を守っているのだ。

確かアリアは没落したと言っても侯爵家の生まれで、その後嫁いだ伯爵家で当主亡き後商会を設立して家を守って来た程の女傑の一人だ。色々と経験値が違うことを肌で感じた。


「貴女のドレスは我が家が持てる技術を全て使って必ず修復してみせます。ですが、すぐにとは行きませんので、今は商会にある既製品ですがお嬢さんに合うように手直しさせて用意致します」

「あの、私はこのままで」

「テンマ殿が治癒院を強引に退院したと連絡が入りました」

「はい!?」

「きっとパーティーに間に合うようにこちらに来るのでしょう。ですから、せめてパーティーの最後くらいはレン様と過ごしてくださいませ」


アリアが持ち込ませたのは、色とりどりの生地で作られたドレスや宝飾品だった。そして後に付いて来たメイドは、全員裁縫道具を携えて来ている。もしかしたらこれはビーシス商会の専属針子なのだろうか、とユリは驚いた顔のまま眺めていた。


「さあさあ、お好きなドレスを選んで下さい。サイズはすぐに直させますので、気になさらずに」

「え…は、はあ…」


ビーシス商会の扱うドレスは、アリアが着ているような鮮やかな色と大判の柄物が特徴であったが、目の前に並んだドレスは比較的地味なものが多い。鮮やかな色合いのものもあるが、そう言ったものは無地が多かった。イメージが先行してビーシス商会のドレスは派手なものばかりだと思っていたが、こうした落ち着いたものもあるのだとあらためて認識した。


「お嬢さんのように目に力のある方は、こういった色の濃い柄物を纏うと相乗効果で人食い花のようになってしまいますのよ」

「人食い花…」


ドレスを前にユリが思っていたことを察したのか、アリアは自分のドレスを摘んでそう言った。確かにアリアやエリザベスはどちらかと言うと儚い印象の顔立ちをしているので、ある程度派手な生地のドレスを着ていても派手というより華やかという範疇に留まっている。これをユリが着たら、確かに悪目立ちしそうではあった。


「もしかして、こちら、かしら」


ユリの視線に気付いたのか、アリアは一着のドレスを手にした。それは少しくすんだ色合いではあるが淡いピンク色で、光沢よりはマットな質感優先したような生地でベルベットのようにも見えた。が、近くで見ると色が微妙に違う糸で繊細に織り上げられていて、フラットな生地に奥行きを出しているのだと分かる。ユリはいつもの癖で、ついレンドルフの髪色に似た薄紅色の系統に見入っていたようだった。


「…ですが、デザインは…」

「すぐに合わせると言いましたでしょう?何かご希望はありますかしら」


そのドレスのデザインは、深めのVネックにウエストからストレートに生地が落ちているもので、これはあきらかに長身な女性向けのものだった。ユリが着てしまうと、スカート部分が寸足らずに見えてバランスが悪くなってしまう。それに自分の体型ではVネックを上品に着こなすことが難しいのはよく知っていた。


「ええと…出来ればコルセットは避けたいので、あまりウエストラインがはっきり出ないものの方が良いんですけど」

「…ああ、色々付けていらっしゃるのね。承知しましたわ」


アリアはユリをチラリと見てすぐに納得したようだった。ゆったりした部屋着のワンピースの下には、ユリの特殊魔力を押さえるものからレンドルフにも渡してある試作の装身具や、その他色々な防御の為の魔道具で固めている。しかし、外から見ても分からないようになっている筈だ。それをすぐに見抜かれて、ユリは思わず「専門家の目利き怖っ!」と戦慄していた。

最初に着ていたドレスは、限界までコルセットを絞めてその上から何種類もの魔道具を腰に巻いていた。今は楽な部屋着になってしまったので、コルセットも外している。また再び絞めるのも気が重いというのもあるが、コルセットを装着する場合は一度魔道具を外さなくてはならない。大公家ではミリーを始め、ユリの特殊魔力に影響が出ないように慣らされることが別邸で働く基本であった。しかしここにいるメイド達は慣らされていない。ユリを着替えさせるだけで昏倒する者が出る可能性もあるのだ。


「それならホルターネックにして、黒レースの長手袋と揃いで背中に垂らす部分もレースにしましょう。そうすれば背中の露出が多くても上手く隠れるでしょう。あとは余る裾部分を…このように寄せてコサージュ風にしてちょうだい。ドレープは崩れないように均等にね。それで短くなった部分は82番のレースと、下に二枚…いいえ、三枚26番を重ねて」


アリアはメモをメイドから受け取ってサラサラと書き付ける。ざっくりとしたデザイン画であったが、周囲の針子達には十分伝わったようだった。


「申し訳ありませんが、あれほどの美しい靴はこちらでは用意出来ませんでしたので、浄化魔法を掛けて引き続き履いていただきますが、問題ありませんわね?」

「は、はい。大丈夫です。それにアレじゃないと、レンさんとは組めませんので…」

「ああ、そうですわね。なかなか大変ですのね」


アリアの指示で一斉に針子達がユリを囲んで作業を開始した。ユリは戸惑いながらも、されるがままになってただ眺めているだけだったが、あまりにも全員の動きが速過ぎて、当事者であるのに何をされているのかさっぱり分からなかったのだった。


お読みいただきありがとうございます!


ジワジワとブクマやいいねが増えていてありがたいことです。

何か反応いただく度にモチべ爆上がりしております。


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